からくり出張所

様々なからくりを徒然なるままに書くつもりです。
明るく楽しい趣味Blogが目標。
毎日ほっこりと。(^0^)

昭和7年製のカメラ

2006年06月30日 11時06分53秒 | クラシックカメラ

手首が痛いので重いカメラは避けて戦前のバルナックライカを持ち歩いています。レンズは戦後のものですが50年は経過しています。 これがまあ実によく写してくれます。 風景よりも人物描写が気に入っているのですが、カミさんに言わせると皺まで鮮鋭に写さないところがいいのだそうです。 デジカメと違ってプリントに仕上がるまでの時間差が大きいのですが、それを待つのも楽しみです。もっともフィルムを入れていることを忘れ季節をジャンプする場合もあって要注意です。 70年以上前のカメラなのに今でも立派に使えるのですが、現代の製品で70年後にも使えるものはどれだけあるのだろうとシャッターを切る度に脳裏をよぎります。

このカメラは今春ハヤタカメララボでオーバーホールとシャッター幕を交換してもらいましたので見かけはボロでも中味は新品同様です。 コトッと云うシャッターの感触が楽しくてついつい駄作を乱造しています。

実は自分で分解掃除をし快調に使っていたのですが、ある日シャッター幕の紐が老化によって切れてしまいました。改めて自前修理をする元気がなかったのでOTOMEN師匠にお願いした次第です。(汗)

Leicad2_5 

(画面サイズを変えてみました。大きな写真がやっぱりいいようです。)

ライカD2です。レンズはエルマー5cm/f2というオーソドックスな万能レンズです。沈胴するので携帯に便利です。 変な接点付きに改造してあったので格安。これらバルナックライカは好きなカメラの一つでいつの間にか色々住み着いています。常用できるクラシックカメラとして初心者の方にもお薦めの種類です。ブームの一時期と違って落ち着いた価格のものが増えたので安心して探すことが出来ると思います。

何とまあ、久しぶりのカメラネタでした。(汗)


機山ワイン

2006年06月29日 20時47分26秒 | 食・レシピ

 久しぶりの食べ物というか飲み物のお話です。昨晩、地元の関西和食レストランの店長氏と我が家のカミさんとで新橋に遠征しました。さることでの会食しましょうという約束をやっと果たせました。 知り合いの店がたまたま機山ワインの会を催していたのでどのようなワインか興味があり参加しました。 結論から言うと日本料理にも合う香り穏やかな良質のワインでした。 知りませんでした。 しかもスパークリングワインからブランデーまで作っている蔵と知って驚きました。 その昔の山梨ワインといえば極論ですが美味しくない、いかにも田舎のワインというものが多かったのですが、此所のワインはひと味違って温和しいけど料理に合っています。機山ワインの若いご当主土屋さんが一本一本解説してくれたのですが、真摯にワイン作りに取り組んでおられる態度は大変好ましく思いました。それが現れているワインだなぁーと思った次第です。 確かに外国産よりも香りは少ないのですが、甲州種という葡萄ではこのようなもののようです。 シャルドネ種やカベルネ等ではまた違った香りと味わいでした。 この日も知らなかった日本の手仕事を一つ発見した思いです。 若いご当主の土屋さんに乾杯。 塩山市というか新しくできた甲州市まで行ってみたいと思わせるワインです。

  機山スパークリング・トラディショナルブリュット(甲州)、 機山白ワイン(甲州)、 機山セレクション(シャルドネ)、 機山セレクション(メルロー&カベルネ)、 機山ブランデー「ラ・フリューテイスト」(甲州)

おっと、美味しい料理のレストランは新橋のベルランです。漱石の時代から続く芝浜のすき焼き今朝の隣、昨晩は、機山ワインに合わせてのコースに堪能しました。

カリフラワームースとずわい蟹香草風味、 白緑アスパラポーランド風、 ドーバー産平目ソテーアンチョビ風味、 西班牙産イベリコ豚ローストなど

ワインも料理も自然にスルリとお腹に収まる気持ちの良い晩餐でした。 オーナーの藤森さんご馳走様でした。 カミさんのお仲間に多々お会いしましたが、名前が出てこなくて失礼いたしました。久しぶりにお会いする方々は、相変わらず食べ物と飲み物に関しては積極的です。見習わねばいけません。

ご一緒した店長さんも多分満足し勉強になったことと思います。カメラを忘れ、携帯で写しましたが、省略させていただきます。(汗)


相変わらず

2006年06月29日 10時23分18秒 | 蜻蛉池日記

親指から手首が痛いので庭仕事は中断中です。無意識に親指を使ってしまうのでなかなか回復しません。昨日は親指にテーピングしてもらいました。 そのせいか今朝はまずまずの調子です。 こんな具合で草ぼうぼうの庭になってしまったので結局区のシルバーセンター草取りをお願いしてしまいました。 何と6袋の草、本来なら小生がやるべき作業でありました。 今年は頑張りすぎて自滅してしまいましたが、体力というか今まで使っていなかった部分の自力を付けるように体質改善が必要です。とひそかに反省しています。(汗)

とはいえ庭木は人を待ちません。どんどん伸びていきますが、これまた手を付けられません。 鋏無しの松の芽三次つみを左手でやりましたが、やっぱり専門家に依頼することになりそうです。

Rime 腕の快調な時期に生い茂ったクチナシを抜いて植え付けたライムの育ちも順調です。 親父に間違って抜かれた(汗) 落花生も無事根を伸ばし再生しました。今朝、黄色の花が一つ咲いていました。 しかしながら線路用地買収作業はストップしたままです。

蜻蛉池も次第に三寸アヤメに囲まれて見えなくなっています。矮性アヤメがこのところ大きめになっているので小さな池がすぐ隠れてしまいます。親指を使わなくてすむ大型の剪定鋏で刈り込もうと思い始めました。 今日は三〇度を超える暑さなので軟弱にも作業はお休みです。  月末を迎えて我が家のパソコン作業が色々あるのでこちらを頑張ることにしました。

なんだか愚痴っぽいスタートで恐縮です。


再び関鉄の旅

2006年06月25日 11時07分17秒 | ぶらり旅

 昨日、酔考先輩とぶらり旅を計画しましたが、最近の金欠病対策で近場の鉄道を回ることにしました。最も近いローカル線の流山電鉄をめざしましたが、ちょっと物足りないかと思ったので電車の中で行く先変更。まあいつものことですが、取手に向かいました。取手からは前回初乗りした常総線です。今回は土日乗り降り自由切符を購入したところ、何と50%割引というお値打ち価格。下館まで片道1,570円が往復乗り降り自由で1,500円なので驚きです。と言うことなので往復すれば大儲けです。

最初は水海道(みつかいどう)下車。水運で栄えた古い町並みを散歩しました。

Mitsukaido1 駅前からのサインカーブ状の道路を歩きます。絵画の道という名前ですが、我々には古い街道名がいいと感じられました。 現代受けする安易なネーミングが多いのが最近の町作りの特徴に思います。

Gokita このような煉瓦作りの倉庫が個人宅に残っており素晴らしいことだと思います。このお宅では煉瓦作りの雰囲気を壊さないように新しく建てた部分に煉瓦を使い家全体のバランスを崩さない配慮がなされていました。

最近合併し水海道市から常総市になったとのことでしたが、町並みを生かす取り組みは今一歩です。市外から来たものにとって頼りになるものは町並み案内ですが、これが少ない。それに余計な絵が肝心な場所に貼り付けてある。等々煩わしいものもありました。地元の人にとって当たり前のことが部外者には全く分からないことだらけなのです。 これは下館市が合併して出来た筑西市の町並みにも云えました。 もっとも我々は地図もなく勘でぶらり旅をする輩なのでこんな感想を持ったのかも知れません。

Fumikiri 散歩の途中見かけた踏切のそばにある踏切というバス停。何故かふきだしてしまいました。

Ajisaiホッと一息水海道のガク紫陽花です。

Eguchi下館散歩も疲れ切った頃やっと町並みを発見しました。駅から一発で行ける誘導表示が欲しいですね。あったと云われても我々は発見できませんでした。こんな立派な家が並んでいる地域があるのです。 そういえば下妻市にも途中下車しましたが、あまり感想がありません。

Tetsu1 帰路は、鉄ちゃんの旅になりました。酔考先輩は運転席にへばりついてご覧の有様です。一直線の線路に感動のご様子でありました。

Jyouso1 これは水海道-取手間です。トラフィックが多いので複線化されていました。

遅くなりそうだったので守谷駅つくばエクスプレスに乗り換えました。新線の快速は130km/hを出していたのであっという間に秋葉原到着で「足に翼の汽車の恩」を感じた次第です。

酔考様。お付き合いいただきましてありがとうございました。


古賀元帥

2006年06月22日 20時48分54秒 | 佐賀のこと

 文藝春秋の巻頭言は、各著者の蘊蓄ある文章が楽しみで毎号待ち遠しい箇所なのですが、今月号に地元では忘れられようとしている古賀提督のことを阿川弘之氏が「葭の髄から」に取り上げておられました。 佐賀出身とは書かれていないのですが、今年の2月に帰郷し有田の陶山神社に参拝した際に古賀峯一元帥の記念碑が建てられていたことを思い出した次第です。 古賀提督の立場は条約派と云えばご存じだと思うのですが、三国同盟に反対し続けた人の一人として知られています。しかしながら、古賀長官は先見の明があっても結局第一線の総指揮官として殉職し、国を滅ぼす条約であった三国同盟を歓迎した提督連中は命を永らえ恥もさらさなかったという運命の皮肉を感じます。 今となっては長いレンジで世の行く末を予見していた古賀元帥始め条約派が存在していたことを良しとするしかなさそうです。(汗)  未公開ですが、GF長官になった後に有田の後輩の士官に宛てた「重巡洋艦の6m測距儀(レンジファインダー)の精度向上を至急研究願いたい。」という私信を法事の際に娘さんから見せてもらいました。 戦いを始めたからには彼我の技術差を如何に縮めていくかの苦悩を感じる内容でした。

 文藝春秋7月号阿川弘之さんの随筆には、海軍の歴史と条約派等々のことが実に明快に書かれていますので興味のある方は一読されたらいかがでしょうか。 時代におもねることなく走り去った地元の人がいたことを有田の方はご存じでしょうね。 せっかく建立したにもかかわらず陶山神社の碑文では残念ながら古賀長官の価値は全く分かりませんでした。(汗)

Koga  (陶山神社の碑文)


日本惜しい

2006年06月19日 16時38分49秒 | 佐賀のこと

 例によって俄サッカーファンとなって一喜一憂しておりますが、昨晩は惜しかった。珍しくカミさんも加わって盛り上がっていました。 全国各地域でも様々な集まりで日本を応援していたようですね。

そのような中、かってない試みのようですが、佐賀県武雄市では、レースのない競輪場が日本クロアチア戦の応援会場となってなんとまあ1,800人が集まったとのことです。保守的の土地柄なのでその昔には考えられないイベントで驚いてしまいました。 さすが新進気鋭の樋渡啓祐さんが首長になっただけのことはあるなと嬉しくなります。 もっと前に宣伝すれば良かったのですが、手首が痛くて・・・・・

更には、新市誕生のイベント企画を20年後を見据えて地元高校生に任せるとは樋渡さんらしい企画と思います。市長一人でやれるわけはありませんが前例に縛られない上司の存在が部下の隠れた才能をどんどん伸ばしてくれると思います。その意味で武雄市は多くの可能性を持った訳なので地元の方々の頑張りを期待しています。 今年はもう一度行きたいなと思っていますが、このイベントの時期もいいのかも知れません。


関東鉄道・常総線など

2006年06月18日 22時39分30秒 | ぶらり旅

 相変わらず手首が痛く庭仕事は無理なので土曜日はぶらり旅としました。 ブログ書き込みも何となく気乗りしません。 それはさておき、出発時には例によって行き先は自分でも分かりません。 新宿駅ではたまたま来た湘南新宿ラインの宇都宮行きに乗りました。東海道方面は梅雨の谷間の曇りのせいか混んでいたこともあります。 宇都宮で餃子でも食べて帰るか、とぼんやりしていましたが、未乗車路線の関東鉄道・常総線を思い出しました。 水戸線下館から常総線に乗り、常磐線取手に出て千代田線で家に戻れば完結です。 とはいえ実物の列車や乗り尽くしはさほど興味ありません。 行き先を決めずにのんびり列車に乗っていると心が癒される思いがします。 それに最近は携帯電話という強力な武器があって手元で路線や時刻確認が自由自在なのでリアルタイムに確実な予定変更ができます。 JR東日本のiアプリ、のりかえ君には毎回お世話になっています。

昼食を下館駅近くで食べ、乗り込んだのはキハ30だったか古いディーゼル単機車両です。駅員に聞けば取手行きといいつつも途中の水海道(みつかいどう)で車両交換で乗り換えがあります。

 列車は懐かしいディーゼル音を立ててほぼ一直線の線路を走ります。広い関東平野に敷設した鉄道なので私鉄とは思えぬ直線主体の路線に驚きました。途中の守谷駅はつくばエキスプレスの新しい駅と交差しています。そういえばこの線にもまだ乗ったことがありません。乗り換えるのをぐっと我慢して取手へ向かいました。 水海道で列車交換、ここから複線で2両編成になっていることを初めて知りました。 昼間とあって意外に空いていますが取手が近づくにつれて乗客が増えてきます。通勤事情はよく分かりませんが常磐線、千代田線に接続していることもあり地域には重要な路線のようです。 今回は情報もなく慌ただしく通り抜けてしまいましたので日を改めてゆっくり味わってもいい路線と思いました。 下館から真岡鉄道の蒸気機関車と組み合わせると面白い旅が出来そうです。 利根川に沿った水運の町を結んだ興味深い路線を知らなかった私は鉄ちゃんではありません。(笑) 我が家から小田急線、千代田線、常磐線、常総線、真岡鉄道と一直線?であることに初めて気づいた次第です。

このあと北千住からつくばエキスプレスで浅草へ迂回して遅い帰宅となりました。(汗)


手首が痛い

2006年06月15日 21時55分55秒 | 健康・病気

 相変わらず手首が痛くて通院しているのですが、どうやら剪定を頑張りすぎた報いのようです。親指の靱帯炎症で安静第一、作業せざるを得なかったらあとで冷やせ、とのことです。時間の余裕が出来たので例年になく頑張るとこの始末です。 以前は段ボールに放り込めば良かった剪定の枝の後始末が数年前からきちんと切って指定のゴミ袋へ入れるという余分な作業が加わたせいもありちょっとした剪定にも覚悟が必要です。

 この期間の作業で十数個の枝入り袋を作ったので事務処理専用の手首に負荷がかかったのも当然です。 早く治療して農作業用の手首に改造しなければと今は大事をとっています。 手首が痛いのでパソコンを使うのも後ろ向きでブログやHP更新も遠のきそうです。 汽車ぽっぽ仲間の某大学の先生からパソコン腱鞘炎をダイナビーで治したと聞きましたので早速買ってきました。が、痛い右手は当分お休みにして左手で回しています。 これ意外にいいかも知れません。(笑)

といいつつ、折損したJNRC622の従台車部品をアスターの玉田氏から送ってもらったので今夕修理を終えました。後日機関車本体と組み合わせて微調整の予定です。ネジ回しを回すと手首が痛いので馬鹿ネジにすることはありませんでしたが、 まだまだ治療が必要なようです。


腱鞘炎か?

2006年06月12日 16時24分28秒 | 健康・病気

 連休明け以来の一連の庭師活動で右手首が痛くなってしまいました。 ぎっくり腰の時にお世話になっていた近所の菅谷整骨院に数年ぶりに出かけ見てもらったら、やっぱり腱鞘炎が再発の模様です。剪定のハサミ作業で無理をしたようです。 作業したら冷やす、作業時には手首にテーピングと注意されてしまいました。 所用で百合ヶ丘へ出かけた足で渋谷へとって返し、ハンズで手首に巻くサポーターを買ってきました。 線路敷地の開墾には想像を絶する作業が待ち受けているのでついでに腰に付ける携帯蚊取り線香入れも仕入れてきた次第、 用地測量ですら道ははるかです。 頑張ろうとすると反作用が起きるやっぱり年のせいでしょう。

 つくづく 青年老いやすく学成り難し を感じています。端的只今の心が必要なようです。(汗)


ああ失敗(汗)

2006年06月11日 10時24分15秒 | ライブスチーム

 このところ全く整備が出来ない状態が続いていましたが、本日熊本へ帰る義母の荷物をまとめ終わったのでちょっとの時間を利用してC622の従台車のバネを調整し動輪の軸重を上げようと思い立ちました。 第三動輪の軸重がどう見ても軽く牽引力が期待値通り出ていないような気がしてなりませんでした。C622は作業場に置いてなかったのを一昨日移していたので瞬時の作業と思ったのが間違いの元でした。

Rear0_1

これが組み込み前の従台車、二年前なのでまだきれいです。

  台車は簡単に外せたので板バネを支えるナットを1.5mm上げるだけのことです。 微小なナットですが、ナット回しもあるので回したところ、軸がポキリ、変だなと思いもう一カ所回してポキリ、そうですネジを固めていたことをすっかり忘れていました。 ということでばらしてバネ軸作りから始めることになってしまいました。

Rear1_1 板バネに付いた長い軸、これを折損。気を抜いてやるといつもこうです。年のせいかもしれません。(汗)

Rear2 ついでに従台車の構造を紹介します。結構凝った作りです。このバネの強さで動輪の軸重が変化します。

 うっかりミスで恥ずかしいのですがやむを得ません玉田さんにも相談してみます。部品がなければもどきを作ることにします。 この部品が真鍮製だったので強度もありませんでした。 従台車無しで線路に置いたところ第三動輪がしっかり線路に食いついているところを見るとこの判断は正しかったのですが、準備運動無しの作業はいけません。

しかしながらたまにはトラブルを起こさないと楽しめません。トホホホです。(汗)  久しぶりにこのブログらしいネタを取り上げました。