からくり出張所

様々なからくりを徒然なるままに書くつもりです。
明るく楽しい趣味Blogが目標。
毎日ほっこりと。(^0^)

モバイルsuica

2006年01月29日 23時50分15秒 | コンピュータ

 話題を変えたい気分なので久しぶりに技術もどきの話を取り上げてみます。 いよいよモバイルsuicaのサービスをJR東日本が始めました。思えば1999年後半にモバイルを使って社会インフラを変えていこうという仕事、モバイルソリューションを担当するようになったのですが、当時の目標の一つが携帯を使って切符レス乗車を実現しようということでした。ソニーのフェリカというものが朧気ながら見えていたものの第一線部隊で使うには与えられた条件は貧弱なものでした。携帯そのものの能力も低くセキュリティなどはまだまだでした。 法律的にも切符レスがすぐできるという環境ではなかったと思います。 そのような中で実現したのが京浜急行のモバイル着席券でした。(現、携帯deウイング)  携帯で予約して画面を見せれば必ず着席できるという仕掛けです。今でも京浜急行でサービスされていますが、大がかりな小田急の携帯座席予約サービスに先立つこと3,4ヶ月前で日本で始めてではなかったかと思います。携帯切符への布石であると今は仙台へ転勤した某氏が中心になって頑張ってくれた成果です。 東北新幹線等では東海道新幹線と違って検札に来ることがありません。その仕掛けの一部もグループで取り組んで「はやて」のスタートに合わせて実現しました。 会社を離れた現在、元居た会社がどのような取り組みをやっているか皆目検討つきませんが、いずれにしろJR東日本が具体的な携帯での切符レスシステムを世の中に送り出したことは画期的なことだと思います。これからの進展を大いに期待しています。

 実は、この日のために数年前にviewカードに入り、昨年末に携帯を新調していた次第です。(笑) 1/28、早速モバイルsuicaのセッティングをしてみました。パソコンからも設定できるとのことですが、それでは面白くないので携帯から試みました。で、この設定を一言で云うと「難しくて面倒、万人が出来るものではない。」ということです。これでは普及するにはしばらくかかりそうです。一般向けにはやはりEdyと同様のプリインストールが必須でしょう。もちろん各キャリアではその事を予定しているはずですが、設定が面倒なので急激にユーザが増えないと思われるので現状ではこれで良いのかも知れません。(汗) もちろん私は一発で設定を終わりましたけど気を遣いました。

本当に使えるかどうかも気になったので、用を終えた午後、JRに乗ってみました。間違いなく使えたので他人事ながら嬉しく思いました。紛失対策等のマイナーな悩みはさておき、28日は娯楽性を追求していた携帯が社会インフラとしての一歩を踏み出す歴史的な日だと思います。(?) 切符だけでなく公的な世界へインパクトを与えることでしょう。グローバルスタンダードとして動き出したフェリカを国が支援してほしいものです。

と昔の仕事を思い出しつつ書いてみました。しかしながら、ちょっと時間が経過しただけで古ぼけるハイテクよりも、既に究極の技術水準にある蒸気機関や機械式カメラと付き合っている方が安穏な生活を送ることが出来ると思うこのごろです。(笑) 温故知新から何か見えるかも知れません。


鶴田稔君、突然逝去

2006年01月27日 22時14分11秒 | 交友

 鶴田稔君、我々の仲間内では鶴ちゃんという高校同級生でおばさんたちにもアイドル的存在の人物が昨朝、交通事故で急死してしまった。子細は全く分かっていないのであるが、明日八王子まで通夜に行く予定である。

実は11月の同期会で鶴田君と同期会の幹事をやったばかりだったので少なからず衝撃を受けている。思えば中学一年の頃小柄な可愛い鶴田君に出会ったのであるが、今では黒光りする顔つきに威圧されるような厳つい男になっていた。そんな鶴ちゃんが突然逝ってしまうとは何をかいわんやである。 今日一日、ニコニコしている彼の顔がちらついてならなかった。メールで同級生に知らせたのであるが、異口同音彼の突然の訃報を悼む声が聞こえてくる。50数年の交流を感謝するとともに彼の冥福を祈るのみである。ありがとう、合掌。


骨休め

2006年01月22日 00時18分16秒 | 旅行記

 昨年来、色々あってドタバタしましたが、やっと一段落のようです。今日は嬉しい話もありホッとしました。 会社を辞めて以来、曜日に関係なくダラダラと仕事が続きいささか疲れました。 九州行きもお預けを余儀なくされてしまいました。(2月5日の週になりそうです。)  旅に慣れる意味で(笑)明日から二三日熱海方面で骨休めです。ところが東京は予想外の積雪で車を出すにはちと不安な状況です。雪用タイヤも無いことだし電車になりそうです。雪があがって空が晴れ上がると明日はツルツルのアイスバーンでしょう。途中山中を走る厚木道路も気がかりです。荷物を減らして出かけるのが賢明のようです。パソコンも家に置いて頭のリセット予定。数日間HPやここの更新もお休みです。そうそう、汽車ぽっぽの製作も残念ながらボイラー組み立てに手を付けたところで休止です。 島に渡るので散歩と読書が日課でしょう。(笑)

ただし、携帯があるのでモバイル散歩に珍しい光景を投稿してみようかと思っています。新型水中探訪船も就航したとのことですので楽しみにしています。もっともスキューバをやる家族からは軽くあしらわれています。(汗)

それにしても今日は、「云うまいと思えども今日の寒さかな」という句がぴったりの一日でした。(You mighit think do more today's cold fish. という戯れ英語をふと思い出しました。(爆))  お粗末様


エアテスト

2006年01月19日 19時23分39秒 | ライブスチーム

 作成中の2-8-4バークシャーですけど、やっとエアテストまで進みました。これは一昨日の話ですが、意外にあっさりと動いて嬉しかった次第。

コンプレッサーからの管の径が小さくて蒸気の入り口に入りません。給油口を使うとぴったりはまったのでこちらから空気を送り込みました。大きい口は指で押さえてみたところ1kg/cm2ちょっとの低い圧力で回ることが分かって下回りの完成とともに二度喜びました。低圧ですけど回転もスムーズです。これならば蒸気でも大丈夫でしょう。実は前進後進で弁室内の蒸気穴の開口バランスはとれませんでしたが、まあこれならば走るでしょう。 HPに書くべきことをこっちに書き込んでしまいました。通常の模型より15mmとボアが大きいピストンなので低圧でも余裕を持って動くようです。

下回りが終わったので次はどこを作ろうかと迷っています。普通ならボイラーですが、テンダーからも楽しいです。今日はとりあえず手順通りに火室内にガラス繊維の薄板を貼りました。これって以前はアスベストだったのです。くわばらくわばら(汗) ボイラーでも面倒なところを処置しておくことにしました。 でも次の作業は水圧ポンプを利用するためにやっぱりテンダーかな?既存のテンダーを使えば手順通りでもいいしなぁー。

新調パソコンから試しの書き込みです。軽いです。(笑)


パソコンをやっと新調(笑)

2006年01月18日 18時38分13秒 | コンピュータ

 午前中、仕事をしたあと、そのままカミさんと新宿へ出かけ昼食後、買い物に行くカミさんと別れました。で、ヨドバシのパソコンコーナーへ。(汗)  

 実は、私専用のパソコンが最近重くて使いにくくなっておりました。「自宅用は最新になっているのに技術担当者のものがこれでは環境の維持が出来ません。」と大蔵大臣に購入伺いを出していたのですが、何となく決裁をもらいました。(笑) まだ一時金を拝領していないのですが、とりあえず立て替え払いと云うことで昨年末の某社新型機を抱えて帰ってきました。ポイントで1GBメモリを追加、これで現時点でのそこそこのマシンになったと思います。98SEとはこれでおさらばですが、同じ環境にするのにしばらくかかりそうです。 今使っているパソコンは既に6,7年経過してHP更新やメールアクセスもウイルスチェックを入れると重くてかないません。立ち上げ時にメモリ不足もあって起動できない機能も出る始末です。 APも大きくなりすぎて古いパソコンに入れるには適さなくなったものが多いようです。  これからはサクサク動いてくれることを期待しつつしばらくパソコンとにらめっこになりそうです。(じつはMSトレインシミュレータを動かしたいのです。このソフトは素晴らしいと私だけ思っています。)

更にはモバイル系とセキュリティを強化して持ち歩けるようにしたいと思っています。 或いは今のパソコンをスリム化してモバイル用とするのが賢明のような気もしています。いずれにしろ数年に一度はパソコンを更改しないと日進月歩の電子からくりについて行けないので踏み切った次第です。(汗)

カミさんが使用している機種に近いものにしてトラブル対応等も共通化を図りました。色々質問があってもメーカーが違うと答えられないことも多く、信用を失いつつあったので挽回を図ります。(笑)

といいながらもまだ梱包も解いていません。バークシャーのエアテストを優先してしまいました。予想通り無事作動したのでこれから乾杯です。これはまた別途書くつもりです。

 ところで酒の肴は、カミさんに言われて京王デパートに立ち寄って買ってきた全国駅弁コンテストの駅弁です。食べたかった広島のしゃもじ牡蠣弁当、折尾のカシワ飯は売り切れ。  しかたがないので広島の松茸弁当、松江の蜆もぐり寿司、南阿蘇の牛肉弁当、京都府の鮎寿司(駅失念)を買ってきてあります。たまにはこんな夕食もいいのではないかと思います。 まだ誰も帰ってきておりませんけど・・・・・・

駅弁をいつか特集したいものです。(笑)


市は高橋

2006年01月16日 07時34分16秒 | 佐賀のこと

 市は高橋、荷は牛津という佐賀藩時代に云われてきた言葉が残っています。この高橋は何処だろうといわれることもありますが、ブログやHPでは大抵佐賀市の西の外れ高橋という橋の辺りであることになってしまっているようです。それもののはず寂れた無人駅の佐世保線高橋駅では「市は高橋」と思えるような町には見えません。 かっては大繁栄をしていた私の生まれ故郷がこのままでは歴史の中に埋もれ、誤った風説が本物になるようではたまりません。ということで自分のホームページにこのことを書きましたが、樋渡さんのブログ高橋のことを採り上げてあったので再掲しました。

20年ほど前に角川書店から出版されている佐賀県地名大辞典から高橋のことを一部索引させてもらうとこの様に書いてあります。もちろん佐賀の高橋のことは全く書かれておりません。ここは祐徳バスの高橋という停留所があっただけだったはずです。

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高橋
 高橋川が六角川支流武雄川に合流する地点の北の平坦地に位置する。地名の由来は有明海の満潮時に海水が逆流し水位が上がり船の運航が行われ、そのための橋桁の高い木橋があったからと伝えられている。

[中世]高橋
 鎌倉期から見える地名。杵島郡長嶋荘、後の塚崎荘のうち。古代から中世にかけて杵島郡衞が置かれたと推定される。また水陸交通の要衝であったと考えられている。建治3年12月20日の地頭領家田地屋敷注文案に「たかハしのこそ」と見える。

中略

 天正2年頃の竜造寺隆信書状にも「高橋町」と見え、多久長信に対し須古城修築用の材木運搬のための夫丸80人が命じられている。当地が水陸交通の要所として町場化していた様子がうかがえる。

[近世]高橋村
 江戸期の村名。杵島郡のうち。佐賀本藩領。武雄郷に属す。
・・・・「慶長國絵図」では高橋町で見える。「宝暦郷村帳」、「天明郷村帳」ともに高橋宿として見え、小村に横町・茶碗町がある。茂紀年譜には「寛文十二年高橋の市近年始む。当閏六月より警固の足軽を出す。」とあり、「市は高橋、荷は牛津」と佐賀藩内で云われ繁栄した。

中略

 この村には上区と下区があり、上区には横町・タンス町・上五日市町・上十五日市町・上廿五日市町・下五日市町・下十五日市町・下廿五日市町があり、下区には中橋・タンス町・万才町・廿日市町・十日市町・船手町・朝日町・夕日町があって、五の付く町が市の当番町であった。
この村は長崎街道と唐津街道の分岐点に位置し、商圏は杵島郡をはじめ小城郡・藤津郡にもまたがり盛況を極めた。高橋代官所が置かれ、運上の取り立て、市の警固・監督を行った。
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とあります。私の小学校時代は新堀港に砂を積んだ大きな船がまだ上ってきていました。馬渡君の工場に資材を運んでいたと思います。自動車がまだまだ珍しい時代でした。(昭和30年初め頃)

Okinohata

最近の新堀港は、高速への入口になっているようで昔の面影は無いように思います。先年、福岡県柳川市に友人酔考氏と遊びましたが、沖端という白秋が親しんだ港が新堀とそっくりでした。友人の撮ったその光景をご覧下さい。

私の生まれた家は明治3年の高橋大火の後、明治5年に再建された家でしたが、5,6年前に壊してしまったようです。古い家をどんどん壊すものだから繁栄していた町と思う人が激減しているのでしょう。
この様な町が武雄地区にあったということを再認識していただいて市の復活も町づくりの一つになるのかも知れません。嘘の歴史が定着することのないように地元の方々の努力を期待したいと思います。

長くなってしまいましたが、忘れかけていた我が故郷のことをブログ部長のおかげで思い出して書いてみました。

ついでですが、市は高橋の内容は江戸時代に佐賀藩内で自慢できることを歌にしたもののようです。子細は説明できませんが参考まで。

「市は高橋、荷は牛津、産は泰順、詩は安道、碁は但馬、禄は諫早、質は成富、鉢は皿山、句は十方庵」


世田谷ボロ市

2006年01月15日 22時43分58秒 | 地元ネタ

昨日の雨が嘘のように上がりいいお天気になりました。しかも気温もちょっとあがって散歩には絶好の日曜日です。 今日1/15は、世田谷ボロ市の初日です。買いたいものは特にありませんが、お祭りは大好きなので健康散歩に出かけました。 現地まで4,000歩弱丁度いい距離です。今回は携帯で写真を撮り直接ブログに送り込んでみることにしました。パケット代はかかるけどまあいいでしょう。そのあらましはこの文章よりも見ていただいた方が簡単です。。こちらをご覧ください

日曜日、快晴、穏やかな気温、今朝のNHKテレビ小さな旅のボロ市特集が重なったのか恐ろしいほどの人出です。とうとう一方通行になったり、歩き喰いご遠慮下さいがアナウンスされていました。 一回りして鬼胡桃を一袋300円でかったのが本日の収穫です。酒のつまみに美味しいんですよこれは(笑)。

それはともかく、この混雑に犬を連れたり、人を押しのけて通行したりでマナーが最低の人が少なくありませんでした。それが年輩者に多いのだからあきれてしまいます。最近の若者は云々いえません。会社を辞めて良かったことは満員電車に乗らずにすむので情けないマナーを見なくていいことです。(笑)ところが今日の混み具合は満員電車と同じで状況、マナーも同様に感じました。

ということだったので早々に引き上げて、作りかけの汽車ぽっぽの工作をやりました。エンジンに弁装置を取り付けてロッド類もつなぎました。エンジンに命を吹き込む弁調整を待つだけのところまで進めました。これは別途報告です。


砧公園散歩

2006年01月12日 19時24分41秒 | 地元ネタ

 川崎市の百合ヶ丘まで仕事で出かけました。資料持参だったので車です。帰り道万歩計を見ると900歩しかありません。家から離れた場所に行ったのでかなり歩いた感覚だったのにその少なさに驚きました。知らないうちに不健康生活に陥るという車社会の課題を実地体験した感じです。 カミさんと顔を見合わせて帰路世田谷区立の砧(きぬた)公園を一周することにしました。平日と云うこともあり園内は閑散としています。普段は自転車の往来で危なっかしいサイクリング道路を歩き出しましたが、自転車の姿は見えずウォーキングしている人が殆どでした。気温も10度前後で歩くには丁度良い空気加減です。春の匂いはまだまだの園内でありましたが、至る所に盛り上がった新しい黒土のコブがあります。最初は気にもとめていなかったのですが、しばらくして何処かで見たことのある光景だなと思い当たり、ちょっと間をおいてモグラが掘り出した土ということに気が付きました。その目で眺めると実に数多く見あたり、この公園にはモグラがかなり生息しているようです。ミミズなどの土中の生き物を食べていると聞いていますので土が生きているようですね。

櫻の大木は地に這うように枝を伸ばしています。ここの櫻は実に見事です。今年の花見はこの公園にしようかなと思いながら公園を一周しました。万歩計によると2,800歩ほど歩いたようです。時間切れで引き上げましたが久しぶりの公園散歩で少し体が軽くなったようです。途切れ途切れの散歩生活になっておりましたが、仕事もちょっと一段落しそうなので生活パターンを健康モードに切り替えようと思っています。

携帯で写真を撮りモバイル散歩に現地から送信しました。ケータイを新しくしたので写真の品質が大変良くなりました。このところ工夫が足りませんがモバイル散歩もたまにご覧ください。


C575完成。

2006年01月10日 12時20分50秒 | ライブスチーム

 昨日は、吉祥寺北裏鉄道の1月運転会でした。新年の運転会は何となく心弾みます。とはいえ家事を抱えての参加では喜びも半減なので土日に頑張ってほぼ打ち合わせ資料を作りました。もちろんカミさんの指導を受けてであります。(汗)  ということなので喜び勇んで出かけた次第です。

 運転会レポートは例によってItabashiさんのサイトで全体像を見ることが出来ますが、小生のは誠にピンポイント。学友、廣津君から預かっているJNRのC575の走行試験です。コロの上で動いても線路上を一周も出来ないと云うことは良くあることなので最後の運転試験です。 業界で云うところのSIを終えたプロダクツをPT,RTと先へ進めたわけです。今回は負荷を大きくかけていない。つまり貨車を牽引しませんでしたが、走行状態から見るとまず大丈夫でしょう。

燃料を満タンにして点火、水まで満タンにしたものですからなかなか沸騰しません。安全弁を持ち上げて噴水にして減水し規定の圧力にしました。安全弁も無事3.5kg/cm2で噴いたので安全確認OKです。加減弁を開くと煙突から凝結水を噴出後蒸気を吐きながら走り始めました。供給する蒸気を再加熱して100度以上の乾いた蒸気にする過熱管を持っていません。いわゆる飽和水蒸気での運転なので煙突からは水滴や真っ白な蒸気を大量に出すので蒸気で走っているという実感はあります。 隣の線路を走る和田ワークスの大型ライブC62はほとんど白煙を上げていません。高橋さんの力作に失礼と思いながらも、なんだかこちらが蒸気らしく見えました。(笑) ノンストップのC62に比べ自動給水ポンプを持たない当C575は途中で一度給水しましたが、約30分程度走っていたと思います。これならば廣津君に戻すことが出来ます。1年半かかってしまいましたが、無事お役目を果たすことが出来ホッとしました。運転後の確認でも問題はありませんでした。 根の深い故障を発見し一時はどうなることかと心配しました。これで少しは修理屋としての腕を認めてくれるでしょう。(本当はアスターの玉田さんが居たから直ったのだろうと陰の声があります。)(汗)

これをもちましてC575再生プロジェクトはお終いです。後は本来の持ち主が運転及び維持管理方法を習得されて末永く楽しまれることを期待する次第です。私も本来業務(なんだろう?)に戻り家庭平和に努めようと思います。(笑)

試験に熱中のあまり、写真をちょっとしか撮っておりません。良さそうなのを見つけて後日追加します。

そうそう、神田さんからお宝を譲渡してもらいました。いずれホームページでご紹介できるネタです。これはそのうちに(笑)


ご近所散歩

2006年01月07日 19時53分25秒 | 地元ネタ

 例年にない寒さであちこち氷だらけです。これが当たり前だったと云われてしまえばお終いですけど寒くて気持ちが引き締まります。毎日家の事務処理が続きいつも気持ちを引き締められている小生としてはそろそろボケーッとしたくなる最近ですが、なかなかそういうわけに行きません。

でも、今日は午前中、修理中の廣津君の機関車C575を試運転して頭のリセットを図りました。結果的には見事に動き出したのですが、何とまあ、安全弁が故意に締められていて圧力計を振り切りそうになるということが起きました。 バネが重いので多分調整ミスがあると見ていたので早めに気付いて正規の状態に修正しましたが、初心者には危ない状態でした。 

C575_test

それはともかく、無事に動いたので長い間の苦労に自分で乾杯です。(笑)

丁度そのタイミングでご近所の酔考先輩から散歩のお誘いがあったので渡りに船と飛びつき、砧公園近くから農大経由の散歩を楽しみました。住宅地のまっただ中を歩くのでお店や施設があるわけではありません。この寒風の中、酔狂なと思われる方も多いと思いますが、街の変化を敏感に感じ取るという遊びもなかなか面白いものです。一組の目よりも二組の目がはるかに色々なものを捉えます。それに蘊蓄に富んだ先輩の一言一言が楽しみであります。採り上げるようなイベントに出会ったわけではありませんが、久しぶりに酔考節を聞いた後輩の酔磚には大変充実した時間でありました。(笑)

ラジコンのドラえもんを会社のくじ引きで当てたという幸運な新年の始まりの酔考さんであります。お持ちいただいたドラえもんは確かに浮かび上がります。タケコプターを付けで飛翔の年としたい小生であります。話は変わりますが、武雄の樋渡さんにも進呈してご活用していただきたいタケコプターであります。風邪に気をつけてご健闘下さい。ご活躍祈っております。

話題の脱線ご容赦ください。