銀河太平記・096
「作業機械が頭取を務めることなど認められません」
部下の報告を受けて、及川はキッパリと言った。
及川は、島の各地に担当の部下を向かわせて、いろいろ調べまわっているんだ。
そして、僅かでも瑕疵があれば、それをタテに島の自治と、採鉱事業を潰そうとしている。
「いいですか、わが国には銀行法という法律があるのです。銀行法では頭取をはじめ銀行業務に携わる者は人間とロボットに限られています。単なる作業機械は頭取はおろか、銀行業務そのものに着けんのです」
及川の言葉を静かに聞いていた主席の首が、ゆっくりと兵二に向いた。
「同志本多」
「なんでしょう、主席?」
「銀行とは、便宜上付けた通称、いわば屋号のようなものだ。銀行法に縛られることはないと思う。業態を頭に冠すれば及川氏の誤解も解けると思うが」
「ならば、両替屋というのはどうでしょう?」
さすがは扶桑幕府出身(^▽^)/
「それいいね、『おぬしも悪よのう、越後屋』って感じ」
「たしかに、両替ならば免許も不要で問題はありませんが、銀行ではないのですから、与信、貸付、投資などの業務は一切行えませんが」
「固いなあ、及川氏は。西ノ島は日本国の領土だけれども、これまで日本政府の世話になったことは一度も無い。他国で言えば自治領です。高度な自治権を認められて当然と考えますが」
「おっしゃる通りですが、パルス鉱石は戦略物資でもあるのです。戦略物資法並びにパルス鉱石法によって、採掘、及び選鉱地域においては完全に日本国の法の支配を受けることになっております。ちなみに、わが国には自治領という法概念は存在しません」
「同志本多、あとは頼むよ。これ以上聞いていてはフートンの指導者として看過できない悶着になりそうだ」
「しかし、鉱山責任者の同席がありませんと折衝になりません」
「氷室同志がいるではないか。彼なら、わたしのように気短な発言もしないだろう」
主席は、そう言うと頭を掻いて食堂を出て行った。
「議長!」
そう呼ぶと、ちょっと嫌な顔をしたけど、素直に発言を認めてくれる。
「なんでしょう、加藤君」
「この会議では記録係に徹するつもりだったけど、大事な提案をします。いいですか?」
社長はアルカイックスマイル、及川も微笑みを浮かべているが、眼鏡を押し上げた指先に官僚的不遜さが垣間見える。テーブルを横に並べた結界の向こうには傍聴席、最初は満席だったけど、不規則発言などで兵二に退席を命じられて、半分ほどになっている。壁際には及川の随員と部下たちがいるが、こいつらは完全に無機質な小動物の置物のようになっている。まあ、日本の公務員としては必須の属性なんだろうけどね。厨房の中ではお岩さんがフライパン持ったまま腕組みしてる。終わったら、みんな仲良く飯を食え!だろうね。
そのみんなの視線が、わたしに集中する。
「30分の休憩をとりましょう!」
バカみたいだけど、誰も休憩をとろうなんて発想はなかったみたい。だからこそ、休憩しなくっちゃね。
「却下」
「え、なんで!?」
「30分じゃ足りない、45分だ」
「え、はんぱ」
「学校の昼休みは45分だ。なにか食べたら話も進むだろう。お岩さーん、麺類ぐらいならできるでしょ?」
「おう、まかしといて!」
「では、ただいまより45分間の休憩とします」
それまでアルカイックスマイルだった社長が、こちらを見ながらクスリと笑った。
「待ってください!」
サンパチが銀行業務に就いているために、慣れないバイクに乗ろうとしている主席を呼び止めた。
「おや、書記交代ですか、同志加藤」
「45分の休憩です」
「ハハ、小学校のお昼休憩みたいだね」
主席も分かっているようだ。
「お任せになっていいんですか?」
「いいさ、この島のいいところは『信』だよ。島を三人の頭(かしら)でまとめて行こうとなった時、僕はね『仁・義・礼・智・信』でやって行こうと言ったんだけどね、氷室社長は、こう言ったんだよ『ぼくは三つ以上言われると、かならず一つは忘れる。それを五つでは多すぎるよ。一つにしよう』って。それで、村長の意見も聞いて『信』一つにしたのさ」
「……ですか……あ、いま、三人のことを頭っていいましたよね?」
「うん、めったに言わない。氷室社長がね『山賊みたいだ( ´∀` )』って、それで、普段は使わなくなった」
「そうだったんですか」
「うん、彼には、そういう徳がある」
うん、わたしも同感だ。
「フートンに戻られるんですか?」
「いや、村に寄って見るよ」
「よかった。わたしも、それをお願いしたくて、休憩にしてもらったんです」
「村長の『信』は尖がりやすい」
「はい……お願いします」
「うん、同志加藤も、すっかり島の住人らしくなったね」
「あ、ありがとうございます」
「君も、素顔が取り戻せるといいね」
「え? あ……」
「ハハ、余計なことを……すまない。じゃ、村長の酒の相手をしてくるよ」
ババ ブバパパパ パパ……
主席は、どうやったら、こんな排気音になるんだというような音を響かせて、東のゲートに消えていった。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥 地球に帰還してからは越萌マイ
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室 以仁 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地