大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

勇者乙の天路歴程 001『あの時のハンカチ』

2024-02-21 15:35:43 | 自己紹介
勇者路歴程

001『あの時のハンカチ』 





 買うんじゃなかったかな……


 ほんの二秒ほど迷って、手に持ったサンダルをレジ袋に入れると、柱の横のゴミ箱に放り込み、下足の黒靴に履き替えた。

 振り仰いだのは感傷からではない。

 ただ、時間の確認をしたかったからだ。最寄り駅の電車は15分に一本しかなくて、タイミングを計らなくては、ホームで10分以上待つ羽目になってしまう。二階分の吹き抜けになった玄関ホールの時計は、柱の高い位置に掛けてあるので、間近で見るには振り仰がなくてはならんのだ。

 思いがけずにせきあげてくるものがある。

 時に行動や仕草は、それに見合った感情を呼び起こすものだ。

 たとえば、胸のところで腕を組むと微妙に偉くなったというか対立的な気持ちになるし、組んだ手を、そのまま臍のあたりまで下ろすと、銀行の案内係りのように温順になる。それに笑顔を付け加えれば、ディズニーランドのキャストが務まりそうな気にさえなる。Vサインをすれば写真を撮りたくなるし、中指を立てれば、ちょっと凶暴な気持ちになる。

 意識しないつもりだったが、どうも、この中村一郎は四十年を超える教師人生の終りに感傷を持っているようだ。

 よし、正門を出たところで一度だけ振り返ろう。

 昭和の東京オリンピックの年にできた校舎は古ぼけてはいるが、間口六間のの玄関は総ガラス張りで出入りの気分だけはいい。

 タタタタタタタタタタタ

 正門まで数メートルというところで、二重の意味で憶えのあるサンダルの音。玄関ロビーは広くて天井も高いので、遠慮のない速足でやってくると、意外に大きく響いてしまう。

「中村先生!」

 振り向かざるを得ない。

「だいじょうぶですか?」

「いやあ、声をかけて下さればいいのに! いや、モタモタしていたわたしも悪いんですが(;'∀')」

「いや、すみません。入試やら年度末の業務でお忙しいでしょうし、講師の期限切れなだけですから」

「なにをおっしゃるんですか、先生の43年に渡る教師生活の千秋楽じゃないですかぁ!」

「いや、退職祝いは10年前にやって頂きましたし、再任用が終わった時も立派に送り出していただいて、いまはただの講師の任期切れです」

「……すみません、ご希望に添えず、こんな形でお見送りすることになって」

「いやいや、70歳を超えて、もう一回使ってくれっていう方が厚かましいんです。まあ、家にいてもゴロゴロするだけだし、ダメもとで希望出しただけですから。いや、年金もいよいよ満額支給。幽遊自適です。校長先生こそ、Pや教育委員会の締め付け、昔の比ではないです。どうぞ、ご健康に留意して、ほどほどに頑張ってください。教頭さんはじめ、みなさんいい人ですから、お任せになればいいんです。ほどよく力を抜かなきゃ、7・5・3ですからね」

「はい、平で7年、教頭5年、校長3年の余命なんですよね」

「アハハ、昭和時代の教訓ですがね、あ、いや、あんまり励ましにならないなあ(^_^;)。いや、この歳になっても、軽くて申し訳ありません」

「いえいえ、そのお歳で、まだまだ元気な、そのお姿だけで、わたしたち後続の者には励みです。あ、そうだ」

 正門を出たところで、校長はポケットからハンカチを出した。

「すみません、42年前にお借りして、ずっとお返しできなくて」

 あ…………!?

 鮮やかに40年以上前の、封印したことさえ忘れてしまった記憶が蘇った。

「何度か、お返ししようと思って、でも、なかなか……」

「まだ、持っていたんだ」

「はい、このハンカチと先生の、あの時の言葉で頑張れたんです。先生、もう一度、あの言葉聞かせてください」

「あ、うん。ええと……明日は明日の風が吹く……」

「はい……それから?」

「えと……明日の風は、俺がいっしょに吹かれてやっから! がんばれ、光子! だったよな?」

「はい、あの時は『俺』でなくて『先生』でしたけど」

「あ……」

「で、手で頭をワシャワシャされて、嬉しかったです」

「そ、そうだったか(;'∀')」

 両手に荷物を持っていてよかった。

 教え子とは言え、来年には定年になろうかという校長の頭をッワシャワシャするわけにはいかない。

 ペコリと一礼すると、原田光子は校長の顔に戻って、正門の内に戻って行った。

 生徒が何人かこっち見てるし、今さら、振り返ることもできず、走らなければ電車に間に合わない時間になってしまっている。

 まあ、ゆっくり行くとするかな……。



☆彡 主な登場人物 

  • 中村一郎       71歳の老教師
  • 原田光子       中村の教え子で、定年前の校長
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鳴かぬなら 信長転生記 166『宿舎は豊盃寺』

2024-02-21 10:37:47 | ノベル2
ら 信長転生記
166『宿舎は豊盃寺』信長 




 長江河原への出発を明日に控え、宿舎の豊盃寺に入った。


 ただの宿泊なら、三国志最大の自由都市、伝統の豊盃大酒店や、大橋が経営するインペリアルホテルまで、いくらでもあるが、坊主が泊まるのは寺が相応しい。

「なに言ってんの、たまにはまともなベッドで寝たいわよぉ~」

 宿室の僧房に入ったとたん、猪八戒の擬態を解いて寝台にひっくり返る市。

「フフ、健康と美容のためには、こういうカチコチの寝台の方がいいんだよッパ」

 沙悟浄の擬態を解きながらも、沙悟浄の声と物言いを忘れない茶姫。

「もう、久しぶりに元に戻ってるんだから、自分の部屋に行ってくれない」

「いいじゃないか、素に戻ったら、俺だって美少女なんだから」

「もう、いくら外見が女でも、織田信長丸出しなんだから落ち着かないのよ。ほんとうは、部屋だって別にしてもらいたいくらいよ」

「ハハ、それはさすがに。オレたちは、三弟子の悟空・八戒。沙悟浄なんだ、別の部屋に泊まったら不自然だろッパ」

「うう、まあ、それもそうなんだけど。こっち向かれると落ち着かないから向こう向いててよ」

「ああ、それくらいなら……」

 プゥ~~~

「もー! オナラなんかしないでよ!」

「すまん、やっぱり擬態を解くと緩んでしまってなあウキ」

 目を三角にして、上半身を起こした市のお腹は、八戒の擬態に慣れてしまったのか、ポッコリ肉が付いているが、これは、さすがに口にしない。

 ククク……

「ちょ、茶姫も肩なんか振るわせないでよ!」

「ああ、ごめん沙悟浄は、もう寝るッパ……」

 俺もそのまま寝ようかと思ったが、あれだけの大法会をやったあとだ。

 三蔵や馬のことも気になり、悟空の姿になって様子を見に行くことにした。

 
 僧房を出ると金堂や講堂を取り巻くように回廊が巡って三蔵が泊っている客殿に続いている。

「お師匠様」

 一応、蹲踞の礼をして室内へ。

 あ……

 玉門関から『三蔵法師とその弟子たち』を装っているので、一発で分かった。

 寝台の上で結跏趺坐の姿勢を保っている三蔵は魂が抜けて、ただのフィギュアになっている。

『ここじゃここじゃぁ……』

 頭の中で声? と思ったら、頭に嵌められた金輪の緊箍児 だ。

「なんだ、やっぱり三蔵は一言主だったのか」

『全部とは言わんが、半分以上はワシだ』

「そうか」

『三蔵もな、さすがは二宮忠八の作品。ほとんどAIと言っていいんだがな。ここいちばんというところは、ワシでなくては務まらん』

「あの大説法会は、ほとんど一言主だったんだろう」

『ああ、大昔、天岩戸の前で乱痴気騒ぎをやったノリでなあ』

「ん……あれは、天宇受売命(アメノウズメ) が主演で、プロデューサーは思金神(オモイカネ)だったろうが?」

 緊箍児がピリリと震える。

「おいおい、こんな質問で頭を締めるなよ」

『あれと儂は裏表の関係なんじゃ』

「で、あるか」

『それよりも、山門の外に客人じゃ』

「俺にか?」

『三蔵にだが、いま、対応できるのは、悟空だけだ』

「是非もなし」

『おいおい、口調が信長じゃぞ』

「……切り替えた、ウキ」


 回廊を巡って山門に至る。


 一瞬、山門の仁王が抜け出たのかと思った。


 月を背負ってシルエットになった巨躯に風が吹き、五尺はあろうかという鬚が、それ自身何かの化生であるかのように戦いだ。


 
☆彡 主な登場人物
  • 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生  ニイ(三国志での偽名)
  • 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
  • 織田 市        信長の妹  シイ(三国志での偽名)
  • 平手 美姫       信長のクラス担任
  • 武田 信玄       同級生
  • 上杉 謙信       同級生 配下に上杉四天王(直江兼続・柿崎景家・宇佐美定満・甘粕景持 )
  • 古田 織部       茶華道部の眼鏡っ子  越後屋(三国志での偽名)
  • 宮本 武蔵       孤高の剣聖
  • 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  • 雑賀 孫一       クラスメート
  • 松平 元康       クラスメート 後の徳川家康
  • リュドミラ       旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ  劉度(三国志での偽名)
  • 今川 義元       学院生徒会長
  • 坂本 乙女       学園生徒会長
  • 曹茶姫         魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
  • 諸葛茶孔明       漢の軍師兼丞相
  • 大橋紅茶妃       呉の孫策妃 コウちゃん
  • 孫権          呉王孫策の弟 大橋の義弟
  • 天照大神        御山の御祭神  弟に素戔嗚  部下に思金神(オモイカネノカミ) 一言主

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ここは世田谷豪徳寺(三訂版)第88話《長徳寺の終戦・1》

2024-02-21 07:35:34 | 小説7
ここ世田谷豪徳寺 (三訂版)

第88話《長徳寺の終戦・1》さくら 





「代役だけど、おもしろい役なんだ、どうだろ?」

 吾妻さん、顔は笑っていたけど目は真剣だった。

「でも、たった一週間じゃ……」

 正直自信はない。


 ことの始まりは三日前。


 新宿での、ちょっとした車同士の接触事故だった。一方は示談ですませようとし、相手も、それに乗りかけた時、通行人が警察に通報してしまった。
 すぐに警察が来たが、示談が成立しかけていたので、実況見分だけやって済ますつもりでいた。

 ところが、一方の車内から脱法ハーブが出てきてしまった。

 で、その車の持ち主がYという俳優で、同乗していた女性が三越紀香という女優であったことが問題だった。

 紀香さんは、番組の打ち合わせのあと、Yに誘われて車に乗せてもらって帰宅する途中だった。警察の取り調べの結果、Yが脱法ハーブを使っていたことは明らかになったが、三越は無関係であることが分かった。

 しかし、それで済まないのが芸能界だ。

 三越紀香が出ているCMは中止になり、収録済みの番組も、編集しなおしたり、放送中止になったりした。


 その一つが、終戦の日の記念番組『長徳寺の終戦』だった。


 話は、長徳寺という八王子の寺の開戦から終戦までの物語。

 紀香さんの役は、寺の七人姉弟の長女の役。毎週のように繰り返される出征兵士の見送りと、それと同じ数だけの骨箱だけのお葬式。
 疎開児童の引き受け、そして自分自身女子挺身隊にとられ、慣れない飛行機工場での労働や苦労のエピソードで綴られている庶民の戦争体験をコミカルに描いた三時間ドラマだ。

「全部撮りなおすわけじゃないんだ。三越紀香がはっきり写っている一時間分だけの撮り直し。やってくれないかなあ」

 一応お願いのかたちだけど、吾妻さんが引き受けてしまったのは見え見えだった。

 で、あたしは、もうすぐ期末テストだった……なんて、この世界では関係ない。

「……分かりました」

 そう答えるしかなかった。

「じゃ、さっそく行ってもらいたいんだ」

「はい、放送局ですね」

「の前に寄ってもらうところがある」

 で、わたしを乗せた車は、なぜか、わたしの地元の豪徳寺に寄ることになった。


 なんで?


 答えは、豪徳寺の境内に入ってすぐに分かった。三越紀香その人が待っていたのだ!

 大先輩に深々と頭を下げられて恐縮した。

「わたしの不始末のために、ご迷惑かけます」

「と、とんでもない。三越さんは、たまたま誘われた車に乗っただけだし。えと、突然のいきなりですけど、豪徳寺で引き継ぎやらせてもらうなんて、レアで、いえ、名誉なことです。縁起もいいし、天気もいいし、何事も勉強だと思いますし。えと、そうです。三越さんの名前を汚さないようにがんばります!」

 へんてこな挨拶言葉しか出てこなかった。

 大先輩だし、いきなりの話だし、無実とはいえ、薬物関係で騒がれた人に会うのなんて初めてだし。あ、いやいや、無実なんだから、意識するわたしの方がおかしいんだ。

 それから、しどろもどろになりながら、話をした後、本堂にお参りした。

「長徳寺って、架空のお寺だけど、豪徳寺と、どことなく似てるじゃない。それにさくらちゃんの地元でもあるし、お詫びと引継ぎと、撮影の成功をお願いするのにはピッタリだと思ったの。これ、番組の成功と、さくらちゃんの一層の成長を祈って……受け取ってくれる?」

 三越さんは、風呂敷包みから招き猫を取り出した。

「あ、招き猫(^▽^)!」

 我が家のまねき猫が、もう一匹増えた。

 
☆彡 主な登場人物
  • 佐倉  さくら       帝都女学院高校1年生
  • 佐倉  さつき       さくらの姉
  • 佐倉  惣次郎       さくらの父
  • 佐倉  由紀子       さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
  • 佐倉  惣一        さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
  • 佐久間 まくさ       さくらのクラスメート
  • 山口  えりな       さくらのクラスメート バレー部のセッター
  • 米井  由美        さくらのクラスメート 委員長
  • 白石  優奈        帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
  • 原   鈴奈        帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
  • 坂東 はるか        さくらの先輩女優
  • 氷室  聡子        さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
  • 秋元            さつきのバイト仲間
  • 四ノ宮 忠八        道路工事のガードマン
  • 四ノ宮 篤子        忠八の妹
  • 明菜            惣一の女友達
  • 香取            北町警察の巡査
  • クロウド          Claude Leotard  陸自隊員 
  • 孫大人(孫文章)      忠八の祖父の友人 孫家とは日清戦争の頃からの付き合い
  • 孫文桜           孫大人の孫娘、日ごろはサクラと呼ばれる
 



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