萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

K2補記:氷の花、冬の陽光

2013-01-07 05:42:20 | お知らせ他
砕けて、けれど輝きは眩しくて 



おはようございます、夜明け前の冷えこむ神奈川です。
年明けの連休が終わり、今日から仕事始めも多いでしょうね。
今、第58話「双壁K2」最終話がほぼ書き終りました。あとすこし校正したら校了です。

写真は神奈川の山にある某水場にて。
凍った水が砕け、また水面が凍結して留まっている氷の欠片です。
氷は板状になっている時よりも、砕けた欠片の方が陽光きらめいて輝きます。
完全体から砕かれて、多面を持った氷は様々な角度から光を反射し、その本質的な輝度が増す。
そんな氷の様子は何だか、人の心とも似ているなあと。

全22話+短編4話になった「双壁K2」は国村光一のターンです。
今回、光一を「過去」を見つめることで未来を探すパーソナリティーとして描きました。
そのために回想シーンが物語の半分を占め、光一という人間性が育ったバックグラウンドを書きこんでいます。
その中でも最も大きな存在が、23歳で早逝した山ヤの医学生・吉村雅樹です。

吉村雅樹は、青梅署警察医でER専門医として本編に多く登場する吉村医師の次男。
父譲りの山好きと医療への情熱に、小学校6年生の時から強い意志を持って生きた人です。
幼少期から父の吉村雅也と山に親しみ、クライマーとしても才能を嘱望されながら山岳医療に進路を決めます。
そして15歳の春に光一の誕生に立会ったのが、ふたりの出逢いで雅樹の夢が大きく結晶する瞬間でした。

雅樹と光一、ふたりが一緒に過ごす風景は幸福です。
たった8年半という時間は短いかもしれません、けれど光一には生まれた瞬間から「有った」時間の全てです。
傍に居ることが完全体で自然で当たり前だった、そんな日常の幸福を雅樹の遭難死で砕かれ、光一の孤高は始まりました。
幸福であるほどに光一の哀切は強く、深く大きく愛された分だけ光一の孤独は深く、大きな傷となっています。
この孤独との対峙が国村光一というキャラクターの分岐点で、強靭な精神力を培った原点です。

ずっと本篇でも繰り返し登場していた吉村雅樹ですが、過去の死者として描かれていました。
けれど光一の中での雅樹は過去でありながら「現在進行形」ずっと心の大切な場所で息づき、そして「山」で共に生きています。
よく光一は登山図をチェックしているシーンが今までも多く描かれてきましたが、それは雅樹から教わった登山技術です。
そして山や樹木、ツキノワグマに対して友達のよう敬意を以て接する姿勢は、樹霊や山神を大切にした雅樹の影響が大きい。
こんなふうに光一の性格や習慣のなかで雅樹は生き続け、血肉のよう一体化していることを光一自身が自覚しています。

こうした光一の「山」に対する想いと進路は、もし雅樹が生きていたら少し違う形になっていました。
生きていれば雅樹の傍に育まれる日常は安らかで、きっと幸福だけを見つめて生きることが出来ます。
何者にも怯まない強靭な心身、全てを必ず受けとめてくれる深い懐、それが光一にとっての雅樹です。
こうした安穏に抱かれて育てば光一の性格も異なり、警視庁で山岳救助隊員になることもありません。
そして「山」に対する鮮烈なほど深い思慕も、雅樹が生きていたら今ほどの激しさは無かったでしょう。
光一にとって「山」は雅樹への想いの置換でもあるからです。

こんなふうに光一という人格は、雅樹との幸福が砕かれた事から輝度が増しています。
大切な存在を喪えば人間の心はどこか傷がつく、それは当然のことで場合によっては壊れることもあります。
けれど、そこから立ち上がって超えていく強さを見出して行ったとき、人は強靭な輝きを抱いていくことも出来る
こうした超越の力が光一を努力させ、山ヤの誇りと強く明るい精神を育てあげ天才に相応しい輝きになっています。
そんなターニングポイントとして光一サイド「双壁K2」を描いてみました。

あとちょっと校正すれば終わり、そして第59話の宮田サイドになります。
この第58話は宮田・湯原・国村の誰にとっても分岐点であり、大きく成長するターンです。
だから長かった為もあるんですかね、終わるのがナントナク寂しかったりします。笑
でも第59話から物語は大きく転換していくので、描くことが楽しみです。




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第58話 双壁side K2 act.22

2013-01-07 00:56:19 | side K2
「晨」 この場所を発って、今  



第58話 双壁side K2 act.22

生きたい、

心叫んだ願いに涙が、冷えた頬を伝って温かい。
伝う温もりの軌跡に3月の北鎌尾根が蘇えり、深紅のウェア姿が記憶に立ち上がる。
風花ふる白銀の稜線と青空へ切長い目が微笑んで、英二の聲が記憶から言ってくれた。

―…ごめんね光一、約束を守れなくて。でも信じてほしいよ、一生懸命帰ろうとしたんだ。光一との約束を守りたかった、

春3月、厳寒期の槍ヶ岳で英二は光一の手を曳いてくれた。
そして慰霊登山に踏みださせてくれた、雅樹の身代わりを務め遭難の事実を代弁してくれた。
16年前の晩秋に、愛する人が何を望み最期を迎えたのか?その真実が心を温め昏い望みを溶かしだす。

 救急用具は忘れてきたけどね、這ってでも帰ろうとしたんだよ
 信じてほしいよ、帰ろうとしたんだ。光一と一緒に、最高峰に登りたかったから
 これから光一は世界中の山に登るだろ?そのときはね、光一と一緒に登っているから 
 目には見えないけれど、ちゃんと光一とアンザイレンしているから…光一の山に登る自由を護るよ

白銀に輝く槍ヶ岳、ナイフリッジの風に靡くダークブラウンの髪と深紅のウェア。
あの場所で英二が教えてくれた雅樹の真実が、自分が今どこに居るべきかを気づかせてくれる。
この自分がどうして今、ここに座って山を見ているのか?その真実と幸福に心の氷壁が割れ、言葉こぼれた。

「ごめんね、雅樹さん…名前までもらったのに、約束もいっぱい…なのに俺、今…ごめん、ね…」

生まれた瞬間から8年と6ヶ月、ずっと雅樹に自分は護られ愛された。
いつも雅樹は真直ぐ向きあい受け留めて、光一の体も心も全てを大切に育んだ。
そして自分が願った一夜のために罪すら負ってくれた雅樹の、祈りと願いは何であるのか?
いま気付かされる想いのまま旋律を奏でながら、涙ひとつ零れて約束に微笑んだ。

「ちゃんと生きて約束を護るよ…雅樹さんの気持ち大切にするから、ずっと一緒に居てよね?…見えなくてもアンザイレンして、ずっと護ってよ、」

この世に自分を迎えて、育んで夢を与えて、沢山の約束で愛してくれたひと。
この愛しい存在の願いを祈りを叶えたい、そう微笑んだ手元を曙光が照らしだす。
輝度を強く明るくする光線にピアノは謳い、唇は想いを詞に微笑んで静かな旋律と歌いだす。

……

奏であう言葉は心地よい旋律 君が傍に居るだけでいい

微笑んだ瞳を失さない為なら たとえ星の瞬きが見えない夜も
降り注ぐ木洩れ日のように君を包む それは僕の強く変わらぬ誓い

夢なら夢のままでかまわない 
愛する輝きにあふれ明日へ向かう喜びは真実だから……

季節は色を変えて幾度めぐろうとも この気持ちは枯れない花のように 
夢なら夢のままでかまわない 愛する輝きにあふれ胸を染める
いつまでも君を想い…

……

誰よりも深く、激しく、何よりも綺麗なままに、ただ愛している。

生と死に住む場所を別たれてしまっても、この気持ちは16年ずっと変わらない。
交わしてくれた言葉と眼差しは自分の血となって温かく廻り、明るく輝いて心照らす唯ひとつの想い。
それは敬愛で、それは友情で親愛で、恋愛で運命で、この命も心も体も与えられ育んだ全てで、愛している。
この想いが自分を動かし「山」に生きさせてくれる、そのことが自分も周りも幸せにしてくれた現実をもう忘れたくない。

―雅樹さん、あなたが俺の永遠の花だね?俺が生きるために贈られた、ずっと消えない祝福の雪の花だ、

この花は何より美しくて大切な宝物、けれど独りぼっち生きる哀しみをより強くする。
そんな哀しみを記憶ごと癒してくれる人が今、自分の隣には生きて共に山を登り、夜の逢瀬にも微笑んでくれた。
たとえその人が他の誰かを最愛の人にしていても、この夢を共に生きて自分を支えてくれるのなら幸せだろうに?
そんな幸福がゆっくり心を温めて肩から力を抜いてくれる、ゆるやかに寛いでいく身と心のまま旋律はリフレインにまた謳う。

……

残された哀しい記憶さえそっと 君はやわらげてくれるよ
はしゃぐように懐いた やわらかな風に吹かれて靡く あざやかな君が僕を奪う

季節は色を変えて幾度めぐろうとも この気持ちは枯れない花のように 
夢なら夢のままでかまわない 愛する輝きにあふれ胸を染める
いつまでも君を想い…

……

10ヶ月、なんど英二は救ってくれたのだろう?

初めて会った日に、雅樹の俤を見せて「約束」の実在を知らせてくれた。
初めてビバークした焚火の前、両親の想いを聴いてくれた、初めて呼び捨てで笑いあえた。
冬富士の雪崩では自分を救いだして、受傷に傷ついたプライドすら受けとめ秘匿を約束してくれた。
あの山桜の樹霊「ドリアード」にも再会させ愛しあっても良いと言ってくれた、それでも自分を支えてくれた。

そして北鎌尾根で、雅樹の慰霊登山を完登させて、永訣と連理の誓いを雅樹と結ばせてくれた。

―英二、好きだよ?おまえのこと本当に愛してる、ずっと雅樹さんを想い続けていてもね…おまえと一緒に生きて山に登りたい、

この今を自分と共に生き、共に夢と約束を叶えられる唯ひとり。
生涯のアンザイレンパートナーで『血の契』だと言ってくれた、唯ひとりの人。
ずっと自分が雅樹を愛し続けても良いと笑って、それでも抱きしめ一夜を愛してくれた唯ひとり。
この一夜を交わしても自分は雅樹との真実に秘密を話せず、英二は周太を選んで心身の全ては与えてくれない。
それでも、たとえ心と体の全てを赦しあえなくても英二となら、同じ夢と誇りを最高峰「山」に見つめ共に生きられる。

―だから良いんだ、おまえの一番が周太だから俺は幸せだね、俺の一番も雅樹さんだから…二番同士でも俺たちは最高のパートナーだ、

二番同士、そんな言葉は寂しいかもしれない。
けれど互いに「一番」を護るため必要なパートナーとして、最高の相手だと確信できる。
お互いに還るべき場所を他に定めながら共に駈け、この世の最高の危険にだって共に立って笑いあう。
そんな最高のパートナーへの想いと音が暁に充ちたとき、背中から命の温もりがくるみ抱き留め、穏やかに微笑んだ。

「この歌、好きだよ…ピアノも歌も、光一のこと本当に大好きだ、」

想い告げ、名前を呼んでくれる英二の綺麗な低い声。
この声に心の氷塊が溶けて素直な幸せが笑い、抱きしめてくれる腕を掌に抱く。
ここに英二は真直ぐ来てくれた、そんな信頼は確信となって背中から包む鼓動に温かい。
ふれた指先にシャツを透かせる体温が優しく頼もしい、この幸せに微笑んで光一は振向いた。

「良かった、俺のこと朝になっても好きなんだね?」

昨夜のことを英二は後悔していない?
答えを知りたくて問いかけ見つめる、その想いの真中で綺麗な笑顔は応えてくれた。

「好きに決まってるだろ、」

綺麗な低い声が微笑んで、抱きしめたまま頬にキスしてくれる。
やわらかな温もり静かに離れて唇ふれて、端正な貌が笑いかけてくれた。

「好きじゃなかったら、昨夜みたいなことは出来ないだろ?どうして光一、そんなこと言う?」
「昨夜のコト、ほんと幸せだったからね、」

本当に英二との夜は幸せだった、だからこそ明方の夢に自分は泣いた。
昨夜の幸せが罪のよう想えて、全てが罰で幻だったとすら想ってしまう。そんな想い素直に光一は微笑んだ。

「夢を見たのかなって思ったんだ、でも、現実だったんだね?」
「現実だよ、全部。ほら、」

答えて英二はブルーシャツの衿に指をひっかけ、少し寛げ見せてくれる。
覗かせた首筋と肩口に薄紅の痕がある、その花びらと似た痣に光一は笑った。

「それって俺のキスマークだね?肩のとこは記憶あるけど、首のとこって寝惚けたかね、」

首筋のキスマークが、懐かしくて愛おしい。
幼い日、いつも雅樹の首筋をおしゃぶり代わりに自分は眠っていた。
あのころの幸福のまま昨夜の自分は甘えて眠った、その証拠が英二に刻まれている。

―無意識でも、雅樹さんと間違えたとしてもね、英二に抱きしめられて甘えられたんだ、

昨夜の自分は英二に抱かれ、甘やかされるまま無防備だった。
それが昨夜の現実だった、そんな納得が素直に幸せで何だか可笑しい。
可笑しくて笑って、笑うまま解かれていく想いに薄紅の痣は優しくて、懐かしい俤が心に笑う。
いつも雅樹の衿元に見ていた薄紅の痣、もう二度と見られないはずの幸福の痕が今、英二にある。

―雅樹さん、やっぱり英二は願いを叶えてくれるね?…雅樹さんが逢わせてくれたって、信じていいの?

マッターホルン北壁、アイガー北壁、ふたつの北壁に懸けた雅樹との夢を英二が叶えてくれた。
そして昨夜を超えて今、もう諦めていた恋愛の温もりのまま英二は抱きとめ、綺麗な笑顔で見つめてくれる。
この温もりも笑顔も、雅樹が願い赦してくれたと信じても良いのだろうか?そう問いかけながら、ただ幸せが温かい。
そんな想いごと抱きしめてくれる腕を掌に抱いて、笑って見上げた先で英二は綺麗に笑ってくれた。

「光一、すごく別嬪だよ?いつもの倍以上にさ、」

綺麗な低い声が告げた唇が、優しいキスを唇にくれる。
ふれるだけで離れるキス、けれど甘くほろ苦い香は口許に名残を刻む。
こんなふう自分と英二は触れあい離れて、還る場所を別にしても幸せを共有できる。

―独り占めは出来ない、お互いに。その分だけお互いに自由だね、

独占できないことは寂しい、けれど自由がある。
今は24歳の男で8歳の自分とは同じでも違う、そして今の自分は孤独の自由と愉快を知っている。
英二に逢う前までは15年間、単独行で山に登っていく孤独の自由が愉快で、静寂との対話に笑っていた。
もちろん雅樹と二人の時間が愛しくて切ない瞬間もある、それでも今この掌にある幸福を見つめて笑った。
あの頃と同じように、与えられる幸せのまま素直に笑えばいい。そう肚の温まるまま光一は微笑んだ。

「ありがとね、だったら英二のお蔭だよ?昨夜が幸せだったから、ね、」

笑いかけ、大好きな笑顔に手を伸ばし引寄せ、唇ふれあわす。
森の香とキス交わして離れていく、そして温もりの残像が唇を微笑ます。
こんなふう正直なまま触れあい離れていたい、そう願い英二へ背を向けてピアノに向かいあう。
そっと鍵盤に指が遊びだし心映る旋律が生まれ、新しい約束に覚えた歌あふれて声が静かに紡ぎだす。


I'll be your dream I'll be your wish 
I'll be your fantasy I'll be your hope I'll be your love
Be everything that you need. 
I'll love you more with every breath Truly, madly, deeply, do
I will be strong I will be faithful 
‘cause I am counting on A new beginning A reason for living A deeper meaning
I want to stand with you on a mountain…I want to lay like this forever

夢に、願いに、
諦めた望みにも希望にもなって、愛にもなる。
あなたに必要なもの全てになろう、
息をするごと愛を深め、真実から激しく深く愛している。
強くなって、誠実になって、 
この想いは新しい始まりで生きる理由、より深い意味を充たす鍵となっていく
あなたと一緒に山の上に立ちたい、ずっと寄り添い横たわっていたい


そう謳っている詞そのままに、雅樹は自分を護り愛してくれる。
その真実は自分が生まれた瞬間、あの出逢いが永遠に祝福の花と咲いた。
そして今、この歌詞をなぞるよう英二が自分と一緒に生きて、大切な花を護ってくれる。

―幸せだ、俺は本当に幸せだね?

そっと心に感謝が微笑んで、今、与えられる全てに幸せが温かい。
もう雅樹は生きて帰ってはこられない、それでも雅樹の心も祈りも永遠の花を咲かせてくれる。
この花を抱きしめているから自分は独り夜を過ごす時も、幸福な記憶と約束の数だけ孤独も温かい。
そして最高峰の夢を駈ける時には、共に並んでくれる最高のアンザイレンパートナーがいてくれる。

―泣こうが笑おうが、どれもが俺にとっては幸せだね。だって俺の全ては雅樹さんが贈ってくれたんだから、

孤独の夜も、最高峰の夢も、歓喜も哀苦も、恋し愛しあうことも、全て唯ひとりに教えられた。
唯ひとり自分に名前を贈り全てを懸けて愛してくれた人は、この世にある全てを自分に贈ってくれた。
だから与えられる全てが幸せだと想える、この幸福を喜んで涙も笑顔も全てを素直に見つめ、味わえばいい。
そんな想いは温かで心の氷壁は崩れゆく、凍れる臆病が溶け去る場所へと明日に咲く祝福が静かに花開かせる。

―雅樹さん、俺は生きるよ?雅樹さんを恋して愛したまんま、英二と一緒に夢を叶えに行くよ、

大切な人へ永遠の想い告げて、新しい約束が素直に笑う。
もう孤独も二人生きることも、どちらからも自分は逃げずに向かい合える。
そう確信に微笑んだ唇は、英二との約束に覚えた歌によせて、二人のアンザイレンパートナーに想い告げた。


Then make you want to cry The tears of joy for all the pleasure and the certainty
That we're surrounded by the comfort and protection of The highest powers
In lonely hours The tears devour you
I want to stand with you on a mountain…I want to lay like this forever

Oh, can you see it baby? You don't have to close your eyes 
'Cause it's standing right here before you All that you need will surely come

I'll love you more with every breath Truly, madly, deeply, do
I want to stand with you on a mountain…I want to lay like this forever

あなたを泣かせたい、幸せの全てに満ちた嬉しい涙で 
孤独は壊されて最高の護りに抱えられている 
孤独な時も、涙が呑みこむ時も護られている 
あなたと山の上に立ちたい…こうして永遠に寄り添い横たわっていたい

愛しいあなたには見えているかな?どうか目を瞑らないでいて 
ここに、あなたの目の前に立っているから 必要なもの全てになって必ずあなたの元へいくから 

息をする度ごと深まる愛に、真実から激しく深く愛してる
あなたと山に立ちたい…あなたと永遠に寄り添ったまま眠りたい

―あなたに泣いてほしい、この世の幸せ全ての涙で、

いつも孤独すら温めて、強く大きく護ってくれる心を想い続け信じている。
信じるまま共に山を生き、最高峰の夢を駈けて、あなたの願いも夢も全て叶えたい。
きっと自分の傍にあなたはいると信じている、そして時が来たら同じ場所に自分も眠りたい。
生きて呼吸するごと尚更あなたを愛し、山に立ち、いつか永遠に離れることなく眠る瞬間を迎えたい。

そんな願いこめた旋律に、暁の光は照らして世界は明るんでいく。
いま約束の場所はモルゲンロートに染まり、新しい太陽は目覚めだす。
この夜明けの瞬間にピアノは最後の音を謳う、その響きが穏やかに消えて大好きな声が微笑んだ。

「ありがとう、光一。リクエストに応えてくれて、」

ほら、自分の声とピアノがアンザイレンパートナーを幸せに出来た。
それが素直に嬉しく微笑んで、鍵盤にフェルトのカバーを丁寧にかけていく。
静かにピアノの蓋を閉じ、立ち上がると光一は愉しい気持ちのまま笑いかけた。

「じゃ、今度は俺のリクエストに応えてよね?朝飯を食ったら朝の散歩して、酒屋に行くよ?それから、」

それから赦される時間いっぱい、体ごと全てを愛してよ?

そう言いかけて、けれど面映ゆさに声は消えて唇は閉じられる。
昨夜の時間を確かめてみたい、英二に抱かれながら雅樹を夢見る心すら向き合いたい。
けれど意外なほど初心な声は気恥ずかしがるまま、望みを告げられず立ち竦む。
それでも切長い目は理解に微笑んで、綺麗に笑いかけてくれた。

「一日中、酒を呑みながら光一のこと抱え込むよ、」

ほら、やっぱり英二は願いを叶えてくれる。
この信頼が温かで嬉しくて、全てを委ねてみたいと心が笑う。
そんな想いの真中に切長い目は穏やかに微笑んで、率直に英二は訊いてくれた。

「光一、どうして俺のシャツを着たんだ?」

問いかけに、今朝の涙が睫を伏せて紅潮が肌を昇りだす。
あのとき何を想って英二のシャツを纏ったのか?その全てを告げることなど出来はしない。
あの傷みも苦悩も哀しみも、昏い誘惑も今、静かに見つめながら伝えたい事だけに唇を開いた。

「おまえの気配、感じたくて、ね。勝手に着て、嫌だった?」
「なんか嬉しいよ、そういうの、」

優しい言葉が微笑んで、綺麗な笑顔ほころばせてくれる。
この笑顔に甘えてみたい望みのまま、遠慮がちに光一はねだってみた。

「あのさ、嫌じゃなかったらこのシャツ、もらっちゃダメ?…代わりに好きなの、弁償するからさ、」

初めて抱きあえた、その記憶ごと英二のシャツがほしい。

もう明日には帰国して、明後日には異動で1ヶ月は離れてしまう。
きっと1ヶ月は多忙で余裕が無いはず、それでも独りの夜にこの「今」を幻に想いそうで怖い。
また今朝のように幸福な夜を幻だと迷い絶望する、そんな弱さを超える支えに「今」の形見がほしい。
この願い見つめる向うから、大好きな笑顔は穏やかに頷いてくれた。

「いいよ、あげる。そこの服屋で選んでもいい?」
「うん、いいよ。ありがとね、」

よかった、願いを受け留めてもらえた。
この信頼に安堵が笑って、ふわり残り香のぼらす衿元にふれて少し直す。
この香は1ヶ月ずっと残ってくれると良いな?そう微笑んだ隣から英二が笑いかけてくれた。

「この窓ってテラスに出れるんだろ、出てみようよ?」

窓からテラスに出る、そう言われて30分前の過去が自分を見つめる。
さっき自分は遥かな旅路へと窓を開こうとした、この罪を心に鎮めて光一は笑った。

「うん、イイね。アイガーでかく見えるし、」

笑って踵を返し歩きだす、その肩に優しい掌がパーカーを羽織らせた。
シャツとパーカーを透かす温もりと、大きな掌の輪郭と優しさに瞳の底が熱くなる。
こんなに英二は自分を気遣って大切にしてくれる、それなのに自分は嘘を幾度と吐いたろう?

―雅樹さんとの約束を護るためでも、嘘は嘘だ。それも承知で俺は選んだことだね、

16年前の一夜と雅樹の真実を護る、そのために自分は何度も嘘を吐いた。
男性とのセックスは初めてだと偽った、受身になることも初めてだと言った。
2月には愛する人と体を重ねたことは無いとまで言った、この重ねた嘘が哀しく痛い。
それでも英二には絶対に話せない、この秘密を英二に負わせることだけは出来ない。

―吉村先生と仲がいい英二には絶対に言えないね、先生にだけは知られたくない、

16年前のことを吉村医師が知れば、尚更に自責を病むだろう。
ずっと吉村は雅樹を喪った光一の心を気にかけ、息子の死へ責任を感じ続けている。
雅樹の死は誰の所為でも無い、それでも誠実な吉村医師は雅樹の父親として医師として光一に責任を抱いてきた。
そんな吉村医師が光一と雅樹の真実を知れば、光一の心が負った喪失の大きさに気付いて苦しんでしまう。
そんなふうに父親が苦しむことを雅樹は望まない、自分も嫌だ、だから自分が口を噤み嘘を徹せばいい。
こんな嘘も沈黙も本当は苦しい、けれど雅樹が自分との一夜に懸けた覚悟に比べたら何でもない。

そして何よりも、30分前の自分が踏みだしかけた罪は、もっと痛い。

―ごめん、ごめんね英二…おまえの気持ちを見ないで俺は、裏切ろうとしていた、ね…

秘めた30分前の決意に心が泣きだす、そして生まれていく謝罪が温かい。
いつも英二は光一の体を気遣ってくれる、それと同じに昨夜のベッドでも優しかった。
確かに抱きあえた幸せを微笑んで、光一は大好きなアンザイレンパートナーに笑いかけた。

「ありがとね、英二。俺の体、大切にしてくれて。昨夜も今も、ね」

30分前に自分が捨てようとしたこの体を、英二は護ろうとしてくれる。
この体は山を登り夢と約束を駈けるために雅樹が育んだ宝物、そう気づいた今こそ英二の想いが温かい。
雅樹が自分に籠めてくれた祈りを継ぐように、英二が自分を体ごと受け留めて護ってくれる。
この優しい信頼が幸せで笑いかけた先、綺麗な笑顔は言ってくれた。

「約束は守るよ?」

約束は守る。

そんな宝の鍵みたいな言葉に微笑んで、長い指が窓の掛金を外す。
ゆっくり窓は開かれ空気は流れだし、テラスへ出ると氷河の風がシャツを透かし冷たく触れた。
昨夜の香を靡かせ見上げたアイガーは、新しい薔薇色の陽光まばゆく頂上雪田が華ひらく。

―天空の花園みたいだね、

まばゆい光の薔薇が雪壁に咲いていく、そんな姿に21時間前が蘇える。
昨日の朝、あの場所で英二は風に煽られ転倒し、滑落死へと惹きこまれかけた。
あの恐怖感に突き動かされて、昨夜に体ごと得た幸福を喪わぬよう英二の腕をそっと掴んだ。

「あの場所が、光ってるね、」

あの場所であの瞬間、英二は光一を護るために迷わずアンザイレンザイルを外そうとした。
あのとき英二は一瞬で、最愛の婚約者よりも光一を選んで、この命と体を護るため全てを懸けた。
全てを顧みず英二は光一を護る誇りを選んだ、それなのに自分は30分前なにを望んだのだろう?

―英二は全てを俺にくれて、俺を護ろうとしたんだ…あの夜の雅樹さんと同じだね、なのに…俺は勝手に捨てようとしたんだ…ごめん、

自ら死に赴こうとした罪、その罪悪の重さを運命の雪壁に知らされる。

英二は全てを懸けてザイルを解き、光一を放して護ろうとした。
雅樹は罪を負っても光一を抱いて受容れ、全てを懸けて護ってくれた。
ふたりは光一に最高峰の夢を懸け、全てを光一に与えて護ることを迷わない。
こんなにも二人が自分を護ろうとする、その祈りと願いの誇りを今ようやく気付く。

―俺は何も解かっていなかったね、寂しいってワガママに泣くばっかりで…ごめん、赦してよ?…そして、ありがとう、

この強く純粋な祈りの尊貴を、自分は何も解かっていなかった。

この体も生命も自分だけのものでは無いと、ふたりのアンザイレンパートナーへの懺悔と感謝に気付く。
ずっと自分は幼いころから最高のクライマーを嘱望され、最高の山ヤの魂があると讃えられ生きてきた。
そんなふう「山」を夢見る心たちに護られて、ずっと自分は「山」に生かされてきたと二人の祈りに気付く。
この祈りたちに応えて生きる意志と誇りを今、暁の雪壁に見つめて網膜から焼きつける。
いま明日への想いごとパートナーを掴む手をそっと、優しい長い指が包んでくれた。

「きれいだな、あの場所も、」

愉しげに笑って綺麗な低い声が言う、その言葉に安堵が寛ぎだす。
昨日の事故を英二は反省しても恐れない、尚更に「山」への敬愛を深くしている。
この明るい強靭が頼もしく嬉しくて、素直な気持ちのまま光一はパートナーに笑った。

「おまえもタフだね、危なかった場所をそう言えるなんてさ?そういうトコほんと好きだよ、」

笑って応えながら切長い目を見つめて、その視界がすこしだけ紗に霞む。
こんなふう涙が滲むほど不安な本音に、素直な恋慕が微笑んだ隣から英二は言ってくれた。

「光一、俺は生きて約束を守るよ?約束は全部、絶対に叶える。光一との約束も周太との約束も、全部だ。だから当分死ねないよ、」

どうかお願い、今度こそ約束の全てを生きて叶えてほしい。

告げられた言葉に祈りが心叫んで、8歳の自分が泣いてしまう。
16年前にも告げてくれた大切な約束たち、けれど叶わぬままに眠りについた俤が愛おしい。
この愛しさの分も今、この隣に立ってくれる温もりへと祈りたい、願いたい、そして自分が護りたい。
もう今の自分ならアンザイレンパートナーを護ることが出来る、その自信に光一は綺麗に笑った。

「うん、守ってね」

どうか約束を護ってほしい、あなたは自分が護るから。
そして幸せに笑って夢に生き続けてほしい、この自分と山に駈けてほしい。
たとえ還る場所はそれぞれ別の所でも、この夢と約束を共に生きて叶えられる。

―お互いに唯ひとりだね、お互いの夢を叶えられるパートナーは。ずっと一緒に笑いあって、一緒に生きたいね?

そっとシャツの胸元ふれながら、祈りと見上げる蒼穹の点は今、暁の晨に光輝まばゆい。



Ils annoncent la naissance…
Et pleins de reconnaissance 
Chantent en ce jour solennel…
Cherchons tous l’heureux village
Qui l’a vu naitre sous ses toits
Offrons-lui le tendre hommage 
Et de nos cœurs et de nos voix

天使たちは誕生を告げる
感謝の想い満ちて 荘厳なこの日を歌う
幸福の村を捜し求めよう、その家で彼の誕生を見た村を
彼に心よりの敬意を捧げよう、私たちの心と声で贈り物を捧げたい






【引用歌詞:L’Arc~en~Ciel『叙情詩』/savage garden『tyuly,madly,deeply』/Christmas Carol『Les Anges dans nos Campagnes』】

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