萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

浄扉

2018-07-09 12:28:36 | 写真:建築点景
注連縄に神くぎる、
建築点景:秩父神社


パワースポットで有名な神社だそうですけど、参道の古い建築物たちが好きです、笑
撮影地:秩父神社@埼玉県2014.12

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第85話 春鎮 act.61 another,side story「陽はまた昇る」

2018-07-09 09:26:01 | 陽はまた昇るanother,side story
five summers, with the length 、夏より響く、
harushizume―周太24歳3月下旬


第85話 春鎮 act.61 another,side story「陽はまた昇る」

呼んでくれる声、あなたの声だ。

「…周太、」

泣いている声、あなたの体温が泣いてあたたかい。
雪の森つめたく午後に凍える、それでも温かい。
この温もり離したくない、あなたを。

「行こう?英二、」

呼びかけて見つめて、立ち上がる。
雪から膝たちあがる、その隣にはあなたがいる。
この手さしのべて温もりふれる、あなたの掌ふれて握りしめて、あなたが笑った。

「一分だけ待って、周太?」

切長い瞳が笑ってくれる、その長い睫に陰翳が蒼い。
笑ってくれている、けれど逸らされた眼ざしに鼓動うった。

―どうして英二…泣きそうなの?

雪の樹影、白皙の輪郭あわく光る。
午後の陽ゆるやかに髪を梳く、ダークブラウン艶めいて銀色ゆらす。
きれいで、けれど古木を見つめる睫かすかな震えが哀しい。

―このブナに泣いて…英二どうして?

あなたの手が大樹にふれる、あなたの唇かすかに微笑む。
けれど深紅の登山ウェア透けて伝わる。

「英二、…訊いていい?」

呼びかけてダークブラウンの髪ゆれる。
白皙の横顔ふりむいて、切長い瞳が微笑んだ。

「どうした、周太?」
「ん…教えてほしいんだ、」

応えながら見あげる陽ざし、ダークブラウンの髪を梳く。
透けて朱い髪まぶしくて、それでも真直ぐ見つめて訊いた。

「どうして英二、このブナに今、いたの?」

どうか答えて、本当のこと。

「周太、」
「こたえて…英二?」

あなたは隠してしまう、いつも。
そのたび僕から消えてゆくものがある、もう消さないで?

―本当のこと教えて英二…信じたいんだ、

あなたを信じていたい、この想い消さないで?
もう隠さないで応えてほしい、想いに赤い唇ひらいた。

「周太、馨さんの手帳を憶えてるか?」

忘れるはずなんてない、父の警察手帳。

「忘れられないよ、お父さんの…血をすってた、もの、」

父は殺された、その残滓に染まった手帳。
もう色を変えてしまった血液は、深い昏い茶色だった。

―お父さんの心臓の…手帳も、桜の花びらも、

父の手帳に挟みこまれていた、ふたつの花びら。
あの春の日が遺された小さなかけら、僕と母に一枚ずつ。

―あの花びら栞にしてるかなお母さん…きっと手帳も大切にして…でも、

あの花びら一枚、きっと母は宝物にしている。
あの手帳もそうすると想っていた、でも今あなたが口にしたことは?

『馨さんの手帳を憶えてるか?』

憶えているか?と尋ねる、それは「憶えている」から問いかける。
それなら今あの手帳は、どこにあるのか?

「あの手帳、お母さんに渡したけど…英二が?」

あの手帳、あなたが持っている。
だから今こんなこと訊いたのでしょう?

―ほんとのこと教えて英二…もう疑いたくない、

信じていた、でも隠されてしまう。
何も話してはくれない、それが疑いになってゆく。
そうして穿たれてしまった溝の涯、雪の森しずかにあなたが笑った。

「手帳の血を染み抜きしたんだ…そのとき使ったガーゼとかご供養した灰をさ、ここに埋めたんだ、」

白い息、あなたの視線ゆるく霞む。
音もない白銀の森、大樹のもと長身おだやかに膝ついた。

「馨さんは山が好きだったろ?だからここに埋めたんだ…奥多摩の森なら喜んでくれると思ってさ、」

きれいな低い声おだやかに響く、深紅の登山ウェアに雪がふる。
銀色ひそやかな雪の底、空を抱くブナに声こぼれた。

「…お父さんを、ここに?」

ここに、奥多摩に。

『雪山を見せてあげるよ、周?』

ほら、父が笑ってくれる。
おだやかな微笑やさしい声、ずっと幼い幸福の記憶。

「そう…お父さんここにいるんだね?」

さくり、大樹の根もと膝くずおれる。
見つめる白銀ふかく聲がゆく、遠い遠い幸せな瞳。

『いる…大切な人がいるよ、僕には、』

大切な人がいる、そう告げた父の瞳。
あの瞳が見つめていた人は今日、奥多摩にいる。

―お父さん、田島先生も今いるよ…この奥多摩に、

父の大切なひと、それが誰なのか?
その名前もう知っている、その心も貌も今この山里にいる。

―教えてあげたいね、田嶋先生にも…おとうさんがここにいるよって、

闊達な瞳のまま大人になった、そんなひと。
あの鳶色の眼は父のこの場所を知ったなら、どんな貌するのだろう?

「よかった…」

想い唇こぼれる、父を、父の大切な人を想うから。

『夏みたいなひとだね、うんと明るくて、』

遠い夏、家の庭、微笑んだ父の声。
あの声がつむいだ山の男は今、この冬山の麓にいる。

『ちょっと暑苦しいくらい情熱的でね…木蔭の風みたいに優しくて清々しい、大らかな山の男、』

大らかな山の男と父は山を歩いた。
その時間が幸せだったから、きれいだった父の瞳。

“But thy eternal summer shall not fade, ”

きれいな瞳くちずさんだ詩、あの声が今この雪山に眠るなら。
いつか父の永遠の夏も訪れるかもしれない。

「よかった…ありがとう英二、」

微笑んで視界ゆるやかに熱一滴、頬なぞる。
なぞる熱ふわり凍える風、あわい渋い香かすかに響きだす。

Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
 So long as men can breathe or eyes can see,
 So long lives this, and this gives life to thee.

夏が香る、この雪にも永遠に。
そんなふう想えてしまうのは山ふところ、大樹に抱かれるからかもしれない。
だって父もこのブナに出逢ったかもしれない?遠い遠い、あの学者と父が笑った若い夏に。

「ありがとう…」

ここに眠れるなら、その願い涙ゆれて雪にふる。


銀色の静謐、あなたの音だけ温かい。

さくり、さくっ、

雪の音が僕の前をゆく、端整でおだやかな登山靴の声。
ひそやかに確実に山をゆく、あなたの足音だ。

―英二が雪山を歩いてる、ね…、

あなたの靴音たどる森、銀色まばゆい道をゆく。
こんなふう歩いた時間が幸せだった。
それは二人だから、そして記憶。

『そうだ…周、雪山を見せてあげるよ?』

ほら?幼い冬の声が呼ぶ。
なつかしい雪の日の記憶、大好きな声。

―僕、奥多摩の雪を歩いてるよ…おとうさん、

大好きな父、その声と歩いた冬が今この雪なぞる。
今は春三月、今は24歳、それでも遠い幼い雪はふる。
だって今もう聴いてしまったから。

―英二がさっき言ったこと本当なら、ここは…おとうさんの、

さくり、さくり、雪の足音が前をゆく。
やわらかな音に見つめる真中、深紅の背中ひろやかに逞しい。
赤い登山ウェアきらめく木洩陽がダークブラウンの髪ゆらす、艶やめく光ほら言葉を熾す。

『手帳の血を染み抜きしたんだ。そのとき使ったガーゼとかご供養した灰をさ、ここに埋めたんだ、』

あなたの声が言ったこと、それが真実だとしたら。
それは父の血がこの森に眠ったことで、それから。

―染み抜きしてくれたんだ英二は…それはきっと…読めるようにしたってこと、

手帳を読めるようにした、それは「読んだ」ということ。
そこに何が記されていたのか?

―読んだんだ英二は…だったら、

だったら、なぜ?
だったらなぜ、あなたは何も教えてくれない?

父の警察手帳「なにか」無いはずないのに。

―ないはずないんだ…

殉職した父、でも本当は殉職じゃない、だって殺された。
その殺害犯は同僚で、けれど本当は同僚じゃない「私人」だ。

―お祖父さんの息子だから、警察官として死なせたかったんだ…観碕さんは、

観碕征司、あのひとは「祖父の」息子だから父を殺した。
その理由を知りたい、その鍵「なにか」あるはずなのに?

―お父さん警察手帳…話して英二、

話してほしい、僕が訊く前に。
もし話してくれたなら、どんなに嬉しいだろう?

もう疑いたくない、ただ信じていたい、だから話してほしい。

「周太は」

ほら、あなたの声。

「一人で雪山って初めてだろ、よくトレースして来られたな?」

さくり、さくり、雪音に声が訊いてくれる。
この声このまま話してほしい、願い唇ひらいた。

「ん、足跡ちゃんと見えたし…ぼくなりいっしょうけんめいで、」

僕なりに「足跡」を見ている、いつも。
だから話してほしい。

「なんか嬉しいな、そういうの、」

声が笑いかけてくれる、振りむかない登山靴が雪をゆく。
さくり、さくり、規則正しい足音あわく風くれる、ほろ苦い深い香そっと頬なでる。

―英二のにおいだ、ね…雪と、

ほろ苦い深い、かすかに甘い香が鼓動ふれる。
なつかしい香ずっと大好きだった、その広やかな背中も。
深紅あざやかな登山ウェアの背中、ただ銀色きらめく山をゆく姿、世界でいちばん見惚れている。

けれど、あなたはどれほど僕を見ているのだろう?

―英二から話してほしいんだ、僕を認めて…認めてくれないのなら僕は、

もし僕を僕として認めてくれないとしたら、あなたはたぶん「同じ」だ。
もし「同じ」だとしたら僕はあなたの隣にいられない、そしてそれは、祖父と同じ道。

同じだ観碕征司と、祖父の道と僕は。

―もう英二なら気づいている、同じだって…このままだと僕たちは、

あなたも解っている、だから僕をさっきは拒んだのでしょう?
それでも僕は諦めきれない、そうして共にゆく雪山の道、深紅色が立ち止まった。

とくん、

「…どうしたの英二?」

とくん、あなたを呼んで敲く。

呼びかけて、けれど深紅色ひろやかな背中ふりむかない。
ただ銀色の森あざやかな登山ウェア、きれいな低い声が笑いかけた。

「このペースで周太、大丈夫かなって思ってさ?雪のなか歩くの大変だろ、」

心配してくれる、あなたは。
その心配より今は真実がほしい、それでも素直な感謝に微笑んだ。

「…ありがとう英二、」

あなたが僕を心配する、それは偽らない温もり。
温かで嬉しくて、それでも認める真実がほしい。

「もしかして周太、右脚ちょっと辛い?」

ほら、あなたは気遣ってくれる。
まだ捻挫は痛む、でも本当に辛いのは右脚じゃないのに?

「ケガしてるんだろ、周太?」

綺麗な低い声が問いかけてくれる、ほろ苦い深い香かすかに届く。
なつかしい香なつかしい時間ふれてしまう、その背中が雪に片膝ついた。

「無理するなよ周太、おいで?」

背負わせてほしい、そんなふう深紅の背中がさしだされる。
あの背ただ無条件に抱きしめられたなら、どんなに幸せだろう?

―こんなになっても僕はすきなんだ…英二のこと、

あなたは話してくれない、きっと。

そんな未来もう解ってしまう、その涯どこへゆくのだろう?
それは「同じ」だろうか、それとも違うのだろうか、そこは温かいだろうか?

“観碕征司”

あの名前がくれた家族の死。
最初に曾祖父の死、そして祖父も父も死んでしまった、そうして哀しい記憶のこされた僕の家。
もし観碕征司がありのまま認めていたのなら祖父はあのとき死んでいない、父は今も生きていた。

そんなふうに僕のゆく涯も哀しいだろうか?
それでも銀色の森あざやかな深紅の背がまばゆい。

「…ありがと、」

僕の唇こぼれる、そっと体温もたれこむ。

※校正中
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Lines Compose a Few Miles above Tintern Abbey, 」William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 18」】

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