抜かれても雲は車を追いかけない雲には雲のやり方がある
心象風景である。
(抜かれても雲は車を追いかけない)地上からの視点、ごく低い位置からの眺めである。
雲は地上何千メートルの上空にでき、雲に視点を置けば車は極小、視界に入らないほどである。
このアンバランスで理不尽な対比は(抜かれても)という自身の心境が支点である。ならば、わたくしは雲として悠々泰然、生き方を自然の律に倣おうという《車の律》への反感に違いない。反感は否定ではなく、大いなる肯定であり、自身への気づきでもある。
「自身の眼目は、現象としての宇宙真理に委ねるやり方を探求するつもりである」という宣言である。
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