銀河太平記・214
扶桑科学研究所の教授で養生所の委託博士研究員である平賀照教授……つまりテルが作ったワクチンのおかげでマッパ病は収束して、ようやく月と地球の往来が復活した。
ワクチンの発明者であるテルの、そしてわたしらの母星である火星との往来は、まだ認められていない。マス漢と扶桑は休戦はしているけど、火星全体での防疫体制も出来ていなくて、月や地球のように火星全体としては終息宣言がなされていないからだ。
「まだ、意識の底では植民地と思ってるんだ。地球についても火星人て言うんじゃねえぞ」
そう言いながらお茶のペットボトルを投げてよこすダッシュ。
「あ、600㏄なんて飲み切れないよ。機内には持ち込めないしぃ」
「小さいのは売り切れ、余ったら俺が飲む」
「やだあ、間接キスぅ」
「子どもの頃は平気だったじゃねえか」
「お互い、もう二十六歳なんですけどぉ」
「だったら飲むな」
「うそうそ」
「すまんな、俺も付いていければいいんだけどな」
「仕方ないわよ、今月から曹長でしょ。しっかり軍務に励まなきゃ」
「二十六で曹長なんてありえねえ」
「士官学校断るからよ」
「…………」
ダッシュにしては珍しく考えてから答えようとすると――Good afternoon passengers……――と、搭乗開始のアナウンス。
「あ、ヤバイ」
「まあ、俺の分もしっかり気持ち籠めといてくれ」
「うん、納骨の時はちゃんと動画にとって送るからあ!」
お茶を半分飲んで、ペットボトルを投げる、それを左手でキャッチすると、交代に右手を上げて新品曹長はきれいに敬礼を決めた。
姉崎先生と言おうか姉崎すみれさんの死から一年。すみれさんの脳核は火葬して姉崎家の墓に収めた。
そして、別に火葬した姉崎先生……山野勘十郎の体の遺灰は、わたしが山野家のお墓に収めに行く。
もっと早く行くつもりだったんだけど、マッパ病のあれこれや山野家のお墓を探すのに時間がかかってしまった。
修学旅行から九年ぶりの地球、扶桑の始まりの国である日本。
どうしよう、思ったよりもドキドキするよぉ。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任 じつは山野勘十郎
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
- 胡 盛媛 中尉 胡盛徳大佐の養女
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
- 奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟