大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

やくもあやかし物語・2・006『ネルを起こして』

2023-09-09 16:27:15 | カントリーロード

くもやかし物語・2

006『ネルを起こして』 

 

 

 目覚ましが鳴る前に起きる。そして、すぐにアラームを解除する。

 

 とっくに起きてるのに『こら、ねぼすけ! はやく起きろ!』って感じで目覚ましに急き立てられるのやだからね。

 ここに来て、まだ目覚ましのお世話になったことはないよ。鳴る前に起きる。

 でも、まんいちってことがあるから、必ずアラームはかけておく。

 解除してから――あ、早まったかな――とも思う。

 ルームメイトのネルはねぼすけ。彼女が来てから、毎朝わたしが起こしてる。

 もう日課と云うかルーチンというか、当たり前になりかけてるんだけどね、目覚ましで起きるというのもいいんじゃないかと思うよ。

 もう、いちいち起こしてなんかいられない。起こすの飽きたよ。だから目覚ましにしたよ。

 そういう方が友だち感が出るんじゃないかなあと思った。

 でも、切った目覚ましをもういっかいかけ直すというのも変だ。逆に意識しすぎてる。

 ああ( ̄Д ̄)

 目覚ましひとつで、これだけ優柔不断になるのは、わたしの方がまだ慣れてないんだよ。学校にもネルというルームメイトにも。

 

 シャーー

 

 窓のカーテンを開ける。

 続いて窓も開けようかと思ったら……見えてしまった!

 湖の岸ちかくの湖面でニンフたちが踊っているのを!

「見えた( ゚Д゚)!!」

 思わず叫んでしまった。

 ドテ!

「あ、ごめん(^_^;)」

 わたしの声にビックリして、それが、ちょうど寝返りをうったところだったので、そのままネルが床に落ちてしまった。

「……なによぉ、こんな朝っぱらからぁ」

「ごめん、でも、見えたんだよ。ニンフが踊ってるのが」

「ええ……?」

「こっちこっち、ほら、岸に近い水の上で踊ってる!」

「どれどれ……」

「ね!」

「ああ……あれは、朝日が波に反射してるだけだよ」

「え?」

「ほら」

 ネルは勢いよく窓を開けて――しっかり見てみろ――という感じで親指で指さした。

 

 アハハハ……

 

 そして、今朝の一時間目はヒギン……ソフィー先生の魔法概論。

 起立礼の挨拶が終わると、いきなり切り出してきた。

「じつはな、魔法は誰でもつかってる」

 ビックリすることを言う。

 クラスの中には初歩的、でも本格的な魔法を使える人もいて、そういう人たちは、それなりに苦労して魔法を憶えたので「誰でも」という言葉に、ちょっと反発の空気。

「例えば『立て』って言うと人は立つ。『こっちを見ろ』と言うと人はこっちを向く」

 なにを当たり前なことをという感じ。

「『立て』も『こっちを見ろ』も、言ってみれば呪文だ」

「でも、言葉と魔法はちがうのではないでしょうか? 言葉は誰でも発しますし」

 メイソン・ヒルという貴族めいた男の子が異を唱える。

「どうしてだ、意志を持って言葉を発し、人にその言葉通りの行動をおこさせる。同じだろう」

「まあ、そう括ってしまえば」

「しかし、先生」

 今度はオリビア・トンプソンという良家のお嬢さん風が手を上げる。

「なんだ、オリビア」

「魔法は誰にでもかけられますが、言葉は同じ言葉を使う人間の間でしか通じません」

「もっともだなオリビア。試してみよう……ボビー」

 先生が指を立てると、気配がして、教壇脇のロッカーの後ろから子犬が現れた。

「この犬に『立て』と命じてみてくれ」

「わたしがですか?」

「ああ」

「立て……立て、立ちなさい! スタンダップ!」

 アウ~~ン

 子犬はあくびするだけだ。

「アハハ、ダメですね」

「わたしがやろう……立て!」

 ワン

 子犬は後ろ足で立った。

「気を付け!」

 ワン

 子犬は人間みたいに前足を背中に回して顎を引いて気を付けの姿勢になった。

「休め!」

 おお!

 見事に休めの姿勢になった。

 パチパチパチ

 可愛いし、ビシッときまっているのでみんなが拍手した。

「お言葉ですが、先生、これは先生がしつけて訓練されたのでは?」

「多少はな……」

 先生、こんどは教室の窓を開けて、指でオイデオイデをする。

 ピピピ チチチ

 雀が二匹窓辺に停まった。

「気を付け!」

 ピピ

 なんと、雀が気を付けした!

「この雀とは面識がない。でも、この程度のことはできる。わたしの先祖は、この雀の目を借りて空から敵の様子を探るようなこともやった。もういいぞ」

 ピピ

 雀は、何事も無かったように飛んで行ってしまった。

「もう一度言う、言葉も魔法も人の意志が籠められている。そして条件が整わなければ、たとえ意思があっても動かせるものではない。そうだろ、言葉が通じるだけの同国人が公園のベンチに座っていて、いきなり片方が『立て』と言って立つものではない。ここが学校で、君たちが一定の敬意をもっているからこそ、授業の最初、起立礼という魔法が成り立ったというわけだ」

 ああ……なんとなく、70%ほど分かったような気がしてきた。

「ちょっと先に進み過ぎてしまった、ここからは民俗学的見地に戻って話をするぞ……」

 残りの30%には踏み込まずに、先生は普通っぽい授業に移っていった。

 

☆彡主な登場人物 

  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
  • ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
  • ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
  • ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
  • メグ・キャリバーン  教頭先生
  • カーナボン卿     校長先生
  • 酒井 詩       コトハ 聴講生
  • 同級生たち      アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン

 

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RE・トモコパラドクス・12『ルージュの錬金術師』

2023-09-09 06:40:12 | 小説7

RE・友子パラドクス

12『ルージュの錬金術師』 

 

 

 玄関に男物の靴が二足並んでいる。

 

 つまり主人公友子の父であり弟であるというややこしい関係の一郎以外に、男の来客がある。

 靴の片方は24・5EEという日本男性としては小さいサイズで、性格も特に際だって可もなく不可もなしの一郎のもの。もう一方は28・0EEEという少し度を超した大きな靴である。母であり義理の妹である春奈に頼まれて、来客用の昼ご飯と晩ご飯の材料を買って帰ってきた友子は記憶には無いその男の靴のサイズを見て「バカの大足、マヌケの小足」という慣用句が思い浮かんだ。

 

「こんにちは、いらっしゃいませ(;'〇'#)」

 

 女子高生らしく含羞の籠もった挨拶をして、キッチンの方へまわった。

「ありがとう、トモちゃん」

 母であり義妹である春奈が、慣れた主婦の目と営業職の勘で、友子が買ってきた食材が適量であることを見抜いて満足した。

「あら、ちょんがりコーンがこんなに」

「うん、ビールのおつまみにいいかと思って。お父さんの好物だし、余っても保存効くしね」

 と、自分の好物であることは一言も言わないでケロリと説明した。

 ちょんがりコーンは友子が義体になる前の昭和の発売で、当時小学校四年生であった友子は、小学一年生の一郎と取り合いをして負けたことがなかった。義体の娘として戻ってきたとき、一郎は、このちょんがりコーンを箱買いして、とりあえず姉弟として早食い競争をやった。昔と変わらない姉の食べっぷりに目頭が熱くなる一郎を、事情を知らない春奈に説明するのに困った。十五歳の女子高生の姉が、四十五歳の弟に感涙にむせばせたとは言えない。

 

 男二人は、新作のルージュの試作品の絞り込みに頭を捻っていた。

 

「大人っぽい暗い色ってのは、もう出尽くしてるんで、その線はもう捨てました。明るくナチュラルな明色が、これからの主流だと思うんです」

「しかしお偉方の感覚は違うぜ、いまだにアンニュイの美とか言ってるんだもんなあ」

「とりあえず、カラー見本は、これで……」

「とりあえず、リラックスして、クールダウンしてお考え下さい」

 友子は、微糖のコーヒーと、ちょんがりコーンをお盆に載せてもってきた。

「すまん友子。まあ、こいつでも食って、考えよう」

「太田っていいます。先輩に手伝っていただいてルージュの開発やってます」

 一瞬、太田の心に笑顔がよく似合う女の人の顔が浮かんだのを友子は見逃さずデータ化した。

「じゃ、今日はごゆっくり。いえ、しっかり頑張ってください」

 友子がリビングを出ると、太田は、お世辞ではなく友子を褒めた。

「うん、いいですね友子さん。娘らしさの中に成熟した大人の女を予感させます。あ、これは、まだアイデアの段階なんですが、新製品には香料の他に、男を引きつける……あ、いやらしい意味じゃなくて、フト振り返らせるような、そんな成分を入れてみたいと思うんです」

――着想はいい――と思った。

「成分までは絞り込みました。ベータエンドルフィン、ドーパミン、セレトニンの三つです」

「ほう、それは」

「女性が楽しいと思ったときに出てくるホルモンです。量にもよりますが薬事法には抵触しません」

 友子は「バカの大足」を見なおした。

 お昼は焼き肉とも思ったが、香りや色に関わる感覚が鈍りそうなので、山菜ご飯と素麺のセットにした。一郎は、ただ美味しそうに食べているだけだったが、太田は、素麺に添えておいた大葉の匂いの成分までパソコンで検索するほどの、熱の入れようだった。

「太田、まさかルージュに大葉入れるつもりじゃないだろうな?」

「あ、ついクセで、すぐに成分分析するんです。すみません(^_^;)」

「謝るこたあ、ないよ」

「そうよ。じっと見ると太田さんて、素敵だわ」

 半分応援のつもりで、友子はエールを送った。

「でも、太田さんの彼女って大変でしょうね」

「え、そ、そうですか? あ、いや、そうでしょうね(^〇^;)」

 この時も、友子の心には、その女性の姿が浮かんだ。その名も笑子という分かり易いほど明るい女性である。太田は無意識のうちに笑子に似合うルージュを考えている。

 友子は、太田のパソコンに入っているベータエンドルフィン、ドーパミン、セレトニンの混合比率を、最適な数字に書き換えてやった。

 昼食を挟んで、さらに仕事は続いた。

 一郎は二百件以上のルージュに関するウェブを開き、成分が公開されている古い物に絞ってサンプルのモデルをバーチャル化した。

「温故知新ですねぇ。方向はボクも同じです。イメージ的には1950年代の無邪気な明るさなんですが、そこに何を足して何を引くのか……」

 色のサンプルは、既発の製品に太田が持ってきた独自サンプルを混合し、AIが生成したモデルに付けてみるのだが、パソコンの3D画像ではイメージに限界がある。

「すみません、奥さんと、よかったらトモちゃんもリアルでつけてもらえませんか」

 太田の頼みに春奈も友子も唇につけて試してみた。

「うう~ん……うう~ん……」

「あ、恥ずかしいです(#´ω`#)」

 至近距離で唇ばかり見られるのは、正直言って笑いそうになる友子だが、正直に言うわけにもいかず、女子高生の平均的な恥じらいを浮かべておしまいにした。春奈も恥ずかしくはあったが、亭主のため会社のため、そして、少しはまんざらでもない気持ちもあって一時間がんばった。

 開発者としての二人の熱気は、まだ五月のリビングに冷房を入れなければならないくらいのもので、友子はちょっとだけ一郎を見直し、素直に協力する春奈を可愛く思った。

 三時半を過ぎたころ、太田は幻覚を見た。

「……このリビングって、二階でしたよね」

「ああ、一階はガレージと、オレの部屋だ」

 太田は、ついさっきリビングの外を歩いている笑子の幻を見た。一瞬こちらを見てニッコリと微笑んだ笑子の唇には理想のルージュが光っていた。太田は記憶が薄れないうちにパソコンで色とグロスをバーチャル化した。

「これだ! この色とグロスです! あとは添加物。すみません先輩。いまから研究室に戻って試作します。あ、奥さんもありがとうございました。トモちゃんにもよろしく!」

 太田は、風のように去っていった。

「あの人の奥さんになる人は大変ね……でも、幸せだと思う」

 春奈が呟いた……。

 

 そのころ、友子は笑子に擬態したまま、姿見に映った姿を見て大納得していた。

「うん、こういう子、いいと思う。でも、あの大足、簡単にはゴールインしないだろうなあ……」

 擬態を解いて窓辺に寄ると、五月晴れの空に綿あめの試作品のような雲が浮いている。

 

 夏の予感……

 

 そう呟いて、夕食の手伝いにキッチンに降りる友子であった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 鈴木 友子        30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
  • 鈴木 一郎        友子の弟で父親
  • 鈴木 春奈        一郎の妻
  • 白井 紀香        2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
  • 大佛  聡        クラスの委員長
  • 王  梨香        クラスメート
  • 長峰 純子        クラスメート
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