萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第80話 端月act.7-another,side story「陽はまた昇る」

2014-12-08 22:50:00 | 陽はまた昇るanother,side story
afterimage 記憶の蔭



第80話 端月act.7-another,side story「陽はまた昇る」

白い封筒ひとつ、陽だまりの床に落ちている。

ダークブラウン艶めく木床に白は明るい、その半分は机の影でグレー染まる。
なぜ今ここにあるのだろう?そんな不思議ごと封筒ひとつ周太は拾いあげた。

「…さっきは無かったよね?」

つぶやいて勉強机の下から出て、窓の光がまぶしい。
正午ゆるやかな部屋は明るく温まる、この見慣れた場所くるり見回し首傾げた。

―机の上に置いてあったのかな、さっき気づかなかっただけで…でも、

でも、たぶん古い。

見つめる封筒は真白で黄ばみも無い、けれど指ふれる感触が経年を知らす。
こんな封筒どこから床に落ちたのだろう?考えてすぐ気づき側板ノックした。

こぉんっ、

かすかな反響音やっぱり聞える。
一見は一枚の木材、けれど本当は二枚重ねなのだろう?

「隙間から落ちた、かな…?」

重ねた合せた板の狭間から封筒は落ちた?
そんな推察と机の内外よく見比べて、その微妙な差に声こぼれた。

「板が違う…」

勉強机の側板は二枚併せ、けれど外と内で経年が違う。
たぶん同じ材質は使っている、それでも歪みの差が年数の違いを見せてしまう。

―木材の収縮率は同材で違う年数なら余計に目立つもの、でもお父さんは気づかなくて使って、

この勉強机は父が作った、それは自分が生まれるよりずっと前だ。
クラシカルなデザイン優しい三十年以上前の机、それでも傷は少なくて美しい。
けれど一ヶ所、側板の内側だけが歪みにずれているのは不思議で理由を知りたくなってしまう。

「…中に空洞もあるんだよね、きっと…だって響くもの、」

思案こぼれながら見つめてノックまたしてみる。
軽やかな音は反響のふくらみ否めない、この分厚い板材のなかは空洞がある。
なぜ父はこんなふうに作ったのだろう?もう少し構造を確かめてみたいな?
そんな思案にサイドテーブルへ封筒を置くと勉強机を持ち上げた。

「んしょっ、あ…?」

持ち上げてすぐ違和感が腕から昇る、だってこんなに軽かったろうか?

―大掃除の時はもっと重かったよね?

去年の師走、今年の三月、二度の大掃除どちらも「重たいな」と感じた。
それは木材の分厚さに当り前だと不思議はなくて、けれど今は妙に軽い。

「…中が空洞なら軽いの当り前だけど、でも前は…?」

三月と今で重量が変化する、こんなこと変だ?

―たった9ヶ月でこんなに軽くなるまで乾くなんて無いもの、

持ち重りが違い過ぎる、前は本当に重たかったのに?
この変化が不思議で見つめてしまう、その背後ノックが響き母が呼んだ。

「周?どうしたの、具合が悪いの?」

あ、また時間いつの間にか経っていた?

「ううん、大丈夫…ごめんなさい、」

返事しながら謝ってしまう、だって心配させている。
こんなふう中座で戻らないとき幼い日も呼ばれた、あの頃と同じに扉が開いた。

「ほんとうに大丈夫?熱っぽいならすこし眠りなさい、叔母さまにはご遠慮なんて逆に失礼よ?」

ほら、優しい笑顔はあの頃のまま心配する。
その理由が解かるから元気に笑いかけた。

「ほんとに平気なの、喘息もここのとこ発作でてないよ?ちょっと見つけて考えこんじゃっただけなの、びっくりさせてごめんね?」

本当に大丈夫、自分は元気だから心配しないで?
そう解ってほしくて差出した封筒に黒目がちの瞳が微笑んだ。

「あら、きれいな封筒ね。シンプルなのに上品な雰囲気、これどうしたの?」
「机から落ちてきたの、携帯を拾いに潜ったら落ちてきて…古いものみたい、」

答えながら窓の陽に透かして見る。
きちんと封緘された封筒、けれど中に同じような陰翳が透けて言った。

「おかあさん、これ中にも封筒が入ってるみたい…なにかな?」

なぜ封筒に封筒が入っているのだろう?
不思議で母子ふたり眺めていると涼やかな低い声に呼ばれた。

「どうしたの?ちっとも来ないから心配できちゃったわ、周太くん具合は大丈夫?」

あ、大叔母まで来てしまった。

「すみません叔母さま、周は大丈夫なんですけど、」

母がふり向いて謝ってくれる。
その向こうダークブラウン綺麗な髪かしげ笑ってくれた。

「そうみたいね、良かったわ。なんだか楽しそうだけど私もお邪魔していいかしら?」
「もちろんです。周、叔母さまに見てもらったら?ご存知かもしれないわ、」

楽しげに笑ってくれる提案は名案だろう?
この家族で唯ひとり昔の家を知っている、その優しい笑顔に封筒を差し出した。

「おばあさま、これが僕の机から落ちてきたんです…封筒の中に封筒が入ってるみたいで、」

大叔母なら見覚えはあるだろうか?
期待と見つめた真中で切長い瞳ゆっくり瞬き、低い美しい声が微笑んだ。

「懐かしいわ、この封筒は斗貴子さんが使っていたものじゃないかしら?ここに薔薇が地織されているでしょう、一重の薔薇よ、」

そっと白皙の指が示してくれる、そこに一重咲きの薔薇がうかぶ。
この花を祖母は好きだったのだろう、その証拠と笑いかけた。

「この薔薇、庭に咲いているのと似ています。白い一重咲きで葉っぱの緑が濃くてきれいなんです…お祖母さんが好きな花ですか?」

好きだから封筒にも使っていたのだろう?
そんな推測に父そっくりの瞳は嬉しそうに笑ってくれた。

「ええ、いちばん好きな花よ?この部屋にもよく飾ってたわ、上が斗貴子さんの書斎でここは馨くんの部屋だったでしょう?どちらにも飾ってたわ、」

あの花を祖母は自分の部屋に飾っていた。
そう言われて過去が今に映りだす、こんなふう繋がれる時間に笑いかけた。

「僕もあの薔薇は活けます、この部屋にも…おとこがはなってへんかもしれないけど、」
「素敵よ?お花を活けられるのはセンスだもの、」

さらり笑ってくれる言葉が素直に嬉しい。
自分のいちばん気にする部分を受けとめてくれる、この信頼に笑いかけた。

「この封筒、おばあさまは開けてみても良いと思いますか?ね、お母さんもどう思う?」

祖母が愛用した封筒が自分の勉強机から現れた。
この封筒に時間も存在も確かめられる、ここで祖母は生きて暮らしていた。
そう確かめられることは自分にとって得難い、ただ嬉しく見つめる隣から母が微笑んだ。

「お正月の今日に出てきたんだもの、お義母さまから周への年賀状かもしれないね?」

祖母から年賀状が来たら、どんなに嬉しいだろう?
こんな想像は楽しくて幸せになる、その隣から大叔母も笑ってくれた。

「そうね、思い切って開けてみる?何が出てきても三人でいたら受けとめられるわ、」

なにが出てきても受けとめられる、

そんな言葉に家の事情は深い、そして覚悟がいると気づかされる。
だって机の中に隠されていた?それでも知りたい願いに黒目がちの瞳が微笑んだ。

「周、お母さんも何が出てきても受けとめたいわ、周が開けたかったらだけどね?」

母も家の事情を気づいている、きっと祖父の小説を読んだのだろう。
あの小説は家族なら「記録」だと考えて不思議ない、その覚悟と笑いかけた。

「ん、開けてみるね…」

抽斗からペーパーナイフ出し封筒そっと切る。
ぱさり、乾いた感触に開かれて勉強机に中身をだした。

「写真とお手紙ね、お義母さまの字ですか?」

穏やかなアルト微笑んで尋ねてくれる。
その隣、切長い瞳は懐かしそうに微笑んだ。

「ええ、斗貴子さんの字と写真よ?周太くん、宛先をごらんなさいな?」

言われなくっても見ている、でも滲んで見えなくなりそう。
だって今すごく幸せだ?ただ嬉しくて笑った瞳あふれて一滴、封書の宛先が読める。

“私の孫になる君へ”

祖母は手紙と写真を遺してくれた。
その理由と想いに涙こぼれてしまう、それでも唇そっと開いた。

「…おばあさま、僕のお祖母さんは病気で亡くなられたって教えてくれましたよね…もう余命宣告とかされてたの?」

死期を悟っていた、だから未来の孫に手紙と写真を遺してくれた?
そんな推測へ大叔母はやわらかに微笑んだ。

「斗貴子さんは元から長生きは出来ないって言われてたの、喘息あるのに心臓もすこし弱くて。馨くんを産んだのも本当は無理したはずよ、でも見て?」

白皙の指が写真を示してくれる。
セピア色やわらかな写真に華奢で美しい笑顔が咲く、その腕に抱かれた赤ん坊へ母が笑った。

「とても幸せな笑顔ね、この赤ちゃんは馨さんでしょう?目許が馨さんだもの、生後3ヶ月くらいかしら、」
「きっと馨くんのお食い初めの日だと思うわ、仏間のテラスでお義父さまが撮ってた記憶あるもの、」

話してくれる想い出に鼓動から温まる。
こんなふう幸せな日が父と祖母にはあった、その証に大叔母は微笑んだ。

「この笑顔すごく幸せそうでしょう?斗貴子さんにとって、母親になれたことは本当に幸せだったの。幸せなお祖母ちゃんにもなりたくて、だから写真と手紙を遺したのだと思うわ?ちゃんとお正月に周太くんへ届くなんて斗貴子さんも幸せね、」

この笑顔と本当に逢いたかった、家族の記憶を自分もほしかった。
その願いが今こんなふうに叶う、ただ嬉しくて白い封筒に笑いかけた。

「はい、僕こそ今すごく幸せな孫です…ありがとうってお祖母さんにいっぱい言いたいな、」

本当に逢って言いたい、あなたに幸せだと笑いかけてみたい。
そう願うけれど時間は戻らなくて、それでも母が言ってくれた。

「じゃあ周、お仏壇に報告しましょう?お手紙はひとりで読みたいかな?」
「ん、ありがとう…そうするね、」

素直に頷きながら首すじ熱昇りだす、だって自分こそ母に読まれている。
きっと手紙を読めば泣くと気づかれてしまった、その気恥ずかしさごと封書を抽斗にしまってまた不思議になる。

―でも、どうしてお祖母さんの手紙がこの机から出てきたのかな?…お祖母さんが生きてた時は無かった机、

この勉強机は父が作った、だから父が大人になってから作られている。
それなのに父が幼いころ亡くなった人の手紙が出てきた、この時間差は答え二つ見せる。

―お父さんがこの机にしまっておいたのかな、それともお祖父さんかな…でも、

でも父が机にしまったのなら何故、自分に手渡してくれなかったのだろう?



(to be continued)

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