萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 辞世 act.4-another,side story「陽はまた昇る」

2015-04-14 23:05:06 | 陽はまた昇るanother,side story
送別、その灯



第83話 辞世 act.4-another,side story「陽はまた昇る」

「はい、すぐ行きます、」

応えて携帯電話ポケットにしまう。
すぐ扉また開けて戻った席、温かな湯気ごし笑いかけた。

「すみません、仕事で呼びだされました。先に失礼させて頂きます、」

嘘じゃない、でも隠している。
本音しまいこんだままダッフルコート手に財布だして、けれど恩師が微笑んだ。

「湯原くん、今日は私がご馳走しますよ?もし気になるなら聴講のとき学食のランチおごって下さい、」

おごってください、なんてこの人も言うんだ?

―青木先生がこんなこと言うって、初めてだよね?

こんなこと意外で驚かされる。
なぜ今日に限ってなのだろう?不思議で、けれど素直に頷いた。

「はい、ありがとうございます…美代さん、中座してごめんね?賢弥もごめん、」

ほんとうに、今日こんな日にごめん。

―ごめんね美代さん、このあとも約束してたのに、

今日このまま一緒にいてあげたかった、けれど電話ひとつ呼ばれている。
時間もう気になりながらコートはおる隣、友達も立ちあがった。

「湯原くんを駅まで送ってきます、また戻りますね?」

頭下げる華奢な肩はベージュのコートもう着ている。
いつのまに支度したのだろう?驚いて首かるく振った。

「僕は大丈夫だよ美代さん、青木先生と賢弥とのんびりしてて?」
「いいの、また戻るから、」

ぱさり、紅桃色のマフラー結わえて微笑んでくれる。
その瞳なにか泣いているようで、そんなテーブル越し闊達な声が笑った。

「周太、小嶌さんの言うことは聴きなよ?このあとの約束キャンセルするんだからさ、これくらい言うこと聴いとけな?」

キャンセルする分だけ聴き入れよう?
そう提案してくれる笑顔は眼鏡の眼差し温かい、その隣から恩師も微笑んだ。

「そうですよ湯原くん、女性の申し出は素直に受けましょう?私たちは待っていますからね、安心してください、」

待っています、安心して。

こんな言葉ありきたりだろう、きっと日常だ。
けれど今はやたら響いてしまう、その本音ため息と頷いた。

「はい、じゃあ、」

頭また下げて席はなれて、その後ろ華奢なコート姿ついてくる。
ふたり扉へ歩いて、かたん、カウンター開いて太い声が呼んだ。

「兄さん、また来てくださいよ?」

また来てください。

そう言われるのは毎度のいつもと同じ。
でも今は「いつも」が泣きたいほど愛おしい、そんな本音から周太は笑った。

「はい、また来ます。たくさんご馳走様でした、」

たくさん、本当にたくさんご馳走になった。

この笑顔に温もりに自分はどれだけ馳走になったろう?
ただ優しい記憶から笑いかけた真中、カウンター前の笑顔は沁みとおるほど明るい。



(to be continued)

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