大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・180『城内放送』

2023-09-08 14:50:24 | 小説4

・180

『城内放送』穴山新右衛門 

 

 

 老中首座 老中首座 お上のご用命です至急黒書院までお越しください 繰り返します……

 

 あやうく印判を押し間違えるところだった。

 板倉、酒井の二人の老中もキーを叩く手を停めて城内放送のモニターに目をやる。

 この春にモデルチェンジしたモニターには、初代様から変わらない広報係が笑顔でイレギュラーな呼び出しを繰り返している。

「どういうおつもりだ上様は?」「ちょっと変だな」

 板倉、酒井の老中もデイスプレーの画面から顔を上げる。

 

 普通、城内呼び出しは内線でおこなう。内線で掴まらない場合だけ例外的に城内放送を使うこともあるが、わたしは朝から御用部屋と呼ばれる老中共同執務室に詰めている。

「上様に心づもりがおありなのだろう」「抜き差しならぬご相談、いや、御下命かもしれんなあ」

「一時間で戻らなければ黒書院に電話してくれ」

「「こころえた」」

 

 同輩二人の返事を背中に黒書院への廊下を進む。廊下で出会う役人どもも――なんですか今のは?――という顔をしている。

 城内放送は城内全域に聞こえるばかりではなく、静かにしていれば城外でも聞こえる。風向きによっては半蔵門を超え、近ごろ問題が起こりつつある虎ノ門方面にも届くだろう。この瞬間に黒書院に飽和攻撃が加えられたら、幕府は一瞬で消滅する。

 

「なに用でありましょうか、お上?」

 

「そう尖らないでくれ、新右衛門が心配していることは全て織り込み済みのことだ。いい刺激になるだろ?」

 黒書院の上様は、部屋住みであったころのような気楽さで出鼻をくじかれる。

「赤間関や移民問題で多忙なのです、お手短に願います」

「そうか、ならば簡単に言う。新右衛門、大老職を引き受けてくれ」

「大老職!?」

「地球のあおりをくらって、この火星も安定を欠いている。このままでは、マース戦争以来の戦いが起こる。強い指導力がいる」

「畏れながら、それは、それこそが上様のお役目かと存じます」

「わたしはね、良き表札になろうと思うんだよ」

「権威に徹するということでありますか」

「将軍は権威の源であればいい、新右衛門たち幕閣が相談して国の方向を決め、将軍は、それを裁可する。ゆくゆくは議会の権限を大きくして軍事・外交・政策の全てを議会と、その代表である大老に任せたいと思う」

「立憲君主制の日本化でありますか」

「日本化はまだ先だ」

「英国流?」

「『君臨すれど統治せず』という点に置いてはな。しかし、あれは君臣が対決的だ。イギリスでは議会に国王が臨席するとき、国王はガードに玉座の周囲に爆弾が仕掛けられていないか調べさせ、議会は王宮に人質を差し出す。そんな対立的なものではない。日本化するのが理想だが、あれには二千年の年月が必要だ、この火星の状況で二千年も待てない」

「それでは?」

「強いて例えればプロシャ、皇帝の指導力を残しつつ国家指導の実質を宰相が預かるという形だ」

「この新右衛門にビスマルクに成れと?」

「その顔にビスマルクのヒゲをつけたら、扶桑の子どもはみんな逃げ出すぞ」

「ムム、ならば、新右衛門からも申し上げます」

「なんだ、たいていのことでは凹まんぞ」

「早く御台所様をお迎えなさいませ、お世継ぎを設けるのは将軍の大事な務めでございますぞ」

「それは、今少し火星が安定してからだ。いざとなったら、弟のところから養子をとればいい」

「それは……幸い、ここは黒書院、白書院ならいざしらず、お互いにティータイムの余談ということにしておきましょう」

「ムム……白書院は幕府正式の対面の場、あそこで言ってしまえば完全に命令になってしまう」

「では、仕事も溜まっておりますので、これにて……」

「よし、ならば、奥の院で話そう」

「お、奥の院でございますか……!?」

「あそこならば、将軍私的な場所である。文句はあるまい」

「ムム……」

「あそこで違えれば……おお、想像するだに震えがくる。のう、新右衛門」

「…………上様(-_-;)」

 

☆彡この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 及川 軍平             西之島市市長
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
  • 劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
  • 王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  • 氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
  • ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

RE・トモコパラドクス・11『新型スマホの特別機能』

2023-09-08 06:41:47 | 小説7

RE・友子パラドクス

11『新型スマホの特別機能』 

 

 

 この人には笑顔が似合うと思った。

 

 この人とは、我らが担任の柚木先生である。

 今朝の柚木先生は、久々にクラス全員が揃ったので、教室に入ってきたときから終始笑顔である。

 しかし、ストレートに長峰純子に声を掛けたりはしない。やっと復帰した不登校生には普通に接するのが一番と教師のイロハと自覚しているのだ。それでも長欠だった順子が登校してくれた喜びを隠せないでいる。いい先生なのだ。それだけで、アラフォーの柚木先生は日ごろ気にしている目の小じわも忘れ、女子高生のように華やいで見える。

 人間は人柄と気持ちなんだ。嬉しさは生徒にも伝染して、先生の笑顔を自然なものと受け止めて、冷やかす者などいなかった。

 うん、人間は人柄と気持ちなんだ。

 うん、この感じで臨んだら、次で二けたになる見合いもうまくいくかもしれない。

 うん、しかし、熱気と興奮で小じわのファンデが粉になって飛散し始めると、少しばかり悲惨になってきた。

 友子は、こんな先生が、こんな時につけたら栄えるような、それでいて強靭なファンデやルージュがあればいいなあ……と、弟であり父親である一郎の感覚で思った。一郎はいま仕事で、新しいコスメの研究にとりくんでいる真っ最中なのだ。

 飛び散るファンデに気付き、冷めかけた興奮をブーストするため、先生は半ば焦って、こんなことを言った。

「終礼で言うつもりだったんだけどぉ、来週の月曜日に卒業生で女優の仲まどかさんと坂東はるかさんが取材を兼ねて、来校されま~す!」

―― キャー!! ――

 教室に歓声が満ちた。

 坂東はるかと言えば、『春の足音』という連続ドラマで彗星の如く現れた女優で、今やドラマや映画に、この人の名前を聞かない日はないというくらい。家庭事情で中退したけれども乃木坂学院を心から愛してくれている先輩だ。

 仲まどかは、乃木坂演劇部中興の祖といわれ、女子大生をやりながら女優としても坂東はるかと肩を並べる先輩。

 二人はもともと南千住の幼なじみ同士で、ノンフィクション小説『はるか 訳あり転校生の7カ月』『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』の主役でもあって、有名卒業生の中でも現役生の人気はピカイチだ。

「演劇部って言えば、鈴木さんと浅田さんがそうよね、わたしも一応顧問だしぃ。月曜はよろしくね」

 友子は無意識のうちに、先生や生徒達が放っている嬉しいときのホルモンであるベータエンドルフィン、ドーパミン、セレトニンの含有率を測定なんかしてしまった。

 休み時間に、そのホルモンをナノリペアに作らせ、試してみたら効果てきめん、肌にいっそうの張りと潤いが出てきたばかりか、男を誘うフェロモンまで増加しているのには驚いた。廊下ですれ違った大佛聡の目の色が変わったので、友子は急いで数値を戻した。

 

 友子のクラスは、おおむね良い子が集まっているが、おのずと個性がある。

 

 蛸ウィンナーの池田妙子は。最後の楽しみに取っておいた蛸ウィンナーを口に放り込むと、ニヤニヤとポケットから買ったばかりの新型スマホを取りだした。

「へえ、これ昨日発売されたばかりの~!」

 すっかり元気になった長峰純子がキャピキャピとしゃべり出した。本来は、こんなに明るい子なんだ。助けてあげてよかった! 柚木先生の時以上に胸が熱くなった。

「それって、ホログラムが撮れるんだよね!?」

「そうなんだよぅ……ドーヨ!」

 なんとスマホの画面の上に実物大のガトーショコラが浮き出した。

「昨日、このスマホを買った記念にアキバのお店で買って写したの」

「写しただけ?」

「もちろん、あとは美味しく頂きました」

「タエちゃんが?」

「ううん、兄貴が。スマホ買うのに一昨日の晩から並んで、買った興奮で、限定何個のガトーショコラも並んで買っちゃって、その記念に写して食べちゃった。で、罰に、今日は、あたしが独占!」

 女の子達がキャーキャー言ってると、つい友子もしゃしゃり出て幸せを増幅したくなる。

「これ、他にも機能ついてるよ!」

「ほんと!?」

「うん……」

 友子はイジリながら、無意識にスマホを細工してしまった。

「ほら、ここクリックすると匂いがする」

「……ほんとだ、高級チョコの匂いだ!」

 どれどれぇ(^▽^) みんなも集まって来る。

 で、友子に悪意は無かった。ただ自分の能力がコントロールできなかっただけなのである。


 放課後、紀香と二人で部室に向かっていると、教室のある校舎の方から、すごい悲鳴が聞こえてきた。

 キャアアアア


「友子、なんかやらかしたんでしょ!?」

「え、ええ?」

 義体である友子と紀香には、悲鳴によって人の状況が分かる。今のは命に関わるような危険なものではない。ただ、とんでもないものに出くわした時に出る悲鳴である。

「ん、この臭い分子……」

「あ……!」

 友子は、ダッシュで教室に向かった、そして、その臭い分子の元を発見した。

 妙子の机には、例のスマホが放置され、みんながそれを遠巻きにしていた。

 友子は、スマホに匂い再生機能と共に、時間経過機能まで付けてしまっていた。

 確かにガトーショコラのホログラムは出ていたが、食後十数時間たった……その姿と臭いであった。
 

☆彡 主な登場人物

  • 鈴木 友子        30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
  • 鈴木 一郎        友子の弟で父親
  • 鈴木 春奈        一郎の妻
  • 白井 紀香        2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
  • 大佛  聡        クラスの委員長
  • 王  梨香        クラスメート
  • 長峰 純子        長欠のクラスメート
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする