銀河太平記・181
奥の院は御庭の奥にある。
御庭の奥は五月の斜面を挟んで啓林が借景の山のように蹲っている。
斜面の小道は緩いカギ型で、啓林の入り口には二本の石柱が立って結界になっている。
石柱の先は、めったに入れない。
石柱の先、苔むした小道の尽きたひそみに奥の院がある。啓林に足を入れると、周囲より二度ばかり気温が低く、その静謐さと相まって、いかにも神域めいている。
拝殿があって、奉行以上の役職に任ぜられたときは、ここまで来て祖神と祖霊である一仁(かずひと)様に精励の誓いをたてる。
法的には将軍家の私的な霊廟であるが、扶桑の国にとって一番の聖域でもある。
「奥まで入るよ」
てっきり拝殿でなにやらお誓いすることになるのかと思っていたら、奥の奥、神社で言えば本殿まで行くと仰せになる。
「しかし、平服でありますし、斎戒もいたしておりません」
「それはわたしも一緒だ」
「はは!」
正面に『扶桑大神』 左に『扶桑一仁』 右に……なにも書いていない木牌。
主従並んで最敬礼したあと、お上は、厳かにおっしゃられた。
「祖神、祖霊の御前で命ず。穴山新右衛門、大老職を受けよ」
「は、ははあ!」
ここに至って否とは返せない、お上の並々ならぬご決意、お受けする他に道は無い。
「ハンベを鑑(かがみ)にせよ」
鑑とは役人言葉で、書類の表紙の事を言う。ハンベの鑑とは大昔のスマホでいうところのマチウケのようなものだ。
役人の場合、持ち主の姓名と職員番号が秘められている。
「鑑にいたしました」
「自分の姓名を、右の木碑が光るまでクリック」
「は?」
「はやくいたせ」
「は!」
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ……
息子の親友たちの顔が浮かんだ、ハンベゲームで、よく弾幕シューティングゲームをやっていた。息子の彦には禁止こそしなかったが、あまり見っともいいものではない。この歳で、不本意ながらも大老職を引き受けたばかりの大人がやることではないだろう。
パンパカパーーン!
今どき、子どものゲームでも使わないようなエフェクトがして、木碑が輝いた。
「よし、これで、シキシマとの縁が結べた」
「シキシマ?」
「ここでは畏れ多い、黒書院……いや、東屋で話そう」
「は!」
もう一度最敬礼すると、二柱の木碑も輝き、どうやら祖神、祖霊も嘉したもうご様子であった。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
- 奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟