大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・213『真・姉崎すみれ物語』

2024-04-02 11:59:54 | 小説4
・213

『真・姉崎すみれ物語』ダッシュ 




 先生が跳びこんだ窪地には逃げ遅れた十数名の民間人が居た。

 十数名と曖昧なのは、五体満足な者は三名しか見当たらず、断裂飛散した遺体からは直には人数が読めないからだ。

 先生は、そのうちの二名に見覚えがあった。

 岡島という技術者夫妻だ。二人とも静かの海の深層採掘の見通しを立てるために国交省の依頼を受けてやってきた資源採掘の専門家だ。もう一人は技術者でも専門家でもない、学生風の女性。

 夫妻の方に外傷はないが、すでに生命反応は無い。女性の方は右半身にヒートパルスを浴びて重度の火傷を負っていたが、辛うじて息はある。

 先生はハンベを軍事用のトリアージモードにした。

 一般のトリアージと異なり、軍事用のそれは、軍事的社会的な有用性緊急性をも判定基準にする。そのために、単なる負傷のレベルだけではなく対象者の属性を機密レベルまで検索している。

「息のあるのは女性だけなのに、なんでトリアージするんだろ?」

 ミクがジト目で俺を見る。

「場合によっては『救助しない』という選択もあるからだ」

「ええ!?」

「戦争をやってるんだからな、そういうこともある」

 不愉快そうに眉を顰めるが、俺は構わずに再生を続けた。

 画面には、先生が開いたトリアージのためのデータが映し出されている。

「「ええ!?」」

 声が揃ってしまった。

 姉崎すみれ:岡島香里菜(旧姓・姉崎香里菜、すでに生命反応無し)の姪、宇宙地質学者姉崎浩一郎の長女、東京教育大学1回生。姉崎浩一郎博士は月面開発のため、娘夫婦と共に月に移住。末娘のすみれは学業のために地球に残るが、夏休みで父親と姉のいる月に帰省して戦災に遭う。

 本籍地・ピタゴラス〇〇市ゴールデン街北町〇〇番地。現住所・世田谷区豪徳寺〇〇。

 トリアージレベル赤1。

「これって……」

「先を見るぞ」

「う、うん……」

 先生は30秒置いて、瀕死の『姉崎すみれ』と会話した。

『俺は日本の傭兵で山野勘十郎という。この窪地に避難した者で生きているのはきみ一人だ』

『叔母さんは……』

『言った通りだ。きみも10分以内に死ぬ。もうきみのボディーは数分脳核を維持することしかできない。今から俺の脳核と入れ替える』

『え?』

『脳核不全症でな、もう一か月ももたない、最後に一花咲かせようと月に来たんだが、もう、ここらへんでいい。オッサンのボディーで気持ち悪いだろうが、地球に戻ったらアキバのジャンク街にでも行って、頃合いのボディーに積み替えるといい』

『そんなぁ……』

『たったいま、ボディーの名義変更と適正化をやっておいた』

『でも』

『もう時間がない、バイタルが落ちてきた。いくぞ』

『あ、待っ……』

 プツン

 そこで切れてしまった。


「これって……」

「先生は、なんというか……真・姉崎すみれだったんだ」

「でも、なんで?」

「身内はみんな亡くなっている、それに三十年前だ、静かの海戦争の後で荒れているしな、オッサンで居る方が楽でもあったんだろう……」

 説明している俺自身確証は持てないんだけど、大筋で外してはいないと思う。

 
 ミクが死亡診断書と検死報告書、俺が事案報告書を書いて、姉崎先生の人生にピリオドを打った。



 
☆彡この章の主な登場人物
  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵             天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆              扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)     将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)          地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)           児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)          西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)          西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)           西ノ島 フートンの代表者
  • 及川 軍平             西之島市市長
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)    今上陛下の妹宮の娘
  • 劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
  • 王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書
  • 胡 盛媛 中尉           胡盛徳大佐の養女
 ※ 事項
  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  • 氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
  • ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
  • 奥の院      扶桑城啓林の奥にある祖廟
 
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ここは世田谷豪徳寺(三訂版)第127話《尾てい骨骨折・7》

2024-04-02 06:43:04 | 小説7
ここ世田谷豪徳寺 (三訂版)

第127話《尾てい骨骨折・7》さくら 





 タクシーの中ではずっと眠っていた。

 いくら寝ても寝たりない。


 先週ひい祖母ちゃんの夢を見てから、おおげさじゃなく人生がおかしい。

 それで、今まで歌ったこともない『ゴンドラの唄』を音楽のテストで歌い始め、それが自分とは思えないほどうまくって、校長先生の耳に入り、校長先生のお母さんが本格的な機材を使って録画してSNSに投稿。あっという間にアクセスが3万を超え、昨日は帝都テレビが昼のバラエティーの生中継に来た。

 寝る前にアクセス調べたら4万に迫る勢い!

 で、今日は、こうして帝都テレビが差し向けたタクシーにお姉ちゃんといっしょに乗っている。

「さくら、着いたよ」

 グフ

 わき腹に衝撃。起こしてくれとは言ったけど、ボクシングみたくカマセとは言っていない。

「もぉぉぉぉぉ」

 と、機嫌の悪い牛のような返事になってしまう。

「これくらいしないと、起きないでしょーが!」

 ごもっとも。

「行くよ、とりあえず控室……」

 受付で聞くと出演者の入り口は違うらしく、半分眠ったままお姉ちゃんに引っ張って行かれる『佐倉さくら様』と紙が貼られたドアを開けてもらったところまでは覚えている。

 気が付いたら、昨日中継のため学校にやってきた二階堂アナが目の前に座っている。

「……と言うわけで、あとはゲストの恵庭さんとMCの新保さんがいろいろ聞くから応えてください、明るくね。じゃ、ボク仕事に戻るから」

 お姉ちゃんが頭下げてると、入れ違いにメイクさんが入ってきた。

 えぇと……なんで、こういう状況になってるのかと言うと、夕べ帝都テレビから電話があって、日曜の『テイトの朝』って番組に急きょ出演することになったから。
「え、なんで!?」と聞いたら「あんたが自分でOKしちゃったんでしょうが!」とさつきネエに言われてです、はい。


 わたしって、こんなに可愛かったっけ! メイクさんの腕はたいしたもんだ。


 ADさんがQを出し。番組のテーマが流れて、スタジオの真ん中でMCの新保康子と恵庭明弘さんが上品に話している。

「では、話題の佐倉さくらさんに歌っていただきます『ゴンドラの唄』」と振られた。目の前のカメラのランプが赤になる。


 いのち短し 恋せよ乙女 あかき唇 あせぬ間に 熱き血潮の 冷えぬ間に 明日の月日は ないものを♪
 
 いのち短し 恋せよ乙女 いざ手をとりて かの舟に いざ燃ゆる頬を 君が頬に ここには誰れも 来ぬものを♪♫

 いのち短し 恋せよ乙女 波にただよう 舟のよに 君が柔わ手を 我が肩に ここには人目も 無いものを♪♫♪

 いのち短し 恋せよ乙女 黒髪の色 褪せぬ間に 心のほのお 消えぬ間に 今日はふたたび 来ぬものを♪♫♪♫


 歌い終わって、新保さんと恵庭さんの間に座る。

「こうやって生で聴くと、とても高校生とは思えませんね」

「いえ、高校生です。帝都女学院二年A組28番……」

 慌てて生徒手帳を出すと、新保さんも恵庭さんも、スタッフまで笑い出した。

「なんなんでしょうね、この佐倉さくらさんのギャップは((* ´艸`))?」

 新保さんが、肩を震わせて笑った。

「ホホ、そういう性格なのよね」

 恵庭さんがフォロー。でも微妙に視線が左右している……。

「ねえ、この曲も歌ってみないこと?」

 目の前のテーブルに楽譜がさしだされた。自慢じゃないがサバと空気と楽譜は読めない。

「はい、喜んで!」

  え?

 心にもないことを口が勝手に喋る。で、恵庭さんといっしょにピアノのとこへ。すると初めて聞くメロディーなんだけど、なんか懐かしく自然に歌詞が口をついて出てきた。


 待てど暮らせど 来ぬ人を 宵待草の やるせなさ 今宵は月も 出ぬそうな ♪

 暮れて河原に 星一つ 宵待草の 花が散る 更けては風も 泣くそうな♪


「やっぱりね」
 
 恵庭さんが満足そうに微笑んだ。

 え……ええ!?
 
 わたしは、ただただびっくり。初見で歌えて涙まで流れて、そして、とても気持ちいい……。



☆彡 主な登場人物
  • 佐倉  さくら       帝都女学院高校1年生
  • 佐倉  さつき       さくらの姉
  • 佐倉  惣次郎       さくらの父
  • 佐倉  由紀子       さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
  • 佐倉  惣一        さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
  • 佐久間 まくさ       さくらのクラスメート
  • 山口  えりな       さくらのクラスメート バレー部のセッター
  • 米井  由美        さくらのクラスメート 委員長
  • 白石  優奈        帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
  • 原   鈴奈        帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
  • 坂東 はるか        さくらの先輩女優
  • 氷室  聡子        さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
  • 秋元            さつきのバイト仲間
  • 四ノ宮 忠八        道路工事のガードマン
  • 四ノ宮 篤子        忠八の妹
  • 明菜            惣一の女友達
  • 香取            北町警察の巡査
  • クロウド          Claude Leotard  陸自隊員 
  • 孫大人(孫文章)      忠八の祖父の友人 孫家とは日清戦争の頃からの付き合い
  • 孫文桜           孫大人の孫娘、日ごろはサクラと呼ばれる
  • 周恩華           謎の留学生
 
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