萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第78話 灯僥act.6-another,side story「陽はまた昇る」

2014-09-13 09:40:06 | 陽はまた昇るanother,side story
bury 隠した言葉



第78話 灯僥act.6-another,side story「陽はまた昇る」

「っ…いた、」

じくり浸す傷みに鏡見て、濡れた顔は頬赤い。
もう少し冷やせば腫れだけでも治まるだろうか、そんな思案に金属の香が潮苦い。
きっと口の中が切れてしまった、こんな顔に微笑んでシャワーを冷水へ変えた。

「つめたい…」

呟いた声シャワーに流されて唇から冷たく潤う。
唇あふれた水に金属の香は流される、口のなか涼やかな水の甘さに変わる。
内から肌から冷えてゆくまま心地良い、その感覚に瞳だけ熱こぼれて周太は泣いた。

「っ…っぅ…」

声殺してしまう水音に冷たさに現場の記憶は廻りだす。
いま自室ひとりシャワー浴びる、この孤独に安堵こぼれて涙へ瞬間あふれだす。

『援護射撃開始!』

あの命令に自分は背いていない、そして誇りも尊厳も護りぬいた。

『湯原、なぜ撃たなかった!』

ほら怒声の記憶が頬ひっぱたく、けれど逃げなかった。
自分の想いに背かなかった、そして十四年ずっと見つめた想い叫んだ。

『僕たちが狙撃する任務は死刑の断罪ではありません、現場の救命と逮捕です。犯人も命の重さは違いません、死なせたら償いもできません、』

ずっと叫びたかったこと真直ぐ声に出せた、これで父の願いすこし叶ったろうか?
すこしでも叶えられていてほしい、そう願いながら蛇口しめて髪かきあげ鏡を見、自問そっと唇を開いた。

「…あのひとを赦せる?」

こんな想い父も通ったろう、きっと今よりも辛い結末に心抉られていた。
そんな想い父にさせた原点「あの男」観碕征治を自分は赦せるだろうか?

―きっとお父さんの方が辛かったよね、あんなに優しい繊細なひとがこんな、

父には応急処置する術があったろうか、なかったろうか?
どちらにしても自分より苦しんだ可能性のほうが高くて、だから哀しい。
今でも厳格なSATの空気、たぶん当時これより厳しかったことは容易に想像できてしまう。

―お父さん、初めても最後も何を想ってトリガー弾いたの、お祖父さんも…書斎から狙撃したとき何を想ったの、戦争のとき何を想ったの、

文学者として美しい文章たち遺した父と祖父、その言葉たちは命の謳歌どれも温かい。
そんな二人が人殺しさせられた、そんな現実ほんとうは信じたくない、けれど今はもう現実にしか想えない。

『SAT隊員が捜査官として司法の執行者であることは死刑執行人でもあるということだ、特に狙撃手なら、』

あの上官の言葉は、冒涜だ。

だって父は死刑執行人じゃない、最後の瞬間まで人を信じたから殺さなかった。
あのラーメン屋の主人を殺さなかった、命ごと尊厳も未来も救った、だから今あの店で何人もの人が笑っている。
そんな全て何も知らないで上官は言ったのだろうか?それとも知って言っているのだろうか?どちらにしても冒涜だと赦せなくなる。

『班長が湯原の父親を知っている可能性はある、訓練用ビデオを変えたのもあの人だから、』

そんなふうに伊達は教えてくれた、だから尚更に赦せなくなる。
だって父を「知っている」なら何故あんなこと自分に言えるのだろう?

「違う…あんなのは違う、お父さんはそんなために」

知らず声シャワーに零れだす、父はそんな為に生きて死んだんじゃない。
ただ哀しくて悔しくて赦せなくなる、深く起きだす怒り喉突き上げて叫びたい。

それでも父は、きっと怨んでいない。

『犯人を救けてほしい、生きて償う機会を与えてほしい、彼に温かな心を教えてほしい、』

最期に父が告げた言葉は怒りも怨みも無い、ただ願いだけしかない。
自分を射殺した犯人すら救いを望んで微笑んだ、そんな父は「あの男」神崎に何を願うだろう?

「おとうさん…」

そっと呟いてシャワー止めた鏡のなか、水滴らす顔は頬の赤いろ消えていた。



階段かけ上がり改札走り抜ける、そのすれ違う人の顔に探してしまう。
もう帰ってしまったかもしれない、それが普通だろう。
だって約束から5時間を過ぎた、でも待っている。

「っ、すみません!」

ぶつかりかけた人に謝って、でも足は止まらない。
いま間に合わなければ一生後悔する、きっと泣かせてしまう。
だって約束した、だから自分も現場を越えられた、唯ひとり逢いたかったから。

―これも違反かもしれないけど、でも今逢いたい、

30分前、命令違反を理由に謹慎処分を受けた。
きっと違反だと言われる、そう解っていながら自分は射殺しなかった。
だから処罰されるくらい分かっていた、そして今も単身寮を脱け出したことは処罰重ねるかもしれない。
それくらい解っている、けれど今どうしても約束に逢いたい、だって逢いたいから全て懸けてプライド貫いた。

逢って、あの目まっすぐ見たいから自分は誰も殺させない。

「っ…は、」

走る息せりあげて咳き込みそうになる。
発作が起きてしまう、そんな予兆わかるけど走りたい。
いま追いつけるなら逢えるならそれで良い、そんな願いに公園のゲート駆け込んだ。

「待って!すぐ出ます、入れて下さい、」

もう閉園近いゲートは片付け始める。
それなのに今から入れろなんてワガママだ、こんな自分勝手は恥ずかしくて首筋もう熱い。
それでもすがった入場窓口、係員は訊いてくれた。

「待ち合わせ?」
「はい、きっと…まだ待ってて、」

答えながら不安になる、だって5時間だ。
普通なら帰ってしまう、それでも信じたい約束に係員は笑ってくれた。

「たぶん森のベンチに座ってるよ、もう彼一人だから、」

ほら、どうして君は待っているんだろう?

「15分で戻っておいで、帰り支度しながら待ってあげるよ、」

微笑んで係員がゲート開いてくれる、その厚意に頭下げて中に入った。

「ありがとうございます、」
「転ばないようにな、」

笑って送りだしてくれる声にまた頭下げて脚もう走りだす。
ぱりん、靴裏で薄氷くだけて割れる、その破片ごと黄昏が朱い。
氷張りだす大気に吐息も白く凍える、そして気管支が咽あげてしまう。

「っ、こほっ…」

咳あふれかけて呼吸を整える。
いま発作を起こしたくない、そんな願い見つめた森に止まった。

「…英二、」

ほら、君は待ってくれていた。

冬の木陰ベンチは冷たいはず、足許も残雪に凍えるだろう。
それでも独り座っていてくれる、あの黒いコートの輪郭がぼやけてしまう。
もう閉園の木立はシルエット深い、それでも動かない唯ひとりに想いそっと微笑んだ。

「…信じてくれた、ね…」

また速まるレザーソールに雪の氷すべる、それでも足を止められない。
だって黒いコートは凍えている、じっと携帯電話を握りしめて瞳すら瞑りこむ。
いま黄昏に木下闇は昏くなる、けれど唯ひとつ明るい白皙の瞑目に夏の瞬間を呼びかけた。

「…こんなところで寝たら風邪ひくよ?」

同じこと去年の夏も呼びかけた、このベンチにふたり初めて座った時だった。
あの夏に帰りたいと幾度もう想ったろう、そんな願いの真中で白皙の頬そっと涙こぼれだす。
木下闇に黒いコートは沈みこむ、けれど唯ひとつ眩しい泣顔はただ愛しくて周太は抱きしめた。

「英二…泣いていいよ、ごめんね英二、」

名前を呼んで抱きしめて、黒いコートの腕そっと自分を抱きしめる。
ブルーグレーのダッフルコートへ長い腕からみつく、白皙やさしい手が背中へふれる。
長い指の大きな手、すこし凍えて震えて、けれど変わらない大きな掌は自分を惹きよせて、そして離さない。



(to be continued)

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