大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ここは世田谷豪徳寺(三訂版)第92話《MAMORIの明菜》

2024-02-26 09:40:59 | 小説7
ここ世田谷豪徳寺 (三訂版)

第92話《MAMORIの明菜》惣一 





 人相書きが出回っているというので、馬毛島からの帰りは陸自のC1だ。

 C1はC2が出回るにつれて順次退役させられている輸送機で、俺が同乗させてもらうC1も、これが最後のフライトで、横田基地に着いた後は退役させられるらしい。

 護衛艦たかやす、たかやすの艦長、そしてC1輸送機。

 ここのところ退役に付き合っているというか縁がある。

「佐倉一尉、横須賀からの指令電報です」

 たかやすが瀬戸内海を通って馬毛島に向かえと言われた熊野灘沖にさしかかったところで、乗員から電文を受け取る。

――横須賀到着後、創設70周年記念行事室出頭せよ――

 そうだ、この六月で自衛隊は創設70年になる……防大を出て任官した年に60周年だったから、俺の官歴も10年になる……と思うと同時に、海自は俺をもてあましているとも感じた。

 七月には記念式典を迎える記念行事は、大方できあがっている。今さら、広報の経験もない砲雷屋が出向いても、そうそう任務はないだろう。艦長のようにクビにするわけにもいかず、当分は棚ざらしで辛抱しろということだ。
 
 
 そんな棚ざらしも一週間を超えて初めての休日。俺は私服に着替えて横須賀の街に出た。


 明菜はカウンターの奥に座っていた。


「半年ぶりだな」

 そう言いながら、マスターに「いつもの」という顔をしておいた。

 この店は、ヨコチン志忠屋といい、大阪、東京に次ぐ3号店で、イタ飯屋の看板をあげた無国籍料理と酒の店だ。

 ヨコチンという妙なカンムリは、旧海軍時代、横須賀の海軍は『横須賀鎮守府』と呼ばれていたことからきている。別の意味もあるが、いささか下品なので説明は省く。

「あたし、こんなことをやってるの」

 明菜が名刺を出すのと、ピザが出てくるのが一緒だった。

「あ、あたしのピザなのに……」

 ピザの一枚を見敵必殺の呼吸でかっさらうと、明菜がさくらを思い出させるように膨れた。

「妹みたいなこというなよ」

「さくらちゃんはスターよ」

「明菜だってスターだ」

「あたしが?」

「流れ星だけどな。一瞬輝いたかと思うと、すぐに消えちまう……丸川書店MAMORI編集 白川明菜。今度は雑誌社か」

「元防大で採用してくれた。女子にターゲットを絞った防衛雑誌なんだけどね。実はね……」

 明菜は、この半年を超える空白を埋めるように多弁だった。以前は、こんなに自分から喋る奴じゃなかった。

「はい、いつもの。特盛とレギュラーにしといたよ」

 マスターが、そう言いながら定番の海の幸のパスタを並べてくれた。

「レギュラーじゃ足りないだろう。オレの少しやるわ」

 フォークとスプーンで、適量分けてやる。

「マスター、ソーセージの盛り合わせも。二人分ください」

「佐世保沖のことならとうぶん書けないぜ。書けたとしても室長の許可はとらなきゃいけないけどな」

「単に海戦のことだけじゃなくて……」

「海戦言うな」

「手のひら返したような政府と国民の意識も平行して、これは、あたしが書くんだけど」

 そうなんだ、この一週間で事情が変わった。

 ネットで、一連の佐世保沖の事件は世界中が検証して、C国が証拠とした映像は、AIに作らせたフェイク動画と判明、大方は俺たちが報告した内容通りだということが、ほぼ証明された。

 検証の中心になったのはアメリカだ。アメリカは、この事件に関する日本政府の不手際を深刻にとらえ、今の内閣には当事者能力がないと踏んで、俺たちを称揚することで、現在のK内閣を倒そうとしている。

 信じられないだろうが、戦後アメリカの意向やコントロールで倒れた内閣は、片手の指くらいはある。

 それに、分裂の途上にあるC国の中にも、手のひらを返して西側の理解と協力を得ようという、主に独立を宣言した北部二省のような勢力が台頭し、状況は変わりつつある。

「書いた原稿は、あらかじめ見せてくれよな。うちは表に関わることは書けないから」

「ええ、検閲しようってのぉ、佐世保沖とは関係ないネタでもぉ」

「まだまだデリケートなんだよ、無事に70周年も迎えたいしな」

「まあ、いいけど。一つ朗報」

「なんだ?」

「吉本一佐、ミネアポリスの教官に招へいされるんだって」

「え、ほんとかよ!?」

「そんで……これ」

 ゴソゴソと手札サイズの写真を出した。

「ええ!?」

 写真には、米海軍少将の階級章を付けた艦長が、大統領と握手している姿が写っている。

「外国籍だから、正式には少将待遇の教官、軍属なんだけどね、これの持つ意味は大きいわよ」

 そう言うと、明菜は写真をベリベリに破ってポケットに突っ込んだ。

「うちに帰ってから焼却処分。正式な発表は、明日の午後だから」

 なるほど、タブレットやスマホに残すよりは安全で確実だ。

「それから、もう一つは……これは、まだ確実じゃないから、発表を待ってもらうか……」

 明菜は、かなりの情報原をもっているようだ。逆に言うと、こちらの情報も持っていかれるということだから、防大以来の仲とはいえ、ちょっと身構えてしまう。

「ただの雑誌記者よ、70周年じゃ、海自の事、もっとアピールしたいから、その範囲でよろしくということよ。まあ、とにかく飲もう!」

「お、おう」

 そのあと、薩摩白波を飲みながら、脈絡のない話の末に、明菜がポツリと言った。

「惣一……」

「うん……?」

 オレは前を向いたまま、明菜の言葉を待った。変な沈黙になってしまった。

「じゃ、今夜はありがとう。これがうまくいったら、本採用になれるかもね。いいからいいから、経費で落としとくから」


 そういうと明菜は伝票を掴んで、レジに行った。


「あ、小銭ないから、崩すね」

 マスターは、そう言って万札をオレにつきつけた。

「もう少し砕けろや。私服なんだしよ」

「え、ああ……」

 万札を崩しながら、あいまいな返事にしかならない。

「あ、経費なら領収書いるよね。ごめん切らしてるから、こいつに買わせにいかせるから。一尉さん、そこの文具屋まで走ってくれよ」

 言われるままに領収書を買ってきた。マスターはゆっくりと領収書を書いた。

「今度、惣一が命令するとこ見たいわね。あんた、年上の部下にはまだ『実施』としか言えないんでしょ」

「んなことねえよ。明菜も……」

「なによ」

「いつか、かっこよく命令するとこ見せてやっから」

「ハハ、できたら、You Tubeにでも投稿しといて。じゃ、またね」


 最後は、いつもの調子で明菜は、ドアの外に消えた。


 ドガ!


 マスターに、思い切りケツを蹴り上げられた。


☆彡 主な登場人物
  • 佐倉  さくら       帝都女学院高校1年生
  • 佐倉  さつき       さくらの姉
  • 佐倉  惣次郎       さくらの父
  • 佐倉  由紀子       さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
  • 佐倉  惣一        さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
  • 佐久間 まくさ       さくらのクラスメート
  • 山口  えりな       さくらのクラスメート バレー部のセッター
  • 米井  由美        さくらのクラスメート 委員長
  • 白石  優奈        帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
  • 原   鈴奈        帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
  • 坂東 はるか        さくらの先輩女優
  • 氷室  聡子        さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
  • 秋元            さつきのバイト仲間
  • 四ノ宮 忠八        道路工事のガードマン
  • 四ノ宮 篤子        忠八の妹
  • 明菜            惣一の女友達
  • 香取            北町警察の巡査
  • クロウド          Claude Leotard  陸自隊員 
  • 孫大人(孫文章)      忠八の祖父の友人 孫家とは日清戦争の頃からの付き合い
  • 孫文桜           孫大人の孫娘、日ごろはサクラと呼ばれる
 
コメント
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