麒麟琳記〜敏腕Pの日々のつぶやき改題

還暦手前の身の回りのこまごま。
スポーツや映画演劇など。

川崎の海

2024年07月02日 | 身辺雑記

母や祖母から聞いた。

「昔、川崎で海苔が採れた」と。

 

公害の街カワサキに生まれ、

体の弱かった私を慮って、

市内南部の、まさに臨海地区から

北部の多摩丘陵エリアに転居。

 

つまり川崎区藤崎から

多摩区(現在は麻生区)王禅寺へ。

 

そんな私は、こどもながら

にわかには「川崎の海苔」を

イメージできなかったけれど、

大森の海苔を知る年頃になれば、

かつては美しかった東京湾を

思い描くことができ、

近くの大森で可能なら川崎だって

養殖はできるじゃん、と考えた。

 

    

 

多摩川と鶴見川の河口に挟まれた

「大師の海」と呼ばれた遠浅は

豊富な魚介類に恵まれた漁場だった。

 

海苔業は農閑期の副業として

明治の初期に始まり、

昭和10年頃に最盛期を迎える。

やがて重工業化に舵を切ったことで

埋立地の増加、水質の悪化など

川崎の漁業全般が衰退していく。

 

昭和47年、もう私はすっかり柿生の子、

前年には弟も生まれた西暦なら1972年、

漁業権は放棄された。

 

偶然たが、現川崎市長の生まれた年。

そして当時の市長が、伊藤三郎。

1971年、革新自治の風にも乗り初当選。

25年の多選だった前任を破った。

……のだが、その本人も5期の長期政権を

1989年、任期途中の病気辞任まで続ける。

 

と、ここでやっとこ前回のblog

『川崎の宇宙』に繋がるわけだが

あのまま革新市政が続いていれば、

ブルーインパルスが川崎100年に

飛ぶことはなかっただろう。

 

良い悪いではなく、客観的に。

 

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川崎の空

2024年07月01日 | 身辺雑記

故郷の川崎を離れて随分になる。

離れると言っても多摩川を渡れば

そこはもうふるさとなのだが。

 

そんなに近い距離にありながら

情報を完全には捕らえ切れず。

川崎の空にブルーインパルスが

飛ぶことを知ったのは数日前。

 

しかもニュースではなく、

ある施設の壁に貼られたペライチ。

「港区上空の飛行経路」を描いた図と

注意喚起の広報だった。

 

話が前後してしまったけれど、

航空自衛隊機が等々力競技場上空で

展示飛行するのは、市制100周年

その記念式典『かわさき飛躍祭』

 

ひやくさい=100才…

……どうなんだよ、このセンス

まぁ、それは置いておいて。

 

〈川崎が有するポテンシャルを

結集した祝賀イベント〉と標榜する

「かわさき100フェス」に

川崎総合科学高校・軽音部から

生まれたバンド「SHISHAMO」、

やはり川崎出身の片岡、荒井らの

「sumika」を招き、溝の口にある

洗足学園音大「フロントールズ」が

出演するのは大変ステキな選択だと

素直に思う。

 

それから。

勉強不足で知らなかったけれど、

川崎を舞台にしたテレビアニメ

『ガールズバンドクライ』から

派生した5人組ガールズバンド

「トゲナシトゲアリ」の起用も

素晴らしい。

 

だけれど。

はるばる入間から来る必要は

あったのかしらん、と思う。

 

国防はもちろん被災地支援にも

汗をかいていただいている

自衛隊に云々する気は微塵もない。

それとは別次元で、の話。

 

式典は人の集まりやすい土曜日、

さる6月29日でした。

で。

本日7月1日が市制100年の当日。

学校などはお休みで、スポーツ施設、

美術館など無料でございます。

 

何はともあれ、おめでとうございます。

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