やくもあやかし物語 2
昔の樺太を見せてあげられなかった……と、交換手さんは、少し申し訳なさそう。
「ううん、そんなことないよ」
ひとことだけ受話器に言って、こんどの樺太へのプチトラベルはおしまい。
チャンチャン焼き食べたし、間宮林蔵の記念碑見たし、デラシネもいつも通り教室とかに来るようになったし。
ドッヒャアアアアア!!
ネルがあぐらかいたまんまベッドの上で飛び上がった。
手に手紙を開いたまま、胸と耳がプルンと揺れて、ベッドがすごい悲鳴を上げた。
「ヒヤ!」
あやうく針で指をつくところだった!
ほら、樺太に行くとき、御息所用にデラシネから手袋を借りたじゃない。こっちに帰って見ると親指の先が破れていて、それを繕っているところだった。
「もお、ビックリするじゃない、どうしたのよ(>△<)!?」
「ごめん、ちょっとショックなことが……」
「その手紙ぃ?」
「うん、お祖父ちゃんが、学校に来るって……」
「え、ネルのお祖父さん!?」
いっしゅん自分のお祖父ちゃんの顔が浮かんで、思わず嬉しい声になってしまった。
「やくもが思ってるようなジジイじゃないから……」
ネルは、ガックリと肩を落とした。
エルフは耳にも気持ちが現れるんで、耳も雨に打たれたリボンのようにしおたれてしまっている。
『ちょっとぉ、目が覚めてしまったわよぉ……え、どうかした?』
机の引き出しが半分開いて御息所が顔を出す。
「ちょっと、外に出てる……」
耳を萎れさせたまま、ネルは部屋を出て行ってしまった。
『どうしたのネルのやつ?』
「うん、お祖父さんが学校に来るって……」
『ふうん……あ、手袋に穴空いたのぉ?』
「あ、うん、戻ってきたら穴が開いてて、借り物だからね、ちゃんと繕って返さなきゃね」
『元から破れてたんじゃないの、親指って、お土産用に開けてたし……あ、血がついてるし』
「え、あ……!」
さっきビックリして、指を刺してしまったんだ。
トントン トントン
ティッシュで叩いて、なんとか血をふき取る。
『けっきょくお土産は無かったけどね……』
そう言いながらも机の中からサビオを出してくれる。
「ありがとう、優しいところもあるんだ」
『当たり前でしょ、これでも元々は東宮妃よ、御息所の呼び名は伊達じゃないのよ。じゃあね、もうひと眠りするから』
「ええ、まだ寝るのぉ?」
『春眠暁を覚えずよ、文句ある?』
「あはは、まあ、いいけど」
チン
引き出しが閉まると、窓に小石がぶつかる音。
窓を開けると、下でハイジが手をメガホンにして「メシ、いくぞお!」と叫ぶ。
そうか、今日はハイジが楽しみにしていたクジラの大和煮のカツが出るんだ。
サビオを巻きながら部屋を出る。
ネルを探さなきゃね。
トン トン トン……
階段を一段飛ばしで降りていくと、踊り場にデラシネ。
手のひらに何かを載せてシミジミしてる。
「どうかした、デラシネ?」
「あ、お土産落ちてたから」
「え?」
「ほら、御息所の手袋」
「え、やっぱりお土産入ってた?」
「うん、これ」
突き出した手のひらにはフィギュアの付属品みたいな小さな槍が載っている。
「え、槍ぃ?」
「うん、やくもにあげる」
そう言うと、二段飛ばしで階段を下りて食堂へ走って行った。
リアルに食べられるわけじゃないけど、やっぱりみんなで食べるのが好きみたいだ。
窓からの光にかざして見ると、槍の柄には『おもいやり』と小さな小さな字で彫ってあったよ。
☆彡主な登場人物
- やくも 斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
- ネル コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
- ヨリコ王女 ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
- ソフィー ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
- メグ・キャリバーン 教頭先生
- カーナボン卿 校長先生
- 酒井 詩 コトハ 聴講生
- 同級生たち アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
- 先生たち マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法)
- あやかしたち デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名