<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
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もしかすると津田大介、大村秀章、有田芳生、小崎哲也、枝野幸男と言った人たちは学歴こそそこそこだが、やっていいことと悪い事の判別がつない人。
早く言えば「親の顔を見ていたい」という人ばかりなのだろう。

日本は憲法で表現や言論の自由は保証されている。
でも例えば、
満員の電車の中で、
「爆弾だ!」
「火事だ!」
と叫ぶ自由はない。

また、虚言を創作して他人の名誉を傷つけたり、社会的に貶める表現をする自由もない。

これは自由はあるけれども責任も伴うということを忘れてはいけないということなのだ。

あいちトリエンナーレで開催されていた「表現の不自由展・その後」の展示物の中に、とてもアートとは呼べない作品が多数出展されていた。
それを指摘して展示の中止を主張した河村たかし名古屋市長に批判を寄せているマスコミや前述の人たちがいる。
この人たちは自由の意味を明らかに履き違えていると言えるだろう。
こういう人たちが社会でそこそこの地位についていること自体が今の日本の混迷さを示している。

「ガソリンを撒くという暴力に屈した」

というが、先に「意味を履き違えた言論や表現の自由」という名のガソリンを撒いて火をつけたのはどこのどいつだ。
今回の騒動に異を唱える人たちはまずそれを認識する必要があるんじゃないだろうか。


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