萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 花残 act.24 side story「陽はまた昇る」

2021-10-20 00:25:11 | 陽はまた昇るside story
求めたい、けれど
英二24歳4月


第86話 花残 act.24 side story「陽はまた昇る」

一緒にいたいのは、なぜ?

問いかけた唇を風かすめて冷たい。
こんなこと訊くつもりは無かった、自嘲に英二は笑った。

「ちょっと酔いました、熱燗うまいですね?」

笑ってワンカップ口つけて、ほろ甘い香が熱い。
四月初め冷たい月、息ふっと白く染まった。

「うまいよね、今日みたいに寒いとなお良いよ、」

穏やかな声が笑って、かすかなアルコール大気に舞う。
月光に冴える屋上の空、先輩が言った。

「誰かと一緒にいたいって、恋人のこと?」

聞き流してはくれないんだな?
つい零れてしまった自嘲に微笑んだ。

「そう俺は想ってたんですけど、」

答えながら疼きだす。
たった3時間前、君に言われたこと。

『正義感と恋愛感情、どちらの為に僕といてくれたの?』

黒目がちの瞳が自分を見あげた、きれいな眼だった。
まっすぐ自分を映して逸らさない、あの眼ずっと見つめていたかった。

「そっか、宮田くんもそういう貌するんだね?」

呼ばれた声、月光のもと穏やかに明るい。
凍える洗い髪の風、白い息ほっと笑った。

「浦部さんは見えてるんですか?こんな暗いのに、」
「月で見えるよ、宮田くん色白だしね、」

答えてくれる声ほがらかに闇を徹る。
その視線に振りむいて、穏やかな瞳が言った。

「ひとりを想って悩むなんてさ、ぜいたくな時間かもしれないよ?山の警察官ならなおさら、」

月光ひるがえる屋上、低い声やわらかに響く。
言われた言葉に酒ひと口、熱ふくんで微笑んだ。

「浦部さんは付きあってるひと、いるんですか?」

こんな言葉を言うのなら、この男にも「ひとり」いるのだろうか?
なにげなく訊いた隣、月明り笑顔ほころんだ。

「うーん、どうだろ?」

端整な口もと綻んで、白皙の笑顔やわらかい。
親しみやすい貌だな?あらためて思い微笑んだ。

「疑問形ってことは、告白しないで一緒にいる感じですか?」
「お、鋭いね。さすが宮田くんだ、」

低い声おだやかに朗らかに笑う。
軽やかなトーン明るくて、喉やわらいで笑った。

「それって白状してくれてます?」
「うん、図星に感心してるよ、」

端整な瞳にっこり笑って、ワンカップ傾ける。
ガラス瓶の水面きらきら月光ゆれて、隣人のどやかに笑った。

「宮田くんからこのテの話かあ、意外だけど面白いね?」

酒かたむける笑顔は端整で、そのくせ気さくに馴染む。
壁が無い、そんな空気につい尋ねた。

「意外だけど、面白いですか?」
「うん、ギャップ萌えみたいな感じかな。なんかいいよね、」

朗らかな声が笑って、白い息ほころばす。
四月の屋上しんと冷える夜、熱い酒に隣が笑った。

「宮田くんのこと俺、前は都会のぼっちゃん思ったって言ったけどさ。なんか高貴で孤高な感じって今も思ってるよ、だからギャップ?」

言われた言葉くゆる風、ほろ甘く酒が香る。
こういうこと面と向かって言うんだな?なんだか可笑しくて微笑んだ。

「そういうこと本人に言うんですね?いつもこんな感じですか、」
「うん、割と言っちゃうかな、」

肯きながらガラス瓶かたむけて、端整な目もと綻ばす。
その眼ざし穏やかなくせ明朗で、どこまでも明るい視線が英二を見た。

「腹に一物とか俺は無理、すっきり山に登りたいからさ。だから人にもそんな感じ、」

低い声なのに明るく響く、その瞳おだやかに明るく笑う。
笑っている視線そのまま肚透けるようで、あらためて向きあう想い微笑んだ。

「山で頭すっきりしていたいから、ありのまま人にも接するってことですか?」
「うん、なんも考えずに山と遊びたいんだよね。ひたすらソレだけ、」

月冴える風の底、朗らかなトーン穏やかに笑う。
夜闇しずむ屋上、けれど明るい気さくについ笑った。

「浦部さんは一緒にいて楽ですね、モテるのわかる気がします、」

だから嫉妬していた、自分には無いから。

『正義感と恋愛感情、どちらの為に僕といてくれたの?』

君から問いかけられた言葉たち、あれは「言わない」からだ。
こんなふうに自分も話せていたのなら、君は今も傍にいてくれたろうか?

『本音で、僕ずっと英二に言いたかったんだ、ちゃんと、けんかしよう?』

本音で、君に向きあえるなら?
そうしたら君と一緒にいられるのだろうか、でも一つ、もう嘘を吐いたかもしれない。

「明日は宮田くん週休だろ、もしかして会いに行くとか?」

ほら現実が訊いてくる、明るい穏やかな声で。
答えただ今ありのまま、英二は微笑んだ。

「はい、でも明日は違う人に、」

ほら君は訊いてくれたのに、違う。

『英二は、次のお休みはいつ?』

君はそう訊いてくれた、けれど明日は違う。
訊いてくれたのに「次の」を答えなかった、本音で話さなかったのが自分。
だから明日は君と一緒にいられない、本音でと望んでくれて、けれど言わなかったから。

もしも明日、本音で君といられたら。

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

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斗貴子の手紙
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