雀の手箱

折々の記録と墨彩画

春の訪れ

2019年03月15日 | 塵界茫々






このところ、古い友人の訃報が続いて気持ちも沈みがちで絵筆を執る気にもなりません。それでも、季節は確実な歩みを辿っていて、梅が散ってしまった庭で、櫻の蕾がそれとわかる気配を見せています。
 毎年の事ですが我が家では3月3日の雛祭りを月遅れで行います。内裏様もあえて関西風に右に男雛、左が女雛で飾ります。このころになってやっと春らしい花が咲きそろうのも楽しみです。
 今年は、早々と2月に薄紅の馬酔木が咲き、今は白の馬酔木が花盛りです。
 好きな貝母百合も咲き揃い、土佐水木は特色のある姿で揺れています。気の早い射干もちらほらと咲きはじめていますし、櫻の開花も早くなると予報されています。すべてのことが急ぎ足のようで落ち着けません。自分の老いの自覚を突きつけられるようなしくじりがかなり増えてきました。
 春秋左氏伝の諺に、老将知而耄及之 「老いて将(まさ)に知ならんとして耄これに及ぶ。」というのがあります。齢を重ねれば、経験がその人を知恵者にしかける。ところがちょうどそのころ、耄碌もまたその人に追いつくという意味の諺です。大した経験も智慧も乏しいままに、老耄が追い越してゆきます。せめて庭を彩る花々をめで、愁いを掃うとします。