慶喜

心意気
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「至福の世界」「涅槃」「光明一元」

2023年10月08日 | 生命科学
🌸フイールド内で我々の「自我」は消えていく2

 ☆本の仮説が正しい事を願って読んでいます
 ☆『死は存在しない』こと
 ☆「意識の不思議な現象」少し理解できない仮説と思える点もありますが
 ☆後の「愛一元」等の論理を読むと、そうかなとも思います

⛳「死」とは何か、「私」とは何か
 ☆「私」とは「個的意識」としての「私」
 *小さな「自我意識」が消えていっても、決して消えない「真の私」
 ☆「真の私」
 *「自我」に拘束されたこの「現実世界の私」や
 *「個的意識としての私」ではないことに気がついたとき
 *「死」というものが、本来、存在しない意味、理解することができる

「自我」が消えると全ての「苦しみ」も消えていく
 ☆死後、我々の意識の中心が、ゼロ・ポイント・フィールドに移る
 *我々の「自我」が次第に消えてゆく
 *死後、我々の意識、しばし「苦しみに満ちた世界」を味わうこともある
 *それは、死の直後から、「自我」が消えていくまでの期間であり
 *そうした「自我」も消えていくため、その「苦しみ」も消えていく
 ☆不安や恐怖等の否定的な想念を生み出す「自我」が消えていくため
 *我々の意識は、いわば「至福に満たされた世界」に向かうことになる
 ☆「自我」が消えて「至福の世界」に向かうプロセス
 *仏教では「成仏する」と呼んできた
 *「至福の世界」を「涅槃」と呼んできた
 ☆「成仏」(仏に成る)とは
 *肉体の死後、我々の意識がゼロ・ポイント・フィールドに移った後
 *「自我意識」が消えていくプロセスを称する言葉に他ならない

ゼロ・ポイント・フイールドに「地獄」は存在しない
 ☆世界の多くの宗教
 *キリスト教「天国」、仏教「極楽」、イスラム教「ジャンナ」
 *死後に我々が行く世界「至福に満たされた世界」と述べている
 *ゼロ・ポイント・フイールドの観点から見ても理解できる
 ☆世界の多くの宗教「地獄」「奈落」「ジャハンナム」など
 *「苦しみに満ちた世界」を語る事に、筆者は、疑問を持っている
 ☆死後の世界
 *宗教が「恐ろしい世界」や「苦しみの世界」を描いていることには
 *ゼロ・ポイント・フィールドの観点から見るならば、根拠は無い
 ☆我々の意識がゼロ・ポイント・フイールドに中心を移した後は
 *「肉体的苦痛」の原因となる肉体はもはや存在せず
 *「恐怖」や「苦しみ」の根源となる「自我」も消えていくから
 ☆世界の宗教
 *死後の世界「恐ろしい世界」や「苦しみの世界」を描くのは
 *純粋に宗教的な理由というよりは、社会的観点より
 *宗教が、人々に生き方の倫理規範を正すべき立場にあるためなのでは
 *「生前に善行をしなければ、天国に行けない」
 *「生前に悪行を働けば、地獄に落ちる」といった
 *物語を語る必要があったからであろう

教が政治と結びついたときには
 ☆社会の秩序を維持するために
 *宗教は「戒め」を語る必要があったからである
 *「宗教」が「政治」によつて利用されたのである
 ☆本来、「真の宗教」は
 *人々を恐怖や不安によって動かそうとするものではなく
 *人々に希望や安心を与えるべきものである
 ☆「真の宗教」は
 *人々に、「永遠の至福」や「光明一元の世界」を説くべきである
 ☆宗教が、人々に希望や安心を与えるという意味で
 *仏教の曹洞宗開祖道元「人の心は、もとより善悪なし」と語る
 *浄土真宗宗祖親鸞「善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」と語る
 *本来、すべての人々が救われるとの「絶対肯定」の思想である
 *「光明一元」の思想からである
 ☆同様の思想、仏教の最高経典の一つ『法華経』でも語られている
                      (敬称略)
⛳知識の向上目指し、記事を参考に自分のノートとしてブログに記載
⛳出典内容の共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介
 ☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
⛳私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
⛳投資は、自己責任、自己満足、自己判断で
⛳詳細は、出典原書・記事・番組・画像でご確認ください
⛳出典、『死は存在しない』










「至福の世界」「涅槃」「光明一元」
(ネットより画像引用)

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