萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第84話 静穏 act.2-another,side story「陽はまた昇る」

2015-12-20 22:00:01 | 陽はまた昇るanother,side story
花光る
周太24歳3月



第84話 静穏 act.2-another,side story「陽はまた昇る」

陽だまりの窓辺、花ゆれる光あたたかい。

硝子戸きらめく色がフローリング映ろう、そのむこう波光る。
春の海ながめる窓すこし開いた風まだ冷たくて、けれど甘い香に潮騒が優しい。

「…うそみたいだ、ね、」

つぶやいた揺椅子の足もとキャメルブラウンの犬が見あげてくれる。
黒い瞳つぶらに優しい、やわらかな耳そっと撫でる懐ちいさな電子音が鳴った。

「体温計が鳴りましたね?周太さん、見せてくれますか?」

優しい声やってきて白い手さしだされる。
懐の体温計ぬいて渡すと青紫の瞳が微笑んだ。

「37度3分、だいぶ下がりましたね?食事もできたし顔色ずいぶん良くなりました、咳も治まってきたようですね、」

深いアルト微笑んで白い手が額ふれる。
おだやかな甘い香やわらかに包んで、静かに離れた手に尋ねた。

「菫さん、僕…ずっと眠っていたんですよね?」
「はい、一昨日の夜からずっと、」

頷いてくれる銀髪の笑顔は八ヶ月ぶりなのに隔てない。
あいかわらず不思議な異国の老婦人は言ってくれた。

「眠っていた間のことを聴きたいんですね?」

ほら、ちゃんと解かってくれる。
変わらない優しい瞳に周太はうなずいた。

「はい…僕この足の怪我も憶えていなくて、っこほっ、」
「そうでしょうね、ずいぶん熱がありましたから、」

微笑んで傍らのライティングデスクから椅子だしてくれる。
背の高いエプロン姿きれいに腰かけて、青紫の瞳やわらかに微笑んだ。

「一昨日の夜、正確に言えば午前3時頃です。周太さんは顕子さんの運転する車でお母さまとここに来ました、」

やわらかな声つむぐ時間そっと鼓動しめる。
すべては現実だった、そう告げる声は続く。

「着いたとき周太さんは高い熱と疲労で眠っていて、ホームドクターと私で車からこの部屋に運んだんです。でも診察中にうなされて起きてね、無理にベッドから降りようとして右足を挫いてしまいました。すぐドクターが手当してくれたので軽く済んだのよ、だけど走るのはしばらくダメです、」

陽だまり穏やかな言葉に右足そっと疼く。
なぜ怪我をしたのか、その理由に尋ねた。

「うなされたんですか?僕…どうして、」
「憶えていないでしょう?でも、それでいいんです、」

青紫の瞳やわらかに微笑んでくれる。
優しい眼ざし、けれど微かな翳りに呼吸ひとつ訊いた。

「あの、僕うなされたって…何か言ったんですよね?教えてください、」

何を言ったのか?

もう本当は解かる気がする、だってベッドから降りようとしたなんて?
それでも確かめたい願いに青紫の瞳ゆっくり微笑んだ。

「英二、とだけ言いました、」

やっぱりそうだ、あなたを。

―追いかけようとしたんだね、僕…どうして、

どうして追ってしまうのだろう、こんなになってまで?
こんなこと自分で自分がわからない、ただ滲みそうな瞳そっと瞬いた。

「…ごめんなさい菫さん、僕…男なのに、」

熱にうなされても夢見てしまう、その相手は同性だ。
こんなこと「変」なのだと今もう解かっている、そんな臆病に優しい声が訊いた。

「どうして謝るのですか、男なのにって?」
「…男なのに僕、そんな…うなされるくらい好きで変でしょう、それも…親戚なのに、」

言葉にして瞳の底が熱くなる。
こんなにも泣きたがる弱さに溜息ひとつ微笑んだ。

「顕子おばあさまは僕の祖母の従妹でしょう?だったら英二とも親戚です…親戚同士で男同士でなんていいことじゃありません、」

この現実から今は目を逸らせない。
もう座っている場所で穏やかな微笑が訊いた。

「なぜ親戚なことを気にするのですか?」
「…お世話になっているからです、こんなふうに、」

応えながら見まわした部屋は明るく温かい。
ベージュと白やわらかな空間、窓辺に花を眺めながら微笑んだ。

「菫さんは知っていますよね…顕子おばあさまは僕と母を救けるために長野まで来てくれたでしょう?おばあさまは…本気で怒ってくれたんです、」

雪の夜、顕子は本気で怒ってくれた。

『卑怯者っ!』

ほら、低いアルトが雪に叫ぶ。

『十四年前こうするべきだったわ!あなたを引っ叩けてたら喪わないですんだのに、あなたも私も大事なものをっ!』

雪ふる街燈まばゆい横顔、白皙の頬は泣いていた。
その刻まれた陰翳に気づいてしまった、誰より苦しんでいたのは大叔母かもしれない?

「本気で怒って、こうしてご自宅に匿って…ほんとうの孫だと想ってくれるからしてくださるんだって僕でもわかります、父のことも祖父のことも後悔して、責任を感じて下さってるって…だから僕、おばあさまにはもう苦しんでほしくないんです、もう哀しませたくなくて…だからだめです、」

こういうことだ、そう解っているのに想い絞められる。
声にするごと鼓動そっと絞めつけ痛む、それでも自分で赦せない想い微笑んだ。

「どんなにきれいごと言っても男同士の恋人なんて認められ難いのが現実です、英二の未来を僕が妨げたら…おばあさまどんなに哀しむでしょう?」

愛する孫の未来を妨げられる、そんな哀しみを与えたくない。
そんな願いは今いる場所が優しいからこそ募ってしまう、その真中の微笑が訊いた。

「もし英二さんと親戚ではなければ、恋人でいたいのですか?」

午後の陽やわらかな窓辺、声は優しい。
けれど問いかけは鼓動しめつる、だって本音めぐって喉を撃つ。

―言えない、でも嘘も吐けない、

このひとに嘘をつきたくない、でも言ったら駄目だ。
こんな時どうしたらいいのだろう?言えないまま見つめる窓は花あかるい。

「…花はいいですね、」

ぽつん、こぼれた想いに泣きたくなる。

「どうして?」

ほら優しい声が訊く、そんな陽だまりは花の香やわらかに温かい。
ブランケット包まれた揺椅子の席、ガラス越し咲く花に微笑んだ。

「僕、どうしても見たい花があるんです…その約束だけは叶えてもいいですか?」

約束、花、こんな言葉たち彼女には意味わからないだろう。
会話に脈絡ない返事をして、それでも青紫の瞳は微笑んだ。

「To me the meanest flower that blows can give なのでしょう、周太さん?」

どうして解かるのだろう?
不思議で見つめた真中、深い澄んだ瞳はきれいに笑った。

「私は英二さんのナニーでした、英二さんにワーズワースを読み聞かせたのは私ですよ?」

やっぱり不思議だ、この異国の老婦人は。
こんなふう言わないでも解かってしまう、その美しい瞳に告げた。

「もう菫さんも知ってるんでしょう?英二は僕をたすけるため危険を冒したんです、ごめんなさい…」

ごめんなさい、なんて言っても謝りきれない。
どうしたら償えるのだろう、あのひとを引きずりこんだのは自分なのに?

『周太と一緒に死ねたらって想ったよ、だから志願も迷わなかったんだ、』

あんなこと言わせたのは自分、それがただ哀しい。
この優しい女性に愛され慈しまれて育って、それなのに言わせてしまった事実どうすればいい?

「…ごめんなさい菫さん、英二を…僕のせいで傷だらけにして、ごめんなさい、」

謝って頭さげて、はたり、膝のブランケット水玉ひとつ描く。
こんな無力は哀しい、それでも逃げたくない想いに優しいアルト微笑んだ。

「周太さんのせいではありませんよ、全ては英二さんが自分で選んだことです。そうでしょう?」

穏やかなトーン微笑んで肩そっと温もりふれる。
優しい手に起こされ見つめた真中、青紫の瞳が笑ってくれた。

「英二さんは自由に生き方を選んでいます、周太さんも自分で選びましょう?周太さんが望むまま自由に、」

そんなこと自分に赦されるのだろうか?
問いかけごと痛み飲こんで、かたん、扉が開いた。

「ああよかった、起きたのね周太くん、」


(to be continued)

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ FC2 Blog Ranking

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山岳点景:弦月霊峰

2015-12-19 23:10:38 | 写真:山岳点景
月仰ぐ



山岳点景:弦月霊峰

今夕、半月と富士山がきれいでした。

富士山の別表記は「不死山」「不二山」ですけど、この由来は『竹取物語』=昔話「かぐや姫」にあるとも言われています。
輝夜姫が月に帰るとき贈った不老不死の薬を「姫がいないのに長生きしてもムダ」と竹取の翁が焼き棄てた山だから「不死の山」というワケです。
また「不二山」は「二つとない山」の意味で、同じくらい美しい山はない・同等に高い山がない等「不二」は諸説あります。



半月は弦月とも言います、弦=月の直線部分のことです。
この「弦」は弓の弦で、同じ発想から半月は「弓張月」とも言います。
フツーは夕方の半月=上弦の月、朝方の半月=下弦の月なんですけど、厳密に言うと、
上弦の月=満月に向かう時の半月、下弦の月=満月が欠けて新月に向かう時の半月になります。

そんな物語たちを重ねて見ると、半月の富士山はなにか不思議な感じがします。


第136回 昔書いたブログも読んで欲しいブログトーナメント - 旅行ブログ村
第136回 昔書いたブログも読んで欲しいブログトーナメント
撮影地:本栖湖@山梨県

この時季の本栖湖は夜間から朝まで路面凍結します、低温のため染み出た水分が凍るブラックバーン現象です。
なので運転は要注意、また零下になるので防寒もシッカリで楽しんでください、笑

にほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ 

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第84話 静穏 act.1-another,side story「陽はまた昇る」

2015-12-18 22:30:19 | 陽はまた昇るanother,side story
春陽の朝
周太24歳3月



第84話 静穏 act.1-another,side story「陽はまた昇る」

あたたかい、ここはどこ?

「…ん、」

光やわらかに瞼を透かす、ふれる温もり額に優しい。
頬くるむ温度やわらかに微睡ます、この感じどれくらいぶりだろう?
やわらかで温かくて心地いい、安らかに寝がえりうって周太は瞳をひらいた。

「…ん?」

視界ゆっくり瞬いて解らない、ここはどこだろう?

「え…」

起きあがったベッドは温かに優しい、どこか懐かしい、でも見慣れない。
それに自分はさっきまでどこにいたのか、誰といたのか?

「…おかあさん…おばあさま…?こほっ、」

呼びかけ視界めぐらして、だけど二人ともいない。
見まわした部屋は白とベージュに明るい、栗色きれいな家具たち光はじく。
清々しい光が本棚の硝子戸きらめかす、繊細な造りのライティングデスクに春の花ひとつ。
一輪挿しのチューリップやさしく温かい、むこう揺椅子の窓辺ゆれるレースのカーテンにベッド降りた。

「あ、」

くらり、傾いてベッドに腰落ちる。
かすかな痛み響いた真中、右足首の包帯に瞬いた。

「…いつのまに僕…?こほんっ」

こんな怪我いつしたのだろう、憶えていない。
軽く頭ふって髪かきあげて、そっと立ちあがり一歩踏みだした。

「ん、」

鈍い痛み、けれど歩ける。
たぶん捻挫でもしたのだろう、そんな痛みと陽を透かすガラス窓そっと開いた。

「まぶし…、」

光やわらかに頬なでる、その温もり深く甘い。
この香は知っている、記憶なぞるよう瞬いた視界に笑った。

「海だ、」

海が見える。

明るい光きらめく水鏡、ゆれる波きらきらまぶしい。
あわい青い空どこまでも広くて、開けた窓から一歩ふみだした。

「…あったかい、」

パジャマの素足くるんだ温もりは木肌やわらかい。
ウッドデッキひろがる空間は色あふれる、咲き乱れる花に微笑んだ。

「きれい…春だね?」

遅咲きの水仙たち白に黄色に冠ゆらす、その生垣はクリーム色やわらかな春の薔薇。
頭上こぼれるミモザの細やかな黄色かわいい、ムスカリの青紫にスノードロップ白く映える。
パンジーたち三色すみれの別名どおり紫に黄色に深紅から薄紅へ色とりどり、それから桃色やさしいチューリップ。

「かわいいね?」

笑いかけた真中、桃色なめらかに陽をはじく。
あわく濃く紅色うつろわせ光きらめく、そんな花に俤が鼓動ノックした。

『いいの?…うれしい、ありがとう、』

きれいな明るい瞳が受けとってくれた、あの花も薄紅のチューリップだった。
あれが二人きり最初に過ごした時間で、あれから経った時間に微笑んだ。

「もう一年以上だね、美代さん…?」

あれは一月、雪山ながめる真冬の街角。
気に入りの場所だと案内してくれたブックカフェで過ごした時間は優しかった。
あのとき好きな花だと気づいたから今年の一月にも贈って、その笑顔が薄紅うつりこむ。

『ありがとう湯原くん、必勝祈願なんて嬉しいな?チューリップすごく可愛い、』

大学合格を懸けて贈った花束、あの願い叶うだろうか?
祈りたたずんだ花園はあまやかに香る、その馥郁に潮風かぐわしい。
この香よく自分は知っている?記憶たぐりながらパジャマの袖すこしめくりかけて、とん、膝ふれた温もりに微笑んだ。

「きみは…カイ?」

カイ、海。その名前にキャメルブラウンの犬が見あげてくれる。
ふっさり艶やかな毛並みも黒い瞳も懐かしい、嬉しくて膝つき抱きしめた。

「海、元気だった?…僕のこと憶えてくれてたの、こほんっ」
「くん、」

鼻かすかに鳴らし応えてくれる。
やわらかな耳そっと撫でて瞳ほそめさす、そんな犬に笑いかけた。

「海がいるってことは、おばあさまの家なんだね…こほっ、あいかわらず綺麗なお庭だね、カイ?」

艶やかな毛なみ掌そっと温かい。
見あげてくれる黒い瞳やさしくて、静かな痛みに微笑んだ。

「カイ…僕ね、人を傷つけたんだ…そんな手で撫でたらダメだね、っごほ」

この手で人を撃ってしまった、もう二度も。
理由なんであれ赦される事じゃない、そっと犬から離した手に温もりふれた。

「くん、」

鼻づら掌ふれてくれる、濡れた感触やわらかに桃色の舌のぞく。
ぺろり舐めてくれた温度やさしくて、瞳一滴こぼれ微笑んだ。

「ありがとうカイ…だいすきだよ?」

笑いかけた真中つぶらな瞳が優しい。
キャメルやわらかな頭そっと頬よせて、抱きしめた温もりに波が鳴った。

『ほら、周太。裾が降りてる、』

ああ、想いだしたらダメだ。

「…っ、」

視界ほら滲みだす、瞳ふかくもう熱い。
こぼれて滲んで瞳つむって、しゃがむ足もとパジャマの裾を風めくる。

『俺がやってあげるよ周太、袖も捲った方がいいな?濡れたら困るから、』

どうしよう、あなたの言葉が聞えてくる。

潮騒あふれる花の庭、あなたの声が聞えてしまう。
遠く近く波が記憶よせては返す、夏から秋冬とびこして声が鼓動うつ。

『この桜貝、海の底からずっと離れないでここまで来たんだろ?俺たちも離れないでここまで一緒に来たよ、』

嘘、うそ、離れてしまったくせに?

あんなこと言ったくせに他へ想いかけた人、それなのに追いかけてきた。
あの雪嶺に雪崩に隣にいたのは唯ひとり、突き放して棄てようとして、それでも追いかけてくるなんて?

『周太、約束だよ?俺は何があっても君から離れない。ずっと、永遠にだ、』

ほら潮騒が声よせる、あの約束ほんとうに叶うのだろうか?
そんな期待が鼓動ゆるやかに絞めて痛い、痛くて涙あふれて犬を抱きしめる。

「カイ…ごめんねカイ、ぼくはカイのご主人さまを傷つけたんだ、」

想い声あふれて涙になる。
頬つたう雫に潮騒よせる、波ちかく遠く聲をかえす。

『約束するよ周太、来年の夏は花を見に行こう、』

あんな約束させてしまった、だからあの人は雪嶺の涯まで自分を追いかけて、そして自分を救って傷ついたのに?

「ごめんねカイ…僕のせいなんだ、なのに僕だけここに、ごめんね…」

涙ただ零れて呼んで、だけど本当に呼びたい名前を呼べない。
俤ひとつ想うだけで鼓動が軋む、痛い、それでも優しい温もり抱きしめるまま呼ばれた。

「周太さん?」

穏やかなアルトヴォイス懐かしい。
あれから何ヶ月たったろう?そっと涙ぬぐった視界に銀髪きらめいた。

「すみれさん…あの、おひさしぶりです、」

呼びかけ立ちあがった先、光まばゆい銀髪が駆けよってくれる。
ライトグレーのニットの腕に抱きよせられて、青紫の瞳きれいに微笑んだ。

「ああ良かった、ちゃんと気がついたのですね?…ほんとうに良かった、」

白い手やわらかに頬ふれて温かい。
見つめる青紫の瞳きらきら春の陽ゆれる、懐かしい笑顔に笑いかけた。

「菫さんが看病してくださったんですね…お世話かけてすみません、こほんっ」
「なんでもないことです、お腹空いたでしょう?パジャマでは寒いわ、お部屋で話しましょうね、」

腕組んでくれるエプロン姿はあいかわらず背が高い。
キャメルの犬もならんで歩きだして青紫の瞳が笑った。

「カイもご機嫌ですね、周太さんが眠っている間しょっちゅう見に来たんですよ?カイなりに看病していたんでしょうね、」

アルトヴォイス楽しげに笑ってくれる。
その言葉に気づかされてリビング座ると訊いた。

「あの、菫さん、僕がここに来たのって昨夜ですよね?…こほっ」

眠っている間、しょっちゅう見に来た。
そんな言葉たちどおり銀髪の笑顔は首ふった。

「いいえ、いらしたのは一昨日の夜中ですよ?周太さんはずっと眠っていたのです、目が覚めて本当に良かったわ、」

試験は三日後、そう話したのは一昨日の前日だ?

「…っ、」

椅子がたり立ちあがって左腕を見る。
時計の短針は「11」を示す、見つめた時刻に駆けだし抱きとめられた。

「走ってはダメです周太さん、ずっと眠った後は危ないです。喘息の発作が出ているときに運動はいけません、足も怪我しているんですよ?」

エプロンの肩ふれて香やわらかい。
あまい馥郁そっと押し返しながら周太は訴えた。

「今すぐ行かないといけないんです、約束したんです僕、ごほっ」

行かないと、きっと待っている。

『試験の終わる頃キャンパスへ迎えに行くよ?』

そう言ったのは自分だ、それに他の予定もある。
こんな事態とまどいながら青紫の瞳に訴えた。

「僕どうしても大学にいかないとダメなんです、お世話になってる先生のお手伝いがあって、友達と待ち合わせもしてるんです。菫さん行かせてください、」

今日は田嶋教授とも約束がある、論文の翻訳チェックを待っている。
その刻限もう過ぎてしまった、それ以上に気懸りな約束が鼓動なみうつ。

『試験お迎えに来てくれるの?』

記憶の声が訊く、あの心配顔に自分は笑って頷いた。
それなのに約束の場所から今遠くて、とまどう焦りに青紫の瞳は笑ってくれた。

「大学なら顕子さんが今、行っていますよ?」

それってどういうこと?

「…どうしておばあさまが?」

なぜ大叔母が大学に行くのだろう?
意外な答に銀髪のナニーは教えてくれた。

「周太さんが眠ってる間、周太さんの携帯にメールいくつか来たんです。それで顕子さんが代りに返事されて、今日も出かけられたみたいですよ?」

そんな世話までかけていたんだ?
予想外すぎる展開に困りながら気懸りもうひとつ尋ねた。

「あの、母はどうしているんですか?…こほんっ」
「美幸さんなら今はお仕事ですよ、夜ここにまた来てくれます、」

笑顔やわらかにダイニングへ腰かけさせてくれる。
パジャマの肩そっとショールくるまれ温かい、その前にスープボウルひとつ置かれた。

「さあ、まず温かいものお腹に入れてくださいな。食べないと病気も怪我も治りません、面会謝絶にしますよ?」


(to be continued)

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ FC2 Blog Ranking

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山岳点景:冬空

2015-12-18 21:58:06 | 写真:山岳点景


山岳点景:冬空

雪つもる湿原の上空、冬の陽雲×青

撮影地:戦場ヶ原@栃木県日光




第104回 過去記事で参加ブログトーナメント - ブログブログ村
第104回 過去記事で参加ブログトーナメント

にほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ 

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

花木点景:氷月の楓

2015-12-17 23:50:25 | 写真:花木点景
寒空の赤



花木点景:氷月の楓

近場の森にて、カエデの紅葉が始まりました。



明朝は氷が張る予報の神奈川、まだ残る緑も染まるでしょうか?笑



カエデは春あわい緑も夏の深緑も好きです、それでも錦秋の紅はやはり惹かれます。



第119回 1年以上前に書いたブログブログトーナメント

にほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ 

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山岳点景:黄昏の塔

2015-12-15 21:05:00 | 写真:山岳点景
The Clouds that gather round the setting sun



山岳点景:黄昏の塔

鉄塔×黄昏、ってシーンは惹かれます。笑



The Clouds that gather round the setting sun  
Do take a sober colouring from an eye 
That hath kept watch o’er man’s mortality; 
Another race hath been, and other palms are won. 

沈みゆく太陽めぐらす雲たちに
謹厳の色彩を読みとる瞳は 
人の死すべき運命を見た瞳、
時のあゆみ辿らせ、そしてもう一つの掌に克ちとらす。

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」抜粋&自訳】

第120回 1年以上前に書いたブログブログトーナメント

にほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ 

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山岳点景:冬の雨山

2015-12-13 22:20:35 | 写真:山岳点景
光ふる



山岳点景:冬の雨山

師走12月、今日の奥多摩は雨でした。


奥多摩の山は降雪でもオカシクナイ時季です、
そんな冬雨に稜線は霧をのぼらせ雲まといます。


こういう日に無理して登ると視界不良×足元滑りやすくて危険です、
そんなワケで雨天は軽く歩くだけなんですけど、雨ならではのシーンに出逢えます。


山茶花、山の茶花って書きますけど山でよく見かけます。
冬枯れた山の道、濃紅色は燈を灯すよう鮮やかです。


十月桜もあちこちで咲いていました。


黒い枝×薄紅は白い冬空に映えます。


秋終わる冬の初め、足元は名残りの草紅葉あざやかです。


雫の光がきれいで雨の撮影も好きです、笑


雨の冬空あわい光、紅葉の一滴に惹かれます。


第154回 過去記事で参加ブログトーナメント
撮影地:奥多摩@東京都


にほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ 

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第83話 辞世 act.37-another,side story「陽はまた昇る」

2015-12-13 07:39:01 | 陽はまた昇るanother,side story
贖罪
周太24歳3月



第83話 辞世 act.37-another,side story「陽はまた昇る」

「私が保証します、その男は必ず司法の裁きを受けます、」

朗々、雪も風も声は透って届く。
低いけれど深く澄んだアルトの声、女声なのに力強く肚響く声。

「若いあなた方の手を汚すなんて馬鹿らしいことよ、早く銃を引きなさい、ここにいる加田さんも起訴を保証してくれます、」

低く澄んだ声は雪の駐車場を渡ってくる。
この声は懐かしい、よく知っている、けれど今ここでどうして?

「…っ、ごほっ」

この声こんな場所で聴くなんて意外だ、聴き間違えかもしれない?
凍りつく息また咳きこんだ背中、ふわり温もり包まれた。

「よく頑張ったわ周太くん、美幸さんも、」

低いアルト微笑んで甘い深い香そっと頬ふれる。
懐かしい気配にふりむいた真中、涼やかな切長い瞳に呼んだ。

「…おばあさま?っごほっ、」
「寒かったでしょう?こんな冷たい頬して、」

長い指の手グローブはずして頬ふれる。
あまやかな深い香やわらかに温かい、懐かしくて見つめるまま訊いた。

「なぜここに、おばあさまが?っごほんっ、」
「とにかく車に乗りましょう?発作がひどくなったら大変よ、さあ美幸さんも、」

カシミアやわらかな腕が抱き起してくれる。
コートの衿元ストール外して、ふわり包んでくれながら大叔母は言った。

「みなさん呆然としてるわね、こんなオバアサンが出てきてびっくりなんでしょう?」

あ、この話し方やっぱり大叔母だ?

―やっぱり顕子おばあさま…夢じゃないんだ、ね、

ダークブラウンの髪きれいな横顔は皺ひとつも美しい。
白皙あでやかな笑顔はルージュの唇ほころばせた。

「伊達さんに箭野さんね?周太がいつもお世話になっております、私はこの子の祖母です、」

低く深いアルトが雪風とおす、その言葉に長身の制服姿ふりむいた。

「失礼ですが、なぜ俺たちの名前を?」

その疑問あたりまえだ。
そして矛先は自分に向くだろう困惑にきれいな笑顔は言った。

「私にも伝手があるんですよ?周太は何も話せないことはご存知でしょう、家族でもね、」

街燈の陰翳に白い笑顔はなやぐ、その先で視線ひとつ凝視する。
やつれた顔の眼おおきく見開かれて、そして口を開いた。

「祖母などいないはずだ…湯原の両親どちらも死んでいる、親戚はいない、」
「あら、よくご存知ですわね、岩田さん?」

名前さらり呼んで大叔母が微笑む。
齢重ねても華やかな横顔は唇の端そっとあげた。

「周太くん、美幸さん、ちょっとお転婆させて頂戴な?」

チャコールグレーのコート翻って歩きだす。
端正な歩み真直ぐ雪を踏んで、制服姿ふたりの前に立った。

「伊達さん、箭野さん、ちょっとお目こぼしお願いね?老人の乱心だって見逃して、」

ダークブラウンの髪きらきら街燈に透ける。
白皙の横顔は切長い瞳まっすぐ微笑んだ。

「ねえ岩田さん、私は亡霊になって孫と嫁を護ってるの。だから私が何をしてもあなたの幻覚よ?」

アルト深い声あでやかに笑って、そして白皙の手ひらり舞った。

「卑怯者っ、」

ぱんっ、

高らかな音ひとつ雪空に舞う。
叩かれた横顔うなだれる、その頭上に顕子は叫んだ。

「十四年前こうするべきだったわ!あなたを引っ叩けてたら喪わないですんだのに、あなたも私も大事なものをっ!」

十四年、その歳月に痛んだのは誰も同じだ。
そう告げる声に見つめるままチャコールグレーのコート翻った。

「じゃあ加田さん、後はお願いしますね?」

もう白皙の顔あでやかに微笑む。
いま激高したのは幻?そんな変貌にブラックコートの男が会釈した。

「はい奥様、あのレンタカーも返却しておきましょうか?」
「そうして頂戴。美幸さん、鍵を加田さんにあげて?任せて大丈夫だから、」

低いアルト微笑んで肩そっと支えてくれる。
言葉どおり鍵を渡して母が訊いた。

「…おばさま、どうやってここに?」
「ニュースとあなたがくれたメールよ、私にも伝手があるしね?さあ帰りましょう、」

雪ふる切長い瞳が微笑む。
この笑顔は懐かしくて、けれど知らない一面を今は見ている。

『ここにいる加田さんも起訴を保証してくれます、』

そんなふう言っていた、さっき。
ヒント手繰りながらも気になって頼んだ。

「おばあさま、伊達さんたちと話させてください、3分でいいから…っ、ごほっ」

このまま去ってしまえない、だってあんな時間を過ごしてしまった。
もう戻れない世界ふりむいた背を優しい手そっと押してくれた。

「いってらっしゃい、周…それから帰りましょう?」

優しいアルトが背中おしてくれる、その手が小さい。
けれど確かな押す力に踏みだして、足もと雪が鳴る。

ざりっ、さく、

雪また硬くなった、気温さがってゆく。
夜ふかくなる駐車場の底、4人の男たちに向きあった。

「箭野さん、伊達さん…ありがとうございました、」

頭下げた街燈の下、紺色の制服姿が白い。
雪つめたい夜のなか長身の先輩は微笑んだ。

「俺こそありがとうだよ、湯原?」

なぜお礼を言ってくれるの?
解からなくて見あげた先、涼やかな瞳が笑った。

「話はまた今度な、体はやく治せよ?」

ぽん、大きな手そっと背中さすってくれる。
前と変わらない優しい温度に周太は口開いた。

「箭野さん、っこほっ…また会って話す時間をくれますか?」
「ああ、こんど飲もうな?伊達も一緒に、」

低い深い声が笑ってもう一人に視線むける。
白紗ゆれる光に小柄な横顔はため息吐いた。

「いいから湯原、早く車に乗れ。発作ひどくなったらどうする?」

ほら、心配してくれる。
その声かすかに照れくさげで、もう解かる今に笑いかけた。

「はい、ありがとうございます…飲み、伊達さんも一緒してくださいね?」
「わかったから早くしろ、」

すこし気が立っている口調、でも制帽の眼ざしは優しい。
きっと大丈夫、信頼そっと息吐いてブラックコート姿に向きあった。

「カダさん、初対面で申し訳ないお願いします…箭野さんと伊達さんを護ってください、班長のことも、」

隊員同士で銃を向けあった、こんな事態を「護る」なんて普通じゃない。
それでも大叔母が連れてきた男なら信じられる、ただ賭ける想いに端正な瞳が微笑んだ。

「奥様がおっしゃるとおりの方ですね、あなたは、」

どういう意味だろう?
見つめる真中でシャープな微笑は言った。

「車にお戻りください、あなたが今ここにいないことで三人を護れます。奥様とあなたのお母さまもです、」

ここにいないことで護れる、確かにそうかもしれない。
今はただ頷くしかできないまま頭下げた。

「すみません…よろしくお願いします、」

下げた視界、雪の影ふかく蒼い。

「…っ、」

ほら呑みこんだ喉が痛い、この痛み発作とは違う。
こんな今を飲みくだし踵返して、歩きだした頬ひとつ涙こぼれた。

―けっきょく僕は無力だ、ね、

想い、十四年あふれる一滴に凍えてゆく。
あの春から全てを懸けて追いかけてきた、いくど母も泣かせたろう?
それなのに結局は助けられしまった、こんな結末に鼓動から軋みだす。

「さあ周太くん、帰りましょう?」

低いアルト微笑んで肩を抱かれる、あまい深い香が優しい。
この声も香も自分は好きで、それなのに今は顔を見られたくない。

「…はい、」

ただ頷いて開かれた扉を乗る。
革張りのシートやわらかに受けとめられて、座りこんだ肩に優しい手ふれた。

「コートは脱いだほうがいいわ、髪も拭いて?」

ダッフルコート脱がされてブランケットに包まれる。
頭そっとタオル被されて、ぱたん、扉が閉まり母の声が聞えた。

「周、すこし眠らせてもらいなさいな?お母さん助手席に乗るから横になって大丈夫、」

大丈夫、

そう母が言ってくれるのは、気づいているからだ。
こんなときも何も言わず受けとめてくれる、ただ温かくて優しくて、優しい分だけ苦しい。

「…っ、ぅ、」

噛みしめても喉がふるえる、涙あふれて止まらない。
タオルの影そっと瞳とじて熱くて、ゆるやかに動きだした車窓に低いアルトが言った。

「ありがとう周太くん、ごめんなさいね、」

なぜ礼を言うの、謝るの?

訊きたいけれど今は唇ふるえて言えない、頷くこともできない。
それでもアルト低い声は答えてくれた。

「周太くんのお祖父さまを私が助けたら良かったの、でも私は…拒絶されることが怖くて何も言えなかったわ、斗貴子さんの死と向きあうことも怖くて、」

かすかに揺れるシートの底、雪かむタイヤチェーン軋む。
リズミカル静かな音くりかえす、どこか懐かしい音に低くやわらかな声がつむぐ。

「なぜ無理にでも助けなかったのかって、ずっとずっと後悔しているの。斗貴子さんと約束したのに私は…私は本当に愚かね、」

後悔が声つむぐ、その言葉たち幾年こえて今声になる?
ただ涙ふるタオルの影に大叔母の声が届いた。

「もう後悔したくなくて今も無理やり助けに来ました、でも周太くんの気に障ったならごめんなさい、でも、ありがとう、」

ごめんなさい、ありがとう。

そう言ってくれる声は低く澄んで温かい、そして懐かしい。
こんなふう幼いころ言われたことあるようで、たどらす俤にタオルの蔭は優しい。



(to be continued)

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ FC2 Blog Ranking

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雑談夜話:くつろぎ悪戯坊主

2015-12-11 20:40:01 | 雑談
いやし癒され



雑談夜話:くつろぎ悪戯坊主

我が家のソファはせっかくキレイにしても、すぐしわしわに。
でも原因コンナ↑貌で寝転んでいるから癒されオアイコです、笑

ほっとする暮らし10ブログトーナメント

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ FC2 Blog Ranking

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第83話 辞世 act.36-another,side story「陽はまた昇る」

2015-12-11 09:50:27 | 陽はまた昇るanother,side story
通過
周太24歳3月



第83話 辞世 act.36-another,side story「陽はまた昇る」

これで、今は終わるのだろうか?

「湯原はそれで後悔しない?岩田さんをこのままで、」

穏やかな深い声が訊いてくれる、その視界ふる雪あわくなった。
けれど頬なぶる冷気さっきより低い、ただ凍える息白くうなずいた。

「はい、…でも箭野さんは?」

この先輩だって言いたいことがある、さっきも言っていた。
その想い解かるから見あげた隣、長身の制服姿は制帽の翳すこし笑った。

「俺は湯原に言われて頷けちゃったからな、生きるほうが苦しいって、」

制帽つばの翳で涼やかな瞳が微笑む、その深く想いどれだけあるのだろう?
そんな眼ざしは大きな掌の上、にぶく艶めく拳銃に溜息ついた。

「俺も両親が死んでから何度も想ってるんだ、生き残るのと死ぬのと、どっちが辛いんだろうなってさ。だから頷けるんだ、」

そうだ、このひとも親を亡くしている。

『俺、中1の時に事故に遭ってさ。そのとき両親が死んで、祖父さんに育ててもらったんだよ、』

夏の朝、通学の道そんな話をしてくれた。
あのときから尊敬している人は穏やかに微笑んだ。

「生き残った俺が人殺しなんかしてちゃだめだな、どんな理由でもさ?」

低く深い声そっと微笑んで銃身をにぎる。
もう撃つ意志はない、そんな貌に後ろ振りむいた。

「お母さんは?…このままで後悔しない?」

さっきから沈黙している母、だからこそ聴いてあげたい。
雪ふる駐車場の一隅、華奢なコート姿は静かに口開いた。

「後悔するかもしれないわね、私は…でも、周太が決めたならそれでいい、」

ほら、こんなふう託してくれる。
それだけ見守ってくれた瞳に笑いかけた。

「ありがとうお母さん、」
「ううん…お母さんこそありがとうよ?周太、」

白い貌そっと笑ってくれる。
まとめ髪ほつれた後れ毛きらきら光ふる、その黒目がちの瞳も光やどす。
きっと今も堪えさせている、そうわかるからただ微笑んで背中むけて、そして低い声が徹った。

「箭野さん、湯原たちを送ってくれますか?その拳銃は俺があずかります、」

淡々、落ちついた声が雪夜を徹る。
いつもと変わらない声に街燈のした影ふたつ佇む、どちらも制服姿の紺青ふかく沈む。
跪く影は髪つかまれ動かない、その傍ら立つ制帽の顔に問いかけた。

「伊達さんは後悔しませんか?このまま…班長のこと、」

このひとが納得するだろうか、このまま?
そんな疑問よぎって、けれど沈毅な声しずかに答えた。

「俺は後悔するような判断はしない、湯原もよく知ってるだろ?」

淡々いつもの声が応える、そのトーンいつものまま澱まない。
制帽の眼ざしも雪透かして静かで低い声また徹った。

「箭野さん、湯原は喘息の発作が出ています。冷えきって辛いはずです、早く送ってやってもらえませんか?その拳銃は証拠として出しておきます、」

静かで落ち着いた低い声、沈毅な生真面目な貌。
いつ変わらない明敏な警察官に隣が一歩ふみだした。

「わかった、でも送る前に岩田さんを連れて行かないと、」
「俺ひとりでも大丈夫です、湯原たちのほうが心配なのでお願いします、」

さくり、さくり、雪に歩く背中は白く凍える。
制服の肩もう紺色が黒く濡れて硬い、気がついて母にふりむいた。

「お母さん、寒いでしょ?ごめんね…っこほっ、」
「あ…周太こそ、」

華奢なコート姿ふみだして駆け寄ってくれる。
すぐ近づいた小さな顔は白く凍えて、きらめく涙の軌跡に抱きとめた。

「ごめんなさいお母さん、こんな寒いところで…ごめんなさい、っこほっ」

ごめんなさい、本当に僕は親不孝だ。

―ごめんねお父さん、お母さんにまでこんな想いさせて、

今きっと父も母を抱きしめたい。
そんな想いごと華奢な腕も抱きとめてくれる、その白く凍える肩が切ない。
ふるえる頬も冷えきっている、心配と抱きしめ歩きだした背後、声があがった。

「やめろ伊達っ!」

なにが起こった?

「っ、」

腕ほどき駆けだして、がくり膝くずれ落ちる。
思うよう体が動かない、それでも上げた視界に拳銃きらめいた。

「箭野さん、動いたら撃ちます、」

いつもの落着いた声は低く徹る、沈毅な瞳も変らない。
傍らの男つかんだ手も冷静で、そして拳銃かまえる右手に叫んだ。

「どうして伊達さんっ、」

どうして今更なぜ?
解からなくて見つめる雪の底、低い声しずかに笑った。

「どうしてって湯原、さっき言ったろ?俺はこの男だけは赦せない、」

雪のなか拳銃うごく、その左手つかむ頭部にふれる。
銃口ぴたり突きつけて制帽の微笑は言った。

「俺を逮捕してくれてかまわない、この男を撃った後ならそれでいい、」

なぜ?

「銃をおろせ伊達っ、俺はおまえを逮捕したくない!」

長身の制服姿が首をふる、その制帽から雪こぼれて落ちる。
紺色の背中かすかに震えて、けれど拳銃たずさえた微笑は言った。

「それは困ります、箭野さんに聴取されたいですから。俺の証言すべて公表してくれないと困るんだ、倉田さんの死を無駄にできません、」

証言、公表、そんな言葉たちに要求が解かる。
なにを求め拳銃をかまえるのか、その想い叫んだ。

「伊達さんっ、そんな方法で告発なんかダメだっ!」

さっき言っていた、だから今こんなことをしている。
そこにある気持ち誰より解かって、解かるからこそ止めたい。

「正義感の強いひとだったんでしょうっ、伊達さんを人殺しに追いこんだのは自分だって責めますよっクラタさんは!」

そんな人だと言ったのは伊達だ、それなら解からないはずない。
ただ願いごと立ちあがった雪の底、まっすぐ見つめて言った。

「クラタさんが内部告発しようとしたのは、こういうこと止めさせる為じゃないんですか?なのにパートナーの伊達さんがこんなこと、っごほっ、」

叫んで喉せりあげる、咳きこんだ先から低い声が徹った。

「パートナーだからこそだ湯原、倉田さんが内部告発を決めたのは俺がきっかけだからな。湯原も見たろ?俺の手首の傷、」

どういうことだろう?
問い見つめる雪風に沈毅な声は続けた。

「あれを最初に切ったとき倉田さんが手当して叱ってくれた、こんなこと終わりにしようって言って出かけて、その直後あのひとは死んだ、」

静かな声ごと風は冷徹なぶる。
小雪まう頬が凍える、耳が痛む、唇かすかに震え昇らす。
もう時間どれくらい経つのか?気温低下してゆく駐車場にしずかな声が言った。

「雪の夜にスリップ事故で死んだよ、雪国出身なのにな?前日にスタッドレス履き替えたばかりの車で、雪なれた人間が都心の雪レベルで変だろ?」

だから疑ったんだ、このひとは?
たどれる想い見つめる冷厳の底、制帽の翳で口もと哂った。

「疑わない方がおかしいだろ?でもこの男は何ひとつ調べなかった、だから犯人だって解かったよ、」

言われる通りだとしか言えない、自分だって疑うだろう。
それが大切なひとなら尚更だ、諦めきれない未練が向かわせてしまう。

「こほっ…きっと僕でも疑います、諦めきれないから…かなしいぶんだけ捜します、こんっごほっ」

諦めきれない哀しい、だから自分も今ここにいる。
こんな自分だから解かって苦しい呼吸から叫んだ。

「だから伊達さん殺さないでっ、終わりにしたかったクラタさんを裏切らないで!」

彼が何を最期に願ったのか?

その想いどうか気づいてほしい、こんなこともう止めて?
ただ願いごと見つめ叫んだ真中、沈毅な瞳すこし笑ってくれた。

「裏切る、か、湯原の言うとおりだな、」

穏やかな落着いた声がうなずく、ほら、いつもと変わらない。
いつものよう今も聴いて受けとめてほしくて、けれど沈毅な声しずかに言った。

「でも、生かして逮捕したところで正しく裁かれると思うか?内部で隠匿して終わりだ、今までと何も変わらない、」

そうはならない、なんて誰が言えるのだろう?

「湯原警部補の時もそうだ、こいつが殺したのに別の人間が犯人にされて人生ねじまげられたろ?こいつがさっき言ったように次の犠牲があるだけだ、」

淡々つむがれる言葉に反論できない、どうしたら止められるのだろう?
なにかあるはず、どうか思いついてほしい、ただ願いめぐらす先で箭野が口開いた。

「それでも止めろ伊達、倉田さんは即時射殺に反対してた人だぞ?今のお前の姿を見たら」
「だから俺で終わりにしたいんです、」

遮るよう言って動かない。
もう決めてしまった、そんな声に髪つかまれた男が息吐いた。

「そうだな…終わりにしたいな伊達?私も疲れた、」

白い吐息あわく乱れ髪こぼれる。
街燈の下やつれた顔は蒼白い、疲れ果てた時間にエンジン音かすかに響く。
病院の外は車も走るのだろう?タイヤチェーン雪くだく音が近づいて扉ばたり鳴った。

「そこまでにしなさい、あとは引受けます、」

この声、なぜここに?


(to be continued)

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ FC2 Blog Ranking

PVアクセスランキング にほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする