(つづき)
過去記事に光を当てるシリーズの2回目。
今回は、2007年に書いた都心部での行先番号統一についての提案。
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郊外部から都心部に向かうベクトルについても、分割、再編を考える必要があると言える。
例えば、「61番」についてみると、都心部方面行きは「九大前行き」「那の津4丁目行き」「福浜行き」「呉服町方面行き」があり、天神から先は全く違う方向に進んでいくのに、「やってきた方面が同じ」という都心部から乗る人にとってはまったく関係のない理由で、同じ「61番」が付いている。
「23番」の「天神行き」と「西公園行き」のような、同じベクトル上に終点があるものであれば、そこまで違和感はないのかもしれないが、上記「61番」以外にも、「1番」「12番」「13番」「62番」「140番」「200番」「201番」「204番」などは、都心部で上りのバスを待っている人にとっては、かなりわかりにくい路線である。
対応策としては、LEDの利点を活かして、「80番」の例に倣い、例えば、渡辺通1丁目から北行きは、番号と行先を完全対応させる(西公園ランプ経由タワー方面行きは全て「305番」、那の津4丁目行きは全て「62番」など)ことが可能なのではないだろうか。
同様に、赤坂門(もしくは大名2丁目)より東についても、博多駅行きは全て「3番」、吉塚営業所行きは全て「13番」、九大前・月見町行きは全て「1番」など、途中で番号を変えて番号と行先を完全対応させることで、かなりわかりやすくなると思う。
以前知人から、「同じ1番なのに、どうして博多駅行きと九大方面行きがあるのか」と聞かれたことがあった。
「もともと1番というのは市内電車の代替路線で、その後7番と統合されて…」などと、路線の歴史や変遷をいくら説明したところで理解してもらえるはずもない訳で、やはり、ごくごく一般的に考えたら「同じ番号なのに行先が違う」というのはおかしなことである。
特に、観光客など普段あまり西鉄バスを利用しない人の比率が高い都心部を走るバスについては、よりいっそうのわかりやすさという観点が必要といえるのではないだろうか。
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実際、この記事の1年後に、天神・博多駅→中央ふ頭・博多ふ頭で番号の統一が行われ(「88番」「90番」「99番」)、さらにその1年後、天神地区→博多駅・県庁・タワー方面でも番号の統一が行われる(「1番」「2番」「3番」「5番」「305番」など)などしている。
また一方で、「62-1番」の都心行きは、「62番」と合流する老司から先は枝番が外れて「62番」になるといった感じで、別の意味での「統一」も進んでいる。
ただ、記事を書いたときには想定していなかった矛盾、問題、弊害もいろいろと発生しており(例その1、例その2…など)、「番号を統一」して本当によかったのだろうか?ということもたまに考えてしまう今日この頃。
(つづく)
過去記事に光を当てるシリーズの2回目。
今回は、2007年に書いた都心部での行先番号統一についての提案。
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郊外部から都心部に向かうベクトルについても、分割、再編を考える必要があると言える。
例えば、「61番」についてみると、都心部方面行きは「九大前行き」「那の津4丁目行き」「福浜行き」「呉服町方面行き」があり、天神から先は全く違う方向に進んでいくのに、「やってきた方面が同じ」という都心部から乗る人にとってはまったく関係のない理由で、同じ「61番」が付いている。
「23番」の「天神行き」と「西公園行き」のような、同じベクトル上に終点があるものであれば、そこまで違和感はないのかもしれないが、上記「61番」以外にも、「1番」「12番」「13番」「62番」「140番」「200番」「201番」「204番」などは、都心部で上りのバスを待っている人にとっては、かなりわかりにくい路線である。
対応策としては、LEDの利点を活かして、「80番」の例に倣い、例えば、渡辺通1丁目から北行きは、番号と行先を完全対応させる(西公園ランプ経由タワー方面行きは全て「305番」、那の津4丁目行きは全て「62番」など)ことが可能なのではないだろうか。
同様に、赤坂門(もしくは大名2丁目)より東についても、博多駅行きは全て「3番」、吉塚営業所行きは全て「13番」、九大前・月見町行きは全て「1番」など、途中で番号を変えて番号と行先を完全対応させることで、かなりわかりやすくなると思う。
以前知人から、「同じ1番なのに、どうして博多駅行きと九大方面行きがあるのか」と聞かれたことがあった。
「もともと1番というのは市内電車の代替路線で、その後7番と統合されて…」などと、路線の歴史や変遷をいくら説明したところで理解してもらえるはずもない訳で、やはり、ごくごく一般的に考えたら「同じ番号なのに行先が違う」というのはおかしなことである。
特に、観光客など普段あまり西鉄バスを利用しない人の比率が高い都心部を走るバスについては、よりいっそうのわかりやすさという観点が必要といえるのではないだろうか。
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実際、この記事の1年後に、天神・博多駅→中央ふ頭・博多ふ頭で番号の統一が行われ(「88番」「90番」「99番」)、さらにその1年後、天神地区→博多駅・県庁・タワー方面でも番号の統一が行われる(「1番」「2番」「3番」「5番」「305番」など)などしている。
また一方で、「62-1番」の都心行きは、「62番」と合流する老司から先は枝番が外れて「62番」になるといった感じで、別の意味での「統一」も進んでいる。
ただ、記事を書いたときには想定していなかった矛盾、問題、弊害もいろいろと発生しており(例その1、例その2…など)、「番号を統一」して本当によかったのだろうか?ということもたまに考えてしまう今日この頃。
(つづく)