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堕天使の盃―P.S ext.side story「陽はまた昇る」
まばゆい夜、そんな男だ。
「それなら山と同じです、山は自己責任ですから、」
不思議な言葉だ、それにこの声。
低く徹って沁みてとけこむ、惹く。
「なあ英二くん、なぜそこまで山に懸ける?」
問いかけて酒が薫る、あまい美酒。
あさい春三月の月が照る、ゆるやかな静謐しずむ庭。
そんな夜の縁側で青年が見つめる、この瞳に訊きたい。
「どうしても友達に山を登らせたいってな、そのために輪倉さんは土下座したんだろう?あんなこと官房審議官に就くような人間は普通しない、」
問いかける唇に酒が薫る、そして馥郁。
もう咲いてしまった夜に白皙まばゆい、その眼に訊きたい。
「なにかの罠とも思ったが嘘の眼じゃなかった。それだけ懸けたい何かが山にあるんだろうが、私にはよく解らんよ?」
問いかけに瞳が微笑む、切長い端整な眼。
この眼あの男と似ている、けれど違う視線が惹きこむ。
―きれいな子だとは思っていたが、なんだろう…宮田先生と似ている、けど違う?
青年の祖父をよく知っている、自分の恩師で上司だった。
その面影くゆらす白皙の端整、誰が見ても「美しい青年」だろう、でも違う。
「…、」
端整な唇が微笑む、盃ふくむ。
酒ふくらかな香たつ、その口もと無言に笑う。
『うまいな、』
声はない、けれど響く。
なにも彼は言っていない、それなのに伝わる。
―この感じ似ているんだ先生と、でも違う…顔立ちの問題じゃない、
無言でも意思がひびく、そんな男の孫。
月明り映える鼻梁まばゆい白皙、夜風つやめく濃茶の髪。
胡坐くんだ脚のびやかに長くて、自分と同じ種族とも想えない。
―宮田先生も脚長くてかっこよかったな、でも…英二くんと先生は似て、違う?
その姿は面影がある、その横顔どこか懐かしくて、でもそれだけじゃない。
いま隣にいるのは「美しい男」そういうのだろう、でもそれだけじゃない?
「山はすべてが自己責任です、」
端整な唇がひらく、またこの声だ。
「山はすべてが自己責任です。自分の責任をとることが正義なら、山も正義なのかもしれませんよ?」
山、自己責任、不思議な言葉だ。
それを正義だと声は言う、甘い馥郁とそれから土の匂い。
唇かすめる風あわく樹肌が香る、花におう、その静かな微笑が唇ひらく。
「たとえば司法の正義は人間が作ったものです、でも山は人間が作ったものじゃありません、」
ああ、そういう世界で生きているのか?
それが「違う」のだろうか?
「そういう山に自分の責任と登っています、」
端整な唇が笑う、きれいだ。
こんなふうに恩師も笑っていた、でも違う言葉に問いかけた。
「山も正義か、復讐も正義になり得るってことかい?」
声にする、その言葉に鼓動がうつ。
この言葉が「違う」のだろう、その瞳がきれいに笑った。
「解りません、ただ俺は花を見せたいだけです、」
花、ああ、まただ。
また「違う」のだと告げてくる、似て非なる相違の翳。
この忘れ形見はある意味で残酷だ、そして惹きこむ聲に問いかけた。
「花、誰にどんな花を?」
あのひとは真紅の花、その聲が忘れられない。
この青年は誰に、どうして、どんな花をなぜ?
「世界でそこだけに咲く花を、唯ひとりに、」
低く響く声、徹って沁みて、鼓動とけこむ。
あのひともこんな声だった、けれど違う詞。
「世界で唯一の花を、唯一人に…、」
言葉なぞらされる、そんな自分を見つめてくる瞳。
睫ふかい翳から視線まばゆい、眩暈ひきこまれる。
「さぞ美しいのだろうね?その花も、その人も、」
声やっと応える、この顔きちんと笑っているだろう。
けれど鼓動が波うつ、泡だって渦は兆して、盃ごし聲を見る。
―これだけ美青年だと「唯ひとり」想われる相手も、なんだかプレッシャーだろうな?
こんな孫に恩師は何想うだろう?
めぐらす想いに青年が笑った。
「堀内さんは気になりますか?俺の相手のこと、」
「気になるよ、尊敬する人の孫なんだから、」
素直に笑って、自分の言葉になつかしい。
あの恩師も今ここにいるだろうか、そんな想像と口ひらいた。
「英二くんは美形だろう?普通の女性では難しそうだと思ってね、女性は自分より美しい人の隣は嫌がるだろう?」
自分より美しい者の隣に立ちたくない、
それが女の性だ、それくらい自分でもこの齢になればわかる。
そんな心配させる白皙の青年は端整な瞳さわやかに笑った。
「その心配はいりません、嫌いだから、」
「嫌い?」
訊き返しすぐ考える、何を「嫌い」なのだろう?
その答えを切長い瞳あざやかに笑った。
「見た目にこだわる女は嫌いです、殺されますよ?」
かすかな馥郁あまい、けれど言葉は違う。
そんな声に酒ひとくち、啜って尋ねた。
「現役の警察官が言うには物騒だな、まずいだろう?」
司法にたずさわる、その立場は自分も彼も同じ。
けれど若き警察官は笑った。
「警官としては言いません、堀内さんも知ってることです、」
ああ、そうか?その「違う」だ。
「もう一人の祖父殿がゆるさんか、」
あの男はゆるさない、それが「当然」なのだろう。
そんな噂しずかな男の孫はきれいに笑った。
「もう殺しているかもしれません、誰も知らなくても、」
誰も知らない、それは「ない」と同じだ。
―やりかねないな、あの男は…その孫でもある、か、
二人の祖父、そのはざまに生きている。
そんな青年の瞳は穏やかに笑って、そして淵がある。
この淵に惹きこまれてしまうのだろうか?想いながら、口ひらいた。
「それでも唯一人、花を捧げたい相手が英二くんにはいるんだろう?彼女は祖父殿のおめがねクリアしたのかい?」
もし「クリア」できなければ?
その先にある暗澹と酒すすった盃、低い綺麗な声が言った。
「クリアしたと思いますよ?彼女ではないから、」
酒ゆれて、月が映る。
「…ぉ?」
盃ゆれる月まぶしい、その光ゆっくり言葉を見つめる。
いま隣に酒かたむける白皙の端整、その微笑んだ瞳しずかに美しい。
「絶対に花を見せます、約束したんです、」
うつくしい、眩暈がする。

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第84話 整音×side ext.Horiuchi

堕天使の盃―P.S ext.side story「陽はまた昇る」
まばゆい夜、そんな男だ。
「それなら山と同じです、山は自己責任ですから、」
不思議な言葉だ、それにこの声。
低く徹って沁みてとけこむ、惹く。
「なあ英二くん、なぜそこまで山に懸ける?」
問いかけて酒が薫る、あまい美酒。
あさい春三月の月が照る、ゆるやかな静謐しずむ庭。
そんな夜の縁側で青年が見つめる、この瞳に訊きたい。
「どうしても友達に山を登らせたいってな、そのために輪倉さんは土下座したんだろう?あんなこと官房審議官に就くような人間は普通しない、」
問いかける唇に酒が薫る、そして馥郁。
もう咲いてしまった夜に白皙まばゆい、その眼に訊きたい。
「なにかの罠とも思ったが嘘の眼じゃなかった。それだけ懸けたい何かが山にあるんだろうが、私にはよく解らんよ?」
問いかけに瞳が微笑む、切長い端整な眼。
この眼あの男と似ている、けれど違う視線が惹きこむ。
―きれいな子だとは思っていたが、なんだろう…宮田先生と似ている、けど違う?
青年の祖父をよく知っている、自分の恩師で上司だった。
その面影くゆらす白皙の端整、誰が見ても「美しい青年」だろう、でも違う。
「…、」
端整な唇が微笑む、盃ふくむ。
酒ふくらかな香たつ、その口もと無言に笑う。
『うまいな、』
声はない、けれど響く。
なにも彼は言っていない、それなのに伝わる。
―この感じ似ているんだ先生と、でも違う…顔立ちの問題じゃない、
無言でも意思がひびく、そんな男の孫。
月明り映える鼻梁まばゆい白皙、夜風つやめく濃茶の髪。
胡坐くんだ脚のびやかに長くて、自分と同じ種族とも想えない。
―宮田先生も脚長くてかっこよかったな、でも…英二くんと先生は似て、違う?
その姿は面影がある、その横顔どこか懐かしくて、でもそれだけじゃない。
いま隣にいるのは「美しい男」そういうのだろう、でもそれだけじゃない?
「山はすべてが自己責任です、」
端整な唇がひらく、またこの声だ。
「山はすべてが自己責任です。自分の責任をとることが正義なら、山も正義なのかもしれませんよ?」
山、自己責任、不思議な言葉だ。
それを正義だと声は言う、甘い馥郁とそれから土の匂い。
唇かすめる風あわく樹肌が香る、花におう、その静かな微笑が唇ひらく。
「たとえば司法の正義は人間が作ったものです、でも山は人間が作ったものじゃありません、」
ああ、そういう世界で生きているのか?
それが「違う」のだろうか?
「そういう山に自分の責任と登っています、」
端整な唇が笑う、きれいだ。
こんなふうに恩師も笑っていた、でも違う言葉に問いかけた。
「山も正義か、復讐も正義になり得るってことかい?」
声にする、その言葉に鼓動がうつ。
この言葉が「違う」のだろう、その瞳がきれいに笑った。
「解りません、ただ俺は花を見せたいだけです、」
花、ああ、まただ。
また「違う」のだと告げてくる、似て非なる相違の翳。
この忘れ形見はある意味で残酷だ、そして惹きこむ聲に問いかけた。
「花、誰にどんな花を?」
あのひとは真紅の花、その聲が忘れられない。
この青年は誰に、どうして、どんな花をなぜ?
「世界でそこだけに咲く花を、唯ひとりに、」
低く響く声、徹って沁みて、鼓動とけこむ。
あのひともこんな声だった、けれど違う詞。
「世界で唯一の花を、唯一人に…、」
言葉なぞらされる、そんな自分を見つめてくる瞳。
睫ふかい翳から視線まばゆい、眩暈ひきこまれる。
「さぞ美しいのだろうね?その花も、その人も、」
声やっと応える、この顔きちんと笑っているだろう。
けれど鼓動が波うつ、泡だって渦は兆して、盃ごし聲を見る。
―これだけ美青年だと「唯ひとり」想われる相手も、なんだかプレッシャーだろうな?
こんな孫に恩師は何想うだろう?
めぐらす想いに青年が笑った。
「堀内さんは気になりますか?俺の相手のこと、」
「気になるよ、尊敬する人の孫なんだから、」
素直に笑って、自分の言葉になつかしい。
あの恩師も今ここにいるだろうか、そんな想像と口ひらいた。
「英二くんは美形だろう?普通の女性では難しそうだと思ってね、女性は自分より美しい人の隣は嫌がるだろう?」
自分より美しい者の隣に立ちたくない、
それが女の性だ、それくらい自分でもこの齢になればわかる。
そんな心配させる白皙の青年は端整な瞳さわやかに笑った。
「その心配はいりません、嫌いだから、」
「嫌い?」
訊き返しすぐ考える、何を「嫌い」なのだろう?
その答えを切長い瞳あざやかに笑った。
「見た目にこだわる女は嫌いです、殺されますよ?」
かすかな馥郁あまい、けれど言葉は違う。
そんな声に酒ひとくち、啜って尋ねた。
「現役の警察官が言うには物騒だな、まずいだろう?」
司法にたずさわる、その立場は自分も彼も同じ。
けれど若き警察官は笑った。
「警官としては言いません、堀内さんも知ってることです、」
ああ、そうか?その「違う」だ。
「もう一人の祖父殿がゆるさんか、」
あの男はゆるさない、それが「当然」なのだろう。
そんな噂しずかな男の孫はきれいに笑った。
「もう殺しているかもしれません、誰も知らなくても、」
誰も知らない、それは「ない」と同じだ。
―やりかねないな、あの男は…その孫でもある、か、
二人の祖父、そのはざまに生きている。
そんな青年の瞳は穏やかに笑って、そして淵がある。
この淵に惹きこまれてしまうのだろうか?想いながら、口ひらいた。
「それでも唯一人、花を捧げたい相手が英二くんにはいるんだろう?彼女は祖父殿のおめがねクリアしたのかい?」
もし「クリア」できなければ?
その先にある暗澹と酒すすった盃、低い綺麗な声が言った。
「クリアしたと思いますよ?彼女ではないから、」
酒ゆれて、月が映る。
「…ぉ?」
盃ゆれる月まぶしい、その光ゆっくり言葉を見つめる。
いま隣に酒かたむける白皙の端整、その微笑んだ瞳しずかに美しい。
「絶対に花を見せます、約束したんです、」
うつくしい、眩暈がする。



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