宇宙戦艦三笠
20パーセクワープしたつもりが、わずかに0・7パーセクで停まってしまった。
つまり、直径1・5パーセクある虚無宇宙域のど真ん中で立ち往生してしまったわけだ。
―― 20パーセク行ける出力で、たった0・7パーセクしか進めないのか!? ――
さすがに言葉もなかった。
「非常電源で、艦内機能を維持するのが背一杯です。もう三笠は一ミリも動きません」
機関長のトシが肩を落とした。
他のクルーたちも元気は無かったが、俺の決定を責めるような空気は無かった。
ダルを抜けなければ迂回する以外に手立てがないが、迂回すれば、待ち構えているグリンヘルドとシュトルハーヘンとの戦いは避けられない。20万の敵を相手にしても顎が出ていた。推定100万の敵艦隊に抗する術は無いのをみんな知っているんだ。
「もう20パーセクワープするエネルギーを溜めこむのに、どれくらいかかる?」
「楽観的に見て20年です……」
トシが力なく答えた。
三笠は虚無宇宙域のど真ん中で孤立してしまった。
「アクアリンドのクリスタルは使えないの?」
航海長の樟葉が聞いた。
「エネルギーコアがあるにはあるんですが、エネルギーに変換されるのは80年後です。それに、三笠の光子機関との接続方法もわかりません」
「トシって、ダメな結果を言う時の方が答えがはっきりしてるな」
天音が毒を吐くが、トシを含め、だれも反論する元気は無かった。
そんな乗組員の前で頭を抱えるわけにもいかず、船霊のミカさんに聞きにいった。
「アメノミナカヌシは、虚無から世界をお創りになりました」
ニコニコと、古事記の創世記を聞かせてくれた。
「みんなで決心してやったことだもの、誰も責められないわ。自然の流れに乗っていくしかないでしょう」
そこまで言うと、影が薄くなって神棚に隠れてしまった。
二日がたった。
「なんだ、この非常食は!?」
食卓に、非常用の乾パンが載っているのを見て、天音が悲鳴をあげた。
「生命維持に必要なエネルギーを優先的に残すためです」
クレアが事務的な声で言った。
「アクアリンドで補給しただろ?」
「さっき調べだっきゃ、補給品はなもかも消えであった。水さ流れでまったが、ダルの影響が……申す訳ね」
「レイアのせいじゃないさ」
「すたばって、わっきゃ、この宇宙域の人間だよ、暗黒星団のレイマ姫だよ……」
「いいさ、どこにだって未知なことはあるもんさ。だから、宇宙は面白い!」
「艦長……」
「ネコメイドたちは?」
「チャペの姿さ戻って丸ぐなっちゃーよ」
「チャペ?」
「あ、津軽弁で猫のことだす」
ネコメイドの変身も艦のエネルギーを使うんだろう。
「チャペ、なんか可愛いな」
樟葉がフォローしてくれて、少しだけ和んだ。
「よし、とにかく考えよう」
ガリ……イテ。
俺は乾パンを齧った。舌を噛んでしまって、みんなが笑う。
四日がたった。
「重大な提案があります」
トシが憔悴しきった顔で言った。食卓の乾パンは、さらに半分に減っていた。
「クレアさんと相談したんです。救命カプセルに入って冬眠状態になろうと思います」
「わたしとウレシコワさんは残ります。二人は人間じゃないから、入る必要がありません」
「でも、クレアの義体の表面は生体組織だ。それにメンテナンスもしなきゃ、持たないよ」
「生存の可能性は、みなさんの何倍もあります。ウレシコワさんは船霊だから、このままで残れると思います」
『賭けてみましょう』
ミカさんの声だけがした。
薄情なのかと思ったら、実体化するだけで船のエネエルギーを使ってしまうらしかった。
気になって見に行くと、ネコメイドたちはガンルームの隅で猫の姿で丸まって、置物のように硬くなっていた。
―― 一足先に冬眠したか ――
こうして、俺、トシ、樟葉、天音、レイマ姫の四人は救命カプセルで冬眠することになった。
そして、20年の歳月がたった……。
☆ 主な登場人物
修一(東郷修一) 横須賀国際高校二年 艦長
樟葉(秋野樟葉) 横須賀国際高校二年 航海長
天音(山本天音) 横須賀国際高校二年 砲術長
トシ(秋山昭利) 横須賀国際高校一年 機関長
レイマ姫 暗黒星団の王女 主計長
ミカさん(神さま) 戦艦三笠の船霊
メイドさんたち シロメ クロメ チャメ ミケメ
テキサスジェーン 戦艦テキサスの船霊
クレア ボイジャーが擬人化したもの
ウレシコワ 遼寧=ワリヤーグの船霊
こうちゃん ろんりねすの星霊