映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

静かな雨

2021年07月13日 | 映画(さ行)

たい焼き食べたい!

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本作は宮下奈都さんデビュー作が原作だったのですね。
仲野太賀さん出演なので見たわけなのですが、エンドロールで見て初めて知りました。

大学で生物考古学研究助手を務める、行助(仲野太賀)。
こよみ(衛藤美彩)という女性が一人で切り盛りしているたい焼き屋に通うようになり、
親しくなっていきます。

そんなある日、こよみは交通事故に遭い、記憶に障害が起こってしまいます。
事故以前の記憶は残っているけれど、
事故の後、意識を取り戻してからの記憶は、一日たつと消えてしまうのです。
こよみのことを案じた行助の提案で、二人は共に暮らし始めますが、
新たな記憶が刻まれることのないこよみに、行助は次第にいらだちを覚えるようになり・・・。

 

事故直前のこよみは、ちょうど行助に好意を覚え始めた頃でした。
だから彼女は、朝、行助の部屋で目を覚ましても、拒否感はないのです。
でも、自分がどうしてここにいるのかわからない。

「ここ、行助の部屋?」
「雨、上がったのね」

こよみは、毎朝毎朝、判で押したようにこの言葉を口にします。
その都度、行助は丁寧に説明し、二人の一日が始まるのです。

けれど、その一日は次の朝には消えてしまう。
夕ご飯にブロッコリーがでて、行助は「これは嫌いだ」とその都度言うのですが、
次の日にはこよみはそのことを忘れているので、またブロッコリーが出てくる・・・。
おいしい焼き芋を仲良く食べた楽しいひとときも、こよみは次の日には忘れている。

そんなとき登場するのが、こよみの元カレ。
こよみは彼とのことはすべて覚えているのに、自分のことはほとんど知らない。
自分との思い出は決して積み重ならず、今以上に愛が育つこともない。
自分から言い始めた同居生活なのに、そのむなしさ、切なさに
自分で傷ついていく行助。
うーむ、なかなかに切ない物語です。
記憶が一日で失われてしまうという物語は他でもありましたけれど、
これもかなりの名作であります。

でも考えようによっては、付き合い始めのほのぼのウキウキした気持ちが
毎日ずっと続くというのは実は幸福なことでもあります。
こんな気持ちはあっという間に過去になって消え失せてしまうのが世の常ではありますから・・・。

河瀬直美監督がこよみの母役でちょい出演。
驚きます。

<WOWOW視聴にて>

「静かな雨」

監督:中川龍太郎

原作:宮下奈都

出演:仲野太賀、衛藤美彩、河瀬直美、古舘寬治、萩原聖人、村上淳、でんでん

切ないラブストーリー度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


「女のいない男たち」 村上春樹

2021年07月12日 | 本(その他)

女を失った男の喪失感と心の虚ろ

 

 

* * * * * * * * * * * *

〈これらを書いている間、僕はビートルズ「サージェント・ペパーズ」や
ビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」のことを緩く念頭に置いていた。

 と、著者が「まえがき」で記すように、これは緊密に組み立てられ、
それぞれの作品同士が響きあう短編小説集である。
「ドライブ・マイ・カー」「イエスタデイ」「独立器官」
「シェエラザード」「木野」「女のいない男たち」の6編は
それぞれくっきりとしたストーリー・ラインを持ちながら、
その筆致は人間存在の微細な機微に触れる。

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本作、私は確か読んだことがあるのです。
でもこのブログで紹介はされていません。
読んだものの、感想がどうにもまとまらなかったのでスルーしていたようです。
たまに、こういうこともあります。
ところがこの度、本巻に収められている「ドライブ・マイ・カー」が
映画化され、まもなく公開。
しかも西島秀俊さん!
ということで、どんなストーリーだったのだっけ?と思い、再チャレンジで読んでみました。

 

その「ドライブ・マイ・カー」は、冒頭の一作です。
俳優である家福(カフク)は、ある事情で自分で車を運転できなくなり、
ドライバーを頼むことにします。
その人は女性で、実のところ家福は危惧したのだけれど、
口数少なく、丁寧な運転に、すっかり心地よい乗車時間を過ごすことができるようになります。
そして家福は、彼女を相手に亡き妻のことを語り始める。
妻は美人女優で、結婚生活はうまくいっていると思っていた。
しかし、家福は気がついていた。
妻には4人の浮気相手がいた、と。
妻は病で亡くなったのですが、家福から浮気のことを話したことはないし、
もちろん妻からもそんな話はなかった。
秘密を秘密のままにして逝ってしまった妻。
その後、家福は妻の「最後の浮気相手」であるはずの男と、交友関係を持つのですが・・・。

 

こんな風にこの「女のいない男たち」は、
恋人や妻が、かつてはいたのだけれど、去って行ってしまった・・・
そういう状況にある男たちの周辺を綴った短編集となっています。
それは、他の男に走ったということだったり、死んだということだったり、
いちばんダメージが大きいのは自死した、ということだったり・・・。
本作には、最後に表題でもある「女のいない男たち」という一編が付け加えられています。
それはほとんど本巻の総括的色合いを持つかも知れません。

 

そしてひとたび女のいない男たちになってしまえば、
その孤独の色はあなたの身体に深く染み込んでいく。

 

一度心を寄せ、体を寄せ、時間を共有して理解し合っていると思えた。
そんな相手を失った喪失感と心の虚ろは、
時が経っても癒えずに自分の一部となって抱えていくほかないのでしょう。

 

「木野」は最も村上春樹らしさを感じるストーリーかも知れません。
ちょっと不思議な、春樹ワールドに迷い込みます。

 

ところで、これが「男のいない女たち」だったらどうなのか。
いや、ダメだわ。
「孤独」というより「自由」が先に立ってしまいそうな気がする。
こんな深遠な本にはなりようがない・・・(?!)

「女のいない男たち」 村上春樹 文春文庫

満足度★★★★☆


5月の花嫁学校

2021年07月11日 | 映画(か行)

主婦になるための学校

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1967年フランス、アルザス地方にあるヴァン・デル・ベック家政学校を舞台としたお話。
ポーレット(ジュリエット・ビノシュ)は夫の経営するこの花嫁学校の校長を務めています。
全寮制のこの学校に今年は18名の少女が入学してきました。

そんなある日、夫が突然死。
ポーレットはその時初めて学校が破産寸前であることを知ります。
そんな中、パリで5月革命が勃発。
ポーレットや生徒たちは、これまでの自分たちの考えに疑問を抱き始めて・・・。

料理や掃除、育児に手芸・・・、
主婦として必要なことを学ぶ「花嫁学校」というのは確かにありました。
私の世代だと、まだ普通に短大の家政科がありまして、
女は結婚して家庭に入り、死ぬまで夫に従って暮らすのが当然の女のあり方であった、
というのはいずこも同じなのだなあ、という感慨を持ちました。
欧米はそうではないと、なんとなく思っていたかも知れません。

こういう世代なので、自分が通ってきた時代の出来事を歴史の教科書で学ぶことはなく、
5月革命って何?と思ったりする、なさけない話です・・・。
つまりちょうどその頃、全世界的に学生運動が起こり、
旧来の価値観からの脱却を提唱し始めたのですね。
女であることの不自由からの脱却の道を、
ポーレットは身をもって生徒たちを引き連れて歩み始める。

女性が結婚して夫に付き従うだけのあり方について、
実はポーレットは不満を持っていたのでした。
でもあくまでも女の生き方はそういうものだと、無理矢理思おうとしていたし、
生徒たちにもそう教えていたわけです。
けれど夫の死や世の中の動きで、自分らしい生き方をしたいと思い始める。

悪くはない。
実にその通り。
あまりにも予想通りのストーリー。

でも、そこから半世紀を経た今、新しい社会通念を誰もが知っているはずながら、
いまもってなお男性の意識はほとんど変わらず、
女性は多くの矛盾の中でもがいているというのが現在の実態のような気がします。
だからやはり取り上げて欲しいのはそういうことで、
なんで今さらこんな話なのかと、若干思ってしまいました。
単にそういう「女性の歴史」の話と思えばいいのかな。

<シアターキノにて>

「5月の花嫁学校」

2020年/フランス/109分

監督:マルタン・プロボ

出演:ジュリエット・ビノシュ、ヨランド・モロー、ノエミ・ルボフスキー、
   エドゥアール・ベール、フランソワ・ベルレアン

 

フェミニズム度★★★☆☆

満足度★★.5

 


バルーン 奇蹟の脱出飛行

2021年07月09日 | 映画(は行)

スリルたっぷりの脱出劇

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東西冷戦下の東ドイツで、西ドイツへの亡命を目指す家族の脱出劇を
実話を元に描いた作品です。

1979年、東ドイツで抑圧された日常を送る電気技師のペーターとその家族。
手作りの熱気球で西ドイツへ行こうとします。
しかし、国境まであと数百メートルの地点に不時着。
2年をかけた計画が失敗に終わります。
一度は諦めかけたのですが、彼らは親友ギュンターの家族とともに、
再び新たな気球を作り始めます。
そんな中、秘密警察(シュタージ)の捜査の手が迫る・・・。

気球を手作りと簡単には言いますが、
彼ら二家族を運ぶ気球はかなりの大きさが必要です。
監視と密告が横行する社会の中で、大量の布を買い求めるというのは実に危険な行為なのです。
そのため、何件もの店を回り、分散して布を買うのです。
だから気球は図らずもカラフルで美しい・・・。
ミシンがけも大変な作業量ですよね。
糸だって大量に必要になるでしょう。
このとき、ギュンターはまもなく徴兵されるとことになっており、
何が何でもその前までに実行しなければならない。



ペーターの長男は隣家の娘が好きなのですが、
よりによってその父親はシュタージだったりする。
あろうことか長男は彼女に一緒に西に行かないかなどと言ってしまったりする。
おい、おい、それは絶対言ってはダメなヤツ・・・。

等々、そもそも実話を元にしているのだから、結果は分かりきっているのですけれど、
それでもなお、ハラハラドキドキ、やきもきさせられてしまう。
スリルたっぷりの作品なのでした。

この家族を逃さないために、相当数の人員がかり出され、捜査に当たるのです。
なんという労力と時間の無駄。
そんなことをしないと人々をつなぎ止められない国の体制って一体何なのか、
と、このような話ではいつも思ってしまいます。
もっとマシなことに人員や労力を費やせばいいのにね。

結局ベルリンの壁が崩壊したのはそれから約10年後。
今となっては、スリルたっぷりの英雄譚ではありますが、
世界のどこかでは同様の抑圧された日常を過ごす人々が今もいる、
ということを忘れてはいけません。

 

<WOWOW視聴にて>

「バルーン 奇蹟の脱出飛行」

2018年/ドイツ/125分

監督:ミヒャエル・ブリーヘルビヒ

出演:フリードリヒ・ミッケ、カロリーヌ・シュッヘ、デビッド・クロス、
   アリシア・フォン・リットベルク、トーマス・クレッチマン

 

監視社会度★★★★★

ハラハラ度★★★★☆

満足度★★★.5

 


パーム・スプリングス

2021年07月08日 | 映画(は行)

永遠のバカンス

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カリフォルニア、砂漠のリゾート地パーム・スプリングス。
結婚式に出席したナイルズ(アンディ・サムバーグ)と花嫁の姉・サラ(クリスティン・ミリオティ)。
ナイルズのモーレツなアタックにより二人はロマンチックなムードになりますが、
謎の老人に弓矢で襲撃され、近くの洞窟へ逃げ込みます。
その洞窟の中で赤い光に包まれた二人。
目覚めると、結婚式当日の朝に戻っていました。

実は、ナイルズはもう何十万回も、「今日」を繰り返しているのです。
眠るとまた同じ一日が始まってしまう・・・。
同じ洞窟に入ったことで、サラは新たにこの
「永遠に続く友人の結婚式の一日」の住人となってしまったのでした。

さて、二人はこの無限タイムループから抜け出すことができるのでしょうか・・・?

 

普通に過ごしていれば、危険なことは起きないし、穏やかな一日。
決して具合悪くもならないし、永遠に年をとることもない。
働く必要もない永遠のバカンス。
ただし、毎日同じことの繰り返し・・・。
これを天国とみるか地獄とみるか・・・って、やはり地獄なのかも知れません。
マイルズは絶望し、自殺を図ったこともあるのですが、
自死の次の瞬間、またいつもの朝に戻ってしまっているのです。

こんな中で、次第にサラとマイルズの気持ちが接近。
サラは、マイルズへの愛を自覚するようになるのですが、
そうなるといかにもまずいことが一つあった。
そのため、サラはこのループから抜け出す方法を必死で探り始めます。

コメディタッチでありながら、タイムループの不思議と、ラブストーリーの絡んだ、ステキな物語。
せいぜい一ヶ月限定くらいならこんな体験をしてみたくもある・・・。

同じ一日を永遠に繰り返すという話は、北村薫さん「ターン」にもあって、
でもそちらはその世界にたったひとりぼっちという、なお過酷な物語でした。
これも好きだったなあ・・・。

 

<シネマ映画.comにて>

「パーム・スプリングス」

2020年/アメリカ・香港/90分

監督:マックス・バーバコウ

出演:アンディ・サムバーグ、クリスティン・ミリオティ、ピーター・ギャラガー、

   J・K・シモンズ、メレディス・ハグナー、カミラ・メンデス

 

タイムループ度★★★★★

満足度★★★★☆

 

 


「空よりも遠く、のびやかに」川端裕人

2021年07月07日 | 本(その他)

何事にも熱中できる、若さっていいな・・・

 

 

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桜舞う高校の入学式で、瞬は一目惚れをした。
その相手、花音はトラウマを抱え引退した元ユース・クライマーだ。
今は地学オリンピックを目指す花音に誘われるがまま地学部に入ったのに、
ひょんなことから才能を見いだされた瞬はクライミングで五輪を目指すことに!
しかし、世界は未知のウイルス蔓延に襲われ、五輪の中止が決まり……
2人の夢は?
さらに、淡い恋の行方は?
圧倒的青春小説!

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久しぶりに読む、川端裕人さん。
やはり青春冒険小説、ワクワクしますね。
本作はなんといっても文庫書き下ろしということで、話題が新しく、
このコロナ禍のことも重要な出来事として出てきます。

テーマはクライミングと地学。
それ、どういうつながりがあるの?と思ってしまい、
作中で何度も語られるところではあるのですが、
でもなんだかピンと来ない、というのが正直なところでした。

でも、この度からオリンピック競技となったクライミングについては、
興味のあるところでしたし、
「地学」とだけ聞いてヤケに堅くて地味な感じがするのですが、
地球の歴史、気象、天文、様々なジャンルがあって、
これもなかなか興味深いところではある、と再認識させられました。
登場する高校生たちは、スポーツとしてのクライミングに取り組みつつ、
地学部でそれぞれの課題にも取り組むのです。

 

地学教室は校舎4階のいちばん端、いちばん辺鄙なところ。
あれ、この設定はあの「古典部」シリーズにも出てきたような・・・。
地学って、どこでもそういう扱いなのね。

私はこの高校生たちの、バイタリティと知力・体力共に充実したキラキラしさが
なんともまぶしく感じられました。
若いっていいなあ・・・。

自分の高校生時代を思い浮かべたら、帰宅部だし、かといってモーレツに勉強した覚えもなく、
なんとも淡々と過ごしてしまっていたことに思い当たりました。
私は常々、人生やり直すなんて、そんなめんどくさいこと、とんでもない
と常々思っていましたが、こんな充実した高校生活を送るために、
もしかなうことならばそこだけもう一度やり直してもいい・・・
と、思った次第。
いやいや、やり直せないから・・・。

 

「空よりも遠く、のびやかに」川端裕人 集英社文庫

満足度★★★☆☆


アジアの天使

2021年07月06日 | 映画(あ行)

話す言葉は違っても

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石井裕也監督が韓国人スタッフとキャストによりオール韓国ロケで製作した作品。

 

妻を病で亡くした青木剛(池松壮亮)は、一人息子・学を伴い
疎遠となっていた兄が暮らすソウルへやって来ました。
兄・透(オダギリジョー)から、ソウルでいい仕事があるから来いといわれて来たものの、
ところがそれはでまかせで、実は心許ないその日暮らしだったのです。
仕方なく剛は全く韓国語も話せないまま、怪しい化粧品の輸入販売を手伝い始めます。

一方、タレント活動をするソル(チョ・ヒソ)は、
先にアイドル歌手としてほんの少し売れてから後が続かず、
今はほとんど仕事がなく、所属事務所の社長と関係を持ちながら
先行き不安な日々を過ごしています。
また彼女は、兄・ジョンウ(キム・ミンジェ)と妹・ポム(キム・イェウン)と暮らしていますが、
生活はギリギリで家族関係もギクシャクしています。

あるときこの二組の家族が知り合い、共に旅をすることになって・・・。

双方、互いの言葉が全然わかりません。
透は韓国語がわかりますが、丁寧に通訳するようなマメさは全くない奴なので、
まあ、いないよりはマシという程度。

ジョンウは始めからこういいますね。
「大抵の韓国人は日本人が嫌いだし、大抵の日本人は韓国人が嫌いだ」 
そんなわけで、双方の第一印象はぜんぜんよくないのですが、
透が美人姉妹を気に入って、下心ありまくりで接近したのです。
なりゆきで、透と剛はジョンウたちの両親のお墓参りに同行することになってしまった! 
そうして始まる異文化交流のロードムービーです。

長く行動を共にすれば、互いのことが少しずつわかってきます。
剛とソルは互いに片言の英語で会話を交わします。
そうしてわかったのは、自分たちはどちらも父母を亡くしているということ。
そして剛の妻もソルの母も同じ病であったこと。
互いに家族はこの3人ずつきりということなんですね。

そして、運命的なのはソルも剛も、「天使」を見たことがあるのです!!
その「天使」の正体がまた衝撃なのですが、それは最後のお楽しみ。

結局言葉は違うけれども、家族や親しい人たちを大切に思う気持ちは全然変わらないということ、
当たり前のことながら、彼らはそのことを体で理解していくのです。
そしていつの間にかジョンウたち兄妹も家族の絆を取り戻している。

ステキな家族のドラマでした。

 

ところで、最後あたりでようやく気がついたのですが、
剛の息子・学くんは一言もしゃべりません。
言葉は聞こえて理解しているようなのですが。

私の勝手な想像ですが、彼はお母さんを亡くしたショックで
失語症のようになっているのかも知れません。
ですが、作中、学くんが言葉を話さないことに気づきながらも
誰もそのことを改めては指摘しないし、同情したりもしない。
だれもが全く自然に受け入れ、そして、ごく当たり前に子供を守ろうとします。
そんなさらりとしたところがいいなあ、と思いました。

 

<サツゲキにて>

「アジアの天使」

2021年/日本/128分

監督・脚本:石井裕也

出演:池松壮亮、オダギリジョー、佐藤凌、チェ・ヒソ、キム・ミンジェ、キム・イェウン

 

異文化交流度★★★★☆

家族愛度★★★★☆

満足度★★★★☆


ドロステのはてで僕ら

2021年07月05日 | 映画(た行)

ちょっとした過去と未来の連なり

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人気劇団「ヨーロッパ企画」による劇団初のオリジナル長編とのこと。

とある雑居ビル2階。
カトウがテレビの中から声がするので画面を見ると、
そこに自分の顔が映っていて、「オレは2分後のオレ」と語りかけられます。
どうやら、カトウのいる2階の部屋と1階のカフェが、
2分の時差でつながっているらしいのです。
そのことを知って、友人たちが集まってきて、あれこれ口を出します。

未来のことがわかるといっても、たった2分では大して意味がない。
テレビとテレビを向かい合わせにすれば、もっと先の未来を知ることができるのでは?
ということになり2階のテレビを運び込んで、向かい合わせに置いてみました・・・。

 

私は知らなかったのですが、この同じ画面が小さくなりながらずっと奥の方まで
無限に続いているというのを「ドロステ効果」というのですね。
鏡を2枚向かい合わせたときの、不思議でちょっと恐いような感じの現象です。

この場合、奥に行けば行くほど遠い未来、そして遠い過去の映像が見えることになります。
(そうなのか?・・・って、私も実はよく理解していないかも・・・?) 
ただし、映像はうんと小さく、ぼやけてくるので、判明できるかどうかはわからない。


少し先のことがわかるとどうなるのか。
彼らはそれをどう利用していくのか。
ただ騒いでいるようで、結構機転が利きますね、彼らは。
しかし、わかった未来の出来事を、義務的に繰り返して演じるようになってしまうのはどうなのか、
と皆も思いつつ、違うことをするのがなんだか恐いという気持ちもあって、
混乱の世界が続いていきます。

すべての出来事が伏線であり、伏線回収であるという、パズルのような状況。
面白いです!

この脚本を書いた方は天才です。
「サマータイムマシーン・ブルース」を書いた方と聞けば納得。

 

<WOWOW視聴にて>

「ドロステのはてで僕ら」

2020年/日本/70分

監督:山口淳太

脚本:上田誠

出演:土佐和成、朝倉あき、藤谷理子、石田剛太、本多力

 

ドロステ度★★★★★

満足度★★★★☆

 

 


ファーストラヴ

2021年07月03日 | 映画(は行)

女性は本来デリケート

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ちょっとロマンチックな題名ですが、全然甘くない作品。

父親を殺した容疑で、女子大生・聖山環菜(芳根京子)が逮捕されます。
「動機はそちらで見つけてください」と、彼女はまともに供述をしようとしません。
事件を取材する公認心理師・真壁由紀(北川景子)は、
夫・我聞(窪塚洋介)の弟で弁護士の庵野迦葉(中村倫也)と共に、
環菜の本当の動機を探ります。

次第に環菜の子どもの頃に受けたトラウマが浮かび上がってきますが、
実は由紀自身も複雑な事情を抱えていて、
由紀は次第に環菜と自分の過去が重なり合っているように思えるのでした・・・。

環菜にしても由紀にしても、男性から直接的に乱暴をうけたというわけではありません。
だから男性から見ると、女性がこんなにデリケートだというのは信じられないかも知れません。
でも、本能的に女性は男性から性的なことをされることに
「恐怖」を覚えるものなのではないかと思います。
動物として生殖の本能は、確かにあるでしょう。
でもそれ以前に個として生存する本能がある。
セックスは異物を受け入れるということで、実は危険なことだというのを、
女性は本能的に知っているのです。
でもその恐怖を押しても「受け入れる」のは、信頼や愛の証しだと思うのですけれどね・・・。
だから、男性の皆様、無理強いは決してなさいませんように・・・。
優しく、優しく・・・。

私最近、芳根京子さんをいい役者だなあ・・・と思うのです。
最近までNHKでやっていた「半径5メートル」というドラマでもいい味出してました。
以前のHNKの朝ドラは役柄が地味すぎて損をしたのではないかと思っています。
シリアスもおとぼけも何でもこなす、今後も楽しみな女優さんです。

<Amazonプライムビデオにて>

「ファーストラヴ」

2021年/日本/119分

監督:浅野妙子

出演:北川景子、中村倫也、芳根京子、板尾創路、清原翔、木村佳乃、窪塚洋介

 

トラウマ度★★★★☆

満足度★★★★☆

 

 


「野に咲く花の生態図鑑 春夏篇」多田多恵子

2021年07月02日 | 本(解説)

花々の戦略

 

 

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野に生きる植物たちの美しさとしたたかさに満ちた生存戦略の数々。
植物への愛をこめて綴られる珠玉のネイチャー・エッセイ。
カラー写真満載。

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野山の花が好きな私。
だからこういう本も好きです。
本巻はカラー写真もたっぷり載っていて、眺めるだけでも楽しめます。

 

花の形は驚くほど様々で、奇妙というべきもの多いのですが、
本巻を読むとその奇妙さにも理由があるということがよくわかります。

多くは、虫を誘い込んでおしべの花粉を付け、
それをめしべに運んでくっつける、そうした工夫の果てということなのですね。

たとえば、「ムサシアブミ」として本巻に紹介されているのは、
私の地方では「マムシグサ」と呼んでいるものとよく似ていて、
多分その花の仕組みも同様のものと思われます。
ツボ状になったその花(雄花)に潜り込んだ虫は、
なかなか出口が見つからずうろうろするうちに花粉まみれになります。
ようやく一カ所だけ開いた穴から出た虫は
今度は雌花にもぐりこんで、めでたく受粉を成功させます。
しかしなんと雌花には出口が付いていないそうな。
閉じ込められた虫はそこで死んでしまうことに・・・。
一見食虫植物のように見えるこの花。
でも食虫植物ではないけれど、結局虫を殺してしまうという、
策略に満ちた植物なのでした。

 

白い花と赤い花が同じ木に咲くハコネウツギ。
実はこの花は、咲いたときには白くて、
日が経つにつれてピンクから赤へと次第に色を濃くしてゆくのです。
これは、花粉を運ぶ虫が、少しでも多く花粉を運ぶように工夫されたもの。
この好む好むマルハナバチは白い花が好みなのだそうです。
だから咲きたての花粉たっぷりの花に寄ってくる。
古くなってあまり花粉も残っていない花に寄ってこられても、たいして役に立たない。
花の色を変えていくことで効率よく受粉が進むというわけなんですね。

 

こんな風に、今までよく見かけていた花でも、
様々な戦略によって今の生態となっているということに、今さらながら驚かされました。

 

最終章としては、最近の高山植物のことに触れています。
どんどんその生態系がおびやかされて、絶滅が危惧されているものが多々あるとのこと。
それは温暖化による気候変動や、増えすぎた鹿などの食害のため。
なんとかして、絶滅をくいとめたいとは思いますが、
私たちにはそのために何ができるのか・・・。
考えていきたいことですね。

 

「野に咲く花の生態図鑑 春夏篇」多田多恵子 ちくま文庫

満足度★★★★☆

 

 


ヒノマルソウル 舞台裏の英雄たち

2021年07月01日 | 映画(は行)

それぞれの事情で奮闘するジャンパーたち

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1998年長野五輪。
スキージャンプ団体の金メダル獲得を陰で支えた
テストジャンパーたちの知られざる実話です。

西方(田中圭)は1994年リレハンメル五輪のスキージャンプ団体戦で、
日本代表を牽引するも、惜しくも金メダルを逃します。



長野五輪での雪辱を誓うも、腰の故障で代表から漏れてしまいます。
悔しさに打ちひしがれる中、五輪のジャンプ競技に
テストジャンパーとしての参加を依頼されます。
渋々引き受ける西方ですが、裏方に甘んじる屈辱と、
なぜ自分はこんなところにいるのかという疑問を捨てきれません。

さて、競技決勝当日。
1本目のジャンプが不調で4位にとどまった日本。
なんとか2本目で挽回したいところですが、風雪が強まってきています。
競技は中断。
審判員たちは、テストジャンパー25人が無事にとべたら
競技を再開するという判断を下します。

このままでは終われない。
なんとか日本チームに勝利のチャンスを・・・ということで、
心を一つに、彼らは悪条件の中、希望をつなぐジャンプを・・・。

テストジャンパーの中には聴覚障害のあるもの(山田裕貴)や、
当時まだ五輪競技ではなかった女性ジャンパー(小坂菜緒)、
以前の失敗ジャンプによる怪我で恐怖心が沸いてしまったもの(眞栄田郷敦)らがいて、
それぞれの事情の中奮闘しているのです。
彼らが次第に心を一つにしていく様、なかなか心地よい。

トホホのジャンプで皆を落胆させ、けれども憎めない原田を濱津隆之さんが好演。
アンダーシャツのエピソードが泣けます。

さて、とりあえず実話なので、結果オーライだったのですが、
実のところこんな場合、やはり2本目中止という決断もアリだったのでは、という気がします。
イケイケドンドンのノリで危険性に目をつぶるのは、
必ずしも賢明な措置ではないのでは? 

なんだか今無理矢理行われようとしている東京オリンピックと重なるような気がして、
ちょっと複雑な気持ちになりました。

このことについても、どうか「結果オーライ」であって欲しい。
そう祈るしかありません。

<シネマフロンティアにて>

「ヒノマルソウル 舞台裏の英雄たち」

2021年/日本/114分

監督:飯塚健

出演:田中圭、土屋太鳳、山田裕貴、眞栄田郷敦、小坂菜緒、落合モトキ、濱津隆之、古田新太

 

裏方度★★★★☆

実話発掘度★★★★☆

満足度★★★.5