萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

華燈火―morceau by Dryad

2013-09-22 00:39:11 | morceau
dites-le-lui pour moi ―導きの燈



華燈火―morceau by Dryad

庭の森に一輪、緋色の真紅が揺れて咲く。

木洩陽きらめく古樹の許に赤く一つ花ひらく、その場所は去年と同じ。
すぐ咲こうと蕾すっくり傍に並んで、あわい萌黄のラインは陽だまりの光の柱。
その先にはもう真紅が覗いている、きっともう明日には咲いて花の緋色あふれだす。

「…明日は一緒に観てもらえる、ね?」

独りそっと庭に呟いて、梢の風ゆるやかに鳴って風駈ける。
やわらかい木蔭の深緑に光ゆれて風は頬を撫でる、そんな朝は涼しくなった。
こんなふう風に季の移ろいを見上げた枝はもう、黄色あざやかに葉を染め変えていた。

今は秋、あの秋から時はどれだけ経たのだろう?

―あの秋が無かったら今、僕はどこに居たのかな、

独り心に廻らす秋の記憶、その数だけ時間と想いは降り募る。
あの秋も無く、あの夜も無く、この出逢いが無かったら今頃の自分は幸せだったろうか?

「ううん、…逢えたから今が幸せだね、ほんとうに…」

本当に今、幸せだと鼓動も深くから温かい。
この秋まで時は喜びだけじゃない、哀しみの方が多かったのかもしれない。
それでも、哀しみすら幸せの種に変えられたのは多分、あのひとに出逢ったからだろう。

「…早く逢いたい、ね、」

そっと零れた本音にほら、もう首すじ熱が逆上せだす。
きっともう紅くなってしまった、けれど朝早い庭は独り誰も見ていない。
そんな安心感に微笑んで素足の下駄を歩みだして袂に衿に、ふわり綿織の透らす風が涼ませる。
もう浴衣一枚で朝は寒くなってきた、この風の変化に微笑んで芝生の露をゆく背で門扉の音が軋んだ。

―こんな朝早く、誰?

まだ6時前、こんな刻限に誰が来るのだろう?
その不思議に見つめた樹林の向こう、知っている四駆がガレージに入った。

「…ほんと?」

予想外のこと、けれど信じたい、そんな祈る想いの真中でほら、運転席の扉が開かれる。








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