競りあい、
第86話 花残 act.7 side story「陽はまた昇る」
壁、そんな形容が似合う場所。
そのままな男の背中と、視線。
「へえ…」
歩きながら見あげる先、隊服の背ふたつ登りゆく。
薄暮ゆれるブルーふたつの背中、残照ゆらすザイル一閃ふたつ。
あわい風ほろ苦い夕闇の壁、ブルーの脚、腕、ひとつ一つ駆けてゆく。
けれどもう勝敗ついてゆく、そんな訓練場に英二は立った。
「黒木さん、お待たせしました、」
上司に頭下げて隊帽のつば越し笑いかける。
陰翳あわい薄暮の先、シャープな視線が苦笑いした。
「戻って早々にすまんな、宮田?」
戻って早々、すまん。
そんな言葉たち上官の口元まどわせる。
これは「どちら」の意味だろう、意図だろう?
「右が浦部さんですか?」
尋ねながら見あげる先、コンクリートの壁を背ふたつ駈ける。
隊服あざやかなブルーの背中、その競り合いに端整な顎が肯いた。
「そうだ、左が佐伯だ、」
シャープな視線が壁を指す、その先をブルーふたつザイルを駆ける。
蒼い薄暮をブルーが昇る、ほら左の腕のびやかにザイル繰る、手が届く。
遠目にもグローブ黒い手は大きい、あの手つかむ勝利を駈けあがる。
―佐伯啓次郎がいる、この七機に、
心裡に名前なぞって、ほら?熾きる。
『アイツ山岳会でも凄腕だがな、まあ頑張れ?』
昼下がり、地域部長の執務室で言われた言葉。
言った男は地域部長かつ警視庁山岳会副会長、それだけの実績と実力がある人間。
そだけの肩書に「凄腕」と言わせる腕が伸びやかにザイル操る、その動きに唇だけ微笑んだ。
―へえ…蒔田さんが言うとおり、か、
地域部長、その要職にある男が讃える腕、背中、ザイル駈ける登山靴。
伸びやかな脚がコンクリート駈けあがる、あれが岩なら氷壁なら登攀どう奔るだろう?
そんな想像たどらせる背中ブルーあざやかに夕藍きらめき駈けぬけ、残照の頂に立った。
「おー…また佐伯か、」
上司の唇こぼれた名前、訓練場さざめきだす。
隊服の横顔たち名前ざわめく、その視線たちの先で青い長身ふりむいた。
―あいつ、嗤ってる?
わらっている、佐伯啓次郎が。
薄暮しずむ訓練場、壁の頂は残照に昏い。
蒼いシルエット描く長身、顔など見えない、けれど視線が嘲る。
でも気づかない、気づかれないまま賞賛の波になる。
「浦部さんをあれだけ離して勝つのか、」
「登るっていうより走ってたよな、」
「芦峅寺出身の凄みってやつか、」
「噂じゃ聞いてたけど、噂以上じゃないか?」
訓練場ひろがる声、称賛が薄暮くゆらせる。
まだ着任初日、この現実に声の波が口ひらいた。
「この感じアレだな、国村さんの時と」
ずくり、鼓動が爆ぜる。
「黒木さん、私もいいですか?」
口が動く、自分の声しずかに低く響く。
もう聞きたくない遮りたい、その波紋が英二を見た。
「宮田だ、」
「宮田さんが来た、」
ほら波が自分さざめく、声もう言葉を「時と」を続けない。
もう変わりだす波の真中たたずむ薄暮、シャープな眼が英二を見た。
「宮田、勝てよ?」
勝てよ、なんてすごい命令だな?
―黒木さんも苛立ってるな、“国村さん”だからか?
この感じアレだな、国村さんの時と。
そう言われたくない、その苛立ちシャープな視線くゆる。
こんなとき黒木は「抑えている」その感情にある「秘密」呆れ半分おかしくて、つい笑った。
「負けたくはないです、」
負ける、なんて嫌いだ。
―俺もいいかげん負けず嫌いだ?
自覚なおさら可笑しい、こんな自分だ。
だから今ここに立っている、想い登山靴と壁の根に立った。
「佐伯さん、ご指導お願いできますか?」
仰ぐ先、嘲笑が自分を見る。
※校正中
(to be continued)
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英二24歳3月末
第86話 花残 act.7 side story「陽はまた昇る」
壁、そんな形容が似合う場所。
そのままな男の背中と、視線。
「へえ…」
歩きながら見あげる先、隊服の背ふたつ登りゆく。
薄暮ゆれるブルーふたつの背中、残照ゆらすザイル一閃ふたつ。
あわい風ほろ苦い夕闇の壁、ブルーの脚、腕、ひとつ一つ駆けてゆく。
けれどもう勝敗ついてゆく、そんな訓練場に英二は立った。
「黒木さん、お待たせしました、」
上司に頭下げて隊帽のつば越し笑いかける。
陰翳あわい薄暮の先、シャープな視線が苦笑いした。
「戻って早々にすまんな、宮田?」
戻って早々、すまん。
そんな言葉たち上官の口元まどわせる。
これは「どちら」の意味だろう、意図だろう?
「右が浦部さんですか?」
尋ねながら見あげる先、コンクリートの壁を背ふたつ駈ける。
隊服あざやかなブルーの背中、その競り合いに端整な顎が肯いた。
「そうだ、左が佐伯だ、」
シャープな視線が壁を指す、その先をブルーふたつザイルを駆ける。
蒼い薄暮をブルーが昇る、ほら左の腕のびやかにザイル繰る、手が届く。
遠目にもグローブ黒い手は大きい、あの手つかむ勝利を駈けあがる。
―佐伯啓次郎がいる、この七機に、
心裡に名前なぞって、ほら?熾きる。
『アイツ山岳会でも凄腕だがな、まあ頑張れ?』
昼下がり、地域部長の執務室で言われた言葉。
言った男は地域部長かつ警視庁山岳会副会長、それだけの実績と実力がある人間。
そだけの肩書に「凄腕」と言わせる腕が伸びやかにザイル操る、その動きに唇だけ微笑んだ。
―へえ…蒔田さんが言うとおり、か、
地域部長、その要職にある男が讃える腕、背中、ザイル駈ける登山靴。
伸びやかな脚がコンクリート駈けあがる、あれが岩なら氷壁なら登攀どう奔るだろう?
そんな想像たどらせる背中ブルーあざやかに夕藍きらめき駈けぬけ、残照の頂に立った。
「おー…また佐伯か、」
上司の唇こぼれた名前、訓練場さざめきだす。
隊服の横顔たち名前ざわめく、その視線たちの先で青い長身ふりむいた。
―あいつ、嗤ってる?
わらっている、佐伯啓次郎が。
薄暮しずむ訓練場、壁の頂は残照に昏い。
蒼いシルエット描く長身、顔など見えない、けれど視線が嘲る。
でも気づかない、気づかれないまま賞賛の波になる。
「浦部さんをあれだけ離して勝つのか、」
「登るっていうより走ってたよな、」
「芦峅寺出身の凄みってやつか、」
「噂じゃ聞いてたけど、噂以上じゃないか?」
訓練場ひろがる声、称賛が薄暮くゆらせる。
まだ着任初日、この現実に声の波が口ひらいた。
「この感じアレだな、国村さんの時と」
ずくり、鼓動が爆ぜる。
「黒木さん、私もいいですか?」
口が動く、自分の声しずかに低く響く。
もう聞きたくない遮りたい、その波紋が英二を見た。
「宮田だ、」
「宮田さんが来た、」
ほら波が自分さざめく、声もう言葉を「時と」を続けない。
もう変わりだす波の真中たたずむ薄暮、シャープな眼が英二を見た。
「宮田、勝てよ?」
勝てよ、なんてすごい命令だな?
―黒木さんも苛立ってるな、“国村さん”だからか?
この感じアレだな、国村さんの時と。
そう言われたくない、その苛立ちシャープな視線くゆる。
こんなとき黒木は「抑えている」その感情にある「秘密」呆れ半分おかしくて、つい笑った。
「負けたくはないです、」
負ける、なんて嫌いだ。
―俺もいいかげん負けず嫌いだ?
自覚なおさら可笑しい、こんな自分だ。
だから今ここに立っている、想い登山靴と壁の根に立った。
「佐伯さん、ご指導お願いできますか?」
仰ぐ先、嘲笑が自分を見る。
※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊
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