せやさかい・276
いやあ、よう落ちてるなあ!
取り入れた洗濯物の作務衣を見てテイ兄ちゃんが感動する。
「これ!」
「あ、しもた!」
おばちゃんに怒られて、いつになくビビるテイ兄ちゃん。
おっちゃん、お祖父ちゃん、詩(ことは)ちゃんから、いっせいに怖い顔で睨まれとる。
「アハ、大丈夫ですよ、それは洗濯物だし、あたしたち専願だし」
韻を踏んだ留美ちゃんのフォロー。
「「「「「「アハハハハハハ」」」」」」
昨日のことを思い出して、足取りも軽く家を出たのが40分前。
駅に着くと、いっしょに試験を受ける中学生が、粛々と聖真理愛学院の校門を目指す。
令和4年2月10日の朝。
ちょっと薄曇りやったけど、昨日までの寒さは緩んで、今朝の天気予報では「午後、多くの私立高校の入試が終わるころには晴れ間が見られるでしょう」と言ってた。
「スカートの後ろ、ヒダ大丈夫?」
「え、あ、うんOK」
留美ちゃんが心配するのは、前を歩いてる子のヒダが乱れてるから。たぶんアイロンあてるのに失敗したんや。
「大丈夫だよね、あんなに確認したんだから」
持ち物やら時程やら、電車のダイヤまで、何回もチェックした。
間違いはないはずやねんけど、やっぱり、いろいろ気になってしまう。
いまさら、夕べのテイ兄ちゃんのスカタンが蘇る。
うちも留美ちゃんも専願やさかいに、落ちたら後が無い。
「まあ、公立の二次募集、ギリで間に合うところはあるからね」
もう姉妹同然の留美ちゃんやから、読まれてます。
「けど、公立の二次募集て……」
定員割れのちょっとしんどい学校しかない。
「ウソウソ、冗談。がんばろうね」
ウウ、留美ちゃんも言うようになった。
角を曲がって、正門が見えてくる。
先生らしい人が三人立ってて、受験票の確認とかやってる。
前を歩いてる子らが慌てて(慌てることもないんやけど)書類を出してる。
「あ、うちらも」
我ながらあがってしもてて、カバンのチャックが……なかなか開けへん。
「大丈夫だよ、ああやって、何度もチェックすることで万全を期してるんだよ。ここで不備が分かったら、まだ余裕で対応できるしね」
「あ、そかそか(^_^;)」
「あ、あの車?」
「え?」
今まさに、学校の前の道に入ってきて、正門の横に見覚えのある黒のワゴンが停まった。
「頼子さんだ」
小さく叫ぶと、留美ちゃんは、左右に手を振るかいらしいモーションで車に寄っていく。
「顔だけでも見ておこうと思ってね」
マスクをしてても明瞭な発音。さすがです。
「頼子さん、ちゃんと制服なんですね!」
留美ちゃんが感動。
「ソフィーは?」
「どこかでガードしてくれてると思う」
「ありがとうございます、内心ガチガチやさかい、頼子さん見て勇気百倍です!」
「そう、来た甲斐があったわ。なにも困ったことは無いわね?」
「はい、オッケーです!」
「よし、じゃあ、頑張ってね!」
グータッチをすると、車は、そのまま正門前を通って走り去っていった。
正門で、受験票やらのチェックを受けて、ピロティーへ。
学校ごとにまとまってる受験生。
学校によっては中学校の先生も来ていて、顔を見ながら生徒をチェックしてる。
安泰中学からは、うちら二人だけやから、来てくれてる先生はいてへん。
「おはよ」
「「え?」」
振り返ると、ビックリした!
担任のペコちゃん先生が、不二家のトレードマークそのままの顔で立ってるやおまへんか!?
「先生、なんで?」
「うん、うちの近所だしね。もう一校回るし……よしよし、大丈夫みたいね」
「「はい、ありがとうございます!」」
「ふふ、あんたたち、なんだか双子みたいになってきたね」
「「え、あ、アハハ」」
「あ、じゃあ、先生、次の学校行くね。がんばれ、文芸部!」
「「はい!」」
先生は、マスクからはみ出しそうなペコちゃんスマイルを残して正門を出て行った。
出しなに腕時計見てたんは、やっぱり時間が押してるんやと思う。
さあ、いよいよ本番。
スイヘーリーベーボクノフネ……
あ、あかん。周期律表のスイヘーリーベーが突然湧いて来て、これはループしそうや。
みんなの暖かい励ましやら気配りにホッコリして、さくらと留美のお受験が始まった!
スイヘーリーベーボクノフネ……スイヘーリーベーボクノフネ……あかん、止まらへん(;'∀')