RE・友子パラドクス
明日は中間テストという午後の教室、麻子が唸っている。
「も~お……頭に入んない!」
「なに、テンパッテんのよ~?」
タコウィンナの妙子が麻子の横に寄ってきた。
「授業中は聞き流してたんだけど、じっさい試験になると思うと、ひっかかる」
「「なになに……」」
妙子と二人で覗き込むと、国語の『矛盾』だった。
いわゆるホコタテの問題を、先生はありきたりに矛盾のエピソードを語るだけで終わった。
なんでも貫く矛と、どんなものでも防ぐ盾を売っている武器屋に「じゃあ、その矛でその盾を突いたらどうなるんだ?」と客が問いかけると、「あ……えと……(;'∀')」と、武器屋はフリーズしてしまったという説明だ。中国の韓非子が言ったという例え話。
そこまで言うと、先生はさっさと次のページに行ってしまった。まあ、一般常識と言っていい慣用句だ。
「どう躓いたのよ?」
「だって、こういう展開もある……」
『この矢を射ったとする。しかし、わたしに当たることは絶対にない。それを証明してみせよう』
『どうして、そんなことが出来るんだ!?』
そいつは言った。
『この矢が放たれて、わたしに当たるのに一秒かかる』
『うん、そんなもんだろう』
『一秒の半分はいくらかね?』
『0・五秒だ』
『その通り。そして、その半分は0・二五秒、そのまた半分は0・一二五秒だ。つまり、時間は無限に半分にできる。そうだろ?』
『あ、ああ、まあ、そうだな』
『時間は無限に半分に出来るし、無限を超えるなんて不可能だろ?』
「と、言われたら正しいような気がしない?」
「麻子、そこに立ってごらんよ」
友子は、エアー弓を出して、エアーの矢をつがえて麻子を狙った。
キリキリキリ……
友子は弓を引き絞る音までリアルに付けた。
「わ、分かった、分かったよ(≧0≦)!」
「それは良かった(^_^;)」
「怖いというのが分かった」
「「(´・ω・)ん?」」
「時間は永遠に半分に出来るけど、そうすると永遠に怖くなるのが分かった!」
「「アハハハ」」
麻子は卵焼きのレシピのように、理屈や論理で考える傾向があるようだ。
そして、今度は妙子が詰まってしまった。現代社会で習った日本国憲法だ。
前文: 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
1: 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2: 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
たった、これだけのことで、みんなサラサラと書き写したが、妙子は矛盾を感じてシャーペンが停まってしまう。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」そんなもの現実には存在しないことは授業の断片や、バラエティー番組の話からでさえ分かる。交戦権を認めないで、どうやったら自衛権が行使できるのか。矛盾の授業のように思考が混乱して、単に書き写すだけのことができなくなってしまった。
「交戦権が無ければ自衛権もアウトじゃん。自衛隊は憲法違反で仕方が無いし、これなんかも正しくなるし」
妙子が示したスマホには合格しながら大学への入学を拒否された自衛隊員のことが出ていた。
「みんな国公立の大学だよ『憲法に違反している自衛隊員は憲法の恩恵を受けることはできない』って、めちゃくちゃだけどスジは通っているような気がするわたしって変?」
現社の先生は「自衛権を巡っては様々な意見がある」ってしめくくっておしまいだった。
「それはね……国権の発動たる戦争と自衛権の行使たる戦争の違いなんだよ」
「「(。´・ω・)ん?」」
「国権の発動たる戦争と云うのは『力による現状変更』って云ってね、武力でよその国の領土を奪う侵略戦争のことで、国連憲章で、ハッキリ禁止されてる。その流れに沿って書かれたのが日本国憲法」
「「うん」」
「自衛権と云うのは『力による現状変更』を仕掛けてきた国に対抗することで、これも国連憲章で認められてる」
「「ああ……」」
「つまり『侵略戦争は二度とやらないけど自衛戦争はやるぞ!』という意思表示で、国連憲章にも世界の常識に則ってるわけさ」
「なるほど」
論理的思考の麻子は大納得だけど、タコウィンナの妙子は、まだ首をかしげている。
「でも、解説してもらわなきゃ分からないような表現はダメだと思う。話は違うけど『ちょっと残念だ』って遠まわしに全否定する言い方ってあるじゃん。そんな感じ」
「うう~ん、そうだねぇ」
妙子は部活の『無対象演技練習』にもハマりやすい感覚的な子で、まずは感じて、それから考える。
授業では、その考えるところでの情報が無くって――いろんな意見がある――と胡麻化すことが多い。
論理的な卵焼き、直感のタコウィンナ―。
――よし!――
帰りの地下鉄で居眠りしている妙子に憲法の成立過程の情報をインストールしてやった。
しかし、本番の現社のテスト中、妙子は過呼吸になって倒れてしまった。
救急車に同乗はできなかったが、空飛ぶ女子高生モードで救急車より先に病院についた。途中で連絡をとったので、紀香も来てくれていた。二人でステルス化して病室に入った。
――こりゃ、ナノリペアでも治せないね……仕方ない……――
――日本国憲法は通り一遍の情報じゃ、理解できないわよ。マルクスからこっちの歴史とリベラルの特性を経済やら、SNSを始めとするIT技術の発展と絡めて、それから、地球温暖化の背景や変質、それから……も理解させなきゃ――
――ああ、たいへん(-_-;)――
――自分でやったことでしょ――
友子は、妙子の額に手を当て、紀香に指摘された全てをインスト-ルしてやった。
麻子は、少し熱を出したが、なんとかインスト-ルに成功し、その日のうちに退院することができた。
しかし、三十数年後、このために妙子が高名な政治学者になり、歴代最年少の内閣参与になることまでは分からなかった……。
☆彡 主な登場人物
- 鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
- 鈴木 一郎 友子の弟で父親
- 鈴木 春奈 一郎の妻
- 白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
- 大佛 聡 クラスの委員長
- 王 梨香 クラスメート
- 長峰 純子 クラスメート
- 麻子 クラスメート
- 妙子 クラスメート 演劇部