百分の一、千分の一の模型だろうか。とにかくこの山はどこからも上れないように創られている。
縮小された山は一見、不思議さを見いだせないが、大きさをヒューマンスケールで測りなおしてみると、魔の山である。歩けない尾根、上れない勾配・・・点々で記されているのは樹木だろうか、平野(人の住むエリア)にあるそれ(樹木/自然)が山には認められない。
この山は非人間的(神秘)の山であり、ここからは神の領域としての森のはずれである。
「所有(心の中にある)雰囲気(夢想)の振動(精神の起伏)・森のはずれ(見たことのない神の領域)」である。これを制作するための試作では人の住むエリアはベタにするしかないのかもしれない。
地理的な「森のはずれ」は、精神的(精神界)では中央に位置することで、希求の形になりうる。
写真は『若林奮 飛葉と振動』展・図録より 神奈川県立近代美術館
七番の客の名詞には大津弁二郎とある、別に何の肩書もない。六番の客の名詞には秋山松之助とあって、これも肩書がない。
☆死地を判(判別する)規約は、冥(死後の世界)の詞(言葉)に換え、新しく弁(備えている)。
字から漏れる別な仮に兼ねた諸(もろもろ)を録(書き記し)判(区別する)規約である。
冥(死後の世界)の詞(言葉)を修(整え)算(見当をつける)。
死を叙べ、兼ねて署(割り当てる)。
sいかし、相手の役人のほうも、しだいにおとなしくなっていつた。ひっきりなしに泣いていた子供も、やがてだんだんとぎれとぎれのすすり泣きに移っていくものだが、この役人のわめき声も、それとおなじであった。けれども、もうすっかり静かになってからでも、まだときおり間歇的にどなり声が起こったり、例のドアをいそいで開閉する音が聞えたりした。
☆しかし、大勢の人たちは静かになった。絶え間なく啼いていた子供もだんだんすすり泣きに移っていく。しかしながら、完全に静かになったように見えたが、再びまた多くの傷痕により、先祖からはときおり叫び声が上がり、逃げていた計画の可否に揺れていた。