大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

勇者乙の天路歴程 003『頭上で楠の葉が戦ぐ』

2024-02-29 10:51:18 | 自己紹介
勇者路歴程

003『頭上で楠の葉が戦ぐ』 





 サワサワサワ……サワサワサ……サワサワサ……


 頭上で楠の葉が戦ぐ。

 戦ぐと書いて「そよぐ」と読む。

 演劇部の顧問をしていたころ『これでソヨグと読むんですか!?』と台本の字の読みを教えてやって驚かれたことがある。その生徒は『たたかぐ』と読んでいた。『戦い』と書いて『タタカイ』なのだから、『タタカグ』と発音してしまったんだ。

 そうなんだ、戦ぐとは、一枚一枚の木の葉が、隣り合う木の葉に当って音を立てる様子を現す言葉なんだ。

 それが、何千、何万、何十万、何百万と重なるとサワサワサワになり、林や森ぐるみ山ぐるみになると、ザワザワ、時にゴウゴウと猛々しい音に成ったりする。

 校舎の屋上で日の丸がはためいている。

 学校で国旗を掲揚するようになったのは今世紀に入ってからだったかなぁ。

 本来は、正門を入った玄関の前あたりにポールを立てて掲揚するものだ。人の目に付かなくては掲揚の意味がない。

 しかし、長年、組合が反対したことで屋上という妥協策になった。

 屋上ならば、校内に居る限り目につくことは無い。外からは、こうして見えるし、災害時には広域避難場所のいい目印になる。

 そうそう、学園紛争の嵐が吹きまくった70年ごろ、屋上とポンプ室のあたりは反戦生徒のたまり場だった。
 割れたヘルメットや立て看板やらペンキの缶やら、壁には「造反有理!」とか「安保反対!」とか「米帝粉砕!」書きたくってあった。

 お茶を一口あおると、人の気配。

 離れたベンチに自分より一回り半は年上、ひょっとしたら百に近いのかもしれないお爺さん。歩くのもやっとなんだろう、老婆が使うような手押し車のアームに顎を載せて眠ったように目を閉じている。

 全然気配がしなかった……まあ、こっちもポンコツだし、お互いの静謐を尊重しよう。

 上半分が覗いている体育館は二代目で、初代のは平屋の体育館。記憶と重ねて見ると、ここからなら屋根が見える程度だったか。

 入学式、卒業式、文化祭や新入生歓迎会、生徒会選挙の立会演説会……校長をつるし上げた大衆団交も、あそこでやったんだ。芸術鑑賞で劇団を呼んだ時、体育館の舞台は張り出しが付けられて倍ほどに広くなり、持ち込まれた照明や音響の機材で劇場のようになった。

 体育館の前には銀杏木が佇立していて、銀杏の実を拾い集め、みんなで食ったこともあった。臭いがすごくて、困っていると、家庭科のF先生が助けてくれた。日ごろは国防婦人会と揶揄されていたF先生だったけど、頼りになるオバサンだと見直したっけ。

 グラウンドの端の当たりに覗いているのは、創立以来の楡の木だ。

 あの木の下で告白すると、将来結ばれるという伝説があった。

 告白した相手には速攻で袖にされたがなあ……まあ、おかげで、亡くなったカミさんと出会うことができたんだが。

 苦笑して、お茶の残りを飲み干す。

 すると、また、お爺さんが視界に入って……いや、お婆さんだった(^_^;)

 歳をとると性別なんかほとんど意味がない。


 サワサワサワ……サワサワサ……サワサワサ……


 また楠が戦ぐ。

 どうも、無用の事ばかり思い出してしまう。

 明日からは……どうしようかぁ。

 非常勤講師という最後の肩書も取れて、社会的には70歳の無職老人。

 独立した息子は、この正月にも帰ってこななかった。

 まあ、所帯を持ったら自分たちのことで精いっぱい。便りが無いのは元気な証拠。人生の先達としては喜んでやるべきだろうなぁ。

 ザワザワザワ

 楠が戦ぐ、今までよりも強く。

 真上の楠だけでなく、公園全ての木々が嵐の前触れのように戦ぎだした。

 春一番か? 

 それにしては、学校の銀杏木や楡は手抜きアニメの停め絵のようだ。

 局所的春一番?

 ビル風か? 

 風の谷のナウいシカ。

 授業でカマしたら、ジト目で笑われそうなダジャレが浮かぶ。 

 そして異変が起こった。

 お婆さんが立ち上がったかと思うと、ぐっと背筋が伸び始め、白髪がグレーに、そして、息をのむうちに緑の黒髪に……身の丈、体つきも変じ、頬にも唇にも朱がさして、身に着けたものは、額田王(ぬかだのおおきみ)か卑弥呼かというような古代衣装に変じた。

「ようやく……ようやく……通じる者に巡り合うた……」

 古代衣装が口をきいた。

 

☆彡 主な登場人物 
  • 中村一郎       71歳の老教師
  • 原田光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉大輔       二代目学食のオヤジ
  
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ここは世田谷豪徳寺(三訂版)第95話《さつき今日この頃・3》

2024-02-29 08:34:27 | 小説7
ここ世田谷豪徳寺 (三訂版)

第95話《さつき今日この頃・3》さつき 





「そ、それ、本物の関の孫六! 触れただけで頸動脈が切れちゃうよ(;'∀')」


 さっきまでの落ち着きはどこへやら、だるまさんがころんだで鬼が振り返った時のようなへっぴり腰で刀を指さす忠八君。

 恩華の首筋からは一筋の血が流れ、カットソーの襟を赤く染めている。

 まるで部屋の中に揮発したガソリンが充満していくような危うさだ。ほんの身じろぎ一つで恩華の心の火が充満したそれを爆発させてしまいそう。

 忠八クンは、それ以上何も言えなくなり、あたしは息をするのも苦しくなってきた。篤子さんはわたしたちと恩華の間に立って、わずかに眉を傾け、三人の中で、ただ一人恩華を刺激しない存在に成りおおせている。部屋の空気が爆発しないで済んでいるのは篤子さんの茫洋とした温かさなのかもしれない。

 しかし、篤子さんにしても爆発させないことが限度で、恩華の首から孫六を離させることはできないようだ。

 フワリ…………

 気づくと、朝顔の匂いが巡ってきた。いつの間にか窓が半分開いて、窓辺に一輪の朝顔が茎の付いたままで置かれている。

―― 忠八さん、とうとう成功しましてよぉ。夕方までもつ朝顔 ――

 窓の外で柔らかな声がした。

 人の手の平ほどの朝顔は、微かな風に花と葉っぱを揺らせ、それに魔法がかけられたようにみんなは見入ってしまった。

 ほんの数秒かと思われた時間のうちに声の主は、ドアを開けて朝顔の化身のようにソヨソヨと立っている。

「このお家に来てから、ずっと探していたんです。朝顔が夕方まで枯れずにおられる気をもった場所を……それが、このお部屋の窓の下。ちょっと拝借ね」

 そう言って、朝顔の化身は恩華から孫六を受け取ると、水差しの中でサラリと水切りをして、朝顔を一輪挿しに活けた。

 朝顔の香りが、いっそう芳醇になってきて、気が付けば、みんなが朝顔の化身を取り囲んで、話を聞く格好になっていた。


「……というわけで、わたしは四ノ宮忠八さんの奥さんになりました」


 朝顔の化身は、自分が忠八クンのお嫁さんになったいきさつを、小学生の朝顔の観察記録のような短い文節を重ねるだけで納得させてしまった。化身の名は孫文桜という。

「朝顔は朝に咲いて、お日様が顔を出したころには萎んでしまいます。それが朝顔の決められたあり方。ただね、場所や条件さえよければ、こうやって夕方ぐらいまではもたせることができるの。ね、あなた」

 化身は、忠八クンに振った。

「ああ、そうなんだ。国にも、花のような生理があるんだ。朝顔のように暑い夏に涼しそうな花を付けて終わってしまうようなもの。うまく人の手を加えると、寿命はのばせるけど、何年ももたせることはできない。でも、種はしっかり残って、来年にはまた花を咲かせる。桜は葉っぱのままの時期が一番長い。満開に花を咲かせるのは、ほんの一週間ほど」

「まあ、桜は品種や育つ場所で咲く時期や長さが違いますね。さつきさんの妹さんは、やっと咲き始め。わたしは……忠八さんの育て方次第」

 朝顔の化身は、いつの間にか桜の化身になっている。

「Cという国は、ラフレシアのように巨大な花になったり、程よい大きさのいくつもの花に変わったり。でも、その両方ともCという国なんだ。そして、その境目には自分も痛むし、他の国に影響を与えることもある。でも、その大きくなったり程よく分かれたりする中で、良くも悪くも周りの国に影響を与える。それがアジアというお花畑のありようだと思うんだ。お花畑には花守がいる。ここにいるみんなも、その花守の一人だと思うんだ……いい花を咲かそうよ」

 孫桜さんが窓を開けた。暑さとともに庭の花々の匂いがいっせいに押し寄せてきた。

「さあ、この香りの中には何種類の花があるでしょうか?」

 いたずらっぽく言う孫桜さんは、どことなくさくらに似ていた……。


☆彡 主な登場人物
  • 佐倉  さくら       帝都女学院高校1年生
  • 佐倉  さつき       さくらの姉
  • 佐倉  惣次郎       さくらの父
  • 佐倉  由紀子       さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
  • 佐倉  惣一        さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
  • 佐久間 まくさ       さくらのクラスメート
  • 山口  えりな       さくらのクラスメート バレー部のセッター
  • 米井  由美        さくらのクラスメート 委員長
  • 白石  優奈        帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
  • 原   鈴奈        帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
  • 坂東 はるか        さくらの先輩女優
  • 氷室  聡子        さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
  • 秋元            さつきのバイト仲間
  • 四ノ宮 忠八        道路工事のガードマン
  • 四ノ宮 篤子        忠八の妹
  • 明菜            惣一の女友達
  • 香取            北町警察の巡査
  • クロウド          Claude Leotard  陸自隊員 
  • 孫大人(孫文章)      忠八の祖父の友人 孫家とは日清戦争の頃からの付き合い
  • 孫文桜           孫大人の孫娘、日ごろはサクラと呼ばれる
  • 周恩華           謎の留学生
 
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