大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

鳴かぬなら 信長転生記 58『女たちを送る・3』

2022-02-09 14:32:05 | ノベル2

ら 信長転生記

58『女たちを送る・3』信長  

 

 

 指南街の外れまで走って、薮を抜けたところに破道館(やれどうかん=朽ちた道教廟)が見えた。

「そこに入るぞ」

 いったん草むらに隠れ、周囲に気配が無いことを確認してから中に入る。

「今夜は、ここで様子を見るしかないな」

「ごめん、ちょっと騒ぎになってしまった」

「反省はあとだ、今夜は、もう寝るぞ」

「うん……」

 さすがに言葉も無い様子だ。

 

 ホタホタ

 

 小さく扉を叩く音。

 俺は市を抱きかかえるようにして息を潜めた。

「あたし、陳麗……さっきは母ちゃんが迷惑かけてすみません、その姿では、すぐに正体が知れてしまいます。お開けください、着替えを持ってきましたから」

 隙間から周囲の様子を探ってから中に入れてやる。

「つけて来たのか?」

「はい、お二人は酉盃にも街にも不慣れみたいだし。なんとか、お二人には逃げてもらいたいから」

「そうか、それはありがたい」

「これに着替えてください」

「ありがとう、陳麗……これは?」

「粗末なものでごめんなさい、でも、お坊様たち、華奢な体つきだから、この方がいいと思って……」

 それは、粗末ではあるが女ものの普段着だ。

 陳麗は、あれだけの大立ち回りをやった俺たちを男だと思っている。

「ありがとう。でも、陳麗、あんなにまでされて、まだ母親と暮らすのか?」

「……陳麗、バカだから、他の生き方分からないし」

「陳麗!」

「止せ、シイ(市の偽名)。陳麗、ありがたく使わせてもらうぞ。早くお帰り、遅くなっては怪しまれるからな」

「うん、じゃあ、お坊さんたちも無事でね」

「ああ」

 しばらくあたりの気配を窺ってから、陳麗は外に出て、出てからは振り返ることも無く去って行った。

 俺と市の事を、ただただ心配で、恩義を感じてやってきたことには違いはないだろう。

「いい娘だね……さ、ありがたく着替えて寝ようか」

「いや、着替えずに出るぞ」

「え、なんで?」

「陳麗に嘘はないがな、あの正直さだ。バレる恐れが高い。それに、この場所に気付いたのが陳麗だけとも限らんしな」

「……分かった」

「錫杖と饅頭傘は置いていけ……それと……この幔幕を……」

「どうするの、そんなもの?」

「いっしょに置いておけば、闇夜だ。間近に見なければ脱ぎ捨てた僧衣に見えるだろ」

「そ、そうか」

 呑み込むと反応は早い。俺より先に扉に手を掛ける

「待て、出るのはこっちからだ」

「え?」

 小柄を抜いて、床板を剥がして床下に下り、破道館の後ろから薮の中に身を移した。

「こっちだ」

「うん……初めての場所なのに、どうして、スラスラ進めるの?」

「フフ、ガキの頃から尾張の町や村で戦ごっこばかりやっていたからな、こういうことには慣れている」

「そうなんだ」

「よし、あそこがいい」

 

 街の外れの川に崩れかかった橋が見えたので、その橋の下に身を隠すことにした。

 

「眠れたら眠れ」

「うん……眠れそうにない」

「なら、起きてろ」

「うん……」

「市」

「シイだよ」

「今はいい」

「なに?」

「おまえ、なんで、あんな切れ方したんだ」

「……女を道具に使う奴は嫌いだ」

「そうか」

「娘を売る奴は許せない」

「市、それって、俺のことか?」

「…………」

「俺は、この身のために、市を浅井に嫁がせ、浅井を滅ぼした後は権六(柴田勝家)にくれてやった」

「……それはいい」

「いいのか?」

「長政(浅井長政)さんも権六も良くしてくれた。兄ちゃん、自分のためなら、わたしをどこにでも嫁がせたわけではないだろ?」

「そうか?」

「例えば、将軍義昭にわたしを嫁がせることもできたわけでしょ」

「アハハハ、義昭にくれてやるなんてありないぞ」

「でしょ……兄ちゃんは政略結婚させるのにしても相手を選んでくれていた。だから、二十歳になるまで嫁に出してもらえなかった」

「ハハハ、高く売りつけようと思っていたからな」

「今度生まれかわっても、きっと長政さんとは結婚するよ」

「そうなのか……では、やっぱり、恨んでいるのは、その長政をぶち殺した俺だろう」

「違う。違うって言ったじゃん」

「訳が分からん」

「浅井が、あんな裏切り方をしたんだ。許せるわけがない」

「ああ、浅井と朝倉の挟み撃ち、死ぬかと思ったぞ」

「長政さんは、袋のネズミだって、お兄ちゃんに知らせるのも黙って見逃してくれた」

「ああ、小豆袋の上と下を縛っておくなんて、見え透いたメッセージだ。見たとたんに、長政が承知の上だということは分かった」

「だよね……」

「だったら、なんで、俺が転生してから、あんなに意地が悪い?」

「本能寺で、間抜けな死に方するからよ!」

「あ、ああ、そういうこと……であるか」

「お兄ちゃんが、あんたが、あんな風に死ななかったらサルが天下とることも無かったし、茶々も、あんな死に方しなくてもよかったんだ」

「おまえ……」

「茶々がかわいそう! あの子は、三回も落城の憂き目に遭って、最後は火薬で自分の息子と爆死して……あの子は、茶々は、ずっと怯えて生きてきて、あんな惨い死に方をして……」

 転生学院の生徒は、こちらに来た時に、自分の死後の事も分かってしまう。

 分かってしまうのは、そこから何か学び取れということなんだろうが、市のように深刻に受け止めたことはない。

 それは、信玄や謙信たちも同じだ。

 取りあえずは、日々の学園生活を面白くするための初期設定みたいなものだと思っている。

 そうか……市は転生学園で、生前の性別のままで、そうか、あそこは生徒会長の坂本乙女も女のままだ。

 どうも、前世の反省と、来世への想いの違いがあるようだな。

「市はね、生まれかわっても市。長政さんと結婚して、茶々たち三人の娘を産むの」

「それでは、同じことの繰り返しになるのではないか?」

「わたしは、女戦国大名になって、茶々を、今度こそは幸せにしてやるんだ」

「ほう、大きく出たな」

「マジだよ……必要とあれば、天下だって取ってやる!」

「え?」

「おやすみ、お兄ちゃん」

 おもしろい……そう思おうとしたが、不憫さが先に立ってしまう。

 無理につぶった市の目には光るものがあったしな。

 

 明け方目が覚めると、破道館の方から火の手が上がっているのが分かった。

「やはりな……」

 俺は、市を起こすと、指南街を大周りして関門を目指した。

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本 武蔵       孤高の剣聖
  •  二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  •  今川 義元       学院生徒会長 
  •  坂本 乙女       学園生徒会長 
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明神男坂のぼりたい・67〔夏も近づく百十一夜・1〕

2022-02-09 08:27:06 | 小説6

67〔夏も近づく百十一夜・1〕 

 



 食堂でAランチ食べようと思ったら、わたしの前の子で自販機の食券が切れてしまい。やむなく玉子丼で我慢して教室に戻る途中。

 ああ Aランチ……

 未練たらしくAランチを思い、口の中に残る玉子丼の味わいを物足りなく思っていると、久々で廊下で出くわした東風爽子先生が声をかけてきた。

「明日香、ちょっと放課後あたしのとこ来てくれる」
 
 あたしは、この2月3日で演劇部を辞めた。理由は、バックナンバー読んでください。

「……はい」

 ちょっと抵抗はあったけど、もう3カ月も前のことだし、あたしも17歳。あんまり子どもっぽい意地をはることもないと思って返事した。

 ほんとは、ちょっとムッとした。

「来てくれる」に「?」が付いてない。「絶対来いよ」いう顧問と部員だったころの感覚で言ってる。生徒とは言え退部した人間なんだから、基本は「来てくれる?」にならなくっちゃいけない。

「今の教師はマニュアル以上には丁寧にはなれない」

 元高校教師のお父さんは言う。東風先生は、まさに、その典型。コンビニのアルバイトと大差はない。

 これが、校長から受けたパワハラなんかには敏感。前の民間校長辞めさせた中心人物の一人が東風のオネエチャンらしい。らしい言うのは、実際に校長が辞めるまでは噂にも出てこなかったのが、辞めてからは、自分であちこちで言ってる。校長を辞職に追い込んだ先生は別にいるけど、この先生は、一切そういうことは言わない。授業はおもしろくないけど、人間的にはできた人だと思う。

 で、東風先生。

「失礼します」

 教官室には恨みないので、礼を尽くして入る。

「まあ、そこに座って」

 隣の講師の先生の席をアゴでしゃくった。そんで、A4のプリント二枚を付きだした。

「なんですか、これ?」
「今年のコンクールは、これでいこうと思ってんの」

 

 A4のプリントは、戯曲のプロットだった。


「今年は、とっかかり早いだろ」

 あたしは演劇部辞めた生徒です……は飲み込んで、二枚のプロットに目を通した。タイトルは「あたしをディズニーリゾートに連れてって」だった。

「先生、これって四番煎じ」

 さすがにムッとした顔になった。

「元ネタは『わたしを野球に連れてって』いう、古いアメリカ映画。二番煎じが『わたしをスキーに連れてって』原田知世が出てたホイチョイ三部作の第1作。似たようなものに『あたしを花火に連れてって』があります。まあ、有名なのは『わたスキ』松任谷由実の『恋人はサンタクロース』の挿入歌入り。で、先生が書いたら、四番煎じになります。まあ、中味があったらインパクトあるでしょうけど、プロット読んだ限りでは、ただ、ディズニーリゾートでキャピキャピやって、最後のショー見てたら大きな花火があがって、それが某国のミサイルだった……ちょっとパターンですね」

「鋭いね明日香は」

「ダテに演劇部辞めたわけじゃないですから」
「どういう意味?」
「演劇のこと知らなかったら、残ってたかもしれません。分かるから辞めたんです」
「それは、置いといて、作品をね。とにかく、この時期から創作かかろいうのはエライだろ」

 あたしは、この野放図な自意識を、どうなだめようかと考えた。

「確かに、今から創作にかかろうというのはいいと思います。大概の学校はコンクール一カ月前の泥縄だし」
「だろ、だから、まだ玉子のこの作品を……」
「ニワトリの玉子は、いくら暖めてもAラン……白鳥のヒナにはなりません」
「そんな、実もフタもないこと……」
「それに、このプロットでは、人物が二人。まさか、あたしと美咲先輩あてにしてるんじゃないですよね?」

 やってしまった。先生の顔丸つぶれ。それも教官室の中で……。

「ま、まだプロットなんですね。いっそ一人芝居にしたら道がひらけるかも。それにタイトルもリスペクトすんのはいいですけど、短かくした方が『あたしを浦安に連れてって』とか」

 ああ、ますます逆効果。

「……勝手なことばっかり言って、すみませんでした。じゃ、失礼します」

 ダメだ、南風先生ボコボコにしてしまった。もっとサラリと受け流さなきゃ。あたしは、やっぱしバカの明日香だ。

 だけど、これは、さらなるバカの入り口でしかなかった……。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 さつき          将門の娘 滝夜叉姫
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校
 美枝           二年生からのクラスメート
 ゆかり          二年生からのクラスメート

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