萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

葉月朔日、黒秋桜―durable color

2021-08-01 23:47:03 | 創作短篇:日花物語
変わらない時、今
8月1日誕生花チョコレートコスモス黒秋桜


葉月朔日、黒秋桜―durable color

かすかな香、ほろ苦い甘い、そして慕わしい。
それから君の言葉。

「あいかわらず上手いもんだな、」
「混ぜるだけだよ、」

ほら僕の言葉も変わらない、何年だろう?
いつもの言葉そのまますぎて、可笑しくて笑った。

「ほんと同じこと言うよね?鍋ぐるぐる混ぜるだけなのにさ、」

笑った唇かすめる湯気、ほろ苦く甘く朗らかになる。
稜線かかる太陽くゆらす香、刻々そっと冴える風、涼む頬と揺れる炎。
こんなふうコッヘルひとつ挟んで笑う、いつもながらの相手も笑った。

「そうは言うけどな、俺がやるとイツモ粉っぽくなっちまうだろが?馨みたいに出来ねえんだって、」

からり鳶色の瞳が笑う、闊達な眼ざし変わらない。
けれど目もと滲んだ皺すこし深くなった、きっと僕もだろう?

「出来ないことないよ、ただ紀之はちょっと乱暴に混ぜてるだけ、」

応えながらコッヘルの匙、混ぜる手やわらかに風透る。
頬かすめる空気ふかく澄んで、染まりだす朱色に君が笑った。

「乱暴かあ、大雑把ならガキの頃から言われてんよ?」
「あ、そうだね?紀之は乱暴じゃなくて、大雑把だね、」

言われたまま納得してしまう。
だって確かに君は「乱暴」ではない、寄り添った言葉に鳶色の瞳ほころんだ。

「だろ?って褒められてねえなあ、あいかわらず馨はヤヤ毒舌だよな、」
「紀之にはね、」

さらり返して匙止めて、コッヘルそっと火から降ろす。
ふわり甘く苦く湯気くゆらせて、並んだカップに注いだ。

「ありがとな、今日もちょーど月が昇るな?」

今日も、今夏も君を月が燈る。
黄昏ひるがえる髪そめる赤金色、けれど銀色ひとすじ君の白髪。
きっと僕も同じだ?ただ愉快で笑った。

「今年も月に乾杯だね、オッサンになってきたけど?」
「うわ、馨がオッサンとか言うのかよ?」

意外だな?そんなトーン鳶色の眼ほころぶ。
ほら目もと皺すこし「オッサン」で、そのくせ変わらない闊達に笑った。

「いいことだろ?ココアお待たせ、」
「ありがとな、」

笑いあって湯気くゆらす香、カップかざす手指そっと熱い。
息そっと啜りこんだ甘い熱、ふっと寛ぐ夕闇に山気が冴えていく。

「夏でも熱いモン旨いよな、山はさ、」

黄昏やわらいで徹る低い声、その鳶色の瞳に残照が朱い。
この眼を見るのが好きだった。

「夏も冷えるからね、標高あるもの、」
「だな、」

相槌に肯いてくれる瞳、太陽の残滓が深紅やわらかい。
その目もと歳月ながめる山上の宵、駆けゆく紫紺の風が甘い。


黒秋桜:チョコレートコスモス、花言葉「恋の終わり、恋の思い出、移り変わらぬ気持ち」
コスモスの一種でチョコレートに似た甘い香と、黒に近い深紅が特徴

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