萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第84話 静穏 act.1-another,side story「陽はまた昇る」

2015-12-18 22:30:19 | 陽はまた昇るanother,side story
春陽の朝
周太24歳3月



第84話 静穏 act.1-another,side story「陽はまた昇る」

あたたかい、ここはどこ?

「…ん、」

光やわらかに瞼を透かす、ふれる温もり額に優しい。
頬くるむ温度やわらかに微睡ます、この感じどれくらいぶりだろう?
やわらかで温かくて心地いい、安らかに寝がえりうって周太は瞳をひらいた。

「…ん?」

視界ゆっくり瞬いて解らない、ここはどこだろう?

「え…」

起きあがったベッドは温かに優しい、どこか懐かしい、でも見慣れない。
それに自分はさっきまでどこにいたのか、誰といたのか?

「…おかあさん…おばあさま…?こほっ、」

呼びかけ視界めぐらして、だけど二人ともいない。
見まわした部屋は白とベージュに明るい、栗色きれいな家具たち光はじく。
清々しい光が本棚の硝子戸きらめかす、繊細な造りのライティングデスクに春の花ひとつ。
一輪挿しのチューリップやさしく温かい、むこう揺椅子の窓辺ゆれるレースのカーテンにベッド降りた。

「あ、」

くらり、傾いてベッドに腰落ちる。
かすかな痛み響いた真中、右足首の包帯に瞬いた。

「…いつのまに僕…?こほんっ」

こんな怪我いつしたのだろう、憶えていない。
軽く頭ふって髪かきあげて、そっと立ちあがり一歩踏みだした。

「ん、」

鈍い痛み、けれど歩ける。
たぶん捻挫でもしたのだろう、そんな痛みと陽を透かすガラス窓そっと開いた。

「まぶし…、」

光やわらかに頬なでる、その温もり深く甘い。
この香は知っている、記憶なぞるよう瞬いた視界に笑った。

「海だ、」

海が見える。

明るい光きらめく水鏡、ゆれる波きらきらまぶしい。
あわい青い空どこまでも広くて、開けた窓から一歩ふみだした。

「…あったかい、」

パジャマの素足くるんだ温もりは木肌やわらかい。
ウッドデッキひろがる空間は色あふれる、咲き乱れる花に微笑んだ。

「きれい…春だね?」

遅咲きの水仙たち白に黄色に冠ゆらす、その生垣はクリーム色やわらかな春の薔薇。
頭上こぼれるミモザの細やかな黄色かわいい、ムスカリの青紫にスノードロップ白く映える。
パンジーたち三色すみれの別名どおり紫に黄色に深紅から薄紅へ色とりどり、それから桃色やさしいチューリップ。

「かわいいね?」

笑いかけた真中、桃色なめらかに陽をはじく。
あわく濃く紅色うつろわせ光きらめく、そんな花に俤が鼓動ノックした。

『いいの?…うれしい、ありがとう、』

きれいな明るい瞳が受けとってくれた、あの花も薄紅のチューリップだった。
あれが二人きり最初に過ごした時間で、あれから経った時間に微笑んだ。

「もう一年以上だね、美代さん…?」

あれは一月、雪山ながめる真冬の街角。
気に入りの場所だと案内してくれたブックカフェで過ごした時間は優しかった。
あのとき好きな花だと気づいたから今年の一月にも贈って、その笑顔が薄紅うつりこむ。

『ありがとう湯原くん、必勝祈願なんて嬉しいな?チューリップすごく可愛い、』

大学合格を懸けて贈った花束、あの願い叶うだろうか?
祈りたたずんだ花園はあまやかに香る、その馥郁に潮風かぐわしい。
この香よく自分は知っている?記憶たぐりながらパジャマの袖すこしめくりかけて、とん、膝ふれた温もりに微笑んだ。

「きみは…カイ?」

カイ、海。その名前にキャメルブラウンの犬が見あげてくれる。
ふっさり艶やかな毛並みも黒い瞳も懐かしい、嬉しくて膝つき抱きしめた。

「海、元気だった?…僕のこと憶えてくれてたの、こほんっ」
「くん、」

鼻かすかに鳴らし応えてくれる。
やわらかな耳そっと撫でて瞳ほそめさす、そんな犬に笑いかけた。

「海がいるってことは、おばあさまの家なんだね…こほっ、あいかわらず綺麗なお庭だね、カイ?」

艶やかな毛なみ掌そっと温かい。
見あげてくれる黒い瞳やさしくて、静かな痛みに微笑んだ。

「カイ…僕ね、人を傷つけたんだ…そんな手で撫でたらダメだね、っごほ」

この手で人を撃ってしまった、もう二度も。
理由なんであれ赦される事じゃない、そっと犬から離した手に温もりふれた。

「くん、」

鼻づら掌ふれてくれる、濡れた感触やわらかに桃色の舌のぞく。
ぺろり舐めてくれた温度やさしくて、瞳一滴こぼれ微笑んだ。

「ありがとうカイ…だいすきだよ?」

笑いかけた真中つぶらな瞳が優しい。
キャメルやわらかな頭そっと頬よせて、抱きしめた温もりに波が鳴った。

『ほら、周太。裾が降りてる、』

ああ、想いだしたらダメだ。

「…っ、」

視界ほら滲みだす、瞳ふかくもう熱い。
こぼれて滲んで瞳つむって、しゃがむ足もとパジャマの裾を風めくる。

『俺がやってあげるよ周太、袖も捲った方がいいな?濡れたら困るから、』

どうしよう、あなたの言葉が聞えてくる。

潮騒あふれる花の庭、あなたの声が聞えてしまう。
遠く近く波が記憶よせては返す、夏から秋冬とびこして声が鼓動うつ。

『この桜貝、海の底からずっと離れないでここまで来たんだろ?俺たちも離れないでここまで一緒に来たよ、』

嘘、うそ、離れてしまったくせに?

あんなこと言ったくせに他へ想いかけた人、それなのに追いかけてきた。
あの雪嶺に雪崩に隣にいたのは唯ひとり、突き放して棄てようとして、それでも追いかけてくるなんて?

『周太、約束だよ?俺は何があっても君から離れない。ずっと、永遠にだ、』

ほら潮騒が声よせる、あの約束ほんとうに叶うのだろうか?
そんな期待が鼓動ゆるやかに絞めて痛い、痛くて涙あふれて犬を抱きしめる。

「カイ…ごめんねカイ、ぼくはカイのご主人さまを傷つけたんだ、」

想い声あふれて涙になる。
頬つたう雫に潮騒よせる、波ちかく遠く聲をかえす。

『約束するよ周太、来年の夏は花を見に行こう、』

あんな約束させてしまった、だからあの人は雪嶺の涯まで自分を追いかけて、そして自分を救って傷ついたのに?

「ごめんねカイ…僕のせいなんだ、なのに僕だけここに、ごめんね…」

涙ただ零れて呼んで、だけど本当に呼びたい名前を呼べない。
俤ひとつ想うだけで鼓動が軋む、痛い、それでも優しい温もり抱きしめるまま呼ばれた。

「周太さん?」

穏やかなアルトヴォイス懐かしい。
あれから何ヶ月たったろう?そっと涙ぬぐった視界に銀髪きらめいた。

「すみれさん…あの、おひさしぶりです、」

呼びかけ立ちあがった先、光まばゆい銀髪が駆けよってくれる。
ライトグレーのニットの腕に抱きよせられて、青紫の瞳きれいに微笑んだ。

「ああ良かった、ちゃんと気がついたのですね?…ほんとうに良かった、」

白い手やわらかに頬ふれて温かい。
見つめる青紫の瞳きらきら春の陽ゆれる、懐かしい笑顔に笑いかけた。

「菫さんが看病してくださったんですね…お世話かけてすみません、こほんっ」
「なんでもないことです、お腹空いたでしょう?パジャマでは寒いわ、お部屋で話しましょうね、」

腕組んでくれるエプロン姿はあいかわらず背が高い。
キャメルの犬もならんで歩きだして青紫の瞳が笑った。

「カイもご機嫌ですね、周太さんが眠っている間しょっちゅう見に来たんですよ?カイなりに看病していたんでしょうね、」

アルトヴォイス楽しげに笑ってくれる。
その言葉に気づかされてリビング座ると訊いた。

「あの、菫さん、僕がここに来たのって昨夜ですよね?…こほっ」

眠っている間、しょっちゅう見に来た。
そんな言葉たちどおり銀髪の笑顔は首ふった。

「いいえ、いらしたのは一昨日の夜中ですよ?周太さんはずっと眠っていたのです、目が覚めて本当に良かったわ、」

試験は三日後、そう話したのは一昨日の前日だ?

「…っ、」

椅子がたり立ちあがって左腕を見る。
時計の短針は「11」を示す、見つめた時刻に駆けだし抱きとめられた。

「走ってはダメです周太さん、ずっと眠った後は危ないです。喘息の発作が出ているときに運動はいけません、足も怪我しているんですよ?」

エプロンの肩ふれて香やわらかい。
あまい馥郁そっと押し返しながら周太は訴えた。

「今すぐ行かないといけないんです、約束したんです僕、ごほっ」

行かないと、きっと待っている。

『試験の終わる頃キャンパスへ迎えに行くよ?』

そう言ったのは自分だ、それに他の予定もある。
こんな事態とまどいながら青紫の瞳に訴えた。

「僕どうしても大学にいかないとダメなんです、お世話になってる先生のお手伝いがあって、友達と待ち合わせもしてるんです。菫さん行かせてください、」

今日は田嶋教授とも約束がある、論文の翻訳チェックを待っている。
その刻限もう過ぎてしまった、それ以上に気懸りな約束が鼓動なみうつ。

『試験お迎えに来てくれるの?』

記憶の声が訊く、あの心配顔に自分は笑って頷いた。
それなのに約束の場所から今遠くて、とまどう焦りに青紫の瞳は笑ってくれた。

「大学なら顕子さんが今、行っていますよ?」

それってどういうこと?

「…どうしておばあさまが?」

なぜ大叔母が大学に行くのだろう?
意外な答に銀髪のナニーは教えてくれた。

「周太さんが眠ってる間、周太さんの携帯にメールいくつか来たんです。それで顕子さんが代りに返事されて、今日も出かけられたみたいですよ?」

そんな世話までかけていたんだ?
予想外すぎる展開に困りながら気懸りもうひとつ尋ねた。

「あの、母はどうしているんですか?…こほんっ」
「美幸さんなら今はお仕事ですよ、夜ここにまた来てくれます、」

笑顔やわらかにダイニングへ腰かけさせてくれる。
パジャマの肩そっとショールくるまれ温かい、その前にスープボウルひとつ置かれた。

「さあ、まず温かいものお腹に入れてくださいな。食べないと病気も怪我も治りません、面会謝絶にしますよ?」


(to be continued)

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山岳点景:冬空

2015-12-18 21:58:06 | 写真:山岳点景


山岳点景:冬空

雪つもる湿原の上空、冬の陽雲×青

撮影地:戦場ヶ原@栃木県日光




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