萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

華燈火act.2―morceau by Dryad

2013-09-25 22:02:10 | morceau
Qui près et loin me détient en émoi
Another sky of Y



華燈火act.2―morceau by Dryad

トレイを抱えて扉を開けて、ふわり樹木の息吹が朝を運ぶ。

「ん、…いい風、」

微笑んでテラスに踏み出す向こう、木洩陽にダークブラウンの髪ゆれる。
きらきら朝陽に梳かれる髪は繻子のよう紅くて、その横顔の白皙に光ふらせて白シャツにも眩い。
赤と白そして黒い瞳、三つの色彩は緑陰に映えるまま鮮やかで懐かしい物語の挿絵を想わせてしまう。

―昔、あのベンチでお父さんが読んでくれたね、

美しい紅髪の騎士が旅をする、それは異国の古い物語。
アルファベット綴りの遥かな過去は不思議で綺麗で、そして哀しかった。
あの騎士が自分の庭にやってきたみたい、そんな空想に微笑んで芝生へと降りた。

かさり、

芝生が下駄に鳴る、その素足に露濡れて秋なのだと想わせる。
トレイのポット燻らす芳香はほろ苦くて甘くて、籠はパンの香に温かい。
ごく簡単なサンドイッチとコーヒーの朝食、それでも訪問者は喜んでくれるだろうか?

―ほんとに王子さまって感じだから、食事の好みとか本当は色々あるよね?

会った回数を数えられる相手に考えてしまう、彼は本当は何が好きだろう?
まだ未知の多いほど共に過ごした時間は少なくて、けれど惹かれてしまう。
だから、あの秋あの夜も自分は後悔していない、そう、心から想っている。

―あれで良かった、あの時は必要なことだったから、

出逢った春、そして秋に刻まれた痛みも熱も哀しみも愛おしい。
それでも想い続けている人に抱いてしまった秘密はずっと、あの秋から傷み深い。

―ごめんね、何でも話してきたのに…これだけは、

もう十年を想う人に罪は傷む、そして痛みの分だけ言う事は出来ない。
これを伝えても誰も何も幸せになれない、そう解っているから秘密に抱いている。
この秘密を共に見つめる相手が今この庭に来てくれた、その時間に友情を見つめて笑いかけた。

「お待たせ、…口に合うと良いんだけど、」

笑いかけて東屋のテーブルにトレイを置く、その向こう木洩陽に紅い髪は振り返る。
向き直ってくれる白皙は端整な美貌に華やぐ、けれど長い睫の瞳は寂しい翳で、それでも笑顔は美しかった。






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