大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

勇者乙の天路歴程 016『川を遡る・2』

2024-04-23 11:46:28 | 自己紹介
勇者路歴程

016『川を遡る・2』 
 ※:勇者レベル3・半歩踏み出した勇者




 ギーコ ギー……ギーコ ギー……


 三途の川は見通しがきかない。

 長江並みの川幅であることに加えて、一面の霧だか靄のため数十メートルの見通ししかなく、まるで濃霧警報の海を行くようだ。

 ギーコ ギー……ギーコ ギー……

「……あの時も、こんな感じだったなぁ」

 ビクニが呟く。

「前にも来たことがあるのか?」

「あるさ。いま思い出したのは三途の川ではなくて江戸前の海だがな」

 江戸前の海と言うからには、百年以上は昔のことか。

「吉田寅太郎が密航を企てた時のことだ」

「トラタロウ……ああ、吉田松陰のことか」

「弟子と二人でペリーの船に乗り込んで、アメリカへ連れていけと談判しにいったんだ。浦賀でペリーの黒船を見て、その瞬間『攘夷などは無理だ、まずは学ばなければ!』と切り替わった。おもしろい奴だ」

「結局は、ペリーに断られて戻って来るんだがな」

「あの時、舟がボロで、力任せに漕いだものだから艪杭が折れた」

「ハハハ、そうだったな、それで慌ててフンドシで括って間に合わせたんだ。この話はウケたなあ」

「そうか、授業の小話にも使ったんだな……しかし、中村、お前の読みは浅い」

「そうなのか?」

「ああ、フンドシなど使わなくても刀の下緒(さげお)を使えばいい。丈夫だし手っ取り早いからな。それをわざわざ袴の裾から手を突っ込んでフンドシを解いて使おうなんて、ちょっと変態だろ」

「いや、あれは荷物から着替え用のフンドシを出して……」

「いいや、思い立ったらスグの男だ、荷物の準備なんかしとらん」

 ギーコ ギーコ……

「腰の刀など、目に入らなかったんだ……」

「刀とか、そういう武士的なものは眼中には無かったんだろ」

「アハハ、尊敬しすぎ。ただの変態……で悪ければおっちょこちょいだ」

 ギーコ ギー……ギーコ ギー……

「……でも、なんで知ってるんだ。ビクニはタカムスビさんのところで引きこもっていたんだろ?」

「あのころは、まだ少しは外に出ていた」

「ビクニも乗っていたのか?」

「いいや、別の舟で着かず離れずにな。それにも、トラのやつは気が付かなかった……」

「トラ……(^_^;)」

 親しみを籠めた愛称というのではない響きが感じられて、ちょっとたじろいでしまう。

「さあ、そろそろだ」

「黒船に乗り換えるのか?」

「そんな簡単なものではない……これを使え」

 ビクニが取り出したものはスティック型の糊のようなモバイルバッテリーのようなものだ。

「なんだ、これは?」

「小型の酸素ボンベだ」

「ああ、007とかスパイ大作戦とかに出ていた! 忍者部隊月光とかでも使ってたかなあ!?」

「懐かしがってる場合じゃない、いくぞ!」

「おお!」

 船べりで中腰になり、水に飛び込む姿勢をとった……。

 

☆彡 主な登場人物 
  • 中村 一郎      71歳の老教師 天路歴程の勇者
  • 高御産巣日神      タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
  • 八百比丘尼      タカムスビノカミに身を寄せている半妖
  • 原田 光子       中村の教え子で、定年前の校長
  • 末吉 大輔       二代目学食のオヤジ
  • 静岡 あやね      なんとか仮進級した女生徒
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)009・ああ、やっちゃった

2024-04-23 07:03:11 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
009・ああ、やっちゃった                      
※ 本作は旧作『オフステージ・空堀高校演劇部』を改名改稿したものです




 近頃は世界中が日本ブームだ。ディズニーが『SYOUGUN』という映画を作った。日本人の役は全員日本人、全体の70%以上が日本語という作品で、世界中で大ヒットを飛ばしている。

 昨年は、日本に来る外国人観光客が3000万人を超えた。治安は良いし、食べ物は美味しいし、観光地も穴場もクールだし、カルチャーはホットだし。
 元日早々の地震の凄さにもタマゲタけたが、日本人が冷静で礼儀正しく静かな忍耐と情熱で対処していることに、17歳の留学生であるミリーは感動した。

 同時に当惑している。

 なぜかというと……身近にいる日本人には、それほど感動もしなければ尊敬の念も湧かないからだ。


 中学3年の時に、ミリーは日本にやって来た。


 中学は最悪だった。生徒はいちおう大人しくしているけど、だれも授業をまともには受けていない。勉強ができる子たちでも例外ではなく、ノートだけとってしまうと、あとは塾の勉強をしている。

 先生たちも授業は下手くそだ。男の先生は、音楽でいうと、ド・レ・ミの3音、女の先生は、ミ・ファ・ソの3音しか出していない。リズムは大陸横断鉄道のレールの音のように単調。「驚くべきことに」とか「ここ大事だから」と言うのに、先生自身が驚いていないし、大事だと言う気持ちが無い。ただ声が大きいだけ。

 4月には家庭訪問があって、留学生のミリーは下宿している渡辺さんのお婆ちゃんと奥さんに親代わりに会ってもらった。先生が居たのはたったの5分。その5分間、先生の目はスミソニアン博物館のはく製の目のようだった。

 先生がテーブルに置いた手帳にはスケジュールが書かれていたが、驚くべきことには、その日の家庭訪問は11軒もあった。それも、午後1時30分の開始だったから20分ちょっとの時間で移動して話を済ませなければならない。こんな家庭訪問ではアリバイにしかならない。

 先生がいないところで、生徒たちは、いいかげんだ。いや、悪党だ。

 学年はじめの物品販売にやってくる業者のオジサンに平気で「オッサン、はよせえよ!」などとため口をきく。パシリやイジメは日常茶飯。相手が死にたいと思う寸前まで巧妙かつしつこくやっている。

 ミリーも一度、授業中にしつこく髪の毛を引っぱられたことがあった。5回めにはキレてしまって、授業中であるのにもかかわらず、後ろの男子生徒の胸倉をつかみ、英語で罵りながらシバキ倒した。

 ミリーの剣幕は相当なものだった。なんせ相手がピストルを持っている心配が無い。ナイフとかスタンガンを持っていることも、まずあり得ない。武器さえ持っていなければこわい者なんかない。

 ただ、相手の男子が「自分は悪いことをした」という反省にいたらず「自分は悪い奴に出くわした」としか思わないことが業腹だった。


 ある日のこと、ミリーはグラウンドでボンヤリと野球部の試合を見ていた。


 白熱した試合で延長戦になった。中学野球は7回までで延長戦も8回の表裏をやるだけなんだけど、ピッチャーは1回目から力を入れ過ぎて限界なのがミリーには分かった。

――体も出来ていないのに、あれじゃ肩壊してしまう――

 そのピッチャーはクラスメートの男子で、ほとんど口も利いたことがなかったが、野球という日米の共通文化だったし、ついこぶしを握って観てしまった。

 8回の裏、ツーアウト満塁で最後のボールが投げられた。バッターは空振りし、かろうじてミリーの真田山中学が勝ったが、ピッチャーは肩を押えて蹲ってしまった。

――ああ、やっちゃった――

 ピッチャーは、わずか14歳で投手生命を失ってしまった。

 そのピッチャーは、それきり野球部を辞めてしまった。それまでミリーにとっては口数の少ないクラスメートに過ぎなかった。

 それがイヤナ奴になった。

 とくに悪さをするわけではないが、ジトーっと暗くなってしまい、まるでブラックホールのようになってしまったのだ。肩を痛めてしまったことは気の毒だけれども、席の近くでマリアナ海溝のように落ち込まれてはかなわない。

 高校では一緒にならないことだけを祈った。

 そして祈りの甲斐なく、空堀高校で一緒になってしまった。


 それが一人演劇部の小山内啓介であったのだ。


☆彡 主な登場人物
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  留美という姉がいる
  • ミリー         交換留学生
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜


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