からくり出張所

様々なからくりを徒然なるままに書くつもりです。
明るく楽しい趣味Blogが目標。
毎日ほっこりと。(^0^)

今期ほぼ終了

2011年01月23日 19時51分00秒 | 偶成

昨日は今年度の講義が終わりホッとしたところです。今期の成績をとりまとめて提出すれば私の責任は終了します。 学生にきちんと理解させることが責任と云えば責任ですが、後は自分で理解していくのが本来なんでしょうね。 高校時代に数学のM先生から生徒と学生の違いを教えていただきましたが今でも頭にこびり付いています。いいのか悪いのか。この目でつい学生さんを見てしまいます。(苦笑)

曰く、徒(いたずら)に生きているから生徒 という。従って先生が口酸っぱく云って君らの軌道を修正しているのです。 学生とは学んで生きているもの、 誰からもあれこれ云われなくても勉学に勤しむ大学生からを云うのです。 高校生が自らを学生と称するのは大きな間違い。 ただひたすらに先生の教えに従って勉学に励みなさい。 その先には学生としての生きる生活が待っているのです。

だったと思います。 結構厳しい話ですが、高校生が「学生です」と云うのを聞くと、つい苦い顔をしてしまうのはこのせいです。(笑)

 ところで現在の大学生諸君は如何に? 学生と呼称してもいいのでしょうね。 我が講座の場合はまあノーコメントでいいか。 こんなことを考えた最終日でした。 これで半年間の講義休みですが、毎回反省することが多々ありますので次期に反映したいと思っています。成績の分布が正規分布であればいいのですが、フタコブラクダだという人もありましたがさて如何に。

それにしても理系の大学なのに就活で少々浮き足立っているのは困ったことです。私の時代はネットもなく先生にすがっての就活だったので4年の6月頃には順次に決まったものなんですけどね。

 学生の持つ企業知識とネット利用ではどうしても大手企業やマスコミに目立つ企業に偏ってしまうので就職先が足りないように見えるのではないかと感じています。 その昔のような企業と学校との連携が必要に思えます。先生の負荷が大きくなるので研究者とは別に企業事情に詳しい人を就職担当としてもっと配置すべきなんでしょうね。 企業の分社やグローバル化で元企業人ですら分かりづらい最近なので急いで見直しすることが必要に思えます。

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さて、この数日色々あったのでブログを休んでしまいました。おまけに今朝は局内の装置故障でネットがつながらなくなっておりました。今週も色々ありそうです。26日の古い仲間との集まりは残念ながらパスすることになりました。 これからしばらく本業の忙しい日を送ることになりそうです。が、これは当たり前のことですけどね。 汽車ぽっぽを修復したり、リストラしたりと からくり諸々の計画だけは浮かぶのですけど手付かずです。

そろそろ松田の河津桜の季節です。咲き具合はさて如何に?


酔っ払いの戯言

2011年01月17日 10時07分53秒 | 偶成

さて、一月も半ばになりました。気合いを入れて年度末の仕事を始めています。でも寒い、温暖化温暖化とビジネスを念頭に騒いでいた話がいつの間にかなりを潜めていますけど、さて今度は寒冷化をビジネスにするのでしょうか? そういえば核の冬ということで盛んに報道していた処もありましたなぁー。

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内閣改造もへんてこりんなやり方でスタート、この先どうなるのでしょうか。 鞄に放り込んでいるポメラの中に残っていた文章があったので昔話として載せてみます。酔っ払いついでに書いた時代がかった下手な文章はご容赦ください。 ついこの間の温故知新ですが・・・・

やっぱり思いは変わっていません。

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酔っ払いの戯言

負ける戦争はするべきでない

 数年前のことである。熊本に上通りという明治以来の商店街がある。その北のはずれに五高生時代の寺田寅彦やその先生の漱石も通ったという舒文堂河島書店が健在である。

この書店で発見して驚いたのが、日露戦争従軍者一覧・佐賀県杵島郡編である。我が父祖が戦争に赴き勝ち抜いた記録である。もちろん存じ上げている方はいないのであるが、しばしその縁故を辿る時間を持った。つまり立ち読みである。残念ながらその本は手元にないのである。理由は簡単、5万円という価格に涙したのである。

 それはさておき、市井の人が何処で戦ってどのような功績を挙げたのかを一人一人事細かに書いてあるものだから恐れ入った。このような記録が世の中にあるとは。勝ち戦である。縄なう父が囲炉裏端で過ぎし戦を語ったのはこの戦のことだったろう。

そういえば私らの親の世代が日露戦争の何倍も必死の思いをして戦い、完膚無きまでに打ちのめされてしまった先の戦争の記録は懺悔ばかりが殆どで、父祖がどのように戦い抜いたかについては殆ど残っていないようである。 身近だった父達が何処から何処へ転戦し、どのように戦ってきたのか全く知ることができない。断片的に聞いた記憶が残るだけで、既に住む世界を別にしてしまった亡父に今となっては尋ねることもできず大変残念である。原隊玉砕で名簿が消滅し、輸送船の沈没で生き残った僅かの兵隊達は軍人恩給も貰えず逝ってしまった。

戦争に勝つことと負けることは大きな落差であり、このように貴重な記録すら消え去ってしまうのである。いや、消されてしまうのである。

明治に遡ると、戦い勝利には快感のみが残るのか、日露戦争は薄氷の勝利であったことを忘れ去り、世界一弱い軍隊との勝った勝ったの戦(いくさ)の末に巨大国家との戦争を始めての大敗北。先を読めなかった優秀な文武官僚諸君の反省は今に生かされているのであろうか?

反省などしていないからこそ経済という姿を変えた戦にも大敗北をしてしまったのだろう。と思うこの頃である。

さて、与野党交代してもこの本質は変わらないような気がしてならない。「まず政権交代を」とおっしゃる虚空を見る眼差しで政権を手中にしつつある大将、さらにはその奥に控える闇将軍には、果たして国を愛し国民を愛する精神はあるのだろうか? 媚びる民だけ愛するだけでは行き着く先は亡国ではないのかとつくづく考えてしまう。 流浪の民に媚びる政治、これは止めてもらいたい。また負ける戦に一直線のような気がしてならない。

思い浮かぶ傑人・西郷南州翁といえば「敬天愛人」であるが、このたびの「友愛」のどちらに政治の本質が入っているのだろうか? と思いが重なる。

以上は18切符の消化のためのぶらり旅でふと浮かんできた支離滅裂な酔っぱらいの戯言である。

そうそう、友愛とは身内をかばい合う愛ではないかと思う最近である。(2009.8.28)

人参

鼻面に人参をぶら下げられると人はどのような行動をするのか。それが、掴み所のない淡雪のような人参もどきであったら中身は分からぬが外側は食べられそうなので尚更である。

人参もどき=マニフェスト

と思いつつ数ヶ月、どのような状態か表面からしか伺いしれないのであるが??

この先、スカスカの中身がわかったら我々大衆はどういう行動をとるのだろうか。(2009.11.20)

糖衣錠

甘い錠剤を舐めているうちにイヤーな味がしてプッと吐き出すのは子供。大人は我慢して飲み込んでしまうのである。しかしながら、その薬が効けばいいのであるが、とんでもない劇薬かもしれない。こんな状況が今の日本で生じている。薬を飲ませるのは医師ならぬ政権与党である。糖衣錠の外殻の分厚いのが以前の医師と違う特徴である。薬が現れた時は手遅れになっているような気がしてならない。(2010.4.8)

針の束

昔の仕事上の一シーンをふと思い出し、先端技術を極めることは何かを考えた。数年前に関東の大手自動車会社研究部門の人と話す機会があり、私の素人考えで思い描いていたことがすでにバラックキットや具体的な製品として進められていた。色々あったとはいえ世界をリードしてきた企業はさすがであると感じたのである。 自動車などの総合機械は幾つもの技術の集大成である。その個々がトップクラスであり、それらのバランスをとったものを束ねてトータルでトップクラスの製品となる。 特定の技術を針に例えるなら先を行く技術はより長く太い針の先にある。異なる形状の針を巧みに束ね一本の針に仕上げたものがいわば製品であり、自動車であろう。

世界一を目指す技術とは、このように細かな技術の集大成である。トータル一番を止めた途端に支える多数の技術が一気に後退してしまう。これを避けるためには大きな束ねの歩みを止めてはならない。資源国でない日本は先を走ることによって新たな資源を生み出していかねば生き延びることが辛くなるのである。

例の仕訳で「二番では駄目ですか?」という驚愕の発言を視聴して思い浮かぶ単純なる感想である。(苦笑)(2010.4.8)

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こんなものが、いつの間にか入っているポメラ、意外に面白いのです。 最近家人が興味を持ち始めています。


のんびり正月

2011年01月02日 22時13分03秒 | 偶成

新年二日目、いかがお過ごしでしょうか。小生は、ほぼ寝正月状態です。

昨年末、一足お先に出かけた浅草寺仲見世の飾りで初詣の気分をどうぞ。

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今日は、いつもよりも遅く氏神さまに参詣し、その足で小田急・経堂駅前の福昌寺へご挨拶。

Dscn9473 パラパラとお墓参りやご挨拶の人が来ていました。しかしながら、散歩と思われる孫を連れた私と同世代のご夫妻が本堂に向かって柏手を打つ光景を見ました。お孫さんも真似して柏手???このようにして間違ったことが次の世代に伝わっているようです。先達たるものいい加減の知識で教育してはいけませんね。まさか檀家ではないでしょうけど。 

最近は常識というものがずれてしまったのかとがっくり来ます。先日の浅草寺でもあちこちで柏手を打つ音がしていましたが、それが常識化しないことを願います。(汗)

帰宅して箱根駅伝、早稲田明治のラグビー戦と続けざまに観戦しましたが、明治は故障続出で最後は勝負になっていなくて残念でした。我が家の近くに明大グラウンドがあって先日東海大との練習を見たので心情的には明治を応援していたのですけど。

そうそう、昨年は箱根駅伝の追っかけに少し参加したのですが、電車の乗り換えと場所取りと、とにかく忙しすぎるのでテレビ観戦が一番のようです。今年も企画されていたのですが、サボってしまいました。

元旦、二日と日を分けて戻ってきた子供達と順次新年の記念撮影をしたのですが、一斉に揃わないのはちと残念でした。 元旦に写し忘れたおせちを本日撮影。

Dscn9474 去年以来おせちをとらずに素朴ながらもほぼ100%調理しています。ご苦労様でした。(ペコリ) 美味しかったですよ。私の仕事はごまめの選別をポリポリ食べながらやることでした。(汗) ミートローフの出来はなかなかでありましたのでこれ以外の予備もあっという間に終了しました。 故郷の友人から頂戴した 嬉野市塩田の銘酒、「東長」純米 大変美味しくて二日で伜達と呑みきってしまいました。これは県外に誇ってもいい酒です。ありがとうございました。

こんな具合に二日間何もせず、年賀状の出し忘れもなかったのでのんびり出来ました。が、明日はどうしようか?まずは箱根駅伝から朝が始まりそうですが、それだけでは体が鈍ります。デパートや量販店の福袋は既に売り切れのようだし・・・。何か工作もやりたい気がします。 と色々考えていると仕事や講義のことが思い浮かんできます。 

明日は明日の風が吹く。か(笑)


謹賀新年

2011年01月01日 20時55分20秒 | 偶成

明けましておめでとうございます。

平成23年の第一日も暮れてしまいました。色々あって初詣もお寺へも一日延期です。朝晩の寒さに震え上がる新年ですが、いかがお迎えでしょうか?

今年もいい一年になることを祈念しつつ第一歩を踏み出しました。今日の一歩は踏み出しがちょっと足りなかったという手応え感?でありますけど。(苦笑) まだ非日常の日が続きますが、松飾りを外すまでにはノーマル頭脳に戻ろうと思っています。とはいえ、松の内に趣味生活の切れ端に触れられるかどうかですが、試運転ぐらいはやっておきたいと考えています。

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それではどうぞいいお正月をお過ごしください。明日も美味しいお屠蘇をいただけることを楽しみにしています。


仕事納め

2010年12月31日 23時28分58秒 | 偶成

さて、今年もいよいよ大詰めです。来年もいい年になるようにと大晦日もまずまず働きました。

伜達が来て女性陣はおせち作成でしたけど、我々は高圧洗浄機で車掃除と松ヤニが落ちて汚れてしまったタイル洗浄をしていました。今年の〆という気持ちが出るから不思議です。車は綺麗になりましたが、松脂のしつこさには敵いません。来年に送ることになりましたが、この清掃法はどうすればいいのでしょうか? 仏壇や神棚のしめ縄や生花の取り替え等を追えて一段落。大物の掃除は終えていたのであとはのんびりと珈琲タイムが取れた珍しい大晦日となりました。

この寒さにもかかわらず伸びてきた小松菜です。菜園をパチリ、大根や蕪が何処まで耐えてくれるか気懸かりですが、スタート遅れを悔やみつつ草を抜いておきました。今のところ吸い物の青菜と云うところです。

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庭の隅をふと見ると福寿草が芽を出しかけていました。寒さに耐えて綺麗な花を見せてくれるのが楽しみです。

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今年もあと一時間を切ってしまいました。

来る年が素晴らしい一年になるよう祈念しつつ今年最後の更新です。

ホームページには、先取りして新年のご挨拶を書いておきました。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。


易水の流れ

2010年11月05日 10時38分18秒 | 偶成

思いついたことを書きなぐったので興味無き方はスキップしてください。

 朝から世相は衝突ビデオ流出の報道で騒がしくなっています。 あれを見ての感想は、予想通りの漁船の動きです。 何でまたこのビデオを隠そうとしたのか政権与党へ大いなる不信を抱きます。こちらが悪いので隠しておこうとしたのかと邪推させる対応でした。相手がアメリカだったら大公開とデモで盛り上がったことでしょう。 やはり数百人押しかけて懐柔されてしまっていたからだろう。 と指を差されてもおかしくありません。 「李下に冠を正さず」 は、彼の国の言葉ですね。 そういえばまだぐずっている旅行団の団長さんがいらっしゃいました。(苦笑)

 大人の対応としては、逮捕直後に映像公開とともに現場の酔っ払いがやったので今後再犯なきようにと現場だけの問題にするというのが、残念ながら現在の我が国のやれる限界だったろうなと思います。 今となっては、加工できるデジタル画像は虚偽だと云われることでしょう。 「端的只今」ということを昔云われましたが、時間が経てば経つほど縺(もつ)れた糸を解(ほぐ)すのは大変です。 露西亜も出て来たし政府にはこれらに対応できる処理能力があるのだろうと気になります。 私の仕事では、処理能力不足であれば パワーアップにマルチプロセッサ、処理結果の信頼性向上にはデュアル処理だと云われました。 一党だけではどうやらきついのではないのでしょうか。野党も喧嘩ばかり売らずに何とか一致して問題にあたって欲しいと思います。 百年以上前の日清戦争前の東アジア情勢がオーバーラップしてきます。その時代の政府よりもベクトルが分散し、よれよれなのが気になっています。 それにしても突然に臥薪嘗胆などの状況にならないことを願っています。 壮士的ですが客観的に見ると国難だと思います。

お子様外交という声をよく聞くこと自体、処理能力を越えた事象が起きていると思います。 陸奥宗光の本はもちろん読破されている皆さんのことと思いますけど。(苦笑)  

「世界はお友達、友愛精神で仲良くしましょうと声を上げていれば戦争も紛争もなくなるという不思議な連帯感を底流に持つ内向き政権だからだろうさ。」てなことを昨日久々訪れた某店で盛り上がりました。

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高給と権力を与えられている先生方やノブレスの皆さん何とかしてくださいね。江戸時代と逆の構図になってしまった戊辰革命は七十二年で國を滅ぼし、その次の民主主義革命も六十年余経ち知らないうちに自壊し、さて現代は何処へ流離(さすら)っていくのだろうと思わされたビデオ流出事件です。 社会から離れ、情報が入らない身としては悲歌慷慨するだけになりました。三百年続いた江戸のメカニズムを学んでみようと思うこの頃です。


11月でした

2010年11月04日 10時22分49秒 | 偶成

 京都旅行からお土産一杯?持って帰宅した家人でありますが、朝から所用でお出かけなので昨日までと変わらぬ日になりそうです。 今週は大学祭で休講なので金、土とぽっかり時間が出来たました。 中休みがあると精神的にホッとします。まだレポートに目を通し終えてなかったので安心したのかも知れませんが・・・。

小寒く感じる曇天ですが、これからの好天を期待して洗濯中です。これを終えて掃除機、夏冬衣装の入れ替え。 とにかく今週は仕事なしを試みると主夫業に手を延ばしてしまいます。料理を含めてこれらを違和感なくやれるようになったのでこれは家人に感謝、でありましょうね。(苦笑) 

 そういえば、今年の11月1日はで社を辞めてちょうど五年でした。悲愴な思いで独り立ちをしたような記憶がありますが、今やこれが自分であると思うってしまうから不思議なものです。精神的に大波小波に揺さぶられては一喜一憂していた会社人とは違う、波の間に間に漂うノウハウをちょっとだけ身につけて賢くなったのかも知れません。節目の日も年も忘れてしまっておりました。(汗)

 ところで昨日はやっと菜園に手を付けました。元肥をしたままの耕地を耕してミニ大根、蕪、小松菜、二十日大根を蒔いておきました。ちょうど伜が現れて手伝ってくれたので楽できました。 昨年の農園日記を見るとこの時期に作業を始めていたのでいい勘を持ち始めたようです。とはいえ、農園日記の空欄が続いたこの二年でありますなぁ-。

Dscn9060 庭の隅の温州密柑が一気に色づいていたので少し収穫してみました。前回は酸っぱくて家族には不評だったものが涼しくなるにつれて甘味が増していました。

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ということで食卓に山盛りしてしまったので一言小言を頂戴した今朝でありました。 これを書きながら二個食べたので山は低くなりましたけど。

素人農家は摘果が勿体なくてそのままにしてしまうので小ぶりの実が増えてしまいます。個人的には大きな密柑よりも小さな方が好みでありますが、皆さまはいかがでしょうか? 密柑が出てくると年賀状、師走、お正月と何となくせわしくなく感じ始めてしまいます。あと二ヶ月となった今年、しっかり締めようと思います。  あ、年賀状まだ買っていませんでした。


茶色の実から

2010年10月24日 09時16分23秒 | 偶成

 昨日の天気と一転して曇り空、農園?の準備を整えましたが、今朝の番組では一週間程度寝かせて置いた方がいいというので一雨当てることにします。 ついでに見回った庭の隅にこんな実が出来ています。

Dscn9021 母が買ってきた植木鉢を置いたままにしていたらそのまま根付いてしまったものです。毎年実を付けるのですが、その後どうしたらいいのか鳥の餌になってしまいますけど今年は何とかしたいと思います。

何という実かご存じでしょうか?

戦前の有名な小学唱歌「水師営の会見」の二番に出てきます。

庭に一本棗(ひともとなつめ)の木
弾丸あとも著(いちじる)く
崩れ残れる民屋(みんおく)に
今ぞ相見る二将軍

ここで登場する棗の実です。旅順の棗が果たしてこれと同種だったのか分かりませんが、この実を見て色々なことを連想します。子供の頃、近所の友人宅に棗の大木があり学校帰りに青いうちから食べていました。味は林檎です。超小型の林檎でポケットを膨らませて走り回りましたけど、小さい林檎ではもの足りなかった記憶があります。 近所の駄菓子屋には乾燥棗という甘い実を売っていましたが、いま思うとどうやらナツメヤシの実だったと思います。

この「水師営の会見」という唱歌にはよく引用される歌詞が含まれていて一世代前の常識を知ることが出来ます。 有名なものには 「昨日の敵は今日の友」 がありますが、現代でも何気なく使っている言葉にはこの時代の唱歌から来ているものが沢山あるようです。どなたかの随筆に引用されていた  「厚意謝するに余りあり」とはいえお前のことでなし だったか? これもこの唱歌から来ているようですね。 井上ひさしの著作「青葉繁れる」は、「櫻井の別れ」という唱歌の  青葉茂れる がオリジナル?でしょうか、どこかで聞いたことのあるなぁと馴染みました。 こんな眼で言葉の原点を探ると明治以来の底流が滅びかけながら微かに続いているのを感じます。 死語、いや隠居語録版権酔考氏)というものを探るのも面白いなと棗の実から連想しました。この唱歌、何故知っているかというと小学校の学芸会で最上級生六年生が歌に合わせて芝居をしたからです。往時の我が故郷はまだ戦前の香りが充ち満ちていました。歴史を勝手に封印しているいまの教育よりよかったと今更ながら感じています。 別の場面では、舞台の上で輪になって鉄道唱歌を歌いながら走り回る上級生、しかも下駄履きだったので強烈な印象でした。(笑) 

私の時代はさすがに「ああ無情」に変わってしまいましたけど。そうそう、四年生のときは 安倍川の渡し と云うものでしたが、なぜか家老にさせられた私、裃(かみしも)を探し回り曾祖母が仕立てたという子供用のものを祖母が見つけてくれました。浄瑠璃用だと云っていましたが、あれはどうなったのでしょうか?

 このところ「絶滅寸前季語辞典」(夏井いつき著)なるものを拾い読みしていますが、なかなか興味深いですね。 気になるマナー、忘れてはいけないことどもが沢山あるのにいらだち、根底からおかしくなりつつあるのではと危惧するのですが、ノブレスの皆さんは責任回避で忙しそうです。やはり先輩を見習って三猿を決め込むかと棗の実からの連想ゲームとなりました。(苦笑)

Dscn9020 この棗の木、目立たないトゲがあって採りにくいのですが、剪定を兼ねて小さくします。ゴソゴソやっていたら取り残して大きくなったライムを発見。家人が喜んでいました。

さて日曜日なので世の中では行事が色々あるようなので家人は町田へ会合へ、私は既に出遅れて洗濯を終えて何をするか考えます。(汗)

 


鞄の中の宴会

2010年10月14日 21時22分11秒 | 偶成

 殺風景な小田急線・経堂駅のコンコースですが、たまに露店が出ます。最近は青森の食品、アクセサリ各種、化粧品PRなど定着した感があってちと変わり映えがしなくなりました。 唯一楽しみなのは古書屋です。この店の品揃えには意外に渋い本が多く、昨日は、和綴じ本や日露戦争写真帳、明治以来の戦前の大衆本、教科書等がいろいろ。黒岩涙香の巌窟王を見つけて驚きました。それにカストリ本や英語本も色々。回りを気にしてちらり。(汗)

普通の古本屋とはちょっと違う匂いがします。あれは(笑)

ずらっと並んだ古本らしい文庫本にも面白そうなものが・・・内田百閒翁の随筆が数冊あります。読んだものが多いのですが、まだの「御馳走帖」が美味しそうです。ついでに私にぴったり?の「へんくつの発想」、当時横綱審議委員の高橋義孝氏著の二冊を求めると500円を300円にまけてくれました。

 お二方の書いた文章が内容も含め相づちを打ちつつスルスル入るのも歳のせい。なかなか面白く味わい始めました。ところが、高橋氏の本を読んで驚いたのは百閒翁の知己なのですね。正しくは後輩、お二方が私の鞄の中で宴会を始めたようです。どちらも有名な酔っ払いであります。私も加えていただきたいのですが、まだ若造、それにあちら側にいらっしゃいます。(汗) こんなお偉い方との宴会は肩が張って・・・いや酔っ払うと一緒ですか。しばらくは夜会にお付き合いが楽しめそうです。百閒翁の「深夜の初会」という著作を思い出しました。書物は時空を越えて色んな方々に会えるのです。

日本語は達人の手にかかると実に心地よくイメージを膨らませてくれるものとなります。その反面、文章を書いて楽しむにはとても足元に及ばないことを達人らの謦咳に接すると心底感じてしまいます。そのような世界にもかかわらず短文で間違いなく意志を伝えられるのであろうかと今流行の「さえずり」にはどうしても尻込みしてしまいます。 四六時中フォローできない私としては無責任な「つぶやき」であれば可としていますけどね。(苦笑)

ところで、百閒翁は鐵道好きの文士として名声高く、これを継承するのが阿川弘之氏。阿川氏の「食味風々録」にも驚かされましたが、「御馳走帖」が元祖でありましょう。各氏の本を読んでいると日本語の良さを何となく感じられて脳内リゾートに遊ぶ気分になります。真似ることは出来ませんが読むことは出来る。ということで300円が10倍100倍に増えたような気分です。

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老父の通院手伝いから自分の歯医者通いと忙しい日でありましたが、このような本があったのであっという間に今の時間です。それにご近所のいつもの方と遭遇したこともあり、からくり生活がゼロでも充実の一日でした。

(深夜の初会を夜会と勘違いしていたので修正しました。(ペコリ))


やっと満開です。

2010年10月08日 06時58分33秒 | 偶成

この二三日は一人暮らし、流行の山登りに相方が出かけています。 のんびり出来るのかと思いきや何だか気ぜわしくしています。夕方は出ることにしましたが、そうでもしないと家から一歩も出ないことになりそうです。 無事目的地に着いたという連絡と仕事もちょっと一段落したので今日は鐵道に乗りに行こうと思っていますが・・・・明後日は講義、まあ準備できているかtらいいか。

午後、駅まで出かけたときに写した海音寺潮五郎記念館沿いの彼岸花です。見事に満開になりました。これを見なければ秋が来た気になりません。今年は二週間遅かったと思います。 毎年通行人を楽しませてくれる開花とお手入れに感謝いたします。

Dscn8937前の日曜日はこの程度でしたが、昨日はこんな具合に満開です。

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子供の頃は縁起の悪い花と教え込まれたので近づきたくなかったのですが、最近は気になるよりも好きな花の一つになりました。曼珠沙華という名前が彼岸花よりもいい感じです。

この花を見ると秋の園芸の始まりです。狭い畑地の草取りも終わったので耕地作りが待っています。

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家に籠もっていたのでこれらの写真が最新版、しつこく三枚載せてしまいました。(汗)