鳴かぬなら 信長転生記
ギギギギ……
歯ぎしりの音まで聞こえ始めた。市の堪忍袋は破裂寸前だ。
相手は百余りの輜重部隊、俺ひとりが逃げるのは造作ないことだが、切れた市を連れていては難しい。
目玉を左右に二ミリ動かせて観察。
左翼がやや薄い。瞬間に二人を倒せば道は開ける。
市が付いてこなければ……目の前の曹素を倒すしかない。曹素を倒せば、市は付いてくる。
決めた!
待てっ!
踏み出そうとしたとき、森の向こうから声がかかった。
曹素が嫌な顔をして振り返る。
ドドドドドド
蹄の音が轟いたかと思うと、朱具足に統一した騎兵の一群が迫って来る。
具足の色と、蹄の勢いは信玄の赤備えに似ているが、先頭の大将は女だ。
「わたしの近衛兵になんの御用か……お兄ちゃん?」
お、お兄ちゃんだと?
「お、お前の近衛だというのか?」
「ああ、そうだよ。酉盃で採用したばかりで、すまん……名前はなんであったかな?」
瞬間、躊躇していると副官が耳打ちした。
「そうそう、職丹衣(しょくにい)と妹の市(しい)であったな。豊盃で編入させる予定だったが、いやいや、朝駆けしてきてよかった。あやうく同士討ちになるところだった。まだ、編入前で陣中作法も教えていない。なにか無礼があったのなら、将たるわたしの責任だ。この通り謝るよ、ごめん(*´人`*)!」
「あ、いや、そっちから謝られてはな(;'∀')」
「それにしても、お兄ちゃん、朝っぱらから商人のナリで隊商の真似とは、これも訓練なのかい?」
「あ、ああ、そうだ(;'∀')。敵地に入れば擬装して輸送任務にあたることもあるからな。そのための訓練だ」
「なるほど、隠密の輸送訓練なんだ。だったら、途中でもめ事なんか起こしてちゃダメ……かな?」
「あ、いや、なに……夕べ、不埒な兵が酒の勢いで女にイタズラした者が居ると聞いてな。そこに、不用心な女二人を見つけて、親切心から注意してやろうと思ったら……」
「そっかそっか、ちょっとした行き違いなんだね。ごめん、やっぱあたしの早とちりか。テヘペロ(๑´ڡ`๑)」
「そ、そうだ。まあ、よく躾けておくようにな」
「女にイタズラした兵にもね……」
「いくぞ、みんな!」
回れ右して、曹素たちはゾロゾロと酉盃に戻って行った。
ニコニコの笑顔で見送る赤備え。振り返ると鬼の形相……かと思いきや、相変わらずの笑顔で馬を寄せてきた。
「どうだい、ほんとうに曹茶姫(そうさき)の近衛になっちまわないかい? 君たちなら娘子憲兵ではもったいない」
「え、えと……」
「職市(しょくしい)、いや、シイちゃん。きみの困った顔はいいねえ。ごめん、いきなりじゃ困るよね。その気になったら、わたしの本営まで来て。そうだ、豊盃の通行手形を渡しておこう」
茶姫が目配せすると、副官が、馬を下りて手形を渡してくれる。それも「どうぞ(^▽^)」って言ったし。
「時間があれば、このまま豊盃に戻るんだけどね。バカ兄貴のことも心配なんでね。まあ、夕方には戻るさ。ああ、森を抜けると、ちょっとした崖になっていて、いい風が吹いている……じゃあね」
ピシリ
五騎同時に鞭を当てると、軽やかな蹄の音をさせながら酉盃に駆けて行った。
崖の手前で連絡用の紙飛行機を飛ばすと、姉妹二人で寝っ転がって、この先のことを考えた。
見上げた空……腹が立つほど、ゆっくりと雲が流れて行った。
☆ 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹 茶姫 曹軍女将軍
- 曹 素 曹茶姫の兄