「中学生日記より」
「gooブログ」に引っ越してくる前、「OCNブログ人」時代に 一度書き込んだことの有る「中学生日記より」を 改めてリメイクしてみようと思っているところだ。「中学生日記」とは 中学生だった頃のM男が ほんの一時期付けていた日記帳のことで 数年前に実家を解体する際に発見した、ボロボロのゴミ同然の日記帳のこと。土産物の小綺麗な空き箱や包装紙、冠婚葬祭ののし袋に至るまで 廃棄処分するという感覚が無かった父母が、子供達の教科書やノート、通信簿、図画工作作品等も押し入れの奥に詰め込んでいたもので、その中に有った。まさに「タイムカプセル」を開けるが如くの感じで、ページを捲ってみると すっかり喪失してしまっていた記憶が 断片的に炙り出されてくる。まさか 60数年後に、ブログで第三者の目に晒される等とは 当時のM男は想像もしていなかったはずで 下手な文章、下手な文字、誤字脱字多しの日記である。(以上 コピペ文)
その28 「運動会」
昭和30年(1955年)9月11日(日)、天気 晴、
起床 6時30分、
1、秋季大運動会、
2、頭がいたかったので(痛かったので)休んだ、
3、白組 三点の差で勝利、
帰家(宅) 9時半、
9月の第2日曜日、M男の通っていた北陸の山村の小学校中学校併設の小さな学校の運動会だったようだ。「秋季大運動会」等と書いてあるが 春にはやっていなかったはずで 年1回の行事だったと思う。「大運動会」等と言っても 1学年1クラスの小学校中学校合同の運動会、都市の学校の運動会等とは比べようもない小さな運動会だった。
それでも、狭い校庭に生徒児童手作りの万国旗が張られたり、屋外に拡声器が据え付けられ、準備が進むにつれて いやがおうにも運動会気分が高揚していたように思う。当日の朝、校庭に設えた拡声器から大音響で軍艦マーチが流れたり、「あーあー、只今 マイクのテスト中・・、あーあー・・」等という放送が始まると、体操着に着替えた生徒児童は、もうじっとしておれない位に興奮して教室から校庭に飛び出していく情景だった。
ただ、虚弱体質だったM男は 走り、跳ぶ、投げる・・全てに劣り、運動、スポーツがまるで駄目、運動会も大の苦手だった。
「頭が痛かったので休んだ」と書いてある。
多分、担任教師に申し出て、早退けが許可されたのだと思う。9時30分には、家に帰ったようだ。
実際に、風邪気味?、熱が有った?・・のかもしれないが、ズル休みと見られていたのだろうと思う。
ちなみに M男の通信簿の「体操」の評価は、いつも最低だった。
運動会は、中学生、小学生の全員、デッカイのからチッチャイのまでを、赤組、白組に分けて競わせていた。団体競技の勝ちは何点とか 個人競技では 1等が何点、2等が何点、3等が何点とか、校舎の窓枠に、競技が終わる都度、その累計点を張り出し、激が飛ばされたりしたが、その日は、「白組が3点差で勝った」と書いてある。組の優勝よりも 徒競走等個人競技では、1等だと ノートとか 3等だと 鉛筆とかの賞品がもらえることが励みになっていたように思うが、M男は,そんな商品をもらった記憶が無い。
日記から記憶の欠片炙り出す