図書館から借りていた 諸田玲子著 「日月めぐる(にちげつめぐる)」 (大活字本)を 読み終えた。
つい最近、諸田玲子氏の「お鳥見女房シリーズ」を 読んだばかりだが 氏の作品に惹きつけられてしまい また手を伸ばした。
(大活字本)
諸田玲子著 「日月めぐる」
(目次)
「渦」
「川底の石」
「女たらし」
「川沿いの道」
「紙漉(かみすき)」
「男惚れ」
「渦中の恋」
本書は 上記 短編7作品の構成になっているが 時間軸と共に 主人公が入れ替っていく連作、全体で長編小説的な骨格を成している。
物語の舞台は 江戸時代後期、駿河国のわずか1万石の小藩、小島藩(おじまはん)、
藩主の滝脇松平家は 城を築く余裕も無く、陣屋を構え、藩士も満足に召し抱える財力のない貧乏藩だった。
小島藩は 東海道から折れて北へ、甲州往還に入り込んだところに有り、平行して興津川が流れ、青い空と澄んだ川が有るだけの鄙びた地。現在の静岡県静岡市清水区小島地区周辺だという。
経済政策として 江戸で人気が出始めた駿河半紙作りの原料三椏の栽培を奨励し 農民は 農閑期に 紙漉(かみすき)をすることで暮らしを立てるようになっていた。
その小島藩を流れる興津川は上流で 川幅が狭まり、流れが急となり めまいを起こす程の岩の影響で 摩訶不思議な渦が出来る場所が有り、その渦巻きは 各編の主人公の運命、さまざまな形で巻き込まれていく人生の姿を象徴させている。
「駿河半紙・紙漉」、「渦」といったモチーフが 全作品に使われている。
1編目の「渦」では、
小島藩組頭 吉尾甲右衛門は わずか10石3人扶持の小禄だが 小島藩では上級藩士の部類だった。御内容人(ごないようにん)矢嶋善兵衛から 息子洋一郎の嫁に 御近習(ごきんじゅう)の天目(あまのめ)忠三郎の妹里江を持ちかけられる。天目忠三郎は 天目彦太夫の息子。
天目家が江戸詰になる前、吉尾甲右衛門は 天目彦太夫の配下だったが 同僚の若林宗七が 興津川の上流の渦で溺死した事件で 天目彦太夫が絡んでいたのではないかと 強い疑念を抱き続けていた吉尾甲右衛門だったのだ。
甲右衛門は すでに隠居暮らししている彦太夫に 「若林どのの1件について真実をうかがいたい」とつめより抜刀、
事実を知り 「時を経てこそわかる、ということもござる」、二人はそろって天を仰ぐ。
天目彦太夫が暮らしていたみすぼらしい家は その死後 空き家となっていて 7編目「渦中の恋」に 再登場する。
7編目の「渦中の恋」では
時代が進み 慶応3年(1867年)の王政復古大号令以後、江戸城開城、徳川周家の駿府遠江三河転封、小島藩滝脇松平家の上総移封、そして 空家になった小島藩陣屋には 行き場の定まらない旧幕臣や家族が江戸から送り込まれて 不便な暮らしを与儀無くされている中で 旧旗本の娘多恵と 同じく小島藩陣屋に送り込まれた 旧八王子千人同心組頭樋口寛之助(富士山麓愛宕山入植が決まった)が 興津川の渦に案内され
「薄青と紺と藍と紫苑(しおん)と群青と縹色(はなだいろ)と裏葉色と御納戸色と浅葱色(あさぎいろ)と、そして かかやく紺碧・・・、水にかかわるありとあらゆる色の濃淡が、きらめく陽光と溶け合って創り出している、渦という摩訶不思議な世界」にくるまれて、胸の鼓動に耳を済ませる」
で 終わっている。
気がついてみれば 時代が変わり 情勢も変わる中、身の振り方も変わった主人公が、次ぎ、次ぎの作品にも顔を出すところは、長閑な小藩の社会、人間関係だからこその物語だと思われる。