大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・095『折衝』

2022-02-20 15:44:01 | 小説4

・095

『折衝』 加藤 恵    

 

 

 なにゆえに不可なのでありましょうか!?

 

 言葉こそは丁寧だけども語気に裂ぱくの勢いを籠めて、兵二が吠えた。

 兵二が交渉役首席を任せられたのは、その冷静さだけではないことがよく分かった。

 元をただせば扶桑幕府将軍付小姓。勝負所を心得ている。

 ここで引き下がっては、西ノ島の採鉱と販売の権限まで日本政府に握られてしまうと態度を一変させたんだ。

「穏やかに話しましょう」

「これまで、島の採掘と販売は我々島の住人に一任されてきました。それを、ここに至って全てのパルス鉱石を国の選鉱所を通さなければ販売できないというのは受け入れられないことです!」

「パルスガ鉱石は、政府の選鉱を経なければ販売できんのです。パルス鉱石法四条によって、品質は政府が保証することになっておりますから」

「ならば、パルス、パルスラについては従前どおり、島の裁量に任せられるべきでありましょう!」

「西ノ島の鉱脈は地下で繋がっておるのです。従って、パルスガ鉱の分布は島内の鉱脈全てに包含されている可能性があるので、選鉱せねばならんのです」

「パルス、パルスラについては、従来、島で選鉱のうえ販売してまいりましたが、問題が起こったことはありません。従前どおり島の裁量に任せられるべきです」

「それでは、パルス、パルスラ鉱に混ざってパルスガ鉱が搬出される可能性があるのです」

「島の人間は、そのようなことはしません。よって、島の人間によって運営せられる採鉱所が、そのような不手際を為すこともあり得ないことです」

「パルスガ鉱は、国際的にも戦略物資です。戦略物資法に照らしても、そうせざるを得んのです。国の選鉱所による選鉱が大前提なのです」

「本土の三池、夕張鉱山においてもパルスガ鉱は採掘されているが、鉱石全てを選鉱にかけることはしていない」

「それは、微量であるし、純度にもバラつきがあるために免除されておるのです。いまだに、純度、採掘量が確定しない西ノ島では認められません」

「それは、煎じ詰めれば両鉱山を信用してのことでしょう。商法における慣習法の尊重にあたる」

「いかにも、おっしゃる通りです」

「ならば、西ノ島においても、パルス、パルスラ鉱については、従前どおり島の裁量に任せられるべきでしょう」

「いや、ですから、先ほど申した通り、一定年限の間にパルスガ鉱の分布が確定されれば、従来の選鉱、販売方法が認められます」

「一定年限とは曖昧過ぎます。そちらの裁量によって相当期間延長される可能性があります。及川さんの見通しは?」

「それは、いかんとも……が、しかし、先ほど来申し上げてきたように、元来政府は民業を圧迫しないことが基本姿勢であります」

「何度も申し上げますが信用できません。かつて日本政府は、必要もないのに様々な商品やサービスを統制してきました。理由は戦後復興のための統制。塩、酒類、タバコ、米、通信、鉄道、モノによっては、戦後50年も野放しにしてきました。及川さんの言葉だけでは信用できません」

「しかし、これは法に拠って決まっておることなので、本職の裁量によって、どうこうなることではないのでして……」

「裁量外と言われては言葉がありません……」

「申し訳ありません」

 木で鼻を括ったよ……横で記録を取っていてもムカついてきた。

「加藤君から聞いておくことはないかい?」

 これはカンパニーにも責任を持たせようという兵二の腹だ。

「わたしは書記だから、主席から聞いていただいた方が良いと思うのですが」

 カンパニーの食堂で行われている折衝には、南のわたし(加藤) 東の本多兵二 西は主席(周温雷)自らが参加している。序列からいけば主席がリードしなければならないんだけど、初期段階で決裂しないようにという意味も込めて兵二に折衝の頭にしている。

 兵二が顔を向けて促すが、主席は微笑んだまま首を横に振る。

「では、申し上げます」

 三人の注目が集まる。

「すでに採掘したものは、従前どおりに販売していいんですね?」

「むろんです。ここで問題になっているのは、あくまで新規の採掘に関してです」

「了解しました」

「それだけ?」

「うん、十分です」

 及川が「ん?」という顔をする。こいつに考える暇を与えてはいけない。

「では、予定の時間を五分すぎています。今日のところは散会ということで」

 三人が穏やかに頷いて、それぞれのタブレットやハンベをオフにしようとしたところに、及川の下僚がやってきて、なにやら耳打ちした。

「………………」

「……島の銀行の頭取はニッパチという者なのですか?」

「はい……」

 そう答えると、及川の頬に朱が差した……。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室 以仁             西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
  • 村長 マヌエリト          西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

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明神男坂のぼりたい・78〔とりあえずは……〕

2022-02-20 06:53:42 | 小説6

78〔とりあえずは……〕 

        

 

 今日から水泳の授業が始まる( ゚Д゚)!

 ビックリマークが付いてんのは、あたしが忘れていて、昨日の終礼でガンダムが念押ししたので思い出したから。


 進路もそうだったけど、あたしは、どうも『その時その時少女』だ。先のこと考えて計画たてたり行動すんのが苦手。毎日毎日を精一杯生きてるんで、先のことを考える余裕がない。

 とうのは言い訳で、ただ計画性が無いだけと、ガンダムもお母さんも言う。お父さんは、そういうとこ含めて、明日香の面白さだと言ってくれる。だけどお母さんは「あんたも一緒だから、自己弁護の変化球に過ぎない」と手厳しい。

 で、昨夜は一騒ぎだった。

 水着なんかはすぐに見つかったんだけど、アンダーショーツが見つからない。

「もう、去年の最後の水泳が終わった後、ちゃんとしとかないからでしょ!」

 一時は、アンダーヘアーの処理まで考えたけど、さつきに笑われそうなので根性入れて探す。

 けっきょく二十分ほど探しまくって、Tシャツやらカットソーが入ってる衣装ケースの中から出てきた。で、後片付けが大変だった。父親譲りの始末の悪さって、お母さんが言うと、お父さんが抗議。

「おれは、どこになにがあるか、分かってるんだ」

 で、いらんところで夫婦喧嘩になりかけ。確かにお父さんは雑然としてるようで、モノを無くしたとは、あんまり言わない。しかし、お母さんは「後始末が悪い」というくくり方なので、お父さんの機能性のある雑然さは認めない。

 なんで、この二人が夫婦になったか、よく分からない。だけど、その結果あたしがいるわけで、この不条理はそのまま受け入れることにする(^_^;)。

 

 更衣室でびっくりした!

 

 女子同士でも着替える時は、できるだけ人に肌が見えないように着替える。

 ところが、ブラジルからの転校生新垣麻友は日ごろの清楚さからは想像もつかない着替え方。更衣室へいくと着てるものみんな脱いで素っ裸になってから、おもむろに水着を出し、それから鏡を見て、自分の体を点検しながら水着に着替える。

「みんなの方が変よ」

 と、麻友は言う。見かけは大和撫子だけど、この子の中身はラテン系だということがよく分かった。で、悔しいことに、プロポーションも肌の色艶も断然いい。

「背中に羽根飾りとか付けてリオのカーニバルなんか出たら、似合うだろうね」

「うん、今年の渋谷カーニバルには出るから、観に来てよ!」

 と、アッケラカ~ン。美枝が義理のお兄ちゃんと結婚したいというのにもびっくりだけど、麻友のぶっ飛び方も、なかなかのもんだ。

 あたしらが、ノロノロ着替えてるうちに、麻友はストレッチすまして、さっさとプールへ。ノソノソ着替えたころには派手にプールに飛び込む音が聞こえた。

「すごい……」

 麻友は、プールの半分ぐらいまで潜水で泳いで、見事なクロール。ターンしてバタフライ。

 そこにガンダムが来た。

「誰だあ、許可もなしに先に泳いでるやつは!?」
「あ、はい、あたしでーす(^▽^)/」

 水からジャンプして手を上げて、まるで水着のCM、にっこり笑うところは歯磨きのCM。

 ちょっと説明。

 ほんとは、うちの体育は、宇賀先生が担当。でも、怪我がまだ治らないので、今週いっぱいはガンダムが代行。あたしらは平気だけど、中には嫌がってる子もいるんだ。

 この嫌がり方も二通りで、先生とはいえ水着姿を男の前で晒すのに抵抗がある子と、ガンダムのマッチョな体が耐えられないという子。

 今日は水泳の初日だったので、水に慣れることがテーマ。

 入念にストレッチやったあと、足からゆっくりと水につかって、上半身に十分水かけて心臓を慣らす。そして25メートル、プールの端から端までを歩いたあと、ゆっくりと平泳ぎやったとこで時間切れ。

 この授業では収穫があった。

 麻友のラテンぶりに帰国子女の南ラファが好感持ってお友達になったんだ。ラファは小学校のころに日本に来たので、日本のやり方になじんでるけど、自分の感性に近い子を見つけられてうれしいみたい。

 ラファは副委員長もやってて、お仲間も多い。あたしたちだけじゃなくて、友達が増えたらいいと思った。

 見上げた空は梅雨の中休み。早くも積乱雲がムックムク。なかなかのプール開きではありましたぞ。

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せやさかい・278『お、やった!的ノリでお散歩』

2022-02-19 15:48:30 | ノベル

・278

『お、やった!的ノリでお散歩』   

 

 

 ひょんなとこからお年玉の袋が出てきて、開けてみたら、お金が入ってたって、嬉しいないですか?

 一万円、きっと気絶する。しかし、これはありえへん。

 千円やったら、お、やった! 

 で、その日は一日、ちょっとだけ嬉しい。

 

 いえいえ、けして、お年玉のポチ袋を見つけたわけやないんです。

 2月19日のお天気が、そんな感じの「あ、やった!」という天気なんです。

 

 ネットの天気予報では、午前中は薄曇りで、昼からは雨になってた。

「これは一日家でゴロゴロかなあ……」

 と、ブタネコのダミアをゴロゴロ言わせながら、ゴロゴロしてた。

「そんなことしてたらダミアみたいになるわよ」

 留美ちゃんに、そない言われてお腹の肉を摘まんでみる。

「う~~ん」

 なかなか自己評価がしにくい(^_^;)

「このごろ体重計に乗ってないでしょ?」

「え、そんなこと……」

「体重計、このごろ濡れてないよ」

「え、ああ……」

 ここのところ、お風呂の順番は留美ちゃんの前なんで、見破られております。

「正直ね、さくらは。入る前に計ってますって言えばいいのに」

「あ、せやったか!」

「ね、天気予報も外れて、けっこういい天気だから出かけようよ」

「え、もうお昼ちゃうん?」

「まだ二時間もある。お弁当こさえて、どこか公園にでも」

「よし!」

 というわけで、お握り二個ずつこさえて、お出かけとなった。

 

 ほんま、ええ天気!

 

 この解放感は、高校にも合格して、宿題もなんにもない完全無欠の春休みやさかい。

 公立受ける子は、必死のパッチ。

 ほんま、聖真理愛学院一本勝負の専願で良かった!

「これは、きっと神さまからの御褒美やろねえ」

「そんなこと言っていいの? うちお寺だよ」

「アハハハ、せやせや(^_^;)」

 内心、いまの留美ちゃんの言葉は嬉しい。

 留美ちゃんは「うちお寺だよ」って言うた。

 留美ちゃんは、事情があって、うちの家で暮らして、そろそろ一年。

 最初はいろいろ戸惑いがあったり馴染めんかったりやったけど、いま「うちお寺だよ」と、すごく自然に言うた。

 嬉しい。せやけど、指摘したら、ぜったい照れてしまうから、おくびにも出しません。

「どこか公園とか思ったけど、なんか、ぜんぜん公園ないねえ」

「あ、ほんまやねえ」

 あたしも、中学に入ってからの堺市民なんで、中学と自宅の周辺以外の堺はあんまり知らん。

 元々住んでた大阪市は、校区に三つや四つ、大小の公園があった。

「このままだと、道端でお弁当になる」

「それは、ちょっとハズイかも……」

「ちょっと調べるね……」

 慣れた手つきでスマホを操作する留美ちゃん。うちの倍くらい検索するのが早い。

「ああ……無いよ……大仙公園まで行かないと……ほんとにないよ」

「ほんまにぃ?」

 顔を寄せて、スクロールされる画面を見るんやけど、ほんまに、家から1キロ以内のとこに一つも公園が無い。

 気の早いうちは、もう帰ろかいう気になる。

「ねえ、阪神高速の西側に行ってみようか?」

「高速の向こう側?」

 子どもの生活圏は、第一が校区。第二が大通り。

 大通りいうのは、車がビュンビュン走ってて、むろん横断歩道はあるんやけど、普段はめったに超えることが無い。

 というか、阪神高速の向こうは、マジで行ったことが無い。

「行ってみよっか?」

「うん!」

 というわけで、天気予報が外れてもうけもんの晴れなんで、少女二人の冒険になった。

 

「あ、お寺がある!」

 

 お寺に住んでるくせに……と、思いながらチラ見すると、スマホの地図には、うちの如来寺なんかハナクソかいうくらいのデッカイお寺の敷地が出てる。

「ああ……やっぱり、沢庵の南宗寺だ!」

 画面をスクロールして、感動爆発の留美ちゃん。

「え、タクアンのお寺?」

「うん!」

 うちは、丼物に添えてある黄色いタクアンとお寺が結びつかへんので、頭が?マーク。

「沢庵て、お坊さんが発明したんでタクアンって言うのよ。関東の人だと思ってたから、驚きだよ!」

 さすがは留美ちゃん。

「それにね、南宗寺には家康のお墓があるのよ!」

「ええ!?」

 家康はうちでも知ってる。

 というか、にっくき狸オヤジ! わが愛する木村重成さんをぶち殺してくれたにっくきカタキやおまへんか!?

 去年、頼子さんらといっしょに木村重成さんのお墓を見に行って、幻やねんけども重成さんに会った。

 重成さんは、兜に稿を焚きしめて、首をとられても汗臭くならないように気を配って「あっぱれ、木村重成!」と家康を感動させた。

 しかし、感動してもうちは許さへん。

 その、にっくき家康のお墓……え?

「家康のお墓って、日光やったんちゃうん?」

「実はね、大坂夏の陣で後藤又兵衛って侍大将に乗ってた籠ごと槍に突き刺されて、たどり着いた堺の街では死んでたって説があるの。それ以降の家康は、影武者だったって」

「え、ほんま!?」

「うん、江戸時代に、幕府のお金で、お墓の改修工事もやってるんだよ。それを元にした歴史小説もあるしね」

 うう、さすがはガチの文芸部(^_^;)。

「でも、この南宗寺だったとは知らなかったよ……」

 そうして五分後、大学一個が丸々収まりそうな南宗寺の門前に立つ。

「ああ……拝観料いるんだ」

 ほんのご近所散歩のつもりだったから、お財布とかは持って出てない。

「ちょっと、お金下ろしてくる!」

 文学的好奇心に火のついた留美ちゃんは、どこまでもアグレッシブ。

 スマホで、ATMのあるコンビニを検索する。

 

 ポツリ

 

 あ?

 スマホの画面に水滴が落ちる。

 二人そろって見上げた空は、いつのまにか鈍色になって、今にも本格的に降って来そう。

 さすがの留美ちゃんも「傘を買いに行こう!」とは言いださず、まっすぐ1キロの道を走って帰りました。 

 

 

 

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明神男坂のぼりたい・77〔そう言われても……〕

2022-02-19 06:52:02 | 小説6

77〔そう言われても……〕 

         


 これで四冊目……。

 大学の入学案内。

「明日香が、行きたいって言うからよ」


 ブスっとしていたら、お母さんに苦い顔された。

 元はと言えば、あたしが悪い。

 先週の懇談で「演劇やりたいです」なんて、苦し紛れに言うたもんだから、お父さんとお母さんが相談して、あちこちの演劇科のある大学から入学案内を取り寄せたんだ。それもネットで申し込むもんだから、あたしは、ほんと寝耳にミミズ……ミスタッチ。寝耳に水です。

「OG大学……KI大学……KZ大学……OS大学」
「こんなんも来てるぞ」
「ゲ……!」

 大手劇団の研究生募集のプリントアウトしたやつが三枚。

「まあ、なにも、この中から決めなさいってことじゃないわよ。懇談のあと、明日香がなんにもしないで、紫陽花がドータラ、ウンコ踏んでコータラて、全然その気になってないみたいだから、刺激を与えるつもりで取り寄せたものだから、気楽に見ればいいよ」

 と、母上はおっしゃる。

 仕方ないんで、三階の自分の部屋に戻って、パラパラとめくってみる。

――豪華講師陣!――
――舞台で、もう一人の自分を見つけよう!――
――ここに、君の新世界!――
――人生の第一幕が、今始まる!――

 四冊目で嫌になった。

 考えてみなくても分かる。この四大学の定員合わせただけで1000人は超える。それに大学は四年制。つまり、入学しても、先輩が同じ数だけ居て、他の短大やら専門学校、劇団の養成所あわせたら、もう自宅通学可能な範囲の中だけでも10000人近い演劇科の学生やら研究生が居る。

 これだけの需要が、この業界には無い。絶対!

 プロでやっていけるのは、まあアルバイトみたいなのも含めて一割。専業でやれるのは……考えただけで恐ろしくなる。

「ビビっとるだけじゃ、いつまでたっても決心できないぞ」

 寝るとき以外は上がってこないお父さんが、いつの間にか後ろに立ってる。

「人生と言うのは、石橋叩いていくもんじゃない。その時その時の出来心で分岐していくんだ。ま、明日香には、めったに人生訓めいたことは言わないけど、人生はやって失敗した後悔よりも、やらなかった後悔の方が大きい……と言うな」「そう言われても……」
「人生は短いぞ。こないだ女子高生だと思ってたのが、いつのまにか還暦前のオバハンだ」

 ハックション! 二階のリビングで、お母さんがクシャミをした。

「まあ、ゆっくり考え……言っても秋の進路選択には決めなきゃだけどな……」

 それだけ言って、お父さんは下に降りて行った。

―― 楽しい選択ではないか、命がかかってるわけじゃなし、ちょっとでもやりたかったら飛び込んでみろ ――

 さつきも勝手なことを言う。

 確かに、おとうさんの言うことにも一理ある。生まれて、まだ17年と2か月の人生だけど、思い返すと小学校、保育所の時代なんか、ついこないだだった。
 関根先輩のことも頭に浮かぶ。関根先輩の気持ちが揺れてるのは、あたしの錯覚だけではないと思う。そうでなきゃ呼びもしないのに運動会観にきたりしないだろ。麻友に鼻の下伸ばしたのも照れ隠し。踏み切れないのは、あたしの方かもしれない。

 ちがう、あたしの進路のことだ。

 確かに、コンクール出た時も、他の学校の子は大根だった。舞台で、その場所に立ってるということは、みんな役として理由か目的があるからだ。台詞は思考や行動の結果で、演技で一番大切なのは対象を、ちゃんと見て聞くこと。その結果自然に台詞が出てくるまで読み込んで演りこまなきゃならない。

 ダメ、今は自分のことだ。

「明日香、こんなのきたぞ!」

 また、お父さん。今度はプリントアウトした紙一枚。

 読んでびっくりした!

 それは、AKR47の書類選考合格の書類だった……。

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明神男坂のぼりたい・76〔13日の金曜日〕

2022-02-18 06:44:43 | 小説6

76〔13日の金曜日〕 

         


 ウ、ウンコふんでしまった!!

 これがケチのつき初めだった。

 いまどき東京でウンコ踏むってめったにないことだぜ。

 東京オリンピックが、まだ準備段階の頃に、緑色のよく似合う都知事が記者会見で「東京は清潔な街です」をアピールしていて、意地の悪い記者が「わたし、昨日ウンコ踏んじゃいました」と反論。

「おや、それはレアなケースですね」

 と返したら、記者席からは――そうだそうだ――という感じで笑い声があがった。

 今のあたしは、その記者の気分(-_-;)。道行く人たちが、その時笑った記者たちみたいに思える。

 ウンがついてケチが付く『明日香ウンケチ事件!』。バカなキャプションが頭に浮かぶ。

 ティッシュであらかた落としたけど、そこはかと臭いが残る。


 だけど、通学途中。家に帰って靴履き替える手もあったんだけど、先日の紫陽花アパートよりも学校寄りのところまで来ている。気持ちは迷いながら体が学校の方に向いていく。

 犬のウンコぐらい、あらかた拭き取ったし、歩いてるうちに無くなる……という考えは交差点の信号待ちで甘いことを実感した。

 信号待ちの人たちがあたしのこと見てる。

 やっぱりそこはかとなく臭ってるんだ(;'∀')。

 まるであたしがオモラシしたみたい。


 しかたないので、公園の水道で、靴の中濡らさないようにして洗って、ティッシュで拭く。嗅いでみる……やっぱり、そこはかとなく臭いが残ってる。で、もっかいチャレンジ。


「ウン踏んじゃった?」

 都知事を〇十年若くした感じのOLさんが声をかけてくれた。


「はい、とってもレアなことなんですけど」

「ほんとに、マナーの悪い人がいるものねえ」

 そう言って、OLさんは携帯用の臭いけしを靴にスプレーしてくれた。

 将来、この人が都知事に立候補したら、ぜったい一票入れるよ!

「じゃ、気をつけてね。今日は13日の金曜だし」

 警句を残して去り行くOLさんに深々と頭を下げる。

 13日の金曜日……改めてスマホをチェックすると、まごうことなき6月13日金曜の日付。

 

 あたしにはさつきってのが憑いてる。

 世間では滝夜叉姫で通っていて、丑の刻参りの発案者であったりする。神田明神の娘なんだから、せめてウン避けの御利益ぐらいあってもいいと思うんだけど、今では、ほとんどだんご屋のおねえちゃんで、頼りにならない。

 明神さまに『開ウン御守り』というのはあるけど『ウン避け御守り』は無いよなあ、あったら買うのに。

 バカなことを考えながら、次の交差点。


――あ、信号変わる!――


 そう思ったら体が出ていた。そこに気の早い車が走り出して急ブレーキ! その車と、その後ろの車がクラクション。一応ごめんなさいと片手で謝る……ぐらいで許してもらえるほど、13日の金曜日は甘くない。

「ちょっと、そこのTGHの生徒!」

 お腹の底から出てくるような声。道の向こうで怖い顔した女性警官のオネエチャン(なんで、こんな慌ててる時に二重表現!?)

「あなたねえ、高校生にもなったら信号ぐらいまもりなさいよ」

「はい」と、素直に言ないのが、あたしの欠点。枕詞が「だけど……」言ったしりから後悔。

「だけど、なんなの!」

 ダメだ、婦警(女性警官なんちゅうリズムのとれない言葉は直ぐには出てこない)さん怒らせてしまう。

「なんでもありません。急いでたから、ほんとに不注意でした。すんませんでした!」
「その素直さを、どうして、もう10秒早くもてないのかなあ。今のは、ほんと、大事故寸前だったよ。だいたいね……」

 と、5分ほど絞られて、やっと解放。

 ダメだ、チャイムが鳴ってる、遅刻指導にひっかかる。なんでかチャイムがチャラ~ンポラ~ン、チャランポラ~ンに聞こえる。猛烈なダッシュで校門をくぐる。運動会で、これだけのダッシュしてたら、ゴール前で無様にコケなくてすんだのに。

 あ、朝礼が始まる。ガンダムは遅刻にうるさい。教壇に立たされて絞られる!

 と、思ったら、ガンダムが来てなかった。


「あ~あ、損したなあ!」

 汗みずくだったので、タオルハンカチ出して顔拭きまくり、胸の第二ボタン外して脇の下まで拭く。

「どうしたん、明日香がこんな時間に来るなんて?」
「今日は、13日の金曜なの!」

 言った言葉が、そのままウンコから、婦警のネエチャンのことまで思い出させる。ゆかりの言葉に合わせて美枝が言う。

「ひどい顔してるよ」
「ほっといて、生まれつきですねん!」

 その時、腋の下からちょっと背中側に回った手が、ブラに引っかかって、ホックが外れてしまった。

 ウ…………

「どうしたの、急に静かになって?」
「ちょっと、緊急事態……」

 片手でゴソゴソやるけど、背中のホックには届かない。また、汗が流れてくる。そのとき麻友が後ろに回ってマジックみたいに、ホックを嵌めてくれた。

「え……?」
「ブラジルで、よく、この逆やって遊んでたの」

 麻友の意外な一面を発見。やっぱり麻友は、いろいろ奥行きのある子だと思った。

 

 とにかく、今日はついてない。

 

 宿題はやったのに持ってくるのん忘れてるし、家庭科の調理実習では塩と砂糖を間違えるし、トイレに行ったら、用事済んでからトイレットペーパーが無いのに気がつく。ポケットをまさぐったら、朝のウンコのせいで手持ちのティッシュも切れてた。

「クソー!」

 思わず唸ったら、ドアの上からトイレットペーパーの福音。

「これだろ、明日香」

 美枝の声。

「サンキュ……」

 とは言ったものの、個室の外で笑ってる気配。

 クソ~!

 放課後、宇賀先生を校長室の前で見かけた。ガンダムもいっしょだった。

 気配で分かった。

 宇賀先生は職場に戻りたいんだ。それを校長とガンダムの二人で思いとどまらせたんだ。あの怪我では、まだ無理なのは被ってる帽子見ても分かった。


 宇賀先生は、あたしよりずっと前から13日の金曜日なんだ……。

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やくもあやかし物語・125『アキバ上空青龍戦・3』

2022-02-17 13:57:35 | ライトノベルセレクト

やく物語・125

『アキバ上空青龍戦・3』 

 

 

 ズザザザザザザザザザ!!

 

 ハートの上で思いっきり頭を下げたわたしの上を幾百幾千のウロコをそよがせながら青龍は通過していった。

「あ、危ないところでした。やくもさんが、もうちょっと頭を下げるのが遅れたら、あのウロコが擦れてギトギトにされるところでした(;'∀')」

 口から上だけを覗かせたアキバ子が声を震わせた。

「わたしには見えた」

 え?

 胸ポケットにいたはずの御息所の声が頭の上からした。

「いつのまに頭の上に?」

「ひょっとしたらと思ってね」

「なにが?」

「ひょっとしたんですか?」

「逆鱗よ」

「「げきりん?」」

「そう、逆鱗。聞いたことない?『逆鱗に触れてしまう』とかって慣用句があるでしょ」

「ああ、聞いたことある。そこに触ったらおとなしい人でも、ぶちぎれてしまうって、激おこスイッチ!」

「龍にスイッチがあるんですか?」

「タトエだと思う。そもそもゲキリンて絵とかで見たことないし」

「顎の下に、逆さまに生えてるウロコのことよ。ほんの0.1秒だったけど見えた。やくも、逆鱗を撃つのよ!」

「そんな!?」

「そんなとこ撃ったら、青龍、激おこぷんぷん丸になってしまう!」

「怒るってことは、最大の弱点なのよ!」

「でも、だって、ここは青龍の夢の中なんでしょ? 勝てっこないし!」

「わたしを誰だと思ってるの! この千年、夢を戦場にしてきた夢狩りの戦士、六条御息所よ!」

「そ、それは分かってるけど」

「ええ、まどろっこしい!」

 スポン

 ポケットから飛び出した御息所は、わたしの目の前でバク転すると等身大になって、わたしの前に立った。

「やくもは、しゃがんでガバメントを構える!」

「は、はい!」

「まず、その目で逆鱗を見て」

「う、うん」

「尻尾の方から喉元を見ていくから、しっかり、その目で見て!」

「うん」

「見たら、撃つ! いいわね!」

「う、うん」

「がんばってください、やくもさん(;'∀')」

「いくよ!」

 ギュィーーーーーーーーーン!

 ハートは、レーシングカーみたいな音をさせて、青龍の背後に回っていく。

「「ウワアアアアアアアア(@゜Д゜@)」」

 アキバ子と二人叫ぶのも構わずに、操縦権を握った御息所はハートを青龍の背後に寄せていく。

 ズザザザザザザザザザ!!

 頭の上数センチのところを、それ自体が生き物のように青龍のウロコがそよいでいく!

 げきりーーーーーーーん!

 ガバメントを構え、怖いのも我慢してゲキリンを探すけど「どれがゲキリーーン!?」とパニクッテいるうちに通過してしまう。

「チ」

「あ、舌打ちすることないでしょ!」

「頼りなさすぎ!」

「こんどは、この目で教えてやるから」

「ヒ(°д°)!」

 御息所の目がストロボ写真のようなレッドアイになったかと思うと、レーザー光線みたく二筋の光を放ち始めた。

「この光が点滅してグリーンになったらロックオンだから、直に撃って!」

「う、うん!」

 ギュィーーーーーーーーーン!

 ズザザザザザザザザザザザ!!

 再び増速したハートは、空中で二回転して青龍のお腹に迫った。

 そして、二筋の光が点滅したかと思うと……グリーンになった!

 

 ズッゴーーーーーーーン!

 

 ひときわ大きな発射音がしたかと思うと、周囲が真っ白になり、青龍は無数のポリゴンみたくなって消えていった。

 

 わたしたちも……乗っているハートもろとも消えてしまった……。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 メイド将軍 アキバ子 青龍

 

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明神男坂のぼりたい・75〔紫陽花の女〕

2022-02-17 06:44:03 | 小説6

75〔紫陽花の女〕 

        

 


 紫陽花の花はかわいそう。

 だって、花言葉は……移り気。


 ほんとは移り気じゃないと思う。紫陽花も、その成長に合わせて色が変わってるだけだもん。人は、それを移り気という。

「あ、しまった!」

 忘れ物に気がついたのは、明神さまの境内を抜けてしばらく行ったところ。時計を見て間に合うのを確認して家に取りに帰る。


――あ、全然違う――


 その女の人の顔を見て、そう思った。ちょっとしたショック。

 その女の人は、この一月にできたばっかりのアパートに春になって入ってきた。通学路なので、ほぼ毎日姿を見る。

 アパートの前は、都の条例で建て替える時に減築して、それまでは通りに面してたアパートの前に、ちょっとした植え込みができた。

 女の人は、越してきてから頼まれもしないのに、草花に水をやったり手入れをしている。腕がいいのか、その人が手入れするようになってから、植え込みの花が元気になってきた。

 越してきたころに、植え込みの桜の剪定をやったので、ちょっとオーナーさんともめてるところを見た。オーナーさんは越してきた女の人が、桜の枝を勝手に切って、自分の家の生け花にしよと思たらしい。だけど、女の人の手入れがいいので、桜は最初の春から立派に花をつけた。するとオーナーさんは、女の人に植え込みを任せるようになった。植木屋さん頼まなくてももいいし、自分で手入しなくてもすむようになって、それからは任せている。

 桜が、花水木になり、バラになったころ、あたしは女の人と挨拶するようになった。

 ほんの目礼程度なんだけど、花が満開になったような笑顔で挨拶を返してくれる。その明るさに、あたしはかえって、この女の人は心に闇を持ってるんじゃないかと思った……。

 バラの花を一輪もらったことがある。剪定のために切り落とした蕾。水気が抜けないようにティッシュに水を含ませ薔薇の切り口に絡めて、アルミホイルでくるんでくれた。

 学校で半日置いた後、家に持って帰って一輪挿しに活けておいた。それが、こないだまで小さな花を咲かせていた。

 

 あたしは、ある日から女の人に挨拶しなくなった。

 朝、男の人を見送るのを見てから……女子高生らしい気おくれ……あたしにも、こんなとこがあるんです!


 今朝も、男の人を幸せそうに見送っていた。ただし、最初の男の人とは違う……。

 そして、忘れ物とりに戻る途中でも、女の人を見かけた。女の人は紫陽花の花を見つめながら、悲しそうな顔をしていた。

 唇が動いた。

「移り気」と言ったような気がした。

 忘れ物を持って大急ぎで学校に向かう途中、女の人は、もう自分の部屋に入ったのか姿が無かった。

 学校でいろいろあったうちに女の人のことは忘れてしまった。


 学校から帰ると、お母さんからショックなことを聞いた。


「あのアパートの女の人、自殺未遂だって。なんだか男出入りの多い人だったて、オーナーさんが……」
「そんな不潔な言い方しないで!」

 お母さんは食べかけのマンジュウ喉に詰まらせてむせ返った。

 紫陽花の花は移り気じゃない。成長に合わせて色がかわるだけ……だから、人に見てもらうために、ひっそりと色合いを変えてみせてるだけなんだ。

 せわしない今の人間は、アナウンサーやら天気予報士が予報の枕詞に使うぐらいで、紫陽花の色の変わったのにも気がつかない。

 それ以来、その女の人は見かけなくなった。もうアパートにはいないんだ。植え込みが荒れてきたもん。

「……挨拶ぐらい、しておけばよかったな」

 さつきの呟きに返す言葉も無かった。

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鳴かぬなら 信長転生記 59『謀るつもりが謀られて』

2022-02-16 15:31:40 | ノベル2

ら 信長転生記

59『謀るつもりが謀られて』信長  

 

 

 関門が窺える街角まで出ると、坊主たちが足止めされているのが目に入った。

 よく見ると、番小屋の奥に陳麗が座らされて、坊主たちの人相改めをさせられている。

 

「やはりバレているな」

「大丈夫じゃなかったの? 軍の恥だから追手とかは来ないって!」

「兵隊たちの死体が見つかったんだろ、陳麗は俺たちに届け物をした後に掴まったんだ。でも、明け方までは口を割っていない。道館が焼かれたのは明け方だからな」

「焼け跡を探って死体が無いから、急きょ非常線を張ったというところ?」

「そんなところだ」

「どうする?」

「陳麗は女ものの衣装を持って行ったことは喋っていない」

「そうなの?」

「ああ、足止めされているのは坊主ばかりだ。よし、手ごろな隊商を探すぞ」

「隊商?」

「付いてこい」

 出征を前にして人の出入りは繁くなってきている。ちょっと大人数の隊商に紛れ込む。

 豊盃あたりの裕福そうだが、どこか緩んだ隊商なので、あっさりと列に入ることができた。

 

「お前たち、手ぬるいぞ、きちんと検めろ」

 ちょうど交代の役人たちがやってきて、前任をなじるので、ギクッとした。

「ヤバくない?」

「まあ、見てろ。角を曲がった向こうまで溜まり始めてる。そんなにキチンとは検められないぞ」

「そうなの?」

 視界の端に捉えていると、関門の兵たちは、積み荷を改め、男たちは全員笠まで取らせて人相検めをし始めたが、角の向こうから『早くしてくれ!』『いつまでやってるんだ!』と声が上がり始め、五分もすると、人相書きを見ながら、ザっと見るだけになった。むろん、女を検めるようなことはしない。

「よし、通れ」

 さらに五分後、あっさりと関門を出ると、三丁ばかり行った鎮守の森めいたところで列から離れる。

「どうしたの、あんたたち?」

 荷車を引いていた女が声を掛けてきた。

「え?」

「あ、ちょっと妹がもよおしてきて」

「ああ、お花摘み……」

「アハハハ(^_^;)」

 笑ってごまかそうとすると、女が、なにやら目配せ。

 プオ~ プオ~

 列の前後から聞き覚えのある喇叭が鳴り響いた!

 ザザザザザザザ

 荷運びの者たちが、荷の中に潜ませていた武器を手に手に、俺たちを取り巻いた。

 パッカポッコ パッカポッコ……

 列の中ほどに居た人足頭が悠然と馬を進めてきて、人足たちは荷車や馬車を移動させて、俺たちの周囲を取り巻き始めた。

「フフフ、ひっかかったな」

 笑いながら外套をとると、その下は、これも見覚えのある甲冑を着こんでいる。

「おまえは!?」

「知っているところを見ると、酉盃に入ってきた時、どこかで見ていたな?」

 そいつは、きのう大仰な隊列を組んで入城してきた、輜重部隊司令の曹素だ。

「そう、『輜重輸卒が兵隊ならば、チョウチョ・トンボも鳥のうち』と常々こき下ろされている輜重部隊司令の曹素様だ。夕べは、よくも俺さまの兵たちを痛めつけてくれたな」

「あれは、貴様の兵だったのか?」

 ちょっと意外だ。野卑な奴らだったが、一応は武術の心得がある奴ばかりだった。

「そうさ、輸送部隊の中から引き抜いた、ちょいマシな兵たちだ。じっくり育て上げ、ゆくゆくは戦闘部隊になった時には俺さまの近衛になるはずだった奴らだ」

「フン、ずいぶん下劣な近衛もあったものね」

「下劣を侮るな。下劣は力だ。むろん、今すぐに一騎当千の力を振るえるような奴らじゃないがな、こうやって、隊商に化けさせても見破られることが無い。だから、お前らは、まんまと引っかかったんだ。あの女……なんと言ったかな?」

「陳麗です」

「ああ、その陳麗はバカだから、お前たちを坊主だと思い込んでいたがな、明花と静花の二人は、お前たちを女だと見抜いていたぞ。さすがは、指南街一の学者の娘だ。お前たちを総大将曹茶姫直属の娘子憲兵と見抜いておったぞ」

「きさま、あの二人を!?」

「安心しろ、あいつらも、腕一本折られるところまでは口を割らなかったからな。落ちぶれ学者の娘としては、よく義理を通したぞ」

 バカで残忍なやつだが、こいつ、根本的なところで勘違いしているぞ。

「グヌヌヌ……」

 いかん、市のやつが切れ掛けだ……

 

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本 武蔵       孤高の剣聖
  •  二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  •  今川 義元       学院生徒会長 
  •  坂本 乙女       学園生徒会長 
  •    曹  茶姫       曹軍女将軍
  •  曹  素        曹茶姫の兄

 

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明神男坂のぼりたい・74〔三者懇談〕

2022-02-16 06:18:47 | 小説6

74〔三者懇談〕 

       


「思慮深そうですが、ちょっとオッチョコチョイですなあ」

 ガンダムの第一声がこれだった。

 お母さんはニコニコ聞いてる。

 で、その横で、お父さんが友好的なポーカーフェイス。

 あたしは、ただただ恥ずかしくてドキドキ。

 三者懇談に両親が揃ってくるとこなんてありえない。これが恥ずかしい理由。

 ガンダムは元生指部長だった。他の先生よりも生徒を見る目が確かで厳しい。これがドキドキの理由。

 うちの親は二人とも元教師だから、懇談の手のうちをよく知ってる。

 お父さんは、いま学園ものを書いてるんで、その勉強のためと言って付いてきた。ようは暇なだけなんだけど、娘のあたしは迷惑なだけ。あたしの前が安室君(学級委員長)、後が秀才の新島君。当たり前だけど付いてきてるのはお母さん。控えめだけど、両親が揃って来てるのに興味津々いう顔をしていた。


「どんなところで、そうお感じになるんですか?」


 優しく、でも鋭く切り込んでくる。普通の親だったら、黙ってニコニコ聞き流すとこだよ。こういう抽象的な評価に、どれだけ具体的な裏付けを持ってるかで、教師の力が分かるらしい。

「卒業式の時、式場に入りたがらん教師が何人か居たんですが、そういう教師に世間話を装っていじめとったようです」

 アハハハハ  ギロ

 お父さんが、大きな声で笑うし、お母さんは睨んでくるし(;'∀')。

「それから、一年の三学期にクラスの子が交通事故で亡くなったんですが、ご家庭の事情で家族葬にされました。それを明日香は調べ上げて、火葬場の前でずっと待っていて、寒さのためにひっくりかえって、火葬場の事務所でお世話になりました」
「な、なんで、先生、知ってんの!?」
「オレも、火葬場まで行ってたんだ。敷地の反対側だったんで明日香の事は気が付かなかったんだけどな。それに、明日香には言わないほうがいいと思って、今まで知らんふりしてた」
「さすが先生ですね。あのことは、この子の頼みで内緒にしてたんですけど」
「明日香の優れたところです。多少無茶なとこがありますが、大事にしてやりたいと思っています。そういうところを見込んで転校生の世話なんか頼んだんですが、転校生の子もしっかりしていて、まあ、結果的には、いい当て馬になったと思ってます」

 あたしのオッチョコチョイは他にもあるけど、先生は黙ってくれていた。観察力の鋭さと、その鋭さに、ちょっと温もりを感じた。

「しかし、成績は別もんですなあ……国・数・英が、かなり低いです。この期末と二学期にがんばらないと、三年で特別推薦で進学しようと思ったら厳しいですね」
「明日香、がんばらなきゃあ」
「分かってるって(*≧0≦*)」
「ただ、国語の答案なんか見てますと、なんちゅうか、分かってるくせに、わざと違う答え書いて成績落としているようなところがあります」
「それについては心配していません。明日香は、自分の感性で喋ったり、文章書いたりする子です。要は自己主張する場所を間違うてるだけですので、今度の期末は失敗しないと、親バカですが思っています」
「そうですなあ。おたまじゃくしは、いつかカエルになるもんですからね」

 え、あたしは成ってもカエルかよ?

「あとは、本人の進路希望ですなあ。明日香、おまえぐらいだぞ、進学希望に漠然と文系進学としか書いてないのは。なんか具体的に行きたい学部とかないのか?」
「どうなの、明日香?」

 大人三人の視線がいっぺんに集まった。もうあたしも二年、オチャラケた執行猶予言うわけにはいかない……。

「演劇科のある大学にいきたいです!」

「「「え?」」」

 大人三人がびっくりした。

 そりゃそうだろ……。

 口走った本人が、一番びっくりしてんだから(^_^;)。

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銀河太平記・094『通行許可!?』

2022-02-15 14:36:43 | 小説4

・094

『通行許可!?』 加藤 恵    

 

 

 島を調査の上、北部に選鉱所と付属の施設を作るのが、わたしの仕事です。

 

 及川は島が企画した歓迎会は饗応に当るというので、北部国有地に向かう道すがら、キッパリと断って、任地の北部に向かう道すがら強調した。

「どうも気が回らないことで、失礼しました」

「いやいや、融和的に協力し合っていこうというお気持ちは十分に伝わりました。本省では、西ノ島は鬼ヶ島のように言う者もおりましたが、いやいや、皆さんの島の発展を願うお気持ちは痛いほど伝わってきました。不肖及川軍平、皆さんと共に島と日本国発展の為に力を尽くせるのは、本職、無上の喜びとするところです」

「それでは、せめて任地の北部まで送らせていただきます」

 社長がカンパニーの車を示すと、これもキッパリと断った。

「申し訳ありませんが、それは便宜供与にあたります。明日の便で、簡易官舎といっしょに機材も送られてきます。どうぞお構いなく。みんな、任地まで歩くぞ!」

 随行の役人たちに声を掛けると、及川はズンズンと歩き出した。

 仕方なく、社長と主席は、たまたま進む方向が同じということにして歩き出した。村長は、及川の態度が無礼であると、サブだけを残し、村の者たちを引き連れて帰ってしまった。

「局長、ここからはナバホ村の所有地なので、管理者であるマヌエリト氏の同意が無いと立ち入れません」

「これは次長、良いところに気が付いてくれました。あやうく私権を侵害するところでした。すぐに立ち入り許可をもらってください」

「村長なら、さっき帰っちまったよ。通行すんのに、いちいち許可とか、西ノ島じゃやってねえから、普通に歩いてきゃいいんだ!」

 シゲさんが業を煮やして声を上げる。

「サブ、ひとっ走り行って村長に話を通してください」

「うん、分かった」

「ちょっと待ってください。次長、使用許可の書式を出してください」

「それなら、すでに用紙を用意しています」

 次長はリュックを下ろすと、ルーズリーフみたいな綴りを出し、五秒で必要なことを記入してサブに渡した。

「マヌエリト氏には署名していただくだけですが、拇印で結構ですので、捺印は必ずしてもらってください」

「ナツイン?」

「あ、外国の方だから署名でもけっこうですよ」

「あ、サイン」

 納得しながらも、サブは――やってらんねえ――という感じで肩をすくめる。

「書類は、令和の改革で書式が整っていればいいということになっていませんでしたか?」

「ええ、本土ではそうなんです。内閣の稟議書でも電子書類に既読マークが付けばいいことになっています。しかし西ノ島は、まだ本土の行政規範が適用されておりません。よって、明治三十五年の行政執行法に拠るしかないのです」

 明治35年……300年も昔のことだよ(^_^;)。

「お恥ずかしい、不合理ではありますが、立法と行政が追いついていないのです。間もなく、西ノ島開発特措法が衆議院を通過します。不合理なことと思われるでしょうが、ほんの一時の事です。お付き合いいただければ、本職、大いに助かります」

「そうですか……いや、それだけ、西ノ島の発展が急だったということですね。承知しました。みんな、そういうことだから、ここは及川局長の指示を歴史の勉強だと思ってつきあってください」

 社長が言うと、主席はじめ、居合わせた島民は苦笑いして頷くのだった。

 

 ニ十分後サブが戻ってきた。

 

「通りたければ勝手に通れってことだったっす」

 みんなから、クスクスと笑い声があがり、しょうがないねえと言う感じで社長の眉がヘタレる。

「仕方ありません。ちょっと遠回りになりますが、フートンの土地を通っていきましょう。周温雷さん、通行許可をお願いします」

 主席が苦笑いのまま、ため息一つしてサイン。

 ようやく、国交省調査団一行と出迎え一行は島の北を目指して動き出した。

 ちなみに、到着まで、さらに八枚の書類が発行され、ナバホ村に関するもの以外の六通の返答書類が返ってきた。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室 以仁             西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
  • 村長 マヌエリト          西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

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明神男坂のぼりたい・73〔宇賀先生のお見舞い〕

2022-02-15 06:22:51 | 小説6

73〔宇賀先生のお見舞い〕 

        


 やっぱり餅は餅屋だ。

 それまでは、美枝とゆかりの三人で、あーでもない、こーでもないと言い合いしていたんだけど。

「けが人さんのお見舞いに相応しい花を……」

 と、今まで三人で話し合っていた候補を言おうとしたら、間髪を入れずに花屋さんに聞かれた。

「女性の方ですか? 目上の方? お友だち? お怪我の場所は? で、ご予算は?」と、矢継ぎ早。

 待ち合わせのコーヒーショップで、話し合ったことが、みんな吹っ飛んでしまった。

「じゃ、こんな組み合わせでどうでしょう?」

 それは、カスミソウの中に赤やピンク、黄色などの明るいバラのアレンジだった。

「いやあ、この時期にまだバラがあったんですね!?」

 バラは宇賀先生に相応しいので、最初に候補にあがったんだけど、時季外れで無いだろうということで却下になってた。

 

 値段の割にゴージャスに見える花束を抱えて病室をノックした。

 

 ハーイという声がして、個室のドアが開いた。

 声から、宇賀先生自身かと思ったけど、出てきたのは宇賀先生のお母さんと思しきオバサンだった。

「まあ、あなたたち生徒さんたちね。わざわざ、どうもありがとう。さ、中へどうぞ」

 そうい言われて能天気三人娘は「お見舞いにきました!」

 ただでも声の大きな三人が、いっぺんに言ったので、病室にこだまし、慌てて口を押えた(^_^;)。

「ありがとう、三組の元気印」

 先生は明るい声で応えてくれたけど、あたしたちは後悔した。

 あのベッピンの宇賀先生の顔が三倍ぐらいに腫れて見る影もなかった。

「あ、お見舞いなにがいいかと思ったんですけど、先生に相応しいのは、だんぜんバラだと思って、色は、お若い先生に合わせて子供っぽいぐらいの明るい色にしました。まわりのカスミソウがあたしたち生徒の、その他大勢です!」

「ありがとう。あたし幼稚園のとき薔薇組で、漢字で薔薇て書けるのが自慢だったのよ」

 先生は、花束を抱きしめるようにして匂いを嗅いだ。

「いやあ、いい香り!」

「じゃあ、さっそく活けようね」

 お母さんが、そう言って花束を活けにいかれた。

「ガンダム先生が、すごく心配してらっしゃいました。授業ほとんど一時間使って、宇賀先生と人生について語ってくれたんですよ。ねえ」
「はい、けっきょく体育の時間で体動かしたのは、体育館のフロアー五周しただけです」
「ハハ、なにそれ?」
「人生を一週間の授業日に例えて、人生感じながら走ってきました」
「ハハ、岩田先生らしい手の抜き方ね」

 そんな調子で、バカで明るいことだけがテーマのおしゃべりして二十分ほどで帰った。おしゃべりの終わりごろ、おかあさんがバラを見事に花瓶に活けて持ってこられた。バラの健康的な明るさが、先生の痛々しさをかえって強調してるみたいだった。

 廊下に出ると美枝が泣きだした。病室ではほとんど黙ったままだったけど、ロビーに出てから、やっと口を開いた。

「ありがとう明日香。明日香一人に喋らして。あたし、喋ったら泣いてしまいそうで、喋れなかった」
「ううん、あたしだって、なに喋ったのか、よく覚えてないし」

 後悔していた。先生が怪我したんだからお見舞いは当然だと思っていた。だから親には「友達とお出かけ」としか言わなかった。言ってたら、お父さんもお母さんも止めていただろ。

 駅まで行くと、偶然、新垣麻衣に出会った。

「地理に慣れておこうと思って、定期でいけるところ行ったり来たり。日本の電車って清潔で安全なんだね。もう麻衣電車楽しくって……あなたたちは?」

 宇賀先生のお見舞だというと、麻衣の顔が険しくなった。

「行った後になんだけど、行くべきじゃなかったわね。先生の顔……ひどかったでしょ?」

 言葉もなかった。

 麻衣の話によると、顔を怪我すると数日間は顔がパンパンになり、人相もよくわからないくらいになってしまう。そしてブラジルでは、よくそういうことがあるらしい。

 麻衣は言わなかったけど、言い方やら表情から、身内でそういう目に遭った人がいるらしいことが察せられた。ガンダムが授業で先生の怪我の話をしたとき怖い顔になったのも、そういうことがあったからなんだろう。

「麻衣は、てっきり人生のこと考えて怖い顔になったと思ってた」
「ハハ、ラテン系は、そういうことは考えないの。その時、その場所が、どうしたら楽しくなるか。それだけ」

 身内にえらい目に遭うた人が……とは聞けなかった。


「いいこと教えたげようか」

「え、なに!?」

 麻衣は、うちが明るく話題を変えよとしてることが分かって、花が咲いたようなかわいい顔になった。

「あのね、定期というのは駅から出ない限り、どこまでもいけるんだよ!」
「ほんと!?」
「うん、うちのお兄ちゃんなんか試験前になると電車で遠くまで行って車内で勉強してたよ」
 美枝がフォロー。
「ただし、急行までね。特急は乗れないから。それから新幹線も」
 ゆかりが付け足す。
「ありがとう。じゃあ、今日は、どこ行こうかなあ!」

「そうだ、みんなで神田明神行こうよ!」

 美枝が提案して、四人で神田明神を目指した。

 こないだ、連れていってあげて、美枝は神田明神がお気になったみたい。

 四人でお参りすると、ちょうどお宮参りが二組来ていて、その可愛らしさと目出度さに四人で目を細めたり、四人並んで、お作法通りのお参りしてると外人観光客の人たちに写真撮られたり。

 巫女さんが、四人揃っての写真を撮ってくれて、最後はお決まりの明神団子で締めになった。

 四捨五入しても、いい休日になった。さつきもだんご屋の店員に徹して邪魔しにこなかったしね。

 

 

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せやさかい・277『合格(^▽^)!』

2022-02-14 09:59:36 | ノベル

・277

『合格(^▽^)!』     

 

 

 バサリ  バタン  ギーー  ハラリ  ガチャリ  ガラリ  カラカラ  ガックン  ブーーン

 

 どれやと思います?

 人生のページがめくられる音! 幕が開く音! 扉が開く音! ギアが切り替わる音! 一コマ進む音!

「雲が晴れる感じ!」

 留美ちゃんが変化球を投げてくる。

「せやね、なんか生まれかわったような……」

「うん、そうだよ。さくらもわたしも生まれかわったんだよ(^▽^)!」

「せや、女子高生留美とさくらの爆誕記念や!」

「なんか大げさ(^_^;)」

 アハハハハハハハハ

 二人抱き合うようにしてコタツの前で転けまわった。

 

 そうなんです!

 留美ちゃんと二人、聖真理愛学院に通ったんです!

 

「そうだ、写真撮っとこうよ!」

「うん、そうだね!」

 スマホを出して、コタツの上で受験結果を映し出してるパソコンの画面を背景に写真を撮る。

 ミャ~

「よしよし、ダミアもお祝いに来てくれたんやな」

 でもってブタネコダミアを抱っこして……重たい(体重11キロもある)のを今日だけは我慢して、パシャリ。

 プルルル!

「「わっ!」」

 構えたスマホが鳴ってビックリ!

「頼子さんだ!」

『もしもし、どうだった!?』

「「はい、受かりましたっ!」」

『おめでとう!』

「わざわざお電話ありがとうございます!」

「頼子さんにも、すぐ電話しよ思てたんですけど、先越されましたね!」

『うん、わたしも、居てもたってもおられなかったからね』

「ありがとうございます、これで、また一年間いっしょに居れますねえ!」

『うん、いっぱい、みんなで遊ぼうね!』

「なんか、無性に会いたいですねえ!」

「コロナじゃなきゃ」

『外なら大丈夫だよ』

「「え?」」

『本堂の前に出てごらん』

「「まさか!?」」

 

 ダダダダ

 

 部屋を飛び出して、廊下を通って文芸部の部室を抜けて、本堂の内陣、外陣を抜けて、ガラリと本堂の扉を開ける!

 すると、ちょうど山門脇の自動車の出入り口から見慣れた黒のワンボックス!

「「頼子さーん!!」」

『合格おめでとう!』

 あたしらが駆け寄るのと、頼子さんがドアを開けて出てくるのが同時!

「距離をとってください!」

 助手席を出ながら叫ぶのはソフィー。

 運転席で、どこやらに連絡入れてるのがジョン・スミス。

 うちらも、ヤマセンブルグのセキュリティーには慣れてるんで、ちゃんと、ソーシャルディスタンスを開けてる。

「これを間に挟みます」

 ソフィーが車内から持ち出したのは、折り畳みのテーブルとアクリル板。

 デーーン

 据えられたテーブルには、お祝いの花束が据えられ、騒ぎに気が付いた、うちの家族も嬉しそうに出てくる。

「いやあ、頼子さ~ん!」

 テイ兄ちゃんがいちばん喜んだのは言うまでもありません。

「お祖母ちゃんも、スカイプでお祝いを言いたかったらしんだけどね、急な公務で時間が取れなくて」

「いいえ、そんな、畏れ多い……(;'∀')」

「本当に、合格おめでとう! 落ち着いたら改めてお祝いしようね」

「え、今日やったんか、合格発表!?」

 お祖父ちゃんがボケてる。

「この雰囲気見たら分かるでしょ(^▽^)」

「あ、ついさっき発表されたところだから」

「合格は確信してたけど、やっぱり二人の顔を見て喜びたかったからね」

 頼子さんは、ほんの五分ほどで名残惜しそうに帰って行った。

 屋外やし、もうちょっと居ってもとは思たんやけど、やっぱり立場を考えると、これが限界やねんやろね。

「戦争が近づいてるのかもしれへんなあ……」

 テイ兄ちゃんがぶっそうなことを言う。

「え、なんで?」

「頼子さんのお婆さん、スカイプにも出られんくらい忙しい言うてたやろ」

「うん、公務やからちゃうん?」

「ヤマセンブルグもNATOのやさかいなあ」

「え、納豆?」

「ねえ、人は呼べないけど、今日はうちでお祝いするわよ!」

「え、ほんま!?」

 おばちゃんの呼びかけに、NATOも納豆も吹っ飛んでしまううちらでした。

 

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明神男坂のぼりたい・72〔今日は全国的に木曜日〕

2022-02-14 06:29:01 | 小説6

72〔今日は全国的に木曜日〕 

        


 学校というものに十年通っている、あんまり感動したことはない。

 それが、今日はプチ感動してしまった。


「今日は、全国的に木曜日。それも今は5時間目の体育だ。人生を月曜から金曜の5日間に分けたら、この5時間目は何歳ぐらいになる?」

 五時間目の体育の授業の最初、わが担任で体育教師のガンダムが遠い目をして、そう聞いてきた。一瞬みんなが考えて新島君が答えた。

「おおよそ、60過ぎというところです」
「根拠は?」
「日本人の平均寿命は、約83歳です。それを5で割ると……16・6歳になります。それに4を掛けると……66・4歳になります。そこから残りの6時間目を引くと、だいたい60過ぎになります」

 オオオ

 新島君の暗算力に、ちょっとしたどよめきが起こった。

「よく計算した。しかし、新島の説明にケチをつけるわけじゃないが、朝のショート、授業の間と昼休みの休憩、放課後の時間入れると、ちょっと変わってくる」

「それは、誤差の範囲です……ちがいますか?」

 新島君が堂々の、いや、ちょっと遠慮気味の反論。

「数学的には、そうだけどな、人間は、この誤差の中にいろんなドラマがある。こうやって変則的に男女合同の体育してるのも、昼休みにグラウンドの用意していた宇賀先生が飛んできたカラーコーンが顔に当たって怪我したからだ」

 噂はたっていた。

 線引きでグラウンドのコースを引いてたら、昨夜からの強い風で、カラーコーンが飛んできて怪我したって。

 だけど、まさか顔だとは思わなかった。

 宇賀先生は学校では珍しい二十代のベッピン先生。

 学生時代は陸上で槍投げの名選手で、オリンピックの候補にもなりかけたけど、肩を痛めてオリンピックには行き損ねた。歳が近いこともあって、あたしらには、ちょっと眩しいけど憧れの存在だ。


「おまえらは、人生の……もう月曜日ではない。な、新島?」
「はい、火曜の……ショートホームルーム……は8時30分だから、必死で教室目指して走ってるところです」

 瞬間笑いが起こった。遅刻しすぎて早朝登校指導になってる子が何人かいたからね。

「そうだな、まだ授業も始まっていない。まだ新品の火・水・木が残っとる。月曜の失敗ぐらいは、いくらでも取り戻せる。セブンティーンいうのは、いい歳だ。そのセブンティーンを無駄にしないためにも、来週の懇談は、非常に大事なものになる。まだ懇談の日程が決まってないやつは、麗しい人生の火曜日にするために、しっかりお家の人と相談して報告しにこい。なあ鈴木以下三人」

 あ……忘れてた(;'∀')。

 うちは両親とも現役リタイアした人だから「いつでもいいよ」と言われて、それっきりになっていた。空いてる日にちと時間見て早く返事しとこう。

「今日は風が強いから、グラウンドは使用せん。最後にちょっとだけ体動かすが、それまで、もうちょっと話そう。おまえら残りの火・水・木、どう過ごすつもりだ?」

 みんなで、ひそひそ相談。で先生が聞いたら火曜の午前中は大学ということで、ほとんど意見が一致した。

「うん、まあいいだろ。だけど、大学なんてすぐにやって来るのは分かったな。そして、火曜の6時間目くらいには恋愛とか結婚とかしなくちゃならない。忙しくって、授業どころじゃない」

 みんなが一斉に笑った。

 あたしはチラッと美枝を見た。美枝は、もう6時間目を現実のものにしようとしている。麻衣のオーラを感じた。これまで見たことのない怖い顔してる。アイドルみたいに明るくてかわいくって、頭のいい子だお思ってたけど、当たり前に考えても、ブラジルから日本にこなくちゃならなかったことには人に言えない事情があるんだろうし、数年後には国籍という、あたしらには思いもつかない選択を迫られる。

 ちなみに、新島君とは新新コンビと言われ始めてるけど、成績と頭の回転と苗字の頭だけで、カップルとして認知されてるわけではない。二人に共通な前向きさを指してのことだ。

「じゃあ、ラスト。体育館のフロアーを5周走る。4班に分ける。急がなくてもいい、人生感じながら走ってみろ」

 ランニングに人生を感じたのは初めてだった。自分で走って、人の走りを見て、みんな、それぞれ感慨深げだった。

 放課後になって、情報が入ってきた。宇賀先生の顔の傷は一生残るかもしれないって。で、怪我は生徒を庇ったからだったことを……。

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魔法少女マヂカ・259『特務師団司令部』

2022-02-13 11:07:17 | 小説

魔法少女マヂカ・259

『特務師団司令部語り手:マヂカ  

 

 

 来栖種寿(くるすたねとし)中将、第二代師団長来栖種臣の父にして現特務師団司令来栖種次の曽祖父。

 記憶では歳を感じさせない溌溂とした師団長だったが、師団長席に浅く座った姿は、作戦に失敗して予備役を申し渡された老参謀長のようだ。

「すまんな、時違い(時代の違う)の魔法少女を呼び出すのは反則なんだが。緊急を要する事態なので、あえて来てもらった」

「この時代の軍服を着せたというのは、無理を通すという意思なのかな?」

「いや、単に通行をしやすくするための方便だ。女子学習院の生徒を呼び出すわけにはいかないのでな」

「この時代のマヂカを呼び戻すのではダメなのか?」

「欧州が予断を許さない状況なのは知っているだろう」

「話を聞かせてもらおう」

「まあ、そこに掛けてくれ」

 来客用のソファーに座ると、テーブルの上にお茶とシベリアが現れた。

「JS西郷が用意してくれたんだ、貴様の好物だろ」

「まずは、話を聞こう」

「貴様、長門を助けただろう」

「まずかったのだな?」

 ファントムの言葉が蘇る。長門の乗員が救助した者の中に、なにかとんでもない者が混じっていたという話だ。

 ファントムは後日、その狩り方を教えると言っていたが、まだ音沙汰は無い。

「ああ、この十二月に虎の門事件が起こる」

「知っているのか!?」

 特務師団長とは言え、未来の事を知るのはご軍規違反だ。

「ああ、ひ孫の種次と情報交換をやった。時空障壁のため、交換できた情報は一つづつだがな」

「それが、虎の門事件?」

「ああ、摂政殿下をお載せした車が狙撃される」

「それは、犯人は、その場で取り押さえられて摂政殿下は御無事のはず……」

 そこまで言って思い当たった、長門の乗員が救助した者たちの中に、犯人の仲間が居る。

「史実では単独犯だったが、他にも仲間が居て、虎の門事件は違う結末を迎えたということか!?」

「それだけではない、貴様らが取り逃がしたファントムだ。あいつは時空を超えてやってきている。どうやら、トキワ荘で書かれた何万何百万の創作物が凝って生まれた妖のようだ。その害は、この大正の時代に留まらず、貴様らの時代にも影を落としそうな気配だ」

「わたしの時代に……」

「気にはかかるだろうが、それは曾孫の種次たちの仕事だ。貴様らは、全力を挙げて、十二月に起こるであろう虎の門事件をなんとしてでも阻止してもらいたい」

「こちらの特務は動かないのか?」

「申し訳ないが、動かないことが史実だ。これ以上余計なことをして歴史を変えてはならんのでな」

「そうだな」

「そのシベリア同様、お茶の子さいさいで退治してくれることを希望する」

「あ?」

 いつの間にか、わたしは、シベリアの最後のひとかけらを咀嚼していた。

 

 師団長の従卒に敬礼されて司令部の玄関ホールに戻ると、司令部の車寄せにJS西郷が曹長の軍服で立っている。

 ターニャかカチューシャか……思っていても口にはしない。

「少佐、師団から人的な援助はできないが、必要な物資はなんでも使っていいよ。主計課に話は通っている」

「思うんだが、わたしとノンコが来たのは、JS西郷、お前の企みなのではないか?」

「え、今日呼んだのは、少佐だけ。ノンコは呼んでないし(;'∀')」

「司令部じゃない、この大正時代にだ」

「ム、それは……」

「まあいい、シベリアは美味かったぞ」

「それは何より、主計課に言って糧食リストに入れといてやる。食べたければ食いに来い」

「いやだ」

「ムー」

「お前が毎日届けに来い」

「なんで、あたしが!?」

「そうだ、木村屋の娘の設定にしろ。みんなに可愛がられるぞ」

「あたし、ここでは曹長待遇なんだからね」

「わたしは少佐だぞ」

「ムムー」

「そうだ、今度の日曜は、銀座で震災復興大売出しだ。おまえも来い」

「なんで、あたしがぁ」

「大事の前に英気を養うんだ、高坂候からお小遣いももらってるしな、チョコパフェ食わしてやるぞ」

「チョ、チョコパフェ!?」

「シベリアもいいが、チョコパフェもいいぞお」

「そ、そうだな」

「そうだ、お子様ランチも奢ってやろう」

「お、お子様ランチもか」

「あ、その時は軍服なんか着てくんなよ。黄帽のJSもダメだぞ。この時代のを着てくるんだぞ」

「わ、分かってる! クダクダ言うな!」

 気が付くと、わたしは女学生、JS西郷も、この時代の小学生のナリになって九段の坂を下っていた。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査

 

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明神男坂のぼりたい・71〔関根先輩曇り のち 新垣晴れ過ぎ〕

2022-02-13 06:00:46 | 小説6

71〔関根先輩曇り のち 新垣晴れ過ぎ〕 

     

 

 なんで関根先輩が居るの!?

「そりゃ、明日香がリレーのアンカーやるっていうから見に来ないわけにはいかんだろ?」

 サラッと先輩。

「だって……あたしがリレーの代走に決まったのは、ついさっきですよ。アンカーの子が休んでしまったから」
「え、あ、そうだったっけ(^_^;)?」

 焦ってとぼける先輩。ウソ見え見え。

 胸のポケットに家族のIDカードが覗いてる。あ、なんかドキドキしてきた。

「あ、ちゃんと写真撮ったぞ。ゴール前でこけたのはビックリして撮りそこなったけどな」

 で、先輩は、スマホを出してスライドショーをやってくれた。競技中のは狙うのがむつかしいようで少なかったけど、応援席にいてるのやら、入場門のところで乙女チックに出番を待ってるのやら。

 そして……中学時代の懐かしくもおぞましい写真まで( ゚д゚ )。

 障害物競争で麻袋穿いてピョンピョン跳ねてる明日香。そんで麻袋脱ごうと思って、うっかりハーパンとパンツ脱ぎかけて半ケツになったやつ!?

「な、なんで、こんな古い写真……なんで、ここだけ鮮明に!?」
「いや、たまたまや、たまたま。写真は消し忘れ!」

 焦ってる先輩も可愛い(〃▽〃)。

 って喜んでる場合じゃない!

―― まあ、半ケツと言ってもお尻の本体が丸々見えてるわけではないぞ ――

 さつきが囁いて、言い損ねる。

「そうだ、二人で撮ろうか」
「うん」

 そう言って自撮りしようとしたら、声がかかった。

「あたしが撮ろうか?」

 ブラジルの制服姿の新垣麻衣が、あたしらの前に立った。

「あ、麻衣ちゃん、お願い」
「じゃ、いきますよ~」

 カシャ

 再生すると青春真っ盛りの二つの笑顔。先輩の笑顔も見たことないほどいい。いや、良すぎる……。

「あたし、明日香のクラスに転校してきた新垣麻衣です。こちらは、明日香の彼?」
「あ、この人は……」

 説明しかけると、教務の先生が麻衣を呼んだので、アイドルみたいな返事して、校舎の中に消えていった。

「か、可愛い子だなあ……」

 魂もっていかれたような顔して関根先輩。

「あたし、麻衣の世話係だから、よかったらサイン入りの写真でももらっとこうか?」
「え、あ、いや、それは……あの子の明るさは日本人離れしてるなあ」
「ブラジルからの帰国子女!」
「ああ、ブラジルか。情熱のサッカー大国だな」

 そのあと閉会式になったので、先輩とは半端なまま別れた。気まぐれでも見に来てくれたのは嬉しい。だけど、正直に麻衣に鼻の下伸ばしたのは胸糞悪い。

―― ま、いいではないか。坂東の男は、こういうことには正直なもんだ(^▽^) ――

 さつきが姿も見せずに言う。

 団子屋のバイトはどうしたの!?

―― つつがなくやっておるぞ。だから、姿は見えないだろうが ――

 こいつ、なんか進化してない(-_-;)?

 月曜からは大変だった。

 麻衣は、TGHの制服着ても華やかさはまるで変わらない。朝のショートホームルームの自己紹介も華やかで明るくって、ほんとに、このままAKRのMCが務まりそうなぐらいだった。クラスの男子の好感度は針が振り切れてしまったし、女子も自然な明るさに好感を持ったみたい。

 あたしは慣れない日本にやって来て、さぞかし心細いだろうと、気遣いと心配は十人分くらい用意してきた。どうも、いらない心配だったみたい。

 で、心憎いことには、あたしへの心遣いも忘れていない。授業や学校のことで分かないことがあったら、必ずあたしに聞きにくる。

 要は、見かけも気配りも言うことないんだけど、その完璧さが面白くない。

 嫉妬だというのは自分でも分かってるので、なるべく表に出さないように気をつけた。

 友達は、いきなり増えても麻衣が気疲れするだろうと思って、積極的に紹介したのは、伊東ゆかりと中尾美枝の二人だけ。

 すると、クラスの子たちからは「麻衣の取り込みだ」というような顔をされる。で、そのクラスの子たちとの仲を取り持つのも、いつの間にか麻衣自身とかね。

 めでたいことなのに、こんなにイラついた経験は十七年の人生で初めてかもね。

 神田明神に『イラつき封じのお守り』は無かった。

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