物理的な風景は見えるが、精神的な風景は形象を伴わず見えない。
見えない風景を見るということである。
フレームという窓から深層を覗き見ることの魅惑・・・不可視だけれど心の底に深く形づくられた景色は、きわめて個人的であり秘密のベールに包まれている。他者には理解しがたい内密の景色に心は常に誘惑され、また魅惑を感じている。
閉ざされている遠い景色、猟銃で狙い撃ちできる距離ではないが、それほどに遠い(わたくしマグリットの一点)を夢想している。
重力下ではない時空に立つ空白のフレーム、傍らに猟銃は赤い血の壁に立てかけられている。つまり《死》を境界とした世界を覗き見る意図である。
背後の闇は限りなく遠い。断絶/異世界/異次元…暗黒/虚空は近くて果てしなく遠い場所である。
誰にも介入できない秘密の時空、そこには魅惑してやまないわたくしの原点ともいうべき《愛》が隠れている。
黙して語る術を持たない『風景の魅惑』である。
(写真は新国立美術館『マグリット』展/図録より)
でこぼこのゆきみちを
辛うじて咀嚼するといふ風にあるきながら
本部へはこれでいゝんですかと
心細さうにきいたのだ
おれはぶつきら棒にああと言つただけなので
ちやうどそれだけ大へんかあいさうな気がした
けふのはもつと遠くからくる
☆新しく蘇(よみがえり)の釈(意味を解き明かす)。
封(閉じ込めたもの)を翻(形を変えて作りかえ)部(区分けする)。
真(まこと)の済(救い)を望むという兼ねた他意の記は隠れている。
しかし、ここの主人は、そういう口ぞえがあるので、わたしを雇うのがかえってらくになるとおもって、大喜びでした。
☆しかし、ここの主人は幸運でした。平等だったからです。それゆえ、死体は再び受け入れられたのです。