鳴かぬなら 信長転生記
「やっぱり辞めるのかぁ?」
最後の帳面を閉じながら、残念そうに頭を掻く親方。
「ああ、どうせなら家族そろって快気祝いをやってやりたくてな」
「そうか、一家の主としてはそうだよな。まあ、最初から嫁さんの治療費を稼ぐためだって言ってたもんなあ」
「すまない、帳簿も検品のやり方も信栄に教えておいたから、あいつなら間違いはない」
「帳面と物の管理は品長、お前の右に出る出る奴はいないんだがなあ……」
「いやぁ、無事に仕事ができたのは親方の引き立てがあったればのことだし、なによりも曹操様が信賞必罰の労務管理をされてきたからさ」
「ちげえねえ、俺も去年まで追いはぎの頭目だった自分が信じられねえくらいだ」
「親方は先を見る目が確かなんだよ、先の見えなかった奴らは大方消えるか晒し首になってる」
「だな……じゃあ、ま、これ少ないけど餞別だ」
「いや、わたしの我がままで抜けるのに、もらえないよ」
「いやいや、ほんの気持ちだけだから。まあ、俺の善人修業だと思って受け取ってくれ」
「そうかい……そうか、じゃあ遠慮なく」
「ああ、じゃあ、縁があったら、またどこかでなあ」
「こっちこそ、ほんとうに世話になった」
頭を下げると、飯場に戻り荷物を纏める。少し不安顔の信栄の肩をたたき、午後の仕事に出かける馴染みに声をかけながら、作事場の脇を通って工区の門を出る。
門を出ると、近ごろ赤壁街と名前の付いた仮設店舗というかチョイマシのバラック商店街。
先月にも増して工事関係者だけでなく、一目この大工事を観ておこうという観光客も増えてきた。
ほう……舞台ができてる。
商店街の中央では、いつからか自然発生的に歌ったり踊ったりする者たちが集まり始めた。客寄せにもなり、工事人足たちの慰労にもなるので、魏王も奨励し、先週は魏王賞が設けられ月間賞が出されることになった。
舞台では、最近街に居ついた扶桑娘が切れのいいダンスパフォーマンスを披露している。
なかなか巧いもんだ……思わず見とれる。
茶姫様の消息が知れないいま、慌ててここを出る必要もない。
しかし、用心のためだ。
先週、魏王の巡察があって、現場で納入資材の点検をしている時、巡察中の魏王と目が合ってしまった。
魏王曹操は我が主・曹茶姫の兄であり、茶姫さまへの敵認定が無ければ主筋にあたる。
しかし、今は怨敵。
魏王からすれば、こちらは裏切り者、正体がバレてはただでは済まない。
だから、かねてから「病気の妻のために働いている」ことを種に、ここを抜けることにした。
おお!
舞台を取り巻く観客たちからどよめきが起こる。
扶桑娘が決めポーズでフィニッシュを決めると同時に目を押えた。
愛すべき舞姫にトラブル!?
そう思って、主に男どもが声を上げたんだ。
あ、コンタクトレンズが外れたのか。
目を庇う所作で見当がつく。一瞬、コンタクトの外れた左目が見えた。
思いのほかの三白眼……ん……この顔?
訝しんだ時には、すでに扶桑娘はコンタクトを装着し終わり、満面の笑顔で、観衆のオベーションに応えている。
この娘は、洛陽や豊盃に行っても一流のダンスパフォーマーとして通用するかもしれない。
いかん、こんなところでグズグズしてはいられない(-_-;)。
総門を出ると堤上の街道に上下二段の晒し首の台が見える。
工事の初期に乱暴や不正を働いた者たちの首が晒されている。
どれもミイラ化したり、古いものは白骨化している。
この百を超える晒し首こそが、魏王・曹操の正体を示している。
いまは、温情デベロッパー君主の顔をしているが、いつ、その本性を現すか……確証は無い。ひょっとしたら杞憂に過ぎないかもしれないが。
ともかくは道を急ごう、北へ二里の町に行けば、前日抜けた備忘録が待っている。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生 ニイ(三国志での偽名)
- 熱田 敦子(熱田大神) あっちゃん 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹 シイ(三国志での偽名)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生 配下に上杉四天王(直江兼続・柿崎景家・宇佐美定満・甘粕景持 )
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っ子 越後屋(三国志での偽名)
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 雑賀 孫一 クラスメート
- 松平 元康 クラスメート 後の徳川家康
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ 劉度(三国志での偽名)
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん
- 孫権 呉王孫策の弟 大橋の義弟
- 天照大神 御山の御祭神 弟に素戔嗚 部下に思金神(オモイカネノカミ) 一言主