萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 花残 act.27 side story「陽はまた昇る」

2023-03-29 01:27:00 | 陽はまた昇るside story
秘匿、その信義を
英二24歳4月


第86話 花残 act.27 side story「陽はまた昇る」

フロントガラス、朝あわい陽ざし白くなる。
また雪が降りだした車窓、懐かしい道に英二は微笑んだ。

「吉村先生、署に着いても時間ありますよね。コーヒー淹れさせて頂けませんか、」

警察医の勤務開始まで余裕あるだろう。
謝礼の想いとひさしぶりの時間感覚に、奥多摩の医師が笑ってくれた。

「宮田くんのコーヒーはひさしぶりですね、ぜひお願いします、」
「はい、俺こそぜひ、」

肯いて握るハンドル、右腕いつもより安定する。
巻かれたサポーターと固定感に医師が尋ねた。

「腕の動きはどうですか、いつもとは感覚すこし違うでしょう?」
「はい、思ったより動きやすいです。痛みもありません、」

応える車窓を流れる雪、ワイパー白く描きだす。
もう4月、それでも銀色くるむ稜線が鼓動しめやかに響く。

「いいですね、奥多摩は、」

こぼれた本音、雪景色まばゆい。
走らすタイヤからチェーン響く、削れる氷砕けて道きらめく。
もう4月の都心は桜咲く、けれど白い東京の山里で穏やかな声が言った。

「いいですよ奥多摩は、君もいつでも帰ってくればいい、」

帰ってくればいい、
そんなふう言ってもらえる場所が、この自分にもある?
ながれゆく白銀の世界の道、見つめる想いが声こぼれた。

「吉村先生、このケガのこと内緒にしていただけませんか?」

知られたくない、どうしても。
それでも担う職務に英二は口ひらいた。

「上司には話します、任務の相談する必要がありますから。でも後藤さんには内緒にしていただけませんか?」

知られてはいけない、だって願われているから。
想い見つめるフロントガラス、助手席から問われた。

「内緒にしたいのは、湯原くんのためですか?」
「そうです、」

ありのまま答えて隣、穏やかな苦笑くゆらす。
呆れられるだろうな?予想のまま医師が言った。

「後藤さんにも守秘義務があります、湯原くんに伝わる可能性は低いのではありませんか?」
「はい、ですが蒔田さんに話すのではありませんか?」

答えながらハンドルゆるいカーブ、雪ふる道が白い。
稜線かなり積もるだろう、同じ都下、その違う空に口ひらいた。

「蒔田さんは警視庁山岳会の副会長です、後藤さんは会長として相談するのではありませんか?ザイルパートナーとしても、」

地域部長 蒔田徹警視長。
その経歴と時間に、警察医の声おだやかに告げた。

「私には警察組織のことは解りません、ただ、ザイルパートナーには相談するかもしれないとは思います、」

後藤と蒔田、ザイルを繋ぎあった時間を吉村医師は見続けている。
その言葉に問いかけた。

「吉村先生から見ても、後藤さんと蒔田さんは信頼が強いですか?」
「ザイルパートナーとして長いお二人ですから、」

答えてくれる声、フロントガラスの雪景まばゆい。
もうじき街に入るだろう、懐かしい雪道たどるまま言った。

「蒔田さんにとって周太は殉職した同期の息子です、その退職を知れば、会いに行くと思いませんか?」

14年前の春、あれから蒔田は見続けている。
馨の葬儀の日、あれからずっと。

『周太くんが大卒で警視庁に入ると、なぜ俺が解かったと思うんだい?』

同期の息子を見守ってきた、それは同情とも違う。
ノンキャリアでありながら昇ってゆく男、その意志と願い廻らす道に言われた。

「湯原くんに知られたくないというのは、本音ですか?」

かさり、

頭上の梢ゆれて雪おちる。
フロントガラス真白ふれて、さらりワイパー砕いた光がまばゆい。
視界きらきら結晶の窓、ハンドル握り微笑んだ。

「知られて、責任を感じて、償いに俺を選んでくれるならとも思います。だけど我慢できなくなるから、」
「我慢できなくなる?」

訊き返してくれる声、おだやかに静かに雪が光る。
ざりりタイヤチェーン氷削る音、白い道ゆくまま口ひらいた。

「ただ俺を好きで一緒にいて欲しいんです、心も俺を見てくれなかったら俺は我慢できません、」

きっと我慢できない、嫉妬深い自分だから。
そんな自覚もうとっくにある、本音そっと笑いかけた。

「ずるいんですよ俺、自分は色々あったくせに、周太には俺だけ見てほしいから我慢できません…我儘で、強欲です、」

強欲な自分、だからこそもう無理だとも知っている。
だって君は今、あの女と同じ場所にいる。

「先生はご親戚ですからご存知なんでしょう、小嶌さんが東大に進学したこと、」

ほら、現実を口にして鼓動が締まる。
こんな質問きっと苦しいだけ、解っているまま言われた。

「はい、彼女の父親が相談に来ました、」
「どんな話されたんですか?さしつかえなければですけど、」

訊き返しながら軋みだす、呼吸すっと重くなる。
聴けば苦しい答え見つめるハンドル、穏やかな声が微笑んだ。

「君は不器用ですね、正直な分だけ、」

低めのテノール穏やかに笑っている。
フロントガラスまばゆい雪の道、山里の医師は口ひらいた。

「自分の大切なひとが、他の誰かにどんな存在か不安にもなるでしょう。だからこそ、ご本人と話す時間が必要なのではありませんか?」

穏やかなテノール告げてくれる。
息ひとつ吐いて、雪の匂いかすかに尋ねた。

「ケガのこと、周太に話せと仰るんですか?」

どうなるのだろう、君に話したら?
束縛になるだろうか、それとも別の道だろうか、巡らす真中に言われた。

「隠されたら、君ならどう思いますか?」

ざりり、タイヤチェーンが氷雪を削る。
すこし開けた窓しのびこむ香の底、穏やかな声が続けた。

「湯原くんが人生に関わる病気やケガをした、それを湯原くんが君に言わなかったら、君は幸せですか?」

掌ふれるハンドル、じくり熱くなる。
言われた言葉から軋みだす鼓動、呼吸そっと雪が香った。

「…先生、俺は」

言いかけて解らなくなる。
幸せと訊かれて解らない、どうなるのだろう?

『そう、本音で…僕ずっと英二に言いたかったんだ、ちゃんと、けんかしよう?』

そうだ昨日、君はそう言ってくれた。
本音でちゃんと、そう君は告げて見つめてくれた。

『正義感で僕を護ろうとしなくて、もういいんだよ?』

僕はもう警察を辞めたよ?ただの僕になったんだ。
そう言って君が言ってくれたこと、その言葉まだ自分はきっと解っていない。
そして今も訊かれて解らなくなる、自分の本音はどこにあるのだろう?

「俺は…本音が」

本音が、自分の本音?
解らない、詰まる息のまま左腕そっと温もりふれた。

「宮田くん、すこし車を停めてもらっていいかい?カーブ曲がったところに駐車スペースがある、」

ぽん、
敲いてくれる温もり、軽くなる。
言われるままブレーキゆるやかに停めて、開けた扉ふっと雪が香った。

「ここの景色が好きなんです、」

穏やかに笑う声、ざくり、踏み出した登山靴の底が鳴る。
雪くずれる音ひとつ、ふたつ、仰いだ雪稜に息こぼれた。

「…きれいだ、」

銀色あわく瞬く雪、稜線おおらかに空と白い。
とけこむ天地の境から白が降る、風なぶる額ひそやかに甘やかに冷たい。
ほろ渋い甘い零下やさしい香、凍える冷厳、そのくせ優しい山の冬がくるみこむ。

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

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