銀河太平記・204
月の夜がようやく開け始めたころ、やっと未来から合格をもらった。
火星や地球の感覚だと「おお、わずか一晩で合格とは!」と感心されるかもしれないが、なんせ、月の夜は二週間もある。
他の仲間は早々に合格をもらって検査や検疫業務に入っているのだから、絶対に早い方じゃない。
それで、合格したころには検査も山場を越えて、あえて新米が入る必要も無いので、わずか三日で元の警備担当に回された。
「なんとか2500で済んだぁ」
倉庫兼カフェでマスプレッソを楽しんでいると、同じのを持って未来が横に腰を下ろした。
プッ
下ろしたケツ圧で、クッションが鳴る。
学生の頃なら「ちっとは遠慮しろよ」とか「失礼ねえ!」とかじゃれ合うんだけど、そんな余裕はない。峠を越えたとは言え、任務が厳しいことに変わりはない。それに、そういう子どもじみたじゃれ合いをするには微妙に歳をとってしまった。
「他の所じゃ一桁上をいってるんだろ?」
「ああ、うん、養生所の指導が早くて的確だったから」
意図してではないんだろうけど、謙遜だ。
幕府はパンデミックが起こる40時間前に、ことの重大さと対処方法を扶桑全域と月の自治州にも伝えてきた。むろん幕府の対応は他の火星諸国や地球、月世界の知るところとなった。しかし、死者の数を2500に抑えられたのは、現場の力だ。
キャーー アハハハハ
「ちょっとそこ! うるさい!」
一つ向こうのテーブルで新人たちが騒ぎ出したのを一喝する未来。
「「「す、すみませぇん(;'∀')!!」」」
慌ててトレーを片付けて出て行ってしまった。
「おまえ、もうお局さまかよ」
「うっさい、ああ、もう看護手帳落としてるしい」
扶桑と言うのは良くも悪くも『昔』を残していて、記録はデジタルやパルス以外にアナログで残すことにこだわりがある。兵隊も看護師もハンベの他に、ポケットに手帳を入れている。
「感心感心、業務はちゃんとやってるみたいねぇ……」
おお、チェックする姿は、まるで生活指導の先生だ(^_^;)
「え……」
「おい、あんまり見てやるなよ」
「この子の担当患者に……姉崎すみれっていうのがいる」
「え?」
姉崎すみれ……高校で、俺たちの担任の名前だ。
「同姓同名なんじゃないのか」
「だろうけど……」
ハンベで調べてみると、それは、まごうかたなき七年ぶりの姉崎先生のプロフィールに違いなかった。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
- 胡 盛媛 中尉 胡盛徳大佐の養女
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
- 奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟