笑ってくれるなら、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日
secret talk74 安穏act.11 ―dead of night
君が他の誰かに笑った、今、どんな心だろう?
それが自分の姉だった自分は今、どんな貌に?
「湯原くん趣味が良いわ、そのブックカバーなら本もっと読みたくなりそうよ?ねえ、お母さんの好きな色は?」
「ん…あわい色が好きです、新芽みたいな緑とか、」
姉が笑って君が応える。
その唇やわらかい、見慣れているよりずっと。
「それならミントグリーンのほうがいいかしら、どうかな湯原くん?」
「はい、母が好きそうです…ありがとうございます、」
ほら声もやわらかい、聞き慣れているよりずっと。
すこし小さな手にブックカバーたずさえて、あわい色彩に微笑む君の視線。
姉の隣で横顔おだやかに澄んで、黒目がちの瞳に映るのは今、自分じゃない。
―なんで姉ちゃんに…なんでだよ湯原?
問いただしたい聲ただ鼓動めぐる、でも声にならない。
だって資格がないくらい解っている。
―俺が文句言える義理なんて何もないんだ、湯原が誰に笑ってもさ?
君がそんな貌をする、その視線の真中にいたかった。
けれど違う相手がいて、それが自分の姉で、それでも自分はたぶん笑っている。
いつもどおり「きれい」に笑って姉と君を見守る貌で、花柄上品な店先も「似合う」自分なのだろう。
ほら?いつもどおり声が行き交う。
「ほら…すごいカッコいいあのひと、」
「…プレゼント買いに来たのかな、私がもらいたい、」
見知らぬ声、知らない視線、だけど自分に向けられる。
こんなこと今まで通り変わらない、いつも慣れていること。
けれど、今、ほら?鼓動ゆるやかに疼いて痛い。
「あの、選んでくれてありがとうございました、」
ほら君の瞳やわらかに笑う、でも自分を見ているからじゃない。
「私はアドバイスしただけ。湯原くんが選んだから、お母さんも嬉しいのよ?」
君の視線の真中ほら、ラッピング美しい包みに姉が笑う。
小柄なスーツ姿とならんだ華奢うつくしい姉の背中、横顔ふたり何か似合う。
―似合うな、俺とよりずっと…男と女だし、
姉と弟、または年若い叔母と甥。
そんなふう優しい空気ふたりくるんで、自分だけ取り残される。
―俺、なんか妬いてるみたいだな?
君と姉が似あう、その嫉妬どちらだろう?
タメ息ひとつ扉ひらいて外、切長い美しい眼が英二を一瞥した。
「ちょっと英二、デパ地下へ行くわよ?」
ほら行くわよ、そんな掌に背中ぽんと敲かれる。
華奢しなやかな温もり前と同じで、けれど自分の唇とがった。
「なんで一緒に行くんだよ?」
早く二人になりたい、君と。
そんな本音が喉ひきつらせて唇とがる。
こんな言い方この姉にしたことない、けれど切長い瞳ほがらかに笑った。
「つべこべ言わないの英二、さっさと行くわよ?湯原くんも来てね、」
白い手やわらかに自分の腕をつかむ、引っ張られる。
こんな仕草いつもどおりで、いつもの華やぐ香にタメ息吐いた。
―姉ちゃんには歯向かいにくいよな、俺も?
たった一歳違い、容貌も似ているとよく言われる。
けれど性格は違う、だから逆らい難いのかもしれない?
あらためての諦観と隣に笑いかけた。
「ごめん湯原、ちょっと姉の言うとおりにしてくれる?」
こんな貌している自分を、君はどう思う?
その本音ものぞきたい隣、黒目がちの瞳かすかに微笑んだ。
「ん…仲いいんだな?」
ほら君が笑う、姉がいるからだろうか?
疑問符ちいさく呑みこんだままデパートの地下、瀟洒な和菓子屋のテナント前に着いた。
「すみません、ご進物をお願いできますか?季節のもので、」
華やかな澄んだトーン姉が微笑む。
いつもどおり店員と話しだす背ながめて、英二は隣ふりむいた。
「湯原、姉につきあわせてごめんな?」
「ん、あやまらなくていい…」
黒目がちの瞳が見あげて、穏やかな声こたえてくれる。
その唇どこか優しくて鼓動そっと刺さった。
―もしかして湯原、姉みたいのが好みとか?
黒髪クセっ毛やわらかな横顔、穏やかな瞳が姉を見る。
こんなふう君が誰かを見るなんて知らない、しかも「姉」だ?
“おまえの姉さん紹介しろよ、絶対美人だろ?”
この自分の顔から姉を見て橋渡しを頼まれる、もう何度あったか忘れてしまった。
いつもよくある台詞、あれを君に聞かされたらどんな心だろう?
―なんて考える自体が俺、終わってるよな…なんなんだよ?
湯原も「いつもの」だったら嫌だな?
そんな考えに自己嫌悪こみあげる、吐きたくなる。
“こんなこと全て「顔」の責任だ”
ほら?いつもの想い迫り上げる、喉を突く。
こんな想いしているなんて姉が知ったら、どう想うのだろう?
「お待たせ、」
ほら姉がもどってくる、華やいだ笑顔やわらかに品がいい。
誰が見ても美しい女だろう、自慢の姉と言えるだろう、でも君には見て欲しくない。
―俺って、こんなに独占欲が強かったんだ?
誰かが誰かを見つめる、そんなこと興味ない。
けれど君にはそんなこと言えない、ほら調子が狂ってゆく。
いつものように笑えなくなりそう?つい俯いた視線、美しい紙袋つきつけられた。
「持って行きなさい、英二、」
押しつけられ受けとめて、上品な風呂敷包ひとつ入っている。
どういうことだろう?怪訝に顔をあげると姉が笑った。
「今日はお世話になるんでしょう?湯原君のお母さまへさしあげて、」
切長い瞳きれいに朗らかに笑ってくれる。
そんな姉に小柄なスーツ姿が頭さげた。
「すみません、お気遣いさせて…」
「こちらこそよ?英二、ご迷惑かけないようにね?」
澄んだ声やわらかに見あげてくれる。
この姉には敵わないな?
―俺のために買い物してくれたのか、姉ちゃん?
たった一歳違い、でも姉は姉だ。
そんな姉の心づくしに溜息そっと微笑んだ。
「ありがとう。姉ちゃんも社員旅行だろ、気をつけて、」
「うん、ありがとう英二、」
きれいな瞳が微笑んで肯く。
いつもの笑顔、けれど違和感かすかに唇うごいた。
「姉ちゃん、その旅行あまり行きたくないとか?」
旅行は嫌いじゃない姉、でも今日は何だろう?
くすんだ感覚と見つめる真中、姉は華奢な腕に時計を見た。
「そろそろ行くわね。湯原くん、不詳の弟だけどよろしくね?」
腕時計から微笑んで、しなやかな脚が踵かえす。
華やいだ笑顔は長い睫に瞳は見えなくて、けれど姉の手が肩を掴んだ。
「英二、良い友だちに会えたのね、」
華奢な指の温もりスーツ透かす、耳打ちの声そっと笑ってくれる。
掴まれた肩すこし下げた耳もと、姉の声さらっと言った。
「今までの子たちより抜群に、趣味いいわ、」
とん、
肩から温もり離れて姉が遠ざかる。
華奢しなやかな長身ひるがえすシャツ、香かすかな香あまく華やかに透る。
いつもの香水いつもの声、けれど小さな違和感と見送るまま鼓動しずかに疼きだす。
もし姉が、弟の本音を知ったら?
「気をつけて行けよ、」
声かけて見送って、遠く白い手ふってくれる。
かろやかで華やかな姉の仕草、いつもどおりで、いつも通りだからこそ自問が疼く。
“もし姉が、俺の本音を知ったら?”
怒るだろうか、泣くだろうか?罵られるだろうか?
こんな「普通じゃない」想い抱いた弟を、姉はどう想うだろうか?
『だいじょうぶ英二、ほら?』
たぶん自分の家は「普通」の家、それが矛盾だと知ったのはいつだろう?
そんな「家」でも姉がいてくれた、だから自分はまだ踏み止まれている。
―姉ちゃんいなかったら俺、どうにもならなかったもんな…母さんがあんなだし?
たった一つ違い、それでも姉は姉だった。
幼いころから親しんだ相手、喧嘩しても仲の良い姉弟、何があっても傍にいた相手。
それも壊れるのだろうか?
「じゃあ湯原、俺たちも行こっか?」
「ん、」
笑いかけて隣、黒目がちの瞳が見あげてくれる。
この視線を受けとめていたい、そう願ってしまった本音が姉に疼く。
「これからどうしたい、湯原?まだ買物あればつきあうけど、」
隣に笑いかける、こんなに鼓動が軋むのに。
それでもほら?君が見あげれば温もり燈る。
「ん…本屋かな?」
「いつもの書店?」
「そう…」
「ここからなら近いよ、」
「ん、」
なにげない会話、なにげない君の声。
言葉数なんて多くない、けれど穏やかな声に黒目がちの瞳に鼓動が息づく。
―本気で好きなんだろな、俺、
この隣にいたい、それだけ。
それだけしか考えられなくなる、いつの間にこうなった?
自分でも解らないくらい変心は密やかで、でも姉は言った。
『良い友だちに会えたのね、今までの子たちより抜群に趣味いいわ、』
たぶん一目で見抜かれた、だから姉は声かけてきたのだろう?
たぶん「今までの子」だったら姉は声をかけなかった、きっと。
だからなおさら後ろめたい、この本心が。
―俺がなりたいのは友だちじゃないんだよ、姉ちゃん?
ほら心裡で告白する、聴こえるわけもないのに。
この隣にも聴こえない、けれど言ってしまいたい本音うごめく。
それでも「言ってしまったら」を知っている、そんな無駄な知識と外に出た。
「暑いな、」
喧騒の街、真昼の太陽が反射する。
埃っぽい空気まだ夏が匂う、熱暑アスファルト照りかえす。
コンクリート乱反射する熱の底、けれど穏やかな声しずかに言った。
「来月には涼しくなる…奥多摩は、」
声そっと薫る、穏やかな爽やかな甘い香。
柑橘と似たいつもの香に横顔しずかで、ほっと英二は息ついた。
「俺が青梅署に行けるって湯原、信じてくれるんだ?」
「宮田はがんばってるから…」
穏やかな声しずかに答えて、小柄なスーツ姿が歩きだす。
ビルの谷間くすぶる熱い風、黒髪クセっ毛やわらかに靡かせる。
その衿元ネクタイ端整に生真面目で、変わらない穏やかな寡黙に英二は微笑んだ。
「湯原ほどじゃないよ、俺は、」
笑いかけて歩くレザーソール熱が浸みる、アスファルト起きる風が熱い。
この空気から自分は遠ざかろうとする、その進路に隣が言った。
「宮田、腹減った、」
「だよな?」
言われて即答、笑ってしまう。
もう昼食はとった、それでも空腹おかしくて笑った。
「姉ちゃんの乱入で体力とられたよ俺も、湯原だって慣れない店だし腹も減るよな?」
君だって色々めぐらせていたろうか、あの姉の隣で?
そんなこと想うと可笑しくて笑いながら訊いた。
「姉ちゃん乱入の詫びにおごるよ、何食いたい?」
きっと回答また笑いたくなる?
問いかけた隣、黒目がちの瞳ゆっくり瞬いて言った。
「ラーメン、」
ほら、やっぱり君は君だ?
なんだか何だろう?ほっと安堵する。
いつもと変わらない空気が嬉しい、ただ君に。
「マイペースなんだよな、湯原ってさ?」
ほら黒目がちの瞳が自分を見つめる、ほら「?」が幼げで可愛い。
なぜ「マイペース」なのか、なぜ笑うのか、何も解らない君だから嬉しくなる。
―いつも静かで穏やかでマイペースなんだ、素の湯原は…それが好きなんだ俺は、
君の隣には穏やかな静謐、それが息つかせてくれる。
何か言うわけじゃない、けれど空気ごと寛がされて離れられなくなる。
こんなこと誰に想えたことはない、唯ひとつ初めての感覚ふくらんで、それが皮肉だ。
警察官なんて一番そういうの、遠い世界なのに?
※校正中
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