勇者乙の天路歴程
014『三途の川・3・栞』
※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者
わたしは高校二年で留年した。
留年を知った父は、わたしの顔も見ずにこんなことを言った。
「一郎、おまえは二人姉弟だけどなぁ、ほんとうは……」
話の先は分かっているので口抗えした。
「姉貴の上に兄貴が居たんだろ」
姉より一つ上の兄は七カ月の早産で、生まれ落ちて30分後には息を引き取った。30分でも生きていれば戸籍に載せたうえで葬儀をやってやらなければならない。
明治生まれの産婆さんは、初産の母への影響と、あまり豊かではない家の事情を察して死産ということにしてくれた。
憐れに思った祖父が、祖父は浄土真宗の坊主で、知らせを聞くと墨染めの衣でやってきて、法名をつけて、ほんの身内だけの葬式の真似事をやった。
――だから、一郎、しっかりしろ!――という説教の結びになる。
また、兄貴を持ち出しての説教かと、神妙な顔をしながらもタカをくくった。
ちがった。
「おまえには、三つ下に妹がいたんだ」
え?
「うちは凛子とおまえでいっぱいいっぱいで、三人目を育てる余裕なんて無かった」
そこまで言うと、母は、そっと俯いてしまった。
「女の子だったって、お医者さんがいっていた……」
姉を幼くしたようなセーラー服姿が浮かんだ。生まれて生きていれば、中学二年生になっている。
「さすがに法名ってわけにもいかねえから、母さん、密かに名前を付けた……」
そこまで言うと、ちゃぶ台に手をついて立ち上がり、仏壇の前に座って手を合わせた。
「栞……て、名付けたんだ」
あとは黙って手を合わせ、居たたまれなくなったわたしは家を飛び出し、その夜は友だちの家に泊めてもらった。
それ以来、ふとしたきっかけで妹は現れるようになった。
三つ違いなのだが、妹は、いつまで経っても十四歳のセーラー服姿だ。
父が告げた時のイメージが固着している。
ところが賽の河原に出現したオーブ。それが成した姿は、やっと四歳になったほどの幼い姿だった。
視界の端で佇立したビクニは一言も発しなかった。
☆彡 主な登場人物
- 中村 一郎 71歳の老教師 天路歴程の勇者
- 高御産巣日神 タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
- 八百比丘尼 タカムスビノカミに身を寄せている半妖
- 原田 光子 中村の教え子で、定年前の校長
- 末吉 大輔 二代目学食のオヤジ
- 静岡 あやね なんとか仮進級した女生徒