萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 辞世 act.27-another,side story「陽はまた昇る」

2015-11-07 19:39:01 | 陽はまた昇るanother,side story
時の再会
周太24歳3月



第83話 辞世 act.27-another,side story「陽はまた昇る」

ぬくもり揺れて、視界ふっと開く。
ゆるやかに焦点かさなり声が聞える、ふたつ。

「電話でも…病院で出されたものは手をつけないでください、」
「途中そろえてきました…用心に越したことはありませんね、後悔はもう…」

低い声、やわらかな声、ふたつどちらも知っている。
懐かしくて逢いたくて動かした視線、ベッドランプの横顔へ微笑んだ。

「おかあさん…?」
「周?」

やわらかなアルトふりむいて、黒目がちの瞳が見つめてくれる。
まとめ髪の凛々しい顔いつもより白い、心配で周太は口開いた。

「おかあさん疲れてるの?…顔色ちょっとわるいみたい、さむかったね…」

窓は雪が降っている。
ここへ来るまで寒かったろう、気懸りに黒目がちの瞳ゆっくり微笑んだ。

「ありがとう、大丈夫よ、周…、」

呼んで微笑んで、その白い頬ゆっくり光がつたう。
あの光ずっと前にも見たことがある、鼓動そっと締められ手をのばした。

「おかあさん泣かないで…もう警察やめるから泣かないで、ずっとごめんなさい…ごほっ、」

母が泣いている、自分の所為だ。
この涙もう止めたくて伸ばした手を白い手そっと握ってくれた。

「そうね、周が辞めた日にまた泣くね…今はよく眠って体良くしよう、周?」

微笑んでくれるアルトは柔らかい。
でも黒目がちの瞳は泣いている、長い睫こぼれる雫に笑いかけた。

「うん…ごほっ、ちゃんと治すから泣かないでおかあさん…ぅこほっ、ごめんね…」
「ほんと、ごめんなさいよね周ったら…ね、」

微笑んで額そっと白い手ふれてくれる。
華奢な指たち冷たく気持いい、その温度に母の時間きしんで訊いた。

「ごめんね、おしごとのとちゅうに来たんでしょ…ごほっこんっ、さむいとこ、ごめっこほんっ、」
「そうよ、こんな寒いところで周…ごめんね、」

前髪かきあげてくれるはざま涙こぼれる。
白い頬きらめいて止まない、そんな傍ら穏やかな低い声が言った。

「湯原さん、俺は廊下にいます。何かあったらすぐ呼んでください、」

声に視線うごかした先、白い制服姿が制帽を被る。
大きな手は紺青色の上着つかんで、その横顔に母が頭下げた。

「お世話になります、息子を本当にありがとうございます、」
「俺こそ湯原君には世話になってます、」

低い声やわらかに会釈してくれる。
いつもより和やかな微笑は温かで、つい呼びかけた。

「伊達さん、いろいろすみません…ごほっ、母のことおねがいします、」
「ああ、湯原こそ早く治せ、」

穏やかに応えてくれる眼ざしは鋭利なくせ温かい。
このひとに何度もう救われたろう?そんな想いにまた募る。

―英二の傍には誰がいるのかな、ご家族はたぶん誰も…英二、

あのひとも今この病院にいる。
どの病室かなんて解からない、きっと訊いても教えてもらえない。
こんなにも遠く隔てられる現実また軋んで、蒲団ごと鼓動だきしめるベッドに伊達が笑った。

「湯原、さっきのことは安心しろ、大丈夫だ、」

あ、きっと見透かされている?
もう首すじ熱くなってしまう、気恥ずかしいまま制服姿は出て行った。

「すごく頼りがいある感じの先輩ね、周?」

アルトやわらかに笑ってベッドサイド座ってくれる。
スーツ端正な笑顔に咳ひとつ笑いかけた。

「ん、すごく頼もしい人だよ…ごほっ、れんらくもしてくれたんでしょ?」
「そうよ、周の電話から架けてくれて驚いたわ。はい、」

微笑んで手渡してくれる、掌サイズの感触に想いだし尋ねた。

「ぼくの携帯電話…あずかってくれてたの?」
「ええ、ここに着いて伊達さんが渡してくれたわ。メールひとつ代りに返事しましたって伝言よ、」

言われてすぐ送信ボックス開いて見る。
その宛先と件名につい笑ってしまった。

「ふふっ…ごほっ、美代さんに返信してくれてるっこほんっ」

預けた時あんなこと言っていたのに?
あのパートナーは律儀やっぱり頼もしい、笑いながら母が訊いてくれた。

「もしかして受験勉強の質問?」
「ん、そうだよ?っこほっ…もう日が無いから気を遣ってくれたんだね、」

応えながら日を数えて、ほら最後の瞳また想いだす。

『湯原くん行かないで、お仕事って解かってるけど、でも行かないで?ぜったいダメ…だめよっ、』

昨日なぜ君は泣いたのだろう?

―美代さんがひきとめたの初めてだ、ね…どうして美代さん、

昨日は前期試験の合格発表だった。
君は不合格だった、そして受ける後期試験はもう明後日だ。

『ほんと?…試験お迎えに来てくれるの?』

後期試験が終わったら一緒に川崎へ帰ろう?
そう約束した明後日まで48時間もない、病床ため息吐いて母が微笑んだ。

「周、もしかして美代ちゃんと約束したの?後期試験が終わったら会おうとか、」

ほら母はお見通しだ?
昔から変わらない眼ざしへ素直に頷いた。

「ん、いっしょに川崎の家に帰ろうって約束したんだ…ごほっ、美代さん前期は落ちちゃって、」
「そう、美代ちゃん残念だったね。でもチャンスこれからよ、」

やわらかなアルト微笑んでリンゴひとつ出してくれる。
白い手くるくる赤い実を剥いてゆく、ながめるまま母が微笑んだ。

「明後日お迎えに行けると良いけど、無理はダメよ?無理したって美代ちゃんは喜ばないわ、そうでしょう?」

また見透かす笑顔は優しい。
こんなふう母はいつも受けとめてくれる、ほっと溜息と笑いかけた。

「うん、正直に具合ちょっとってメールするね…でもお見舞とか難しいかもしれない、たぶん…」

言葉にしながら現実が軋みだす。
たぶん、その続く言葉に黒目がちの瞳が言った。

「周、この病院から今夜には出られるわ、」

どういうことだろう?

「出られるって、おかあさん…どうやって?」

ここから出られるとなぜ母が解かるのだろう?
不思議で見つめるまま赤い皮きれいに剥けてゆく、その横顔ただ微笑んだ。

「周はよく食べて眠って体力すこしでも戻すこと、いいわね?」

やさしいアルト微笑んでリンゴくるくる剥けてゆく。
まるで魔法みたいと幼いころ見つめた手元、そのままに不思議で尋ねた。

「おかあさん、僕このあと…警察病院に搬送されるんでしょう?マスコミとかいろいろあるし…班長から言われたの?」

班長、あの男と母は会ったのだろうか?

そうだとしたら心配になる、もし事実を知ったらどうなるのだろう?
ゆるやかに不安せりあげだして、けれど黒目がちの瞳は明るく微笑んだ。

「警察病院には行かせないわ、だいじょうぶよ周、」

だいじょうぶ、

そう言ってくれるアルトやわらかに優しい、けれど底ふかく強い。
こんな声のとき母は何か決めている、そんな記憶の前さくり白い実は切られた。


(to be continued)

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